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4 情けは勇者のためならず
第7話 再会は甘いものと共に
しおりを挟む「ベルフォント様。資料をお持ちしました」
「ありがとう」
秘書から資材購入記録の書類を綴じた台帳を受け取り、ベルフォント・ベル通信機商会のベル・ベルフォントは笑顔を見せた。
通信機の発明、設計、改良を請け負うベルフォント・ベル通信機商会を父から譲られたばかりの令嬢の頼りは、長い付き合いの老齢の秘書と、自身の技術者としての腕である。
「うーん、やっぱり、値上がりしてるわね」
通信機に使う魔石は元々、高価なものだ。魔鉱石の鉱脈から発見される天然ものは希少で、魔術師向けの魔道具を製作する職人たちと競い合って仕入れるしかない。
くず鉱石から生み出される人工ものでも、精製がすばらしいものは様々な業種の技術者たちと取り合いになってしまう。値が張っても仕方がない。
しかし、この最近の魔石全体の価格上昇は、ベル・ベルフォントには気がかりだった。
「くず鉱石そのものが枯渇してるのかしら? そんなことある?」
通信機以外のものが作りたいんだと早期退職を願った父親譲りで、発明のこととなると周りが見えなくなりがちな主人を残し、秘書が部屋を出て行こうとした。
「ああ、待って、ビゴウさん。私もう休憩するわ」
部屋でうなっていても、資材の購入資金のやりくりに痛めた頭は、どうしようもないとなったのだろう。ベル・ベルフォントは席を立ち、秘書のビゴウにも休憩を許可して、馴染みの喫茶店に向かった。
注文が入ってから作る、ペーストにしたてのピスタチオのクリームがぎっしり詰まったサンドイッチで評判の店のテラスで、ベル・ベルフォントは顔なじみの姿を見つけた。
「ライオミットさん。街に来てたんですか? お久しぶりですね」
空いていた彼の向かいに腰かける。同じものをと給仕係に注文したベル・ベルフォントのついでに、ライオミットも追加分のサンドイッチを頼んだ。
ライオミットは相変わらず、発明に夢中で作業場に引きこもっているベル・ベルフォントの父よりも顔色が悪かった。それでいて甘いものなら二、三皿を平気で平らげている。
給仕係が持って行った皿の枚数をつい数えてしまいながら、ベルは古い知り合いと向かい合った。
「ベルフォント嬢、お父さんが引退なさったって、ほんと?」
小さな頃に出会った時からの呼び名でたずねるライオミットに微笑んで、ベルフォント嬢は答えた。
「父さんは元気よ。仕事が嫌になったってだけなの。家業を押し付ける者が出来たから、自分だけさっさと逃げ出したのよ」
笑顔で父の近況を語るベルに、ライオミットも笑みを浮かべる。
由緒ある家業を任せられた重責よりも、娘にそのまま商会の名前を付けるくらい自身の仕事を愛している父親に認められたことが、ベル・ベルフォントの誇りなのだ。
一族が勇者より授けられた知識で築いた資産、莫大な利益を生み出す発明の権利が手を離れた時、大勢の親類縁者が怒りで醜態をさらしたものだが、ベルフォント嬢の祖は通信機の技術をさらに進歩させる工夫を考えることに夢中で、まったく意に介さなかった。
多くの人が発明を共有すれば、それだけ良いものが生み出される可能性が高まるからだ。
魔鉱石の値上がりに頭を痛め、もっとお金があればなと考えることはあっても、共同体の集落で今も尊敬されるベルフォント様がしたことに、ベルフォント嬢が腹を立てることなどひとつもない。
何より今、ベル・ベルフォントが考えている通信機の改良は、高価な魔石の必要数を抑え、魔力の干渉を少なくし、なおかつ耐久性も上げ、廃棄を遅らせて使用期限を延ばせるかということだったからだ。
上手くいけば一台辺りの通信先も増やせるし、もっと安価で製作出来て、普及率も上げられると思うんだけどなあ。
「ほんと、君たち親子は変わらないなあー」
おやつの待ち時間に考え込んでいたベルは、くすぐったくなるようなライオミットの笑い声に我に返り、照れ笑いを返した。
通信機の改良のことで紅茶を前にうなっていた父親へ「甘いもの食べた方がいいですよ」と、声をかけてきたのが、その時相席したライオミットとの出会いだった。
お菓子屋をめぐる旅で各地に知り合いが多いライオミットから、良い魔鉱石の仕入れ先に心当たりがあると情報をもらい、三人でシュークリームを食べながら話をした日のことは、ベルフォント嬢もよく覚えている。
「変わらないのは父さんよ。おやつを食べようって私を連れて来たこと忘れて、お茶だけ頼んでたのを見かねたんですよね?」
「その横で君も、うんうんうなってたよ。魔石がどうとかって、今みたいにね」
「そうでしたっけ?」と答えながら、ベル・ベルフォントは考えをめぐらせた。
変わらないのはライオミットもだ。彼は長命な亜人の血を引いているらしく、ベルフォント嬢が出会った時から姿形が変わらない。
青白い顔色に大きな眼鏡。青みがかった銀の瞳に、緩く巻いた小麦色の髪。顔色は悪いのに出会った者に良い印象を与えるのは、甘いものを前にした時のような笑みを絶やさないからだろう。
八歳のベルフォント嬢が初めてライオミットを見たのが、つい昨日のことに思えるほど、彼はいつも同じだ。
そういった出自をやたらと知りたがる詮索好きも世間には多いが、ベル・ベルフォントはまったくと言っていいほど人のうわさに興味がなく、たずねようと思ったこともない。
それはライオミットも同じだった。せっかくのおやつ時に、いくつ食べても飽きない素朴で素敵なシュークリームをお手頃価格で出してくれる店で、冷めた紅茶だけ飲んで帰るのはもったいないと思ったから、ベルフォント親子に声をかけたまでである。
それからしばらく、変わらない二人は変わらないやり取りをした。この度の再会をピスタチオクリームサンドで祝して、たわいもない会話を楽しみ、またの日を約束して別れたのだった。
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