俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎

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第十章 記憶を無くした少女

第467話 あいつと彼女のシンパシー

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 エドガーさんを軸に敵を掃討し、シンがとどめを刺す。それが、このパーティーの基本とする立ち回りなのであろう。

 しかし、想定以上の実力を持つ魔物の登場に、彼らの全ては打ち砕かれようとしていた。

「シン! シン!! いや、いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 大切な人に襲いかかる惨たらしい状況に、泣き叫ぶ事しか出来ないラナ。もちろん、彼女が冷静であったとしても、ラナの使う魔法ではシンを助け出すことはほぼ不可能。

 雷の魔法を相手に使えば、ヒュドラごと彼の全身を感電させ死に至らしめる可能性が高い。しかも、あれほどの出血では、それをきっかけに即死ということもあり得るだろう。

 一番の実力者であるエドガーさんも、自らの獲物を失ってはまともに戦う事は出来ず歯噛みするしかない状況。

「ムン!」

 そんな中、果敢に大盾を構えたダムドはヒュドラの胴体へと突貫し、大きな振動を魔物に与える。彼の一撃が致命傷になることは無かったが、驚きとともに開く口からシンを離すことに成功した。

 食事を邪魔された事に激高した蛇達は、矛先をダムドへと変え再び彼の盾へと襲いかかる。

「返事をしたまへ、シンくん! シンくん!!」

「シン! シン!! 目を開けて、目を開けてよぉ!」

 空中へと放り出され、地面へと落下するシンを受け止めたエドガーさんは、ダムドが攻撃を防ぐ合間を狙ってラナの前へと離脱する。血みどろになったシンを必至に治療するラナであったが、助かる見込みはおそらく低い。

 元来、蛇のバケモノというのは毒を持っているものが多く、あれが本当にヒュドラならば彼の体には今猛毒が巡っていることになる。

 傷の治療が完全に出来たとしても、毒を治癒するためには奴の血清が必要になる。すなわち、ヒュドラ自身を倒せなければ、彼を助けることは限りなく不可能に近い状況なのだ。

「許せない、ですよね……」

 ダムドにせよ、正直どこまで持ちこたえられるかわからないし、これは完全に俺達の惨敗だな。

「だからフェンリル、力を貸すですよ!!」

 こうして俺が全てを諦め始めた頃、隣りで俯いていたミレイの体が青い輝きを放ち始める。

「我は願う。氷の精霊フェンリルよ、蒼き輝く旋風纏いし、偉大なる神の氷撃を、絶対零度となして今、断罪の意志と共に、我らに仇名す総ての者を、氷の棺へ誘い給え! ギガシュトローム・アイスコフィン!!」

 そして、彼女の唱えた詠唱と、巻き起こる監獄の嵐に俺は戦慄した。それは、天道朝美の得意とする必殺技。氷の旋風が巻き起こり、ヒュドラの体だけを空高く巻き上げると氷の棺へと内包し地面へと叩き落とす。

 この世界の魔法は概念であり、一言一句別の人間が同じ言葉で詠唱しようと、その人間と同様の効果は得られないと聞いた覚えがある。

 もちろん、思考の近い人間が使えば全くありえないという可能性も無くは無いのであろうが、彼女の場合はあまりにも朝美とのシンパシーが近すぎる。

 これはもう、同一人物と確定しても良い所まで来ているように思えるけど、今はそんな議論をしている場合じゃない。あいつにとどめを刺すには、このタイミングしかないのだから。

(ミレイ! 俺の体であいつの胴を貫け!)

「わかったですよ!」

 好機を逃すべからずとミレイに俺を掴ませると、それと同時に全力で刀身に魔力を込める。腰のあたりに俺を構えて突き進んだ彼女は、光り輝く刀身を氷に覆われたヒュドラの体に突き刺した。

 聖なる光の波動を浴びせ、体内にある心臓を俺の魔力で焼き切ると、氷解の爆音と同時に断末魔を上げながら蛇のバケモノは地面へと倒れ伏す。

 凍傷を負った蛇革が再生を始める様子もなく、無事、奴の息の根を止められたようだ。

「すごい……」

「あれが、ミレイくんの本気か……」

「さて、後はあんただけですね。シン君のためにも、さっさと片付けさせてもらうですよ!」

「これは驚きだな……だが」

 ミレイの真の実力に、感嘆の声を上げるラナとエドガーさん。そして、再び俺を地面へと突き立てたミレイは、ゼパルに向かって飛びかかる。

「そう簡単に私を倒せると、思わないことだな!」

 氷の闘気を帯びたミレイの右拳、その一撃がゼパルの左頬へと吸い込まれようとした瞬間、どこからともなく現れた少女に左手一本で受け止められる。

(……シャー……リー?)

 ゼパルを守るように現れた謎の少女、その鋭い眼光は間違いなく俺の知っているシャーロット・リィンバースその人だった。

「ふふ、ご苦労だったなシャーロット。流石は、私の右腕になる女だ」

「ゼパル様のためとあらば、この生命、惜しくは有りません」

「お姉さまずるい! ぼくも、ゼパルお兄様に褒められたい!」

「もちろん、メイベルも偉いぞ。よくやってくれた」

「へへ、褒められちゃった」

 しかも、彼女の姿は大人に変えられ、まるで俺に見せつけるかのようにゼパルは彼女の頭を撫でる。

(てめぇ!!)

 自分のいちばん大切な人が洗脳され、相手の好きなように作り変えられていく。あまりに酷い仕打ちと屈辱に、口からは自然と侮蔑の言葉が吐き出されていた。

「それと、ここへ連れてきたのは彼女だけではない」

(……リース、クルス姉、フィル、カーラ、アイリ)

 加えて、木の陰から現れたのは、俺が大切に思っている仲間たち。悲壮な現実に言葉さえ失った俺は、唇を噛み締めながら大地へと視線を落とす。これほどの絶望を味合わされて、憎まれ口を叩けるほど俺の精神は強くはなかった。

「さて、この状況がどれほどのものか、当事者の君ならわかるだろう? なんなら、見逃してやってもいいぞ?」

「そんな口車には乗らねーですよ! 逃げたところで、後ろから攻撃するつもりまんまんです。ねっ、トールさん!」

「卑怯な真似はしないさ。私のシャーロットと、メイベルに誓ってね」

 この状況、俺に対する挑発なのは間違いない。そして、彼女たちの力がどれ程のものなのか、おそらくゼパルは知っているのだろう。

 完全なる抑止力であり、最強のボディーガード。そんなものが手札にあって、使わないはずがないのだ。もちろん、シャーリー達を相手に勝てるなどというおごりは一ミリもなく、不本意ながら今の俺達に取れる行動は一つだけ。

(ミレイ、ヒュドラの頭を一つ落として凍らせてくれ。それを持って撤退する)

「トールさん!? でも――」

(いいからやるんだ! でないと、シンが死ぬ……)

「……わかりました」

 一人の人間の生き死にを突きつけられたミレイは、渋々ながらも納得すると俺の体でヒュドラの首を落とし、無詠唱で凍りつかせる。

「三人とも、シンくんを連れて逃げるですよ! トールさんの提案です」

「どうやら、それが一番賢い選択のようだね。ラナ君、ダムド君、ここは一旦引くぞ」

 冷凍されたヒュドラの頭を左手に持つ彼女の提案を聞き、エドガーさんはシンを抱えて全速力で走り出す。苦渋の選択の末決行された敗走の味は、文字通りとても渋く苦いものであった。 
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