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3:恋人になれない二人
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『神帝』イェイリが治める『神国』フソクベツは、神秘の国である。
神秘すぎて謎のベールに包まれまくりの、どういう国なのか詳しいことは誰も知らないという国である。
なぜ誰も知らないのかというと、フソクベツへ入国できるのは入国許可が下りた極限られた人物のみだからだ。
その極限られた人物たちが、うっかり口を滑らせた噂話によると、フソクベツは『龍神の眷属たちの国』だという。
『龍神』これまた聞き慣れない人物……いや、神の名だ。
この世界には『神を名乗る者』たちがいる。
鬼神・魔神・花神・竜神・獣神の五神である。
龍神が入っていないではないかと思うかもしれない。実際そうなのだ。龍神は既に、この世の人ではない――いや、神ではないので、五神に入っていない。
だが眷属たちがいる。龍神の血を引く者たちだ。
「貴方は龍神様の御子なのか?」
再度の図書室での逢瀬。
椅子に座って本を読む神帝、イェイリ様の手が止まる。
ほっそりとした色白の手だ。この手は剣など無骨な物を握ったことはないのだろう。
「ブレトワンダ殿は花神様の御子ですよね?」
下を向いたまま、ポツリと呟かれた言葉は質問返し。
目を合わせるどころか、こちらを向いてもくれない上で同じ質問を返されるとは……。
この質問は時期尚早だったのだろうか。
「マニエス・ボワレ・ブレトワンダ―――貴殿の御名前を聞いた時から、まさかと思っておりました。ブレトワンダは花神様の家系だ。花神様は沢山の御子に恵まれ、共存の道を歩まれた王族たちのおかげで、この花神連合王国も栄えていらっしゃる。
正直、羨ましいのです。常に華やかで、洗練されたこの花の都が……」
「それで、この国を探りに来たのか?」
「―――っ。そう、ですね……」
しまった暴言だったか。下を向いていた顔が益々に下がり、まるで項垂れた蛇のようになってしまった。蛇のようにしなやかでほっそりとした白い首の、項がなんとも色っぽい。長い飴色の髪が数本、首筋を彩っている。色気あり過ぎ。舐めたくなるだろうが。危険危険。
思わず涎が出てしまったので、人知れず袖で口元を拭っていると、ギィと椅子を引く音。
イェイリ様が立ち上がる。その身長は決して高くない。もっとも、俺が大きすぎるというのもあるのかもしれないが。何せ俺は魔獣族は魔猿種と花神の合いの子だ。魔猿の身体能力は高い。花神は人智を越える能力を持っている。その二人の子である俺は、見た目は人間と一緒で猿耳や猿尻尾など生えていないけれど、普通の人間の成人男性より、あらゆる面で優っている。背の高さも、その一つだ。
そんな俺が、この国の一般男性より少し背の低いイェイリ様と視線を合わせようとすると自然、見下げた格好になってしまうから、今は立膝をついてイェイリ様を見上げている。まるで忠誠を誓う騎士のように。
そう、俺は騎士。王室侍衛隊に所属する騎士である。
この国、花神連合王国に身を捧げる騎士。
けれど俺は東国の神帝を知ってしまった。
イェイリ様は穏やかに微笑む方だ。その微笑みはまるで春の日差しのようで、飴色の髪に日光が映えた光景など目も眩むばかりの美しさである。
この笑顔を守って差し上げたいと思うのは、儚い願いだろうか―――。
「悪いけれど、僕は龍神様の御子ではない。貴殿とは違う立場だ。僕の国も、この花の国のようになれたらいいけれど、いつまで経っても鎖国状態で改善は難しい。本当に、どうして……この国も、貴方も…………とても眩しいのだ」
そう言って顔をくしゃりと歪めたイェイリ様。俺の心臓が驚く。こんな顔させたかったわけじゃない。
俺が傷つける言葉を使ってしまったばかりに、こんな顔させてしまったようだ。
守りたいと思った笑顔が早々に陰ってしまった。
(俺のアホ。お猿。口下手隠キャ野郎!)
