The Anotherworld In The Game.

北丘 淳士

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 目抜き通りを警戒しながら歩く魔女っ子は、しばらく京香と鍔迫り合い(刀と辞典だが)した後、すれ違いざまに鋭い返し胴をもらい、その後京香を見失っていた。
「何ですか、あの速さー! 反則じゃないですかー!!」
 返し胴の一撃で四分の三までゲージが減っている。
「しかも一撃で四分の一もっていくなんて、鬼ですよ、鬼ー!」
 理不尽な京香の強さを目の当たりにし、魔女っ子は驚愕していた。通りには身を潜めるような場所はほとんどない。俊敏で獰猛な獅子を彷彿とさせる京香に、常に狙われているのも落ち着かない。
 閃いた魔女っ子は辺りをもう一度確認して目を閉じた。そして左手の辞典をおもむろに開き、開けた頁に水晶玉を近づける。
「おいで! 星を喰う者ナルダ、それと雷の白燕たち!」
 そう叫んだ瞬間、開いた辞典から鮮烈な光を纏った四羽の燕が飛び出す。やや遅れて、魔女っ子から少し離れた石畳に、光を吸収するような漆黒の水溜りが広がる。それは、やがて沸騰したかのように泡立ち始めると、むくむくと隆起し、二階の半ばまで届く程の高さまで屹立する。そして二足歩行の生物を象形していった。それは輪郭がぼやけたガス体の様で、頭がないゴリラといった体だった。
「それじゃ、燕さんたちはー……」
 魔女っ子が指示を出している途中、彼女の周りで輪を描いていた四羽の燕が一斉に空を向いた。そして四羽同時に飛び立つ。慌てて上を向いた魔女っ子は、上から落ちてくる黒い影を認めた。射抜くような鋭い目を魔女っ子に向けた京香が、刃を下に向け、猛禽類のように襲い掛かってくる。四羽の光る燕が京香を自動迎撃する。しかし京香は腰にさしていたクナイ三本を矢継ぎ早に投げ付け、三匹をあっさりと消滅させた。残る一匹は刀で切り落とし、再び魔女っ子目掛けて落下する。
「きゃーーっ!!」
 人は真上からの対処に弱い。全く防御することも出来ず、魔女っ子の右手、右肩から右腿にかけて銀が滴るような刃が貫通した。出血などはないが、閃刃のエフェクトが走る。
 魔女っ子のライフゲージが一気に減り、残るは二割。
 衝撃に仰け反る魔女っ子に、京香は追撃の手を緩めなかった。
「終わりだ!」
 着地して深く沈みこんだ反動で、下から切り上げようとする。だが、魔女っ子の反応も速かった。
「ナ、ナルダーー!!」
 そう叫ぶや、京香の背後で暇を持て余していた漆黒の巨人が、丸太のような両腕を胸に当て、観音扉を開くように自分の胸を引き裂いた。その瞬間、京香の体が轟音と共にナルダに吸い込まれる。後ろに引かれて二撃目の切り返しが空を切る。宙を切った刀を咄嗟に地面に突き立て、辛うじて京香は転倒を防いだ。纏っている巫女装束は猛風に引っ張られ、片膝ついて何とか吸引に堪えてはいたが、引き込まれる風は強く、片目を開けるので精一杯だった。
 敵から目を離すのは拙いが、烈風の中、ちらりと背後の巨人を見る。巨人の胸の内側には、深い井戸の底のような、とこしえの闇が口を開け、彼方に小さく煌く星のようなものが無数に見えて、底の深さを窺い知ることが出来きない。吸い込まれればどうなるのか予想もつかない。だが詳しく観察する暇もなく、烈風に耐える京香の前に魔女っ子が悠々と近づいてきた。
「ふー、危なかったー!。おねーさんは隙を伺ってたのかも知れないけど、呼び出し時間の掛かる『ナルダ』を召喚出来た時点で、私のスーパーコンボが決まっていたのです」
 魔女っ子の身体は仄暗いベールに包まれ、ナルダの吸引を無効化しているようである。
 ふふふ……、と妖しく笑いながら、魔女っ子は水晶玉をかざした。
 万事休すか……、脇差やクナイを投げても、届かないだろう。京香は思索を廻らすが良案が浮かばない。片目を閉じ歯軋りしながら攻撃を待った。だが、魔女っ子の様子がおかしい。
「あれ!? あれっ!?」
 水晶玉を何度か空にせついていたが、何も変化が起きない。怪訝な表情で水晶玉を覗き込んだら、その水晶玉は綺麗に二つに割れてしまった。その滑らかな断面から推測するに、鋭利な刃物、すなわち先刻の京香の一太刀で両断されたようだった。
「え!? う、うそ……」
 吹き荒れる風の音だけが二人を包む。
「……」
「……」
 そのうち、背後でブラックホールのような猛威を振るっていた巨人は、自身をその空間に吸い込み、最後は一点に収斂して消滅した。
「……ふっ」
 京香はあっけない幕切れに、溜息にも似た息を吐きながら、すくと立ち上がる。
「え、えへへ……」
 魔女っ子は可愛く舌を出してウインクなどしていた。顔は絶体絶命のピンチで汗だくである。
 刀を石畳から引き抜いた京香は、涼と同じように後頭部をわしわし掻きながら魔女っ子に近づく。
「悪いが、先を急いでいるからな……」
「いけると思ったのにー! ひーん!!」
 それがメイド魔女っ子の断末魔だった。
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