The Anotherworld In The Game.

北丘 淳士

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 俺は香澄の目をかい潜って、夜の街に出ていた。夜になれば、また違う情報が引き出せるのではないかと思っての散策だった。

 りょ、涼君! まさか早くも私に内緒で浮気!? 場末の女を口説いたり、いかがわしいお店に入ったりとか!
 宿を出て行く涼に気付いた香澄は、爪を噛み締めながら巧みに気配を消して、涼の後を追っていた。
 
「この町を出て北に半日ほど歩くと、ギザニの町があるわ。その町はヴィルヘイムの剣を信仰の対象としているから、町人かそこの長老が何か知っていると思うけど」
「そうですか……、ありがとう」
 街娘から情報を得た俺は、そのNPC(ノンプレイヤーキャラクター)に丁寧に礼をした。
 明日はフィールドバトルに慣れて、出来ればギザニまで行くか……。
 街の北口まで情報を集めに来ていた俺が、宿に戻ろうと踵を返したときだった。車に追突されたような衝撃が、横から俺の腰を襲う。
「ぶぐはっ!!」と肺の中の空気が押し出されたような声を上げながら、五メートルほど吹っ飛んだ。そして、仰向けに倒された俺の胸元から、涙声が降り注ぐ。
「涼! 良かった。無事みたいで。他の女に何かされなかった?」
「栞か?」
 俺は半身を起こし、彼女を見る。熊の着ぐるみを着た栞だった。顔の部分だけが出ている。
「心配したんだから!!」
 柄にもなく甘えた声を掠れさせながら、栞は俺の腰に手を回して抱きついてきた。彼女が飛びついた衝撃で、辺りには土煙が舞っている。
 俺は身体を捩って彼女の方を向き、着ぐるみから少し出ている栞の髪に指を絡ませた。
「良かった、元気そうで。俺も心配してたぞ……」
「え、ホント?」
「ま~は~ら~さーん? 私の旦那に何をしているのですか!?」
 建物の陰に潜んでいた香澄が姿を現し、禍々しいオーラを放ちながら、俺に圧し掛かる栞を威嚇してきた。
「今からこの女を倒すから、涼はそこで待ってて!!」
「なんですって? 人を悪役みたいに……」
「聞いての通りよ、戦闘不能にしてやるんだから! 棺桶に入れてあげるわ!!」
 そう吼えて栞は香澄に向き合い、構えをとった。
「もう、喧嘩はやめてくれよ~……」
 俺は倒されたままの状態で小言のように文句を言う。
 その言葉を聞いた香澄は、エアガンをホルスターに戻して俺のもとへ駆けてきた。
「……この勝負、お預けですね!」
 栞も構えを解き「仕方ないわ」と言って、手を差し出してきた。
 結局その日は三人とも同じ宿に泊まった。

 次の日の朝、宿屋のホールで俺たちは話し合っていた。
「この街から北に進むとギザニという町があるから、まずはそっちに行ってみよう」
「あ! 確かに言ってましたね!」
「香澄、その情報知ってたのかよ」
「えっ! ええ……。今日涼君に言おうと思っていたのだけれど色々と事情がありまして……」
「何だかんだ言って、単に涼と大人しく暮らしたかっただけじゃないの」
 香澄の隣に座る栞が睨みつける。着ぐるみの装備が呪われているのか外れないようで、珍妙なパーティーになっている。
 っていうか、よくそれを着てみようと思ったな。
 香澄は大息をついたあと、飄然と言う。
「最低でも三ヶ月はここで隠遁するつもりだったのですけど……、真原さんのストーキング技術には参ったわ」
「あんたがストーキングって言うな!!」
「なんですって!」
「もう、頼むから喧嘩すんなよー。喧嘩すると置いていくぞ」
 俺は半ば呆れながら言った。
「……ごめん」
「わ、わかったわ」
 早く攻略したいのか、栞と香澄はさっさと準備を済ませ、俺を引っ張ってブルック城下街の北門までやってきた。
 スタート直後に装備していたバールのままの俺は、巻物を開いて昨日お城からくすねてきた青銅の剣とをタップした。すると眩い光が俺を包んで姿が一変する。
 右手に持つ剣は、シンプルな革張りの柄、そこから延びる蒼い両刃の直刀は、自分の姿を映し出すほど磨かれていた。
「ねぇ、涼。あなた剣なんて使えるの? 空手やってたんだから、素手のほうがいいんじゃない?」
「いや、なぜだか判らないが不思議とこっちのほうがしっくりくるんだ」
「ふーん……」
「私は似合っていると思います」
 香澄が割り込んでくる。
「まあ、それはそうだけどさ」
 何か不満があるようだったが、栞はそれ以上、剣について話さなかった。

