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6話
②
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突然の大声に驚き、硬直してしまった。
…そんな、至極当然の反応を見せたロウセンに対し。ビィズは眉を寄せ、目を細めた。
「……」
問いたい事を声にしようとするも、やはり心臓が騒いでしまう。怯んでしまう。口をきつく引き結んでしまう。
だが。
(駄目だ!!)
小さく首を振り、「何をしに来たんだ」と心中で己を叱咤する。
鼻から空気を吸い込んで、胸に溜め、ソレを思い切り吐き出す事で内側から無理矢理口をこじ開けた。
「…きょ…今日は1つだけ!! どうしても聞きたい事があって来たの!!」
きちんと言葉に、文章になっている自分の声が耳に届き、大きな安心感を得る。喋れているなら、自分は落ち着けている…そう思い込めたからだ。
これなら目的を果たせる、と。今度は小さく頷いて、ビィズは顔面──主に眉間──の力を抜いた。
「な…にゃん…何、でしょうか…?」
ビィズの大声に押し付けられた衝撃と驚きを、まだ全ては処理し切れていないらしい。
僅かに口元を震えさせ、噛みながら。ロウセンが首を傾げる。
「────」
俯き地面を見つめ、ビィズはしばし考えた。
どう聞くべきか。どう話を持って行くべきか。どうすればロウセンから──嘘や誤魔化しではなく──本当の事を聞き出せるか。
…考えた。が。
(今更…)
今更だ。久しぶりにやって来たかと思えば、急に大声で叫び、唐突に聞きたい事があると言い出す。そんな…ロウセンから見れば「何だコイツ」などとしか思えない言動をしたのだ。
今更、遠回りをした所で意味など無いとしか思えない。
つまり……強引に、勢いと力で押しまくり、聞きたい言葉を引き摺り出すしかない。
「ロウセンくん!!」
「は、はい!」
心を決めて、再度大きな声で名を呼ぶと。ロウセンは全身を跳ねさせつつ、良い返事をしてくれた。
最短で。つまりストレートに。勢いが生きていて戸惑いや躊躇が死んでいる今の内に。…そう自身に言い、自身に頷き、ビィズは問う。
「──ロウセンくんって、好きな女性が居るのよね!?」
「えっ」
1番声にしたかった本題をロウセンの耳に押し込む事は出来た。この時点で、戸惑いや躊躇が復活する可能性が消えたとビィズは確信する。
後はもう、死ぬ可能性が無くなった『勢い』に乗れば良いだけだ。
「前、ロウセンくんと会った日の少し後に聞いたの! この辺りの、えっと…ドコかの使用人っぽい中年女性達が! 井戸端会議でロウセンくんは好きな女性が居るって言ってたのよ!」
「うぇッ!? い、いえ、そんな事…!!」
「誤魔化そうとしても無駄っ!! アタシその井戸端会議に混じって色々聞いて、かなり信用出来る話だって思ったんだから!!」
「混じったんですか!?」
混じってはいない。と言うより、勿論そんな女性達に遭遇などしていない。
ただ、この第2区には…忠臣家の人間・忠臣家の部下として神友族の屋敷で使用人をしている人間・忠臣家の屋敷で使用人の仕事をしている人間…と、『使用人』が大勢居る。
『井戸端会議で同業者の恋愛をネタにする女性達』は──中年女性達か若い女性達かは問わず──必ず居る。それも、決して少数ではない数。居る。
故。ビィズの情報源──存在しない女性達──が誰なのかは、決して特定されないはずだ。
「ねぇ、どうなの? 居るんでしょ!? 好きな女性!! 居るのよね!?」
「そ、それはその…えっと…」
「アタシ、ロウセンくんに好きな子が居ても諦めない的なコト言ったけど! ソレが本当にそうなら、やっぱり話が違うのよ! アタシのためにも教えて!!」
…ロウセンに想い人が居ても諦めない、という言葉が覆った理由は『自分が男である以上絶対に無理だと気付いたから』だが。
ここでは当然、そんな真相は話さない。ただただ「貴方に、実際に好きな相手が居るなら身を引きます」と言っておく。
「あの……と言うか、失礼かもしれないんですけど…。ビィズさんが、その。僕に仰ってた色々…。本当に本気では、ないですよ…ね…?」
「はぁっ!? なっ何で!? アタシ色々全部超本気で言ってたわよ!!」
「で…でも…。うーん…?」
「本気じゃないなら何の理由があって、アピールするのよ! アタシの事、すっごい軽いビッチだとでも思ってる!?」
「ち、違います!! ただ、理由は分からなくて、だから僕も何でだろうって考えたり…」
「本気だからよっ!!」
ロウセンが突然投げて来た爆弾に動揺したビィズだが。…本気が伝わっていなかったのかとショックを受けもしたが。
今はこの話を続けている場合ではないと気付く。話を逸らされている・ビィズの問いに答えたくないロウセンの作戦かもしれないと気付く。
