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第十章 記憶を無くした少女
第468話 無力と言う名の鎖
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「血清から、解毒薬を作れる魔道士はいないか!」
地獄のような戦場から、かろうじてい落ち延びた俺達は、リレメンテのギルドへと辿り着く。入り口を開け放つと同時にエドガーさんの張り上げた大声がホール中に響き渡ると、複数の魔道士が駆け寄って来る。
そんな彼らの前で冷凍保存された蛇の頭を解凍すると、ミレイは大きくため息を吐きながら近場の椅子へと座り込んだ。
(お疲れ様。それと、さっきはごめんな)
「いえ、自分の不甲斐なさに、想像以上に腹が立ってるだけですよ」
落ち込む彼女を見ていられなくて優しく声をかけると、彼女は悔しそうに自分の右膝をその手で叩く。
「シンくん、大丈夫ですかね?」
(わからん。けど、毒消しさえ作れればなんとかなると思う)
逃げるが勝ちということわざもある事だし、俺の選択は間違っていなかったと思いたい所ではあったが、皆の心に深い傷を負わせてしまったのも事実。
せめて、シンだけでも助かれば良いのだけれど、もし彼がこのまま死んでしまえば俺の面目は丸つぶれだ。それに、また後悔が増えることになる訳で……それだけは、なんとしてでも避けないと。
「ねぇ、トールさん」
(ん?)
「あの人達って、そんなに強いですか?」
(蛇のバケモノと、あのいけ好かない男、二人がかりでも圧倒できるぐらいのポテンシャルは、皆が秘めてるよ)
「そんな人達が、なんで……」
(それだけ、あいつの能力が厄介なのさ。お前は特別だよ)
シャーリーやクルス姉、あそこにいた女性たちは皆、一騎当千の実力を持っている。それは俺が一番わかっていることで、例え彼女が天道朝美でも勝てる見込みはゼロに等しい。
「あの変態さんの怖さが、少しだけわかった気がしますですよ」
その圧倒的な強さを持つ女性たちを、いとも簡単に自分のものにしてしまうのだ。標的たる本人を含め、恐怖以外の何物でもない。
幾度となく死地を彷徨い、激闘を繰り返してきた俺達でも、今回の相手はあまりにも相性が悪すぎる。せめてバル兄が……なんて、死んだ人間に頼ろうものなら、それこそ終わりだよ。
「ラナさん、辛そうです」
(そりゃあな。自分の一番大切な人が死にかけてるんだ、当然だろう?)
「トールさんにもあったですか? そういう事」
(あぁ、何度かな。それに、俺自身も死にかけたり、その内一回はほぼ死んだような状態だったし)
「そう、ですか……」
こういう時に、気の利いた言葉の一つでもかけてやれれば良いのだけれど、やっぱり俺はヘタレで本当に成長しない。ラナだけでなく、彼女を見守り続けるミレイも辛そうにしているというのに、場当たり的な事実しか説明できないなんて、最悪だ。
「はぁ、はぁ……らな……」
「シン、頑張って。私も、頑張るから」
エドガーさんの隣に集まった複数の魔道士達が、多重魔法陣の上へと小瓶を乗せて何やらやっているのだけれど、ミレイの持ってきた首にも大きな変化はなく、小瓶の中に解毒薬が注入されそうな気配は無い。
ラナの想いの賜物か彼の負っていた傷はほぼ完治したものの、熱毒に冒されたシンの生命がどこまで持つか予断を許さない状況が続いている。俺に魔法の知識があれば少しは何か出来たかもしれないけれど、覚えるような時間は今まで無かった。
せめて、クルス姉でもいれば……なんて、すぐに誰かに頼ろうとするのも悪い癖だよな。
もちろん、頼ることが悪とは思わないけれど、せめてもう少し一人で何とかしたい。こんな体でも、出来ることはあるはずなんだ。むしろ、そう思っていなければやっていられない。
(そろそろ、宿に戻って休むか?)
