The Anotherworld In The Game.

北丘 淳士

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テイルズオブウインド

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 眼を射潰すような強烈な光に、俺は眼を顰めていた。直視しないように右手を前に翳している。
「あれ? 俺……」
 眼の前の光は、門兵の携えている抜身の剣が、陽光を跳ね返していたものだった。その門兵は五メートル程の高さの門の前で立哨している。
 俺は反射する光から顔を背け、辺りを見渡す。自分が立っている場所は、堀に掛かる橋の上で、背後には城下街が広がっている。その街は道路が石畳で舗装されていて、古代ローマの街並みを彷彿とさせた。石畳を行きかう馬車は疎らで、大概の馬は痩せこけていて活気がない。歩道にも手を繋いで歩く母子、負傷した兵士らしき人、杖を突っかけながらよろばい歩く老人。彼らの顔は一様に陰が降りていた。多くの建物は二階建ての白い漆喰で統一されていて、見た目は鮮やかだが、やはり多くの店は閉じられ、衰退の一途を垣間見せる。
 俺は再び前の城に眼を遣った。白亜の宮殿だったであろうその城は、所々ありえない位置に大人程度の大きさの引っかき傷があり、壁の一部も衝撃で剥がれて下地の茶色い壁が見えている。その傷は風化具合から少なくとも最近のものではなく、補修が追いついていない実状を如実に物語っていた。
「今年の出兵志願者だな!」
 門兵の一人が、俺を見てやや離れたところから叫んだ。
 俺は他の人に間違ってないか辺りを見回したが、該当するような人物は自分しかいない。
「王様がお待ちだ! 中に入れ!」
 そう言ってその門兵は門を数回、あるリズムで叩いた。数瞬後その扉が内側から開く。
 勝手に話が進んでいるな……
 俺は、宮殿が覗く門を潜って城内へと向かう。そして門を潜るとき、門兵は背筋を伸ばして俺に言った。
「ようこそ、ブルック城へ」
 俺の服は、中東アジア風の動きやすそうな上下に変わっていた。この世界の街人と変わらない服装である。
 眼に飛び込む調度品の精緻さと手触り、耳を掠める風の音、その風に乗って鼻腔をくすぐる街の匂い、乾いて粘り気を増した口内。現実世界が、一瞬でこの世界に乗っ取られた。
 門の向こうに待機していた従者に案内され、俺は謁見の間にたどり着いた。
「あっ、涼君!」
 喫驚の声を上げたのは香澄だった。香澄も俺と変わらない質素な服に身を包んでいるが、品性を感じさせるたたずまいだった。先に謁見の間に立っていたが、俺を見た途端顔を綻ばす。
 謁見の間、玉座に座る派手な衣装を着た初老の男がなにやら述べ始めた。
「うむ、揃ったようじゃな……、ではようこそ、ブルック城へ」
 すると香澄がさらに雀躍して言う。
「えっ! 今回、涼君と二人っきり?! 二人は居ないですよね!?」
 眼前の王様然とした男に憚ることなく、香澄はテニスコートほどの謁見の間をウロウロして、栞や京香が潜んでいないか確認しているようだ。
「……であるからして、そなたらにはまずは伝説の剣と謳われるヴィルヘイムを手に入れてもらいたい。これはそのための私からのささやかな贈り物じゃ」
 そう一頻り言って王様は従者を呼んだ。
 探索していた香澄は慌てて俺の隣に戻り、従者からその贈り物を受け取る。それは小さな巻物だった。それぞれ一つずつ貰う。巻物といってもそれほど長くなく、B5サイズの羊皮紙のような紙がクルッと巻かれ、紐で留められている。
 俺はその巻物を広げた。すると紙の上に文字が流れ出す。俺と香澄は感嘆の声を上げた。
 それは超薄型ディスプレイのように自在に曲げることができ、端と端を持てば、そのまま巻かれた紙はピンと張って空中に固定し、手放しで使用できた。そして収納するときは丸めて腰などに掛けることが出来る。俺たち二人は流れる文字に驚きを中断し、その羊皮紙の文章を読んでいた。
「どうやら、ようやくオープニングみたいだね」
「ええ……」
 その文章の要約は、『仲間を集めて天空城バイオンを陥落せよ』だった。
「仲間ってのが、京香と栞だろうな」
「ええ、まあ」
 ややむくれた声音で香澄がぞんざいに返す。
「あっ! オープニングが終わりました」
 香澄に言われて、俺は羊皮紙に眼を落とす。そこには所持品、装備、ステータスなどの項目が並んでいた。
 俺はまず所持品をタップする。すると所持品の項目がツリー状に広がり、一覧できるようになった。そこには、回復薬、バールのようなもの、皮の服の三点。
「バールのようなものって……」
 項垂れた俺は、他の項目も広げてみた。装備の項目は胴と右手、左手の三箇所のみでそれぞれ空欄である。俺は所持品の項目に戻り、バールのようなものをタップ。すると装備、外す、渡す、売るの選択肢が出て、装備をタップした。即座に俺の手元に煌きながらバールが具象化される。
「なんだよ、結局バールじゃねえか!」
 俺はバールを床にたたきつけた。
 香澄はそれを苦笑しながら確認して、自分の所持品をタップした。途端にがっくりと項垂れる。
「ど、どうした? 香澄……」
 怪訝な表情の俺を尻目に、説明するのが面倒くさくなったのか、香澄はそこをタップする。すると、俺と同じく手元が煌き、武器が現れた。プラスチック製の銀球鉄砲である。かつて駄菓子屋とかで売っていた。
 失笑した俺は、香澄の視線に気付き顔を背けた。香澄は顔を赤らめ怒りに打ち震えている。
「ちょっと、この素敵な贈り物を下さった王様で、試し打ちしてみましょうか……」
「や、やめとけ!! ぶふっ!」
 俺は香澄の銀球鉄砲を見ることが出来ない。
「ちょっと笑いすぎですよ」
 香澄は羞恥に堪えながら、俺を窘めるので精一杯のようだった。
「ぜひ世界を救って欲しい。では頼んだぞ」
 そう言って、その王様は途端に無口になった。
「こんな道具で『世界を救って欲しい』なんて、図々しいにも程がありますわ!!」
 俺と共に謁見の間を辞去した香澄は、憤然と足音を立てて回廊を歩く。彼女の憤りを鎮めるかのように、俺は香澄の肩に触れた。
「りょ、涼君?」
 香澄は、何か期待に胸を膨らませたような瞳で俺を見る。
「ついでだから、もうちょっと城を探索しよう」
 期待を裏切ってしまったようで香澄は嘆息を洩らす。
「探索? こんな凋落寸前の王家に目ぼしいものなどないと思うんですけど……」
 そう先程の羞恥を思い出して毒付く。
「いや、大体隠し財産があるんだ、こういう所って」
 そう言って俺は香澄を連れて、片っ端から部屋の扉を開けて調度や緞帳の裏などを調べて回った。やがて警備のなっていない王様の部屋に潜入し、華美な箪笥を動かすと、人が屈んで潜れるぐらいの穴が壁に開いていた。
「ほらね」
 そこは三つの宝箱があるだけの、小さな小部屋だった。 