「って、そうじゃないわ! 違う話をして逃げようなんて駄目だから! 好きな女性が居るのかどうか、はっきり答えて!!」
強引に話を戻す。これまでとは違うが、同じようにグイグイと。ビィズはとにかく押し続ける。
「…………」
ロウセンの右手、掃除道具を持っていない方の手が、軽く握り締められた。
白銀色の猫目があちらこちらへ彷徨って、最終的に下方へ向く。
そして、困惑一色だった彼の顔に一瞬。ごく僅かに。悲しそうな色と陰りが差して見えた。
「──……居ます…」
ぽつ、と。小さな声で真実が白状される。
途端ビィズの心の中で解放感のような物が溢れ、続いて小さな未練と喪失感と、分かっていたのにどうしても生じる痛みが襲って来た。
これら全てが語るのは『しっかりと終止符が打たれた』という事だ。
いや。お気に入りのバーで、自分では無理なのだと気付いた日に「終わった」以外の答は無くなっていたのだが。それでも、「終わった」と納得したのは、終わらせられたのは、今なのだ。
「でも、その」
眼前で、ロウセンがこちらへ視線を向けた。ふっと。困ったように苦笑いを浮かべる。
「捨てなきゃなーって思いながら、捨てられてない気持ちなので……居る『だけ』ですよ」
「……」
ビィズは──ジュイは、直ぐに理解する。これは苦笑いではなく、悲しさを隠すために笑って見せただけだ。
2度目の恋が終わったと納得した直後、冷静にこんな分析を出来ている自分に安心する。
冷静に、頬を膨らませて不満を演じられているビィズにも安心する。
「何それ。関係無いわよ、好きな女性が居るって事実は事実じゃない!」
「ま、まぁ…そうなんですけど…」
好きな相手が居るなら身を引く、と。先刻そう伝えはしたが、本当にただ黙って引き下がるだけではビィズらしくない。
これもまた冷静に、そう判断し。ジュイは──ビィズは、1つ大きく鼻を鳴らした。
「ふんだっ!! せっかくアタシの運命の人だって思ったのに、なによ!! ふーんだっっ!!」
「え…あ、えぇと…すみません…?」
「タレント冒険者のお仕事が終わるまでの間、アタシが神都に居る間に! チャンスがあったら全ッ力で邪魔とか嫌がらせとかしてやるんだからっ!!」
「邪魔……というのは、その。そもそも可能性が無い恋愛に対してやっても意味が無いと思います…」
「うるさい、うるさぁーいっ!! 聞こえないわ! せいぜい震えてるといいわよ、ロウセンくんのバーカっっ!!」
言い切って。…むしろ、言い捨てて。
ビィズは素早く身を翻し、自分に出せる最高速度で走り去った。
「…………」
喪失感も未練も痛みも、確かに在る。だがそれ以上に、目的を果たせた…達成感が大きい。
(ロウセンにちゃんと確認しろって…言ってくれたコクトさんに感謝しないと。…ホント)
2度目の失恋で負った傷が癒えるまで、どのくらいの時間を要するか。
全く分からなかった状態から、今は「その内きっと立ち直れる」と分かる状態になれている。必要な時間は、かなり短縮されている。
喪失感も未練も痛みも、確かに在るが。全て──初恋の時と違って──傷跡を残す物にはならないで済みそうだ。
(…ロウセンの事も。余計な物が何も混じってない、『友達』って思えてた頃に戻れそう…)
痛みだけではない。胸の内には達成感と安心感と嬉しさも、確かに在る。良かったと思えている。
色々な事を考えてしまいそうにもなっているが、今は考えなくて良いとビィズは首を振った。今はただ、良かったと思えていて…良かった。それだけでいい。
◇
コクトと話し、ロウセンと話し、ほぼ元通りのジュイに戻れてから──戻れていない分も何とか取り繕えるようになってから──半月が過ぎた。
要するに9月の前半が終わった。
ビィズの姿でロウセンを訪ね、彼の口に想い人が居ると言わせてからも…半月。約2週間。
この半月の間で未練や痛みは少しずつ、じわじわと、削れて行ってくれていた。小さくなって行ってくれていた。
…しかし。
「今日もちょっとイライラしてない…?」
「機嫌悪そうだな…」
「どうしました、ジュイ君ー。ストレスでも溜まってるんですか~?」
などという台詞を連日、職場の誰かしらに言われている。
そう…。心中に居座っていた辛さは、ロウセンとの会話を経て形を変えてくれた。変えてくれたのだが…元気が無くなる物、にはならなかったのだが。
端から全部、『苛立ち』と『嫉妬心』に変わってしまったのだ。
(俺は男だから無理だ、としても。…ロウセンはあんな、目ツキ悪くて他人のコト睨んで来るような女のドコがいいわけ?)
こういった、テナエに対する単純な妬ましさや不満。
(ロウセンもさ。捨てなきゃならない気持ちだの、可能性が無い恋愛だの…そんな風に言う理由なんかある? 相手は『女性』でしょ?)
