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第一章 転生者二人の高校生活

因縁の対決

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 一八は面食らっていた。自分の順番になって試験が中断しただけでなく、その中心人物が浅村ヒカリであったからだ。
 何やら浅村ヒカリは試験官の交代を申し出ているようだが、流石に担当の大原と小泉は難色を示す。一応はこれも任務なのだ。担当外に試験官を代わってもらうなんてあるまじきことである。任務に反する要請を受けるつもりはないらしい。

「貴様たちでは荷が重いと言っている! 大原少尉、貴様は岸野玲奈に手も足も出なかったようだが?」
 痛いところを突かれ、大原は苦い顔をしている。年齢はヒカリより一つ年上であったが、階級は二つも劣っており、命令できる立場ではない。

「しかし大尉、我々はF組の担当をするよう命じられています……」
「ふん、一人の試験を交代するだけだ。魔力切れしたとでも言っておけ。小泉准尉は体調不良。回復するまで手の空いた私が担当してやろうという話だ。何の問題もないよ……」
 割と強引に進められていく。ヒカリはどうしても一八と戦ってみたいらしい。

 難色を示していた大原であるが、言い争っていてもヒカリが引かないことは理解した。
「もし問題となれば責任は取ってくださいよ?」
「もちろんだとも。彼の力を引き出せるのは私しかいない。貴君らでは不相応だ……」
 F組の名簿を預かった瞬間に大原はハズレを引いたと思っていた。女性である岸野玲奈はともかくとして、オークエンペラーと一騎打ちをした剣士が相手では流石に荷が重い。受験生を前にして醜態を晒すのではと危惧していたのだ。

 既に岸野玲奈には惨敗し、奥田一八の試験も恐らく駄目だと思う。そのような状況で浅村ヒカリが交代してくれると申し出た。彼女が全責任を持つというのなら、この話は受けてしまっても損などないはずだ。

「大尉、それではよろしくお願いします……」
 大原が頭を下げたことにより、浅村ヒカリが試験官代理となることが決定する。表向き大原の回復待ちという理由によって。

「さあ、かかってこい! 奥田一八!」
 剣先を向けるヒカリに困惑するだけの一八。自身の意思は少しも考慮されることなく、ヒカリとの対戦が決まっている。彼自身、大原であれば勝てると目論んでいたというのに。

「クソババァ、てめぇはどうして俺の人生を狂わせてばかりなんだ? 剣士だって俺の予定にはなかったんだぞ……?」
 苛立ちが募る。一八が剣士を志したのはヒカリを叩きのめすためだったはず。けれど、今はそのときではなかった。過程にある目標を遂げるときであり、しゃしゃり出た彼女は邪魔でしかない。

「奥田一八、軽くあしらってやる! その時には美しいお姉さんと跪きたまえよ!」
 ヒカリは煽るように剣先を振って見せる。彼女の剣は玲奈や一八とは異なりストレートタイプ。切り裂くことを主眼を置いた曲刀とは違う。

「るせぇ……。マジ腹が立つ女だな。もう合格とか不合格とか関係ねぇ……」
 一八は覚悟を決めた。元よりヒカリから一本取るのは最大目標である。ここで切り裂いてやるのも悪くないように思い直していた。

「ぶった斬ってやる!」
 一八の反応は間違いなく減点となるだろう。上官に対する態度ではなかったのだから。
 ところが、ヒカリは満面の笑みだ。望んだままの現実に喜びを隠しきれていない。

「ふはは! いいな、その威圧感! まるで強大なオークキングと対峙しているかのようだ!」
 ヒカリも負けていない。彼女は剣を構え、左手をクイっと動かした。
 それは開始合図。いつでも来いとの意思表示であった。礼儀的な剣先の接触などなく、もう既に試験は始まっているようだ。

「うおおらぁぁっ!」
 一八が仕掛けた。長い間合いは彼独特のもの。瞬時に振り下ろされる大太刀はヒカリに攻撃の隙を与えない。
 ガキンという金属音がグランドに響く。今日一番といえるものだ。耳が痛くなるほどの打撃音は一八の攻撃をヒカリが剣で受けたからである。

「ぬぁ! 聞きしに勝る馬鹿力だな!」
 魔力を込めヒカリは一八の一撃を押し返す。更にはバックステップをし距離を取った。
 ヒカリが考えていたより素早い。また一八の間合いは長かった。愚鈍な大男とは何度も試合をしたけれど、その経験による恩恵などこの一戦にはないとヒカリは思う。

「むっ!?」
 距離を取ったはずが一八はもうそこにいた。と同時に切先が視界に入る。
 再び甲高い金属音がグランドに轟く。ヒカリは何とか攻撃に合わせている。
「まるで稲妻のような剣だな!? 奥田一八!」
「幾らでも打ち続けてやる! お前のその剣が折れちまうまで!」
 武士から教わったまま。一八は全力で奈落太刀を振り回している。その度に受け止められてしまうけれど、小手先ではなく力で押すと決めていたのだ。

「私からも行くぞ!」
 守勢に回ってはジリ貧とばかり、ヒカリが剣を振る。この辺りの勝負感はピカイチであった。守護兵団最強と呼び声高い魔力に加えて、完成された剣技。ヒカリはどのような苦境をも好転させるだけの資質を有している。

 ヒカリが繰り出した一撃は確かに一八の腹部を捕らえたはず。防具越しではあっても少なからずダメージがあったはずだ。しかしながら、彼は意にも介さぬ様子で攻撃を返している。
 これには流石にヒカリも度肝を抜かれた。完璧な手応えがあったというのに、動じることなく剣を返してくるだなんて。

「面白い! 模造刀であったのが幸いしたな! だが、その根性は褒めてやる!」
 尚もヒカリのカウンター。今度は腕に叩き込んだ。その手応えは鉄柱を切りつけたようなもの。ハードヒットしていたけれど、一八は表情すら変えなかった。

 これには本当に剣士としての血が騒ぐ。明らかな強者の登場にヒカリは昂ぶっていた。
「奥田一八、良い師についたようだな? 攻撃もさることながら、防御魔法も十分なレベルだ……」
 一八の防御魔法は基本的に三六から教わった魔道柔術によるものだ。師である武士には振る力を叩き込まれただけである。
「るせぇぇ! その腕ごともぎ取ってやる!」
 一八は手を出し続ける。それこそ素振りのように。一日も欠かさず一万回を振り続けたのだ。一時間やそこらで体力が尽きることなどない。

 かれこれ三十分が経過していた。これほどまでに時間を要した試験は他にない。終了した組も出始めていたけれど、受験生たちは帰路に就くことなく、一八とヒカリの試験を見学している。
「まったくバケモノだな……。奥田一八……」
「バケモノ上等! さっさとその腕、寄越しやがれ!」
 二人共が息を整える場面が増えた。それはそのはず攻守に魔力を消費しているのだ。特にノーガードで斬られている一八は徐々に防御しきれなくなっていた。攻撃痕を手で抑える場面が増えている。

「ぶった切れろォォオオオ!!」
 体力と集中力が共に限界を迎えていたけれど、一八は全力で振りきった。手加減など習っていない。師匠の教えを守り、全身全霊の一撃を繰り出す。

 刹那に轟いたのは、またも耳に付く金属音。ただし、これまでとは明確に異なり、それはキィィンという乾いた音を奏でていた。ヒカリが剣で受け止めた音とは明らかに違っている。

 宙を舞う煌めきに一八は気付く。恐らくそれは折れた鉄剣。渾身の一太刀が模造刀を折ったのだと疑わない。
「くたばれ、クソババァァ!」
 一気呵成に攻め立てる。まさに好機到来であった。ヒカリが如何に優れた剣士であろうと、折れた剣では分が悪いはずだと。
「うおおおぉぉおおおおっっ!!」
 上段から奈落太刀を振り下ろす。全魔力を乗せたようなその一振りは荒々しくも基本に忠実であり、美しい太刀筋を軌跡に残している。

 奈落太刀は攻撃を受けた者を等しく地獄送りにするという。例外なく地獄に落ちたことから、そう名付けられたはず。
 ところが、眼前の女性は僅かに残った剣の腹でそれを受けてしまう。一八の全力攻撃をいとも容易く受け止めていた。
「なっ!?」
 一八が怯んだその瞬間、ヒカリは剣に魔力を込めた。スッと力を抜き一八の太刀をいなすや、彼女は折れた鉄剣で素早く斬り付けている……。

 まさに電光石火の一撃。一八はそれをまともに受けてしまう。ヒカリの一撃は防具だけでなく、防御魔法をも貫いて完全に振り抜かれている。
 ヒカリの剣技は冷気のようなものを纏っていた。彼女が振り抜いたあと、剣の軌跡には粉雪のようなものが飛散している。また粉雪に遅れて一八の防具と思われる破片が無惨にも宙を舞っていた。

 一瞬のあと一八の腹部から血が吹き出していた。折れた模造刀であったというのに、一八の腹は横一文字に引き裂かれ、大量の血飛沫を上げている……。

 天を仰ぐようにして一八はその場に倒れ込んだ。もう魔力も体力も尽きている。治癒師の大声が耳に届いていたけれど、反応はできない……。

 地面に伏したまま一八はただ涙を流した。ただし、それは痛みよるものではない。武士との約束を果たせなかった自分自身が不甲斐なく自然と流れた悔し涙だ。

 程なく一八の意識は途切れてしまう。このあとの大騒動を彼が知る由もない。次に彼が目覚めるのは病院のベッドであるのだから……。
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