 ギザニの町に行く道中、モンスターと戦うにつれ、俺たちはバトルシステムを理解しつつあった。
 バトルはターン制で、スピード、攻撃力が高い栞が機先を制し、香澄が俺をサポートしながら、モンスターを倒していく。バトルシステムにある程度慣れた頃、俺たちはギザニの町に着いた。
 その町は意外と広く、町民一人一人に聞き込みするのは、相当時間が必要だった。
 俺はギザニの町で買った町の地図を見て言う。
「これは情報をまとめるのに時間かかるから、分かれて町の人達に聞き込みをしよう。情報を集め終わったら、ここに集合という事で」
 そう言って散開させた三十分後……
 俺たちは再び村の入り口に集った。
 ただ栞の装備だけが、先程と変わっていた。熊の着ぐるみだった栞は、膝の見えた黒いのスポーツパンツに白い胴着の上だけを着ていた。足元はカンフーシューズ、拳には白いのテーピングが施され、一見歪だが、格闘戦に最適化された姿である。その栞は瞠目する香澄とは眼を合わせない。
「真原さん! どこに売ってたのですか!」
 皮のポンチョを装備したままの香澄が聞く。
「さ、さあ? 急に服装が光って、この格好になったのよ」
 栞は眼を背けたまま、わざとらしく口笛など吹く。
「武防具屋の場所が、分かったのですね……。教えてください」
 いまだ皮のポンチョとエアガンの香澄が少し低い声で言う。
「何のことを言っているのか、いまいち分からないわ」
「くっ……! 涼君、そこで待っていて下さい! 今から真原さんが調べた範囲を見てきますので!!」
「あ、ちょっと!」
 香澄の姿が見えなくなったのを確認した栞は、俺の腕を掴んで町の西側へと連れて行く。
「おい、香澄を待とうぜ」
「ヴィルヘイムソードについて情報を得たんだけど、二人でこの町の西にあるアーサム城に入らないと駄目らしいのよ」
「え、そうなのか?」
「あ、これ涼へのお土産」
 そう言って、栞は歩きながら巻物を開いてポチポチっと操作する。
「涼も巻物開いてみて」
 すると俺の所持品にフレイムソードとシャンドールメイルが増えていた。
「おおっ、今の装備より、全然強い。装備していい?」
「もちろん!」
 思わず興奮した俺は、二つをタップして装備した。
 今まで蒼い光沢を放っていた剣は、紅に変わり、うっすらと陽炎が剣を包む。そして旅人の服は白金の光沢を放ち、植物をモチーフとした意匠が施された全身鎧に変わった。だが動きやすさは変わらない。
「すごいな、ステータスが一気にアップした」
「さあさあ、夜になると魔物が強くなるらしいから、昼間しかチャンスがないの。だから、あの女は置いていかないと手に入らないわよ」
「そ、そっか。でも一言言っておいたほうが良くないか?」
「別にいいわよ、子供じゃないんだし。それに揉めると時間が無くなるわよ」
「う、うん。まあ、そうだが」
「ってことで、さっさとヴィルヘイムソードを手に入れましょ!」
 栞は拳を突き上げて俺の腕を引っ張った。
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