という、ロウセンに対する怒り。
(失恋のドン底状態からは這い上がれたから。ビィズで居る間は辛いの忘れてられる…みたいなのも無くなったし。…いよいよビィズの居る意味って無いよね。時間の無駄じゃない?)
そういう空虚感と、タレント冒険者を引き受けた事への後悔。
諸々全てが混じってモヤモヤしてしまっている。それが、今のジュイの胸中事情だ。
…正直な所。
(鬱陶しい。このモヤモヤ鬱陶しいの、どうにかして晴らしたい…)
と、思っている。
おそらく、失恋の辛さや苦しさが最高潮だった時と同じ。誰かに愚痴を聞いてもらえば、少しは晴れるだろう。
だが、これも失恋の辛さと同じ。アオ所長も、ロウセンも、カノハも。自分が気安く喋れる相手は全員、聞かせられる相手ではない。
アオ所長には恋愛の話──しかも愚痴──など振れない。タレント冒険者を辞めたいと言っても、却下される未来しか見えない。
ロウセンは論外。嫉妬の話、怒りの話、後悔の話、どれもロウセンに話せるわけがない。
…カノハも論外だ。
テナエやロウセンについて愚痴るには、2度目の恋が終わった件をまず話さなければならないが。
ソレを奴に話すには、まだ勇気が足りていない。「話したくない」と思ってしまっている。…ビィズの存在意義についてなど論外中の論外、奴と出来る話ではない。
「…………」
撮影の仕事へ行く前の、自室。
右手中指の爪…変身の魔術を使える証である紋章を見つめながら、ジュイは考えていた。
(時間に解決してもらうしかないのかな…。…失恋の痛みよりは楽に抱え続けてられそうだし)
紋章に触れる。変身の魔術を発動する。
ジュイの姿はまだジュイのままだが、目の前に現れた魔力で出来た姿見には既にビィズが映っている。
…姿見の中のビィズを確認しつつ今日の髪型や服装を選び、これで良しと決定した時にジュイの姿はソレになるのだ。
(もしくは…また、コクトさんに聞いてもらうとか…?)
ビィズと見つめ合い、考える。
存在意義の無くなった彼女──彼──だが。その存在があるお陰で、探さずともコクトに会う事は可能だ。
コクトに「自分はジュイの妹だ」と言い、「兄がアナタに愚痴を聞いて欲しいと言っていたから会ってやってくれ」と頼めば。おそらく彼は聞いてくれるだろう。
(……でも、な)
それを実行して、本当に鬱憤が晴れるか。…考えてみる。
聞いてもらった直後はすっきりするかもしれないが。後から恥ずかしい気持ちになるような気がした。晴れたと感じた鬱憤も、帰還を果たす気がした。
そもそも、現時点であまり気が進んでいないのだ。コクトに……『悩み』なら良いが、『愚痴』は聞かせたくない。
「はぁ…」
溜め息を吐き、目の前の美少女──男だが──の服を選ぶ。
毎度の事ではあるが、何を着せても似合っていると思えた。華やかで愛らしい、見た目だけは皆が「良い」と言うであろう美少女。
(…新しい人生を歩む可能性があった、かりそめじゃなくなるかもしれなかった、2人目の俺)
『ジュイ』と違い、自分自身が好きになれる自分を作ろうと考えて──作った自分。
しかし、それはもう叶わない望みになっている。結局ビィズもジュイと同じで、自分自身が好きになれる自分にはなれなかった。
(嫌いな自分って言うか。最早、どうでもいい自分って感じ…………)
そんな言葉が頭に浮かんだ直後。…ジュイは気付いた。
(────あれ? …そうだ。どうでもいいんなら、どうでもいいんじゃ?)
周囲の、知っている人間。名前も知らない他人。好きな相手、嫌いな人間。…誰からの好感度も。ビィズに対して、の物ならジュイには全く関係無い。
ビィズが誰に好かれようが嫌われようが、疎まれようが恨まれようが。ジュイには何の影響も無い。それは最初から分かっていた事だ。
…つまり。
『アタシが神都に居る間に! チャンスがあったら全ッ力で邪魔とか嫌がらせとかしてやるんだからっ!!』
ロウセンに対して、適当に吐き捨てた台詞。「こう言えばビィズらしいだろう」という思考から口にしただけだった台詞。
これを本当にやる事で鬱憤晴らしをしても──そしてビィズが誰に嫌われても──構わない、のではないか。
「…………」
胸にある苛立ちと嫉妬心が、突如湧き出て来たこの考え・この答を、全力で支持している。構わないじゃないか、と頷いている。
自分は辛い思いをして、身を引いたのだから。
(ちょっとくらい、八つ当たりしたっていいよ。…ストレス解消の手伝いぐらい、してもらっていいよ)
ロウセンに好いてもらえている、妬ましい相手。容赦なくビィズを睨み付けて来た、腹立たしい相手。
あの、テナエ・リュヌガーデンになら。
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