と、自分を罵っても始まらないので、俺は目の前で泣きそうになっているイェイリ様の手に、そっと触れた。
握り締めている指先が冷たい。
両手で包み込み、暖を取らせるように、そっと擦る。
「貴方が治めている国は、きっと平和で豊かなのだろう」
「……どうして、そう思うのです? 僕の国を見てもいないのに」
「憶測で済まない。けれど貴方を傍で見ていて思った。貴方の一挙手一投足を見守っている者たちがいる。彼らは慣れていないのか、拙いけれど懸命だ」
俺のその言葉で、図書室内の柱の影でギクッ、天井裏でギクッと誰かが動揺する気配がした。間近だとその辺だが、おそらく廊下や隣室など、各所に神帝を見守る人員が配置されているだろう。
俺が先に述べたように、見守り要員たちは神帝の随行員なだけで、こうやって監視をするという行為には慣れていないようだ。俺にもあっさり気づかれているし、今でも余計なお喋りすら聞こえてくる。
「ちょっと、あんたがヘマしたんでしょ気づかれてんじゃん」
「オレじゃねえよ姉ちゃんだろどう見ても」
「バカ野郎共でかい声出すな。皆クソへただ。尾行なんてよ」
「尾行じゃなくてよ。若様見守り隊だってば」
「そのダッサイ名前なんとかしろや」
「昔っからそれだな。もう若様じゃねえっつーのに」
なんとも賑やかしい見守り隊である。
「愛されているようだな、若様は」
「うぅ……恥ずかしい…………」
イェイリ様の顔は真っ赤だ。美しくも凛とした顔立ちが、少しだけ幼く見えた。
「何を恥ずかしがる。良い仲間たちだ」
「貴殿に知られた。恥ずかしい。僕のこと、一人で行動させてもらえない可哀相なやつだと思ってるだろう」
「それこそ何を言う。貴方がこんなにも愛されていて、俺は嬉しい」
「…………本当か?」
「ああ本当だ」
本当だとも。羨ましいくらいにな。俺もそこに加えて欲しい。出来る事なら、もっと御傍に――――。
「貴殿にそう言ってもらえて、僕も嬉しい」
ブレトワンダ殿と呼びながら形作る俺の好きな表情。
そこに春風が乗る。飴色の長い髪が舞い、俺の鼻腔を擽った。
図書室の窓際。木漏れ日の温かさ。
俺の求めていた愛する人の微笑み。
胸を締め付ける郷愁にも似たこの感情が、どうか色褪せないよう。
彼が故郷へ帰るまでの残された時間を精一杯、共に過ごそうと想う。
神秘すぎて謎のベールに包まれまくりの、どういう国なのか詳しいことは誰も知らないという国である。
なぜ誰も知らないのかというと、フソクベツへ入国できるのは入国許可が下りた極限られた人物のみだからだ。
その極限られた人物たちが、うっかり口を滑らせた噂話によると、フソクベツは『龍神の眷属たちの国』だという。
『龍神』これまた聞き慣れない人物……いや、神の名だ。
この世界には『神を名乗る者』たちがいる。
鬼神・魔神・花神・竜神・獣神の五神である。
龍神が入っていないではないかと思うかもしれない。実際そうなのだ。龍神は既に、この世の人ではない――いや、神ではないので、五神に入っていない。
だが眷属たちがいる。龍神の血を引く者たちだ。
「貴方は龍神様の御子なのか?」
再度の図書室での逢瀬。
椅子に座って本を読む神帝、イェイリ様の手が止まる。
ほっそりとした色白の手だ。この手は剣など無骨な物を握ったことはないのだろう。
「ブレトワンダ殿は花神様の御子ですよね?」
下を向いたまま、ポツリと呟かれた言葉は質問返し。
目を合わせるどころか、こちらを向いてもくれない上で同じ質問を返されるとは……。
この質問は時期尚早だったのだろうか。
「マニエス・ボワレ・ブレトワンダ―――貴殿の御名前を聞いた時から、まさかと思っておりました。ブレトワンダは花神様の家系だ。花神様は沢山の御子に恵まれ、共存の道を歩まれた王族たちのおかげで、この花神連合王国も栄えていらっしゃる。
正直、羨ましいのです。常に華やかで、洗練されたこの花の都が……」
「それで、この国を探りに来たのか?」
「―――っ。そう、ですね……」
しまった暴言だったか。下を向いていた顔が益々に下がり、まるで項垂れた蛇のようになってしまった。蛇のようにしなやかでほっそりとした白い首の、項がなんとも色っぽい。長い飴色の髪が数本、首筋を彩っている。色気あり過ぎ。舐めたくなるだろうが。危険危険。
