The Anotherworld In The Game.

北丘 淳士

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ヴァンパイアキラー

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 六畳程の部屋に京香は立っていた。丁寧に磨かれた花崗岩が取り囲むその部屋は、腰の高さほどの引き出しが設えてあった。その金属製の引き出しはアイボリーの塗装が施され、三段構造になっている。横幅は大の大人が両手を広げた程度。
 その部屋は木製の観音扉と同じ材質の閂で内側から施錠されていた。
 部屋の中ほどで扉に向かって立っていた京香は、左側に黒いディスプレィを見つけた。途端、そのディスプレィは下から上へと横書きの文字を流し始める。最初は物珍しそうに見ていたのだが、途中から俄に険の籠もった表情へと変貌していった。そして文章を全部読み終わる前に、京香は扉に向かって走り出し、閂に手を掛けて扉を開けようとするも閂は微動だにしない。
 焦る京香の前に、扉の表面にプロジェクターで投影したような文字が現れた。
『使用武器を選択してください』
「武器!」
 京香は辺りを見回し、怪しいと踏んだ引き出しへと駆ける。その中には銃や刀、ヌンチャクや投擲武器、果ては杖や万年筆といった武器としては首を傾げたくなるような道具までもが、雑然と詰め込まれていた。下から順に開けていき、太刀と脇差、クナイ数個を手に取った次の瞬間、京香の衣装が一瞬の眩い光を放つと同時に、白衣に緋袴のスタンダードな巫女装束へと変化した。戸惑いの表情も見せない京香が刀を佩き終わるや、閂のかかった扉は消え、代わりに皓皓と揺らめく白いもやが戸口に姿を表す。
「涼様、今参ります」
 小さく呟きながら、京香はもやの奥へと駆けていった。

 先刻、ディスプレイは告げていた。
『レイナルド男爵を倒し、虜囚の身となった凪野涼を助け出せ』と。

 今回、俺は囚われの身かよ……。
 俺はまたもやゲームの中の世界に飛ばされた。城壁に囲まれた檻の中で、俺はディスプレィに流れる文字を読んでいた。檻の中はギリギリ横になれる程の狭さだ。俺は呆然と最後の文字を見送る。
 それにしても待遇悪過ぎない……?
 仕方なく腕立て伏せを始めたのだが、筋肉に全くと言って良いほど刺激が無く、筋トレとしての意味を成さないことに気付く。
「誰か来てくれー、早くー」
 俺は身体を動かすのもやめて、不貞腐れ、口を尖らせて横になった。

