転生勇者は連まない。

sorasoudou

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4 情けは勇者のためならず

第5話 雄鶏のたまご

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 斬る。
 ぐっと身を乗り出し、腕を前へ、斜めに斬り上げる。
 尾っぽの先と、上あごと下あごを、切り離すように。


 色の交じった羽毛が舞う。赤い目は一瞬にして、灰色に変わった。それこそ、河原に転がっている小石のような色だ。

 途端に麻痺が解け、雄鶏おんどりはひとつ羽ばたき、石化鳥コカトリスの頭部を蹴った。
 動かぬ魔物は、ばらばらになりながら卵の上から吹っ飛び、立ち木に体を打ち付けると破裂する。ニワトリと恐竜とが一緒になったような奇妙な魔物は、塵になって、消えた。


 卵の側に降り立った雄鶏は、神剣の白い刃が通り抜けた我が子に何事もないかを確認している。小さな鳴き声を上げながら、赤茶けた殻を、くちばしでなでた。
 こちらから見えるところへ、小さく丸いコカトリスの針の痕が三つほどあったが、それ以外の傷はない。雄鶏がこつこつと、くちばしで優しく卵を叩くと、中からこつんと返事があった。


 黒い雄鶏は卵を抱える。そして、一声、長く鳴いた。


 コカトリスは雄鶏の卵から生まれると聞いた。なんてことはない。厄介な宿敵から我が子を守るため、卵を抱くのが雄鶏の役目だったことから広まった伝承か。

 勝利のひと鳴きを聞きつけて、麻痺から解けた群れの仲間たちが集まってきた。少し離れたところへ突っ立っていたこっちに驚き、警戒の鳴き声を上げるのもいたが、黒い雄鶏が平然と卵を温めているのを見ると、みんな安心して周囲を散策し始めた。

 群れの長の強さを分かっているんだな。魔物の気配がなくなった雑木の合間を、ニワトリたちは思い思いに歩き回っている。


 コカトリスは真っ先に、群れの頭である黒い雄鶏を石化状態にしたはずだ。
 麻痺から自己回復した雄鶏の強さもさることながら、石化したとコカトリスの油断を誘おうとしていたこちらの意図が伝わったのか、おとりとして自ら敵に飛び込んで行った勇気もすごい。

 あの時の気迫が今は少しも感じられない。雄鶏は気づかわしげに頭を小さくうなずかせ、卵の中から呼びかける音に答えて、くちばしで殻を叩いては返事をする。
 ちらりと黒い羽の間から見えた殻には亀裂が広がっていた。内側からつつく音が少しずつ大きく、間隔も早まってくる。


 雄鶏が頭を上げる。彼も集落の人々の気配を聞きつけたようだ。他のニワトリたちが騒ぎ出さないうちに、たまご拾いの人たちの元へと向かう。


「た、卵がかえる! わ、分かった。引き返す!」


 ディクトや、声には出さないながらも慌てふためいた集落の男たちが引き返そうとした時だった。


「クココココココ」


 雄鶏の鳴き声に合わせて、雌鶏めんどりたちや他のニワトリも鳴き交わす。穏やかな声音に誘われている気がした。


「今なら、離れたとこからなら見られるかも」


 先に立って歩き出すと、みんなも息を詰めて後を付いてくる。
 卵を見守る場所に選んだ少し離れた木の側で立ち止まると、顔を上げた雄鶏が、卵から降りたところだった。茶色い羽の雌鶏がそのかたわらに立ち、剥がれ落ちる殻の隙間を見つめている。

 殻がへばりついた膜を押し、薄茶色のくちばしが現れた。頭と体全体を使って亀裂を押し広げ、ひなが出てくる。
 くちばしに続いて、親に似た、しっかりとした足が出た。その足で踏ん張って、殻を蹴破り転がり出た雛をまた、雄鶏が足の間に抱えた。


「初めて、初めて雛が孵るのを見た……」


 息を詰まらせた声でそうつぶやいて肩を震わせるたまご拾いは、ディクトの父だったようだ。息子がその背をさすって「そうだな」と返答する。彼のその声も微かに震えていた。

 大の男たちが感極まっているのを背に、雛を囲むニワトリたちへ目をやる。
 雄鶏から卵の産みの親らしき茶色の雌鶏が代わって雛を温め、それから他の雌鶏や群れの仲間たちへと交代していく。もう日が傾きかけていた。気温が下がらないうちに体を乾かしてやりたいのだろう。
 彼らの世話の甲斐あって、桃色の肌に張り付いていたとげのように丸まった羽毛はすっかり乾き、再び雄鶏の足の間から出てきた時には、ふわふわの黒いひよこになっていた。

 父親譲りで、がっしりとした太い足にはもう、小さくても立派な黒い蹴爪けづめがある。この子がいれば後何年と、ベルフォントではたまご拾いが続いていくに違いない。

 ふわっふわな見た目と、ぴよぴよの幼い鳴き声に感動している、たまご拾いたちに提案する。


「一応、寝ずの番をしておきます」


 反対する者は誰もいなかった。
 雄鶏と一緒にコカトリスを倒したことも告げると、かなり驚かれはしたが、ほぼ見知らぬ旅人へニワトリの群れを任せることへの不安は完全になくなったようだ。
 ディクトが、なにか食事を運ぶと言ったが、それを断わる。


「今が一番、ニワトリたちを落ち着かせてやらなきゃいけない時なんだ」


 ささやき声で父親が息子へ指導しつつ、ニワトリの父子に背を向ける。ベルフォントのたまご拾いたちは朗らかな笑顔で帰って行った。





 枯葉の中で外套にくるまり横になっていたせいで、イモムシに間違われたらしい。黒いひよこにつつかれて目が覚めた。
 つついただけでは足りないらしく、横っ腹の上で何度も跳んで、早くも戦闘訓練を始めている。雄鶏の朝鳴きで朝食のことを思い出したか、ひよこはやっと、勇者の器からだから下りてくれた。

 黒いひよこが何かをついばんでいる。親の雌鶏が割ってやったそれは、小さな赤茶色の卵だった。

 雛の栄養にもなるのか。おすそ分けは大切に食べないとな。

 昨日の残りのいつもの卵を三ついただき、早朝の山中を後にした。長いひと鳴きの後に聞こえた、甘えるようなひよこの声が耳に残った。









 
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