思わず涎が出てしまったので、人知れず袖で口元を拭っていると、ギィと椅子を引く音。
イェイリ様が立ち上がる。その身長は決して高くない。もっとも、俺が大きすぎるというのもあるのかもしれないが。何せ俺は魔獣族は魔猿種と花神の合いの子だ。魔猿の身体能力は高い。花神は人智を越える能力を持っている。その二人の子である俺は、見た目は人間と一緒で猿耳や猿尻尾など生えていないけれど、普通の人間の成人男性より、あらゆる面で優っている。背の高さも、その一つだ。
そんな俺が、この国の一般男性より少し背の低いイェイリ様と視線を合わせようとすると自然、見下げた格好になってしまうから、今は立膝をついてイェイリ様を見上げている。まるで忠誠を誓う騎士のように。
そう、俺は騎士。王室侍衛隊に所属する騎士である。
この国、花神連合王国に身を捧げる騎士。
けれど俺は東国の神帝を知ってしまった。
イェイリ様は穏やかに微笑む方だ。その微笑みはまるで春の日差しのようで、飴色の髪に日光が映えた光景など目も眩むばかりの美しさである。
この笑顔を守って差し上げたいと思うのは、儚い願いだろうか―――。
「悪いけれど、僕は龍神様の御子ではない。貴殿とは違う立場だ。僕の国も、この花の国のようになれたらいいけれど、いつまで経っても鎖国状態で改善は難しい。本当に、どうして……この国も、貴方も…………とても眩しいのだ」
そう言って顔をくしゃりと歪めたイェイリ様。俺の心臓が驚く。こんな顔させたかったわけじゃない。
俺が傷つける言葉を使ってしまったばかりに、こんな顔させてしまったようだ。
守りたいと思った笑顔が早々に陰ってしまった。
(俺のアホ。お猿。口下手隠キャ野郎!)
と、自分を罵っても始まらないので、俺は目の前で泣きそうになっているイェイリ様の手に、そっと触れた。
握り締めている指先が冷たい。
両手で包み込み、暖を取らせるように、そっと擦る。
「貴方が治めている国は、きっと平和で豊かなのだろう」
「……どうして、そう思うのです? 僕の国を見てもいないのに」
「憶測で済まない。けれど貴方を傍で見ていて思った。貴方の一挙手一投足を見守っている者たちがいる。彼らは慣れていないのか、拙いけれど懸命だ」
俺のその言葉で、図書室内の柱の影でギクッ、天井裏でギクッと誰かが動揺する気配がした。間近だとその辺だが、おそらく廊下や隣室など、各所に神帝を見守る人員が配置されているだろう。
俺が先に述べたように、見守り要員たちは神帝の随行員なだけで、こうやって監視をするという行為には慣れていないようだ。俺にもあっさり気づかれているし、今でも余計なお喋りすら聞こえてくる。
「ちょっと、あんたがヘマしたんでしょ気づかれてんじゃん」
「オレじゃねえよ姉ちゃんだろどう見ても」
「バカ野郎共でかい声出すな。皆クソへただ。尾行なんてよ」
「尾行じゃなくてよ。若様見守り隊だってば」
「そのダッサイ名前なんとかしろや」
「昔っからそれだな。もう若様じゃねえっつーのに」
なんとも賑やかしい見守り隊である。
「愛されているようだな、若様は」
「うぅ……恥ずかしい…………」
イェイリ様の顔は真っ赤だ。美しくも凛とした顔立ちが、少しだけ幼く見えた。
「何を恥ずかしがる。良い仲間たちだ」
「貴殿に知られた。恥ずかしい。僕のこと、一人で行動させてもらえない可哀相なやつだと思ってるだろう」
「それこそ何を言う。貴方がこんなにも愛されていて、俺は嬉しい」
「…………本当か?」
「ああ本当だ」
本当だとも。羨ましいくらいにな。俺もそこに加えて欲しい。出来る事なら、もっと御傍に――――。
「貴殿にそう言ってもらえて、僕も嬉しい」
ブレトワンダ殿と呼びながら形作る俺の好きな表情。
そこに春風が乗る。飴色の長い髪が舞い、俺の鼻腔を擽った。
図書室の窓際。木漏れ日の温かさ。
俺の求めていた愛する人の微笑み。
胸を締め付ける郷愁にも似たこの感情が、どうか色褪せないよう。
彼が故郷へ帰るまでの残された時間を精一杯、共に過ごそうと想う。
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