かりそめ夢ガタリ

鳴烏

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6話

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 9月も後半に突入したある日。タレント冒険者の仕事…つまり撮影の日。
 ジュイことビィズは──良いか悪いかは自分では分からないが──己のセンスを全力で用い、『ビィズの外見』に似合う衣装を選んだ。
 ピンクをメインに黒も差し入れ、いつも以上にフリルとリボンの多い、ふわふわキュート且つダークメルヘンで小悪魔的な…とにかく「これこそビィズの勝負服」と思える衣装だ。
 …テナエを訪ね、邪魔&嫌がらせという名の八つ当たりをするためである。
 今日もおそらく、ほぼ黒1色の地味な格好をしているであろうテナエに。まずは外側で圧勝しようと考えたのだ。…否。恋愛的な意味では既に負けている故、外側だけでも勝っておきたかったのだ。

(大丈夫。…別に、大丈夫)

 そう繰り返しながら、ビィズは第2区を歩いている。
 時刻は午後3時。午前から始まり昼食を挟んで続いた撮影は、つい先刻無事に終わった。
 妙に気合いの入ったビィズの衣服が不思議だったのか。今日1日、レンゲルがやたらとジロジロ見て来たが。
 自分より派手な服を来て目立って欲しくないという意思表示か何かだったのだろう。そう思っておく。

(…大丈夫。どう思われたって、嫌われたって、別にいい相手の1人だよ)

 言い聞かせながら、歩を進める。第2区の白い街並みを、異色のピンクが突き進んで行く。
 目的地はリュヌガーデンの屋敷、あるいはテナエが居る場所。目的は──失恋後の辛さやモヤモヤが変形して生まれた──苛立ちや嫉妬を晴らす事だ。

(あの女に嫌がらせして、八つ当たりして…嫌われるのは。もしかしたら、この先に繋がる良い事かもしれないし)

 考える。
 ジュイの人生は、基本的に『他人にはまず嫌われる』人生だった。だからと言って、ジュイは嫌われる事に慣れてなどいない。いちいち腹を立ててしまう。不快になってしまう。
 しかし、ここで自らのために自ら進んでテナエに嫌われれば。そんな行動をした、出来た、という経験から──全神都民に嫌われても平気だと思える度胸が身に付くかもしれない。
 …『ジュイとして』のソレは一生身に付かないだろうと思っているが。『ビィズとして』のソレは身に付くのではないか。

(なんせ…ビィズはもう、本気でどうでもいい物になっちゃったし)

 ビィズの姿でタレント冒険者の仕事をしている時間は、ビィズを演じる事に集中して気を紛らわせられる時間だ。
 そんな、彼女の──ギリギリ残っていた──使命も。失恋の痛みが癒え始めた事で無くなった。
 本気でもうどうでもいい物、なのだ。あらゆる人に嫌われても大丈夫と思える度胸を手に入れて、あらゆる人に嫌われる方向に動いてもいいかもしれないとすら、ジュイは思っている。
 娯楽番組を見ている全神都民、娯楽番組の制作スタッフ達、神友族。これら全ての不興を買えば。

(次の4月まで耐えなくても、クビにしてもらえるかもしれないよね。タレント冒険者)

 今や、ただただ面倒なだけでしかない『ビィズとしての時間』を無くせる。
 これは物凄く、嬉しい話。助かる話だ。
 溜まっているストレスを解消出来て、ビィズを辞める第一歩にもなる──テナエへの八つ当たりは、一石二鳥になるかもしれない賢い行動なのである。





 とは言え。…タレントの仕事を引き受けている、とは言え。
 一応の身分はただの冒険者なビィズが、堂々とリュヌガーデンの屋敷や庭に入る事は出来ない。当たり前である。

(仕方ないね。…道に迷った間抜けのフリして、裏からこっそり侵入しよう…)

 咎められても自分なら──タレント冒険者という神都内の有名人なら──「迷い込んだ」と謝り倒せば追い返されるだけで済むだろう。
 そもそも。神友族は『他国でいう所の貴族』ではあるが。神国の政治に関わっていて、歴史や権力も持っているが。それでも、ただの国民の代表だ。
 つまり『貴族の家』とは違う。『神友族の家』なら、迷い込んだ方向音痴の冒険者程度…野良猫のようなノリで見逃されるはずだ。

(……よし)

 到着した、リュヌガーデンの屋敷を見上げ。心中の自分と頷き合ってから。ビィズは素早く足を動かして、裏へ回った。
 念入りに辺りを見渡し人影が無いと確認する。高くはない生垣の間にチラホラと在る、これもまた高くはない柵を乗り越える。
 屋敷の壁まで静かに駆けて、ビィズはそっと窓から中を覗いた。

(小さい客間…かな…? …誰も居ない)

 と言うよりもまず、テナエがどこに居るかが分からない。こうして1つ1つ窓を確認、など。極めて非効率的だ。

(…困ったな)

 もう少し詳細に策を練ってから来た方が良かった。
 己のアホさに気が付いて、ビィズ──ジュイ──は溜め息を吐く。ストレスが増し、ソレもテナエへの理不尽なイライラに変化する。

(とりあえず、もう少しウロウロしてみよう…。…せっかく侵入したんだし)

 決めて、壁伝いにゆっくり歩く。苛々モヤモヤと、テナエやロウセンへの不満を頭に浮かべつつ進む。
 9月下旬の涼しい空気にも一切、癒されないまま。のそのそと前進し、やがてビィズは壁が途切れる場所……角まで来た。
 そして、角から顔を出して向こうの様子を窺うと同時。

(──あ…!)

 心臓が小さく跳ねた。