The Anotherworld In The Game.

北丘 淳士

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「いやーーっ!! 絶対無理!!」
 栞は脱兎のごとく逃げ出した。体長一メートルほどの蜘蛛二体が現れた瞬間、俺を置いて一目散に城外へと走り出したのだった。
 放置された俺は、フレイムソードを軽く振ってあっさりと蜘蛛二体を仕留める。
「足の数で言ったら、蟹と変わらないはずだけどな……」
 俺にとって、蜘蛛は嫌悪の対象にならなかった。栞が飛び出て行ったため、出直そうかと一瞬思ったが、時間がないという栞の言葉を信じ、俺は階段を昇って先を急いだ。
 ギザニの街で手に入れた情報によると、ヴィルヘイムソードはアーサム城最上階の教会に封印されているとのことだった。城の中心を階段が貫いているのではなく、大凡の城と同様に各階が階段や隠し扉で複雑に繋がった迷路のような構造をしていた。
 城の中腹まで上がってきた俺は、単身で乗り込んできた事を後悔し始める。武器、防具とも、おそらく最強クラスだが、回復薬を防御力の低い栞と体力のない香澄に全て渡してしまっていたのである。階上に上がるにつれ、敵の出現数も激しくなり、じりじりとだが生命値を削られていた。ギザニの町から全く回復してなかったため、最大で二千程ある生命値が、いまや五百を切るぐらいまで減っている。
 ボスがいたとしても、何とか倒せるとは思うんだけどな……
 城内の雑魚敵の程度からボスの強さを推測し、最悪の状況を念頭において行動することにした。そして生命値を四百まで磨り減らした頃、最上階の教会の扉に手をかけた。
 
「よくも出し抜いてくれましたね、真原さん!」
 アーサム城門扉でおろおろしていた栞を見つけて、迷彩服に身を包んだ香澄は、マシンガンを構えて憤る。だが栞は香澄を気にも止めず、挙動不審な動きで門から城の中を覗いていた。
「……どうしたの? 真原さん」
 鼻白んだ香澄は、構えたマシンガンを戻して栞に近づいた。
「どうしよう……、涼を置いてきちゃった」
 わなわなと震える口に手を当て、今にも泣きそうな声を出す栞を見て、香澄は嘆息する。
「涼君を置いてくるなんて、真原さんに涼君を求める権利はありません」
「だっ、だって! だって!!」
 栞は蒼ざめた顔を香澄に向け、足をガクガクさせていた。弁明しようとするも、明確な言葉となって出てこない。
「退いてください。私が涼君を助けに行きますから!」
 香澄は栞を手で脇に押しやり、朽ちた門の隙間から城内に入っていく。
「ねえ、一緒にいこ! 一緒に!!」
「なんですか、子供みたいに!」
 香澄に一喝され、栞は香澄の袖を掴んでいた手を叩かれる。中に入っていく香澄に続いて、栞は、うう……、と怯えながら入っていった。
 
 丁度その頃……。

 俺は最上階の教会でヴィルヘイムソードを守護しているボスと戦っていた。相手は二メートル半はあろうかという骸の剣士である。
「教会に骸骨なんて縁起でもない……」
 俺は悪態をつきながら骸の剣士と戦っていたのだが、ここにきてターン制の弊害が俺を苦しめる。骸の剣士の攻撃をよけるしか対処の方法がないのだ。防禦は盾を装備していないため使えない。シャンドールメイルはそれなりに防御力が高いのだが、一対一であるのと回復が出来ないことで俺は窮地に立たされていた。
 あと五ターン以内に剣士が倒れないと、俺のHPが尽きてしまう。
 そう考えているうちに三ターン経過して、あと二ターン。俺は逃走する覚悟を決めた。逃げ切れる保証はない。だが生き延びるためにはそれしか方法がないという状況だった。
 骸の剣士が刃渡り一メートルの騎士剣を振り下ろし、俺のHPを削った瞬間だった。
 祭壇の上部で陽光を背に鮮やかに煌く薔薇窓から、水泳の飛び込みで強かに腹を打ったような破裂音が鳴り響いた。
「……?」
「……?」
 俺と骸の剣士は立ち止まって辺りを見回す。そして何も無かったのをお互い確認して戦闘再開しようとしたとき、教会の背後の扉が開いた。
「涼様!!」
「京香!!」
 次の攻撃を待っている骸の前だったが、俺は突然の京香の声に振り向く。
 彼女の服装は、頭部をカバーしていない忍びの黒装束だった。その京香は鼻先を押さえ、涙目でやってくる。
「京香……、ひょっとして、またガラスを突き破って登場しようとしたのか?」
 京香は顔を真っ赤にして、眼を逸らした。
「涼様、恥ずかしいので余り見ないで下さい……、それよりもこれを!」
 そう言って回復薬を俺に投げた。それを飲み干すとHPが八百まで回復する。
「ありがとう、助かった!」
 そして俺と骸の剣士のターンが続行される。俺と剣士のターンが終わった後、京香はすばやく駆け、小太刀で剣士に一撃を与える。仲間がいるということの頼もしさを、これほど感じたことはなかった。そして体勢が崩れた骸の剣士に、俺は腰の入った一撃を与える。五ターンほどの剣戟の応酬の後、俺の剣尖は骸の剣士の脊髄を穿ち、古びた黴臭い教会の床に敵は崩れ落ちた。
「お見事で御座います! 涼様にはやはり剣が似合っています……」
 そう言い残し、その場に倒れた。
「京香!」
 慌てて駆け寄った俺は、京香の半身を抱きかかえる。
「大丈夫か! ……って、……え?」
 京香は気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「寝むってる……」
 おそらく寝ずに俺を探していたんだろう。
 ふと振り返ると俺は、骸の剣士が散った場所に一本の剣が浮いているのに気付いた。京香を一旦教会の長椅子に寝かせ、剣を取りに向かう。剣先を下に、その剣はふわふわと浮いていた。シンプルな黒い柄、紅い炎のような両刃の刀身、その刀身は一メートル二十センチと長く、十五センチほどのリカッソには精緻な女神の彫刻が施されていた。
 これがヴィルヘイムソードか……。手に取ると重力が戻ったかのように重さが掛かるが、そこまで重くはない。俺は巻物を開いて、ステータスを見てみた。255でカンストしている。序盤のダンジョンでいきなり最強の武器を手に入れたようだ。ヴィルヘイムソードを腰に佩き、俺は京香を負ぶって教会を後にした。