「いえ、最後まで見届けるですよ。それが、私の役割だと思うですから」
それから、何も出来ずに一時間ほど待つだけの時が過ぎ去り俺を抱きしめるミレイの感触に浸っていると、突然のまばゆい閃光と共に魔法陣が消え去り青白い液体が瓶の中に注がれる。
「ミレイくん! これをシンくんに飲ませるんだ。早く!」
「はい! シン、口開けて。これを飲めば、すぐに楽になるから」
魔力と血、そして血清を抜かれた蛇の頭はしおれ抜け殻のように朽ち果てる。その頭から出来たであろう少量の解毒剤をラナがシンに飲ませると、みるみるうちに青白い肌が赤みを取り戻し、荒い呼吸が収まっていく。
「ラナ……おれ……生きて」
「シン! 良かった、良かった!!」
「うお!? く、くるしい……」
こうして、シンの体は元気を取り戻し、女の子の首絞めに抵抗できるほどに回復する。抱きつかれる感触より、絞まる首の息苦しさの方が辛いんだよなあれ。特にちょっと力が強いと、まじであの世に逆戻りしそうになる。
この俺の体でさえそう感じる時があるのだ、ラナが魔道士とは言え病み上がりの体には厳しいのだろう。それでも、出るところはそれなりに彼女も出ているわけだし、生身でそれを受け止められるのは羨ましいぞシンよ。
ただ、幼馴染補正として、シンが彼女を異性として見ていない節もあるけどな。
「シンくん、治ったみたいですね。良かったです」
(あぁ、そうだな)
シンの病気が治ったことで、ミレイもだいぶ落ち着きを取り戻したようだし、こちらの方も万々歳だな。
「ミレイくん、君のおかげで助かったよ。お礼を言わせてほしい」
「いえいえ、私は何もしてないですよ。逃げるお手伝いをしただけですから」
「いや、君がいなければ、我々は逃げることさえ出来なかった。だから、感謝しているよ。シンを助けてくれて、本当にありがとう」
けれども、彼女にとってあの結果は到底納得のできるものではなく、頭を下げるエドガーさんに向かって苦々しい表情を浮かべた。
「今日は、宿に戻りますですよ」
「あぁ、ゆっくり休んでくれたまへ」
そうしてミレイは席を立つと、じゃれ合うラナとシンを尻目にギルドの正面玄関をゆっくりと押し開ける。憂いを帯びた彼女の瞳には、迷いの色が広がっていた。
地獄のような戦場から、かろうじてい落ち延びた俺達は、リレメンテのギルドへと辿り着く。入り口を開け放つと同時にエドガーさんの張り上げた大声がホール中に響き渡ると、複数の魔道士が駆け寄って来る。
そんな彼らの前で冷凍保存された蛇の頭を解凍すると、ミレイは大きくため息を吐きながら近場の椅子へと座り込んだ。
(お疲れ様。それと、さっきはごめんな)
「いえ、自分の不甲斐なさに、想像以上に腹が立ってるだけですよ」
落ち込む彼女を見ていられなくて優しく声をかけると、彼女は悔しそうに自分の右膝をその手で叩く。
「シンくん、大丈夫ですかね?」
(わからん。けど、毒消しさえ作れればなんとかなると思う)
逃げるが勝ちということわざもある事だし、俺の選択は間違っていなかったと思いたい所ではあったが、皆の心に深い傷を負わせてしまったのも事実。
せめて、シンだけでも助かれば良いのだけれど、もし彼がこのまま死んでしまえば俺の面目は丸つぶれだ。それに、また後悔が増えることになる訳で……それだけは、なんとしてでも避けないと。
「ねぇ、トールさん」
(ん?)
「あの人達って、そんなに強いですか?」
(蛇のバケモノと、あのいけ好かない男、二人がかりでも圧倒できるぐらいのポテンシャルは、皆が秘めてるよ)
「そんな人達が、なんで……」
(それだけ、あいつの能力が厄介なのさ。お前は特別だよ)
シャーリーやクルス姉、あそこにいた女性たちは皆、一騎当千の実力を持っている。それは俺が一番わかっていることで、例え彼女が天道朝美でも勝てる見込みはゼロに等しい。
「あの変態さんの怖さが、少しだけわかった気がしますですよ」
その圧倒的な強さを持つ女性たちを、いとも簡単に自分のものにしてしまうのだ。標的たる本人を含め、恐怖以外の何物でもない。
幾度となく死地を彷徨い、激闘を繰り返してきた俺達でも、今回の相手はあまりにも相性が悪すぎる。せめてバル兄が……なんて、死んだ人間に頼ろうものなら、それこそ終わりだよ。
「ラナさん、辛そうです」
(そりゃあな。自分の一番大切な人が死にかけてるんだ、当然だろう?)
