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第2部

フェーズ8-7

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 日差しが柔らかくなり随分と過ごしやすくなってきた。秋の気配が漂い始めている。ピルのおかげで生理痛が軽くなったこともあって、久しぶりに外でデートすることになった。生理の憂鬱さが軽減されて、私はいつも以上にうきうきしていた。
 せっかくなら秋らしい場所に出かけたい。紅葉はまだ早い。ちょっと背伸びをして、行き先は美術館に決めた。なんとなく近寄りがたくて、今までに一度も行ったことがない。
 美術館の洗練された印象の建物は、それ自体がひとつの作品であるかのよう。やや緊張しながら館内に入ると、大きな吹き抜けのロビーが現れた。開放的な大きな窓から柔らかい光が差し込み、幻想的な雰囲気が広がっている。静かに流れる音楽も心地よくて、ここにいるだけでも楽しめる。
 多くの展示室が並んでいる。順路に従って手前の部屋から見ていく。通路を歩きながら私は自分から涼の腕に手を伸ばした。いつもは手を繋ぐことが多いが、今日は大人っぽく腕を組んでみる。
「珍しいな」
「今日は大人のデートなの」
 涼がくすりと笑った。
「手を繋ぐのと腕を組むの、どっちが好き?」
「彩に触れられるならどっちでも」
 そんなことを言われると、せっかくの芸術が目に入らなくなってしまいそう。集中しなきゃ。
 ロビーに注意書きの立て看板があり、「会話をする場合はお静かに」と書かれていた。それはそうだ。芸術鑑賞の場なのだから。ボリュームに注意すれば話してもいいんだろうけど、これだけ館内が静かだと気が引ける。まだデートに慣れていなくて何を話したらいいかわからなかった、付き合い始めの頃にきたらよかったかな。でも、私も涼もたくさんおしゃべりするほうではないけれど、話が途切れて沈黙が気まずいなんてことは不思議となかった。涼が大人で落ち着いているから、私も無理しなくていいと自然と思えたのかもしれない。外見に関しては少しだけ背伸びをしてきたけどね。
 美術品の時代背景や作家のことなどはよくわからない。そんな私でも見ているだけで伝わってくるものがあった。この絵が家にあったら素敵だな、もし飾るならどの部屋がいいだろうと考えるのも楽しい。楽しみ方はきっと人それぞれ。身構えずに自分なりの見方で楽しめばいいんだ。
 芸術鑑賞のあとはカフェに入った。季節限定の和栗のモンブランと紅茶、涼はブレンドコーヒーで一息つく。絞られた栗のペーストの下にはたっぷりのホイップクリームが盛られている。和栗の風味が引き立つようにクリームの甘さは控えめだ。涼にも一口あげた。
「もうすぐ誕生日だな。十九歳か」
 モンブランを味わう私に涼が言った。
「プレゼントならいらないよ。ケーキも今食べてるし」
 先手を打つと涼が眉をひそめた。
「訊こうとした俺が愚かだったよ」
「いつも涼にいろいろ買ってもらってる身で、プレゼントなんてもらえないよ」
 バイト代があるのに、そっちは貯めておけと言って、一緒に買い物に行ったときは買ってくれてしまうことが多い。今日着ている秋色のワンピースもそうだ。
「家のことやってくれてるんだからそれくらいは当然だろ。誕生日は別」 
 去年も同じようなことを言われた憶えがある。
「じゃあ、今年こそは一緒にいて?」
「夫婦なんだからそれも当たり前。去年は悪かったよ」
 去年の誕生日は一緒にいられなかった。次に会ったときにたくさんお祝いしてくれたけど、誕生日はその日だけなのに、と悲しかった。今年は一緒にいられる。それだけで十分幸せだ。
「あーや」
 不満そうに涼が言った。「何かねだれ」と目で訴えている。
「今日デートできたのもうれしいし、十分プレゼントだよ」
 デートできること自体が貴重なの。疲れていて家でゆっくりしたいはずなのに、こうして外に連れていってくれるんだもの。本当にうれしいしありがたいと思ってる。一緒にいられる時間が何よりも幸せだから、物なんていらない。
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