「どどどど、どうしよう! 涼一人で進んでいってやられでもしたら」
「あんな気持ち悪いモンスターがいるなんて聞いてませんでしたよ! どうしてくれるんです!」
 香澄と栞は二人して廃墟の入り口で狼狽していた。
「おい」
「ぎゃあぁぁっ!」
「ひいいっ!」
 香澄と栞は俺が廃墟の入り口から姿を現すと、奇声を上げた。
「終わったぞ。ヴィルヘイムソードは手に入れた」
「ごご、ごめんね涼。私、蜘蛛は苦手じゃないんだけど、あのサイズになると……」
「涼君ごめんなさい! せっかく装備を整えたのに助力できなくて……」
「危ないところだったけど、京香が飛んできてくれて、何とか助かったよ。さあ街に帰ろう。疲れた。帰りの道中、前衛に回ってくれないか」
 二人は俺が京香を負ぶっていることに気付いた。京香は緩く首に手を回している。
「あれって、絶対起きてますよね」
 香澄が栞に囁く。
「ええ、起きてる。でも悔しいけど何も言えないわ」
 前衛に立つ香澄と栞は時々後ろを振り返って、京香を羨ましげに睨む。微妙な空気は、四人がギザニの街の宿屋に着くまで続いた。

「RPGの基本通りに進むなら、旅しながら各々の最強の武器、防具、それとアイテムを手に入れてラスボスって感じが王道だけど、俺たちの基本ステータスが高いから、最強の武器、防具はそこそこのものでいいかもしれない」
 俺たち四人は朝食を食べ終わった後のテーブルで、この世界の地図を広げながら話し合っていた。
 この世界では食欲と睡眠欲が設定されていた。
「私たちは攻撃主体ですから、回復薬を多めに持っておいたほうが良いかもしれませんね」
「私は防具なんて要らないから、涼の意見に賛成よ」
「私としては、刀はもう一本欲しいところです。涼様、一度ラカンによってもらってもいいですか?」
「ああ、もちろん。攻略の情報も手に入るだろうし、じゃあラカンから行ってみようか」
 四者四様の意見が飛びかう。何か皆で協力して冒険を進めていく感じがして、この雰囲気は俺は好きだ。とりあえずの目的地も決まった。俺たちは昼前からギザニを出発した。NPCの情報では四日かかると聞いていたが、香澄が足を引っ張り六日かかってしまった。
 ラカンの街で聞き込みをし、ラカン近くの洞窟内に眠る伝説の刀をあっさり手に入れ、栞もラカンで新たな防具を手に入れた。そして俺たちは、まだ未踏のデイラックへと向かっていた。
 こんなにあっさりゲームが進んでいくと、実際面白くないな。
 栞、京香が前衛をつとめ、香澄が後方支援というパーティーは無敵に近い。物語は苦境に立たされるほど面白いと言うのもうなづける。

 その頃、一緒に飛ばされた、二宮万里加の妹、千景は、ディラックでこの世界を楽しんでいた。
「あ、これ美味しそう! すいませーん、これを二つ下さい!」
「二つね、あいよ」
「ありがとー」
 それは、蒸しパンのようなものに、マロンクリームが挟んであるようなお菓子だった。
「うんまーい! ここは要チェックね」
 千景の日々は過ぎて行く。
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