 パステルカラーの屋根瓦、白い漆喰の壁が続く目抜き通り。街路の花壇に咲き誇る、多種多様のチューリップは、風も無いのに微かに揺れている。石畳の路上から見上げる空は、どこまでも澄んでいて、点在する白い雲はほとんど動いていない。二、三階ほどの建物が通りに軒を連ね、時間が経つのを忘れてしまうかのような、のどかな欧州風の町に、一人だけ場違いな巫女装束に身を包んだ京香がいた。彼女はまだ事態が飲み込めていないようで、レイナルド男爵の居場所を探っているのか、建物の扉を叩いて人を探している。だが扉の向こうからの応答は全くなく、京香の顔は焦りの色を隠せないでいた。
「早く、早くしないと涼様が……」
『警告 対戦者接近中』
 ふと京香の眼前に黄色い文字が浮かび上がった。本来なら文字が出てきた時点で異常を感じるのだが、京香は自然と文字に目を送っていた。すでにこの世界観に飲み込まれている。
 対戦者……、レイナルド男爵か!
 腰の刀に手を掛け重心を落とす。そして神経を研ぎ澄ませ、辺りを見回した。
 かすかに靴が石畳を叩く音が、通りの脇道から聞こえる。心中で焦る京香を嘲るように、ゆったりとした動きと口調でその女は脇道から姿を現した。
「ふふふ……、あなたはこの世界は初めてみたいですね」
 濡れたように陽光を反射する長く黒い髪。目元と鼻を隠した白いマスカレード。膝の高さまである白い外套を羽織り、その中には薄い桃色を主体としたミニのメイド服を着ている。右手には野球玉サイズの水晶玉、左手には鈍器とも言える分厚い辞典を抱えていた。
 その女は、黒髪を耳にかけながら話し出した。
「やっとつなが……って、きゃあ!!」
 抜刀した京香が、問答無用で斬りかかってきた。魔女然とした女の眼前で、刀は白い火花を飛び散らしながら止まる。京香は飛び退って間合いをとり、正眼に構えて品定めするように見つめた。
『対戦者と遭遇。戦闘開始まで十秒……九……』
 ようやくカウントダウンが始まる。魔女っ子は足をガクガクさせながら、わなわな震える。
「ちょ、ちょっとまってよ~! 気が早いんだから!!」
 声を荒げて非難する。
「あなたはレイナルド男爵ではないのか?」
 京香は構えを解き、納刀しながら問う。
「そんな訳ないでしょ! どうみてもピッチピチの魔女っ子じゃない! あなたの節穴っぷりには、節穴もびっくりですよ!!」
 地団駄を踏みながら抗議した。
 じたばたする魔女っ子をひたと見つめながら京香は問う。
「一つ尋ねたい。レイナルド男爵を探しているのだが心当たりは……」
 その時、カウントダウンは静かに終了する。『戦闘開始』の文字に変わって、やがて砕け散る。
「レイナルド男爵ですかぁ?」
 魔女っ子は水晶玉を目線の高さまで上げながら、ゆったりとした口調で答える。
「私を倒したら分かるでしょう……。まぁ、無理だと思いますけど」
 水晶玉を握る指に力を込めた。
 透き通った水晶玉に、白い光が凝縮される。水晶玉からその光が溢れようとした瞬間、凝縮されたエネルギーが解放され、光の筋が京香に向けて放たれる。
「なっ……!!」
 とっさに身体を捩って回避しようとしたが、その閃光は京香の右脇腹を貫き、背後の建物をも貫通する。壁には指で抉ったような、焦げ後もない小さな孔が開いた。慌てて京香は自分の脇腹を確かめたが、傷を負ってはいなかった。今一度魔女っ子を見遣る。
「おのれ、レイナルド男爵の手下だな!」
「きーーっ、手下って! 結構このキャラ気に入っているのに! 万死に値します、覚悟してくださ~い!」
 再び水晶玉を掲げた魔女っ子の頭上に、緑色のバーがあるのを京香は認めた。自分の視界の上の方にも緑色のそれを確認し、それは全体に対し一割ほど減った状態だった。掲げた水晶玉に京香は再び視線を戻す。水晶玉は今度は暗青光を湛え始めていた。腰を低く落とした京香は、左手は鞘を掴み、右手を柄にかけて魔女っ子目掛けて駆ける。
「遅いで~す!」
 危険を察した京香は、勘に任せて左に飛ぶ。だが今度の攻撃は真下からやってきた。
 魔女っ子を中心に青色い円が一瞬で京香の足元まで広がった。そして大地から体全体を突き抜ける衝撃が京香を襲う。手を胸元で交差し衝撃に堪えたが、少し緑色のバーを削られていた。
 このバーがダメージを表しているのか。空になったほうがおそらく負けになるのだろう。
 ようやく状況を理解し、体勢を整えた京香は小さく頷く。
「そっか……、わかった」
 そう落ち着き払った声で呟く。
「ふっふ~ん。強がり言っちゃって~」
 余裕を見せる魔女っ子を警戒しながら、京香は一旦納刀し、白衣の袂から一本の紅い紐を取り出して、一端を口にくわえて素早く襷がけにする。そして斜に構えて、再び柄に手をかけた。
「鎬剣術館範士二段、鎬京香、参る」
「か……、かっこいい!」
 魔女っ子は京香の口上と、凛とした姿に一瞬見とれてしまう。だが放心している自分に気付き、頭を振って自分に似合うカッコいい二つ名を考え始めた。
「えっと……、私は、じゃあ……」
 顎に人差し指を当てて一考する魔女っ子を気遣う素振りも見せず、京香が斬りかかる。
「だから言わせてよ!!」
 魔女っ子は文句を言いながら、分厚い辞典で京香の初撃を防いだ。
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