The Anotherworld In The Game.

北丘 淳士

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飛行船を求めて

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「今日の宿はあの町にしましょう」
 昼過ぎ、まだ先に進む事ができるが、香澄の提案で街道沿いの町に泊まることになった。香澄は疲労困憊といった表情で訴える。
 まあ、ゆっくり進めよう。
 町のNPCからは特に有益な情報を聞くことが出来なかったが、モンスターを倒したお金で少し豪華な夕食をとり、俺たち四人はそれぞれ個室がある宿へと帰っていった。

 歩けば床が軋む安普請に泊まっていた。廊下には灯火もなく、他の客のいびきが聞こえるほど薄い。その中を音を殺しゆっくり進む影があった。その影は涼が眠るドアの前にたどり着いた。
 今まで良い宿に泊まっていたので出来なかったけど、こんな安い宿のノブは壊せそうね。弁償しろと言われても安くて済みそうだし。
 その影の正体は栞だった。枕を片手に涼の部屋のノブに手をかける。そして限界まで回してそこからさらに力を加える。「ガキン」鍵の壊れる音がした。そしてやや強めに扉を開けた。空けた瞬間、壊れた鍵の一部が落下したが、栞の反射神経で床に落ちる前に拾い上げた。
 あぶないあぶない。
 扉を開けた栞は、壊れた鍵を慎重に床に置く。そして涼の眠るベッドへと近づいていった。
 あの女が涼と添い寝していたんだから、私も仕掛けなくては。
 そう思い、月明かりしか射さない仄暗い室内に入ると、涼の毛布が二つの山を作っていた。
 涼以外にもう一人いる!
「鎬!!」
 栞は叫んで、毛布を引き剥がした。するとそこにいたのは、京香ではなく香澄だった。二人とも熟睡しているようで、香澄は涼の胸の上で寝息を立てている。
「あ、あんたね~!!」
 栞は香澄の襟を掴んで無理やり起こした。
「なに涼と添い寝しているのよ!」
 その時、仄かに月明かりが入ってくる窓が勢いよく開いた。
「涼様!」
 下着姿に刀を持った京香が姿を現す。
「真原、涼様の部屋で何を!」
 その声にようやく香澄はおぼろげに目を覚ます。京香が抜刀して栞に飛び掛ってきたので、栞は香澄の手を放し、京香の刀を白羽取りする。
「あんたこそ、なんで声がして入ってくるまでの時間が早いのよ!」
 そんなやり取りも気にせずに、香澄は目をこすりながら涼のベッドへ戻ろうとする。その香澄の襟を京香が掴む。三人の力が拮抗したところで、壊れた扉から宿屋の主人が怒鳴り込んできた。
「うるさいぞ! 出て行け!!」

 俺は焚き火をいじりながら睡魔と闘っていた。他の三人は焚き火を囲んで寝ているようだが、起きている気配もする。香澄が俺のベッドで寝ていたのは、宿屋の主人に『婚約者だから鍵を貸して欲しい』と言って侵入したらしい。結局宿屋を追い出され、俺たちは野宿する羽目になった。
「はあ~~っ」
 思いっきりため息が出る。俺が三人との関係をどうにかしないと、この小競り合いはずっと続くのだろう。何とかしなくてはいけないのだろうなぁ……。と考えているうちに答は行き詰まり、揺れる炎に意識を持っていかれそうになったとき、京香は半身を起こした。
「やはり涼様は寝ていてください。私たちが騒ぎを起こしたせいで、野宿することになったので」
 まだ夜明けまでは二、三時間ある。
「まだ寝ていていいよ。俺は夜が明けてから一時間ほど寝かせてくれればいいから」
 気が付けば、栞も香澄もうっすら目を開けてこちらを見ている。ばれていないとでも思っているのだろうか。多分俺が寝ないと、この三人は寝ないかもしれない。寝ている最中にモンスターに襲われる可能性もあるが、少しぐらい攻撃されても大丈夫な気がする。夜盗は勘弁して欲しいけど。
「じゃあ、やっぱり寝かせてもらってもいい? その代わり三人もちゃんと寝てくれ。今日の出発は昼ごろからでも大丈夫だろうから」
「はい、眠りましょう。涼様の体調も心配ですので」
 栞と香澄も先ほどのことを反省しているのだろうか口を出さず、それを確認した俺は木に寄りかかりながら剣を抱き、まどろみの中に落ちていった。