 宝箱からアイテムを頂いた俺は、青銅の剣、香澄はエアガン、皮のポンチョを装備し、彼女は俺の隣で、意気揚々と街の歩道を歩いていた。
 香澄は栞と京香のいない喜びが、隠せないでいる。
「涼君、カフェに行きません? それとも……、やや宿屋? キャー!! ま、まだ早いですかね!」
 二人がいないと本当の性格が表に出てくるようだ。
 俺は苦笑いしつつ「まずは情報集めようか」と優しく言った。
 街を行き交う人々は基本無口だったが、俺たちが一メートルほど近づくと視線を寄越してくる。そしてその街人と目が合うと自動的に会話へと入った。俺と香澄が街人と話した中で得た、攻略に有益な情報と言えば……
「天空城バイオンには空からしか侵入出来ないこと」
「不思議な術を使うラスボスが、バイオンで待ち構えていること」
「この世界はブルックの他に、デイラック、ラカンの三つの独立国家があること」
 ぐらいだった。
「とりあえず飛空艇のような乗り物を手に入れるか、それともさっき王様が言っていたヴィルヘイムの剣を見つけ出すのが先かってところだね」
「そうねですね……、まあゆっくり攻略しましょう。その前にカフェでお昼にしません?」
 香澄は俺の袖を軽く摘んで催促した。

 「武」のみが唯一の通貨、ラカン。その修羅の国の街道で、京香は銀狼の群れに追われながら先を急いでいた。
 早く……、早く涼様と合流しないと! 真原や高倉に先を越されたら何されるか分かったもんじゃない!
 京香は息を切らすことなく、街道の分岐を右に曲がる。分岐の錆が浮いた鉄製の看板に『デイラック』と書かれていた。

「それでですね、先日初めて『男の黒』を飲みました。あれってブレンドでしたっけ? はあ……、涼君ったら、こんな味が好きなんだなって思ったら、急に顔が見たくなって、こっそりジョギングしている姿を見に行ったの! キャー、言っちゃった! あ、店員さん! おかわりお願いします!」
 香澄は冷たいお茶のようなものを口に含んで、上気した顔を冷やしていた。
 隣で余りにも楽しそうに話す香澄に『街の外に行って、敵との戦闘に慣れよう』と言うことが出来ず、俺は十一杯目のコーヒーを店員から受け取っていた。
 なみなみと注がれたコーヒーに僅かな吐き気を感じ、俺は気まずそうに香澄に話しかける。
「こんなにコーヒー飲むと、夜が眠れなくなりそうだな……」
 それを聞いた途端、栞は急に真面目な表情を向ける。
「涼君! わ、分かってます。もう少し後になるかと思っていたけど……、覚悟は出来ています!! ふ、ふふ、不束者ですが、今夜は宜しくお願いしますっ!!」
 と叫んで、真っ赤になった顔を両手で覆い伏せてしまった。
「いや、ちがっ! そんなんじゃ……!!」
「分かってますから!」
 赤ら顔で俺を見つめなおし、香澄は俺の手をギュッと握る。
「まだヴィルヘイムの剣すら手に入れてないのに、夫婦の契りなんて、と涼君は思っているのかも知れないけど、私たちの、むむむ息子に託すということも考えていいんじゃないですか!?」
「そ、そうじゃなくて!」
「あっ! 息子ではなく娘かもしれないですしねっ。名前何にしましょうか!? 子供は五人ぐらいいると楽しいですね。って、ご、五人も……」
 香澄は顔を掌に埋め、頭をぶんぶん振り出した。妄想が止まらなくなっている。
 嘆息した俺は、それ以上言葉を紡ぐことを諦めて、コーヒーを啜った。
 
 その日、俺はこれといった成果を上げれず、宿屋に泊まることになった。
 この世界では睡眠欲があった。
 宿はすべてシングルのみで、香澄とは別々の部屋になる。そのベッドの上で、俺は巻物を広げていた。
 昼の香澄の様子から鑑みるに、今回は長丁場になりそうだなと俺は改めて思惟する。そして何気なくステータスウィンドゥを広げていた。すると職業が盗賊見習いになっている。
「はあ!?」
 俺は瞠目して、声を出した。すると、部屋の扉が勢いよく開き、香澄が駆け寄ってくる。
「どうかしましたか!? 涼君」
「……香澄、俺が声を出して入ってくるまでが早いんだけど」
「た、たまたま廊下を歩いていたら涼君の声が聞こえてきて。ところでどうかしましたの?」
 香澄は咳払いして、ベッドに横たわる俺に近づく。
「いや、職業が変化していたから驚いただけだよ」
 俺は香澄に巻物を見せていう。
「最初は何でしたの?」
「始まってすぐは、……勇者見習いだったんだけどね。お城の隠し財産をくすねたのが拙かったのかな、盗賊見習いになってたよ」
 呆れたように俺は笑った。
「そういえば」と、香澄は何気なくベッドに座り、自分の巻物を取り出して広げる。
「私の職業って何でしょう……」
 ステータスをタップした途端に、香澄が凝然と凍りつく。
「どうした、香澄……」
「……盗賊見習いの子分になってます」
「ぶっ、見習いの子分……、ぶふふっ!!」
 俺は顔を背け、込み上げる笑いをベッドの枕で圧殺した。
「なんだかこの世界……、銀球鉄砲といい、盗賊見習いの子分という肩書きといい、悪意を感じるのですが……」
 香澄の美貌に青筋が浮き立たち、頬が引きつっていた。
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