「トールさんにもあったですか? そういう事」
(あぁ、何度かな。それに、俺自身も死にかけたり、その内一回はほぼ死んだような状態だったし)
「そう、ですか……」
こういう時に、気の利いた言葉の一つでもかけてやれれば良いのだけれど、やっぱり俺はヘタレで本当に成長しない。ラナだけでなく、彼女を見守り続けるミレイも辛そうにしているというのに、場当たり的な事実しか説明できないなんて、最悪だ。
「はぁ、はぁ……らな……」
「シン、頑張って。私も、頑張るから」
エドガーさんの隣に集まった複数の魔道士達が、多重魔法陣の上へと小瓶を乗せて何やらやっているのだけれど、ミレイの持ってきた首にも大きな変化はなく、小瓶の中に解毒薬が注入されそうな気配は無い。
ラナの想いの賜物か彼の負っていた傷はほぼ完治したものの、熱毒に冒されたシンの生命がどこまで持つか予断を許さない状況が続いている。俺に魔法の知識があれば少しは何か出来たかもしれないけれど、覚えるような時間は今まで無かった。
せめて、クルス姉でもいれば……なんて、すぐに誰かに頼ろうとするのも悪い癖だよな。
もちろん、頼ることが悪とは思わないけれど、せめてもう少し一人で何とかしたい。こんな体でも、出来ることはあるはずなんだ。むしろ、そう思っていなければやっていられない。
(そろそろ、宿に戻って休むか?)
「いえ、最後まで見届けるですよ。それが、私の役割だと思うですから」
それから、何も出来ずに一時間ほど待つだけの時が過ぎ去り俺を抱きしめるミレイの感触に浸っていると、突然のまばゆい閃光と共に魔法陣が消え去り青白い液体が瓶の中に注がれる。
「ミレイくん! これをシンくんに飲ませるんだ。早く!」
「はい! シン、口開けて。これを飲めば、すぐに楽になるから」
魔力と血、そして血清を抜かれた蛇の頭はしおれ抜け殻のように朽ち果てる。その頭から出来たであろう少量の解毒剤をラナがシンに飲ませると、みるみるうちに青白い肌が赤みを取り戻し、荒い呼吸が収まっていく。
「ラナ……おれ……生きて」
「シン! 良かった、良かった!!」
「うお!? く、くるしい……」
こうして、シンの体は元気を取り戻し、女の子の首絞めに抵抗できるほどに回復する。抱きつかれる感触より、絞まる首の息苦しさの方が辛いんだよなあれ。特にちょっと力が強いと、まじであの世に逆戻りしそうになる。
この俺の体でさえそう感じる時があるのだ、ラナが魔道士とは言え病み上がりの体には厳しいのだろう。それでも、出るところはそれなりに彼女も出ているわけだし、生身でそれを受け止められるのは羨ましいぞシンよ。
ただ、幼馴染補正として、シンが彼女を異性として見ていない節もあるけどな。
「シンくん、治ったみたいですね。良かったです」
(あぁ、そうだな)
シンの病気が治ったことで、ミレイもだいぶ落ち着きを取り戻したようだし、こちらの方も万々歳だな。
「ミレイくん、君のおかげで助かったよ。お礼を言わせてほしい」
「いえいえ、私は何もしてないですよ。逃げるお手伝いをしただけですから」
「いや、君がいなければ、我々は逃げることさえ出来なかった。だから、感謝しているよ。シンを助けてくれて、本当にありがとう」
けれども、彼女にとってあの結果は到底納得のできるものではなく、頭を下げるエドガーさんに向かって苦々しい表情を浮かべた。
「今日は、宿に戻りますですよ」
「あぁ、ゆっくり休んでくれたまへ」
そうしてミレイは席を立つと、じゃれ合うラナとシンを尻目にギルドの正面玄関をゆっくりと押し開ける。憂いを帯びた彼女の瞳には、迷いの色が広がっていた。
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