 焚き火は消え、底冷えのする中、俺はうっすらと目を覚ました。陽光が目の奥を押す。三人はすっかり寝ていて、何も問題はなかったようだ。腕を上に伸ばし、固まった体を伸ばすため強めに伸びをする。すでに火が消えた薪の様子から、三~四時間は眠っていたようだ。俺が立ったとたん京香が目覚め、続いて栞と香澄も目を覚まし、四人で朝日をぼんやりと眺めていた。
「朝食を食べたら、デイラックに行こう。とにかくベッドで寝たい」

 朝食を食べ、半日も歩けばデイラックの街に着いた。道中のモンスターも徐々に強くなり、最後の街になるだろうと思った。ここで飛行船の情報を手に入れ、天空城バイオンへ乗り込むはずだったが、デイラックの街は広すぎた。飛行船の情報を手に入れて整理するまで四人で手分けして丸二日かかってしまった。俺と栞、京香は昼と夜のNPCの情報が違う為に寝ずに情報を集め、宿屋にいる香澄に報告し、彼女はそれを逐一書きとって情報を取捨選択し、まとめていく。飛行船のパーツを店やダンジョンなどで手に入れ、乗組員のスカウト、飛行船が眠っている場所など、やっと手に入れ方が分かった時には三日目の朝日が昇っていた。
 眠気が極限まできていた。もう一人ぐらい仲間がいると楽だったろうに。

 そのころ千景は、香澄が必死に情報を整理している部屋の隣で、ベッドに横になり、お菓子を買い込んで引きこもり生活をしていた。
「あ~~やっぱり私には、こんな生活が合ってるわ。あっ、このお菓子美味しい! どこで買ったんだっけ? まあいいや、まだお菓子は沢山あるし」
 千景の日々は過ぎていく。

「眠い……、眠すぎる」
 早く攻略しなくてはいけないという使命感みたいなものが、俺を何とか奮い立たせていたが、限界だった。香澄と京香も目が死んでいる。栞は椅子に仰け反り、大きく口を開けていびきをかいでいる。「いい加減、寝よう」
 そう言った俺はテーブルに伏せるなり、速攻で落ちてしまった。

「やっと起きましたね」
 一番俺の近くにいた香澄が嫣然という。
「十時間ぐらい眠ってましたよ」
「そんなに?」
「ええ、私たちはもう準備が出来ています。早く飛行船を復活させましょう」
 一緒に俺の部屋にいる栞と京香も、俺の目を見てうなづく。
「わかった、行こうか」
 俺は立ち上がって巻物を取り出し、剣と鎧を装備した。

 飛行船の眠る王家の墓は砂漠の中にあったせいか保存状態はよく、砂嵐で開いた入り口で一旦止まり、必要な道具に忘れ物がないかチェックして、乗り込んだ。やはり終盤が近いせいかモンスターの強さもそこそこで、援護射撃する香澄の銃で一発で倒れない敵も出てきた。松明も結構使い、飛行船を守るドラゴンも三ターンほどで倒し、乗組員六人に手伝ってもらって、飛行船を半日ほどかけて整備した。
「旦那、いつでも動かせますぜ!」
 乗組員の一人が快活な声で言う。
「よし、天蓋を開けて発進しよう」
 船からの無線で天蓋が開く。全員乗り込んだのを確認してタラップを上げ、五本の巨大なプロペラが回りだす。プロペラに付いていた砂埃が舞い、差し込んできた月明かりを一瞬淡く黄色く染めるが、わずかな重力がかかり、飛行船は浮いて、夜空にかかる星々のきらめきが俺たちを出迎えてくれた。舞い上がった飛行船の振動に心地よさを感じながら、俺たちはデイラック近くの平原へと着陸した。

 翌朝、片田舎の宿屋でのような騒動はなく目が覚めた。おそらく最後の朝だ。
 飛行船があれば浮遊城バイオンにも乗り込める。おそらくゲーム的に、まだ未開の村やダンジョンにもいけるだろうが、俺たち四人のステータスはカンストしている。おそらく武防具の類はもういらないだろう。今日で終わらせることが出来る。そう思って気合を入れた後、巻物を開き武防具を装備した。そして重厚な扉を開けると、すでに三人は微妙な距離を保ちながら、俺の部屋の前で待っていた。
「……早いな、みんな」
「ええ、準備はとっくに出来ています。朝食をとったらバイオンを攻略しましょう」
「私が一番最初に待っていたんだけどね……」
「真原が涼様の部屋に入ろうとしていたのを、私が止めたのです」
「そ、そうか。朝食とったら道具屋で回復アイテムを買ってバイオンに行こう」
 何か一悶着があったらしいが、詳しくは聞かない。被害がなくてよかった。
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