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4 情けは勇者のためならず
第6話 君の名は。
しおりを挟む「失礼なことだが、まだたずねていなかったな。君の名前を教えてはもらえないか?」
朝焼けの中を集会所へ帰り着くと、ベルフォントの人たちとベルフォント氏が待っていた。
田舎だとは言え、こんなに朝早くから集まっているのはニワトリたちと黒いひよこのことを聞きたがっているのだと思っていたから、突然の問いかけに面食らう。
「いや、えーっと、その……バイロです」
ちょっと忘れかけていたこの世界での己の名前をどうにか思い出し、名を名乗った。救世主と崇める者の名は、まだ公にはなっていないはずだ。置手紙で口止めしてきたし。
「ほう、バイロ君か。良い名前だね。勇者様にちなんでのものかな」
「ぐっ!」
のどの奥が見えざる何かに締められたような、ひと鳴きする前のニワトリのような、変な声が出そうになった。
もしや、正体がばれかけているのか!
「同級生にもいたなあ。バイロフにルバイロ、バイロートとか」
良かった、ありふれてた。
冒険者には多そうな名前だと、街の学校の同級生らしき人たちを思い浮かべてか、ディクトが話す。ベルフォント氏は朗らかにうなずきながら語った。
「バイロ君。君が来てくれていなければ、今頃すべてが後の祭りとなっていた。本当に、本当に、ありがとう。勇者様が遣わして下さったように思えるよ。本当に助かった」
間違いではないな。勇者が自らを寄越した、ってことになるのか。
「これを。さあ受け取ってくれ、ささやかだが報酬だ」
こちらの手を取ったベルフォント氏が握らせたのは、硬貨の入った布の小袋だ。数は多くないが、重みはある。白銅硬貨が何枚か入っているようだ。
「いやいやいやいや、それはいいです!」
ベルフォント氏の大きな手の中へ、小袋を押し返す。
「魔道具の弁償をしに来たので! これは余計です、ほんと!」
取り囲む集落の人たちから距離を置く。彼らの足元へ目をやりながら訴えたことに、ベルフォント氏やディクトが反論した。
「なにを言っているんだい、バイロ君。魔道具以上のことを君はやってのけたんだ! これくらいの礼はさせて欲しい」
「そうだって。コカトリス討伐なんか、冒険者組合から銀貨の特別報酬ものなんだぜ。これじゃ全然足りないくらいなんだよ」
そうだそうだと、集まった人たちからも声が上がる。小袋の中身は、ここにいる人たちからかき集めたもののようだ。
銅貨はもちろん、銀貨とか要らない。今も持ってるあれを、どうやって目立たずに両替したらいいのか悩んでるんだ。
「コカトリスは! コカトリスは雄鶏が倒したんです! こっちが麻痺してるうちに隙をついて、背後から雄鶏が!」
嘘は言ってない。
魔物に遭遇した時、石化したふりをもっと上手くやって、しっかり引き付けていれば、雄鶏の一撃でコカトリスにかなりの重症を負わせていたはずだ。コカトリスはすばやさに勝るというだけで、麻痺攻撃がなければ体力的には、ニワトリの方に分があった。
「だからそのお金は彼らと、診療所に使って下さい! ではこれで!」
人だかりの一角に、隙間を見つけた。足元から見抜いたそこへまっしぐらに向かい、驚いて身を引いた人たちの間をすり抜ける。振り返らずに声を上げた。
「この件に関しては、みなさんで報告を。山村の、警ら兵隊長にも、よろしくお願いします。山賊の件の流れで、こうなっただけなので!」
あっけに取られたか、追ってくる足音はしなかった。待ってくれと呼び止めるベルフォント氏とディクトの声は聞こえたが、もちろん立ち止まるつもりも引き返す気もない。
朝の涼やかな空気の中を、まあまあな速度で駆ける。心地良かった。誰もいない道を走ることに胸が弾む。
前は、こんなこと出来なかったみたいだ。だったらなおのこと楽しんでおくか。この、丈夫な朽ちない器を。
集落を背に人がいない道を駆ける。行先はまだ決めていない。そういえば、ベルフォントの名には覚えがあった。
街の図書館の壁に、印刷と通信業で財を成した者として、肖像画が飾られていた。勇者が知識をもたらした技術を使い、彼が印刷機を実現して、製本の量産化が叶ったからだ。
説明板の内容に気を取られていて、名前までしっかり見てなかった。その肖像画のベルフォント氏がいてこその図書館ということなんだろう。
この集落とその偉人が関係あるのか、次に図書館を見かけた時にでも調べよう。
それ以外にこれといって行先を決める材料はないが、今はひとまず全部忘れて、早朝の空気で胸をいっぱいにすることに決めた。
毒霧よりかは絶対に、こっちの方が健康に良いからな。
「変わってるな。冒険者って、手柄立てたがるものなんだと思ってたのに」
首をひねって、ディクトが誰に聞かせるわけでもなく、つぶやく。それへ答えたのは息子の隣で旅人を見送った父だった。
「確かに変わっとる。俺たち以外でニワトリを、彼らなんて呼ぶのはそういないよ。俺たちと同じ気持ちでいてくれたんだろう」
「まったくだ。報酬は無しでいいと話していたが、ここまでやって何も受け取らないとは思いもしなかった。バイロ君のことを誤解していたな」
以前、依頼より大変な仕事だったと魔物調査の代金を不当に釣り上げてきた冒険者のことがあって、ベルフォント氏は無料だと告げられた報酬への不信感がぬぐい切れなかったのだ。
組合長の後悔の言葉を、うなずいて聞いていたディクトが「そうか、分かった!」と大げさに声を上げた。
「あいつ……お人好しの動物好きなんだ!」
孵化に立ち会った時の、それを見守る横顔を思い出し、ディクトは己の推察に納得する。
猫でも犬でも動物は、自分たちのことを好いてくれる者は分かるらしい。
縄張りに何者も寄せ付けないニワトリたちにも充分に分かったのだ。口元をほころばせ、雛の誕生とそれを喜ぶ親鳥たちを見守っていた者が、例え前髪と外套の頭巾でほとんど顔は見えなくても、かなり人の良いやつだということは。
「これでベルフォント様に顔向けが出来る」
ベルフォント氏が集落と山を照らす朝日に向かって語る。
「この地で上も下もなく、みなで助け合い暮らすようにと、ここを開拓して我らに残して下さった。時の勇者様からは莫大な資産をなげうつのかと問われたそうだが、正しい決断をしてもらったと感謝しているよ」
読み書きの出来ない貧しい子やその親に住む場所をと始めた開拓で、この地は生まれた。
印刷と通信業の独占を掲げた一族に反発した御曹司が、共通資産として技術を公開した後、残った資金をすべて投じて、この地を買ったのだ。
「この集落のことをもっと知ってもらって、人を増やしたい。ニワトリたちと共に生きるのはもちろん、彼らに頼らずとも、我らも彼らの助けになれるようにせねばならないな」
直接の血のつながりはないのだが、その名を先祖に受け継がせてくれたベルフォント様には、どれだけ感謝しても足りない恩義を感じている。
ベルフォント氏はそこへバイロの名も加えることにし、この度の勇者様も、ニワトリ好きの謙虚な冒険者のように心優しい方であることを、朝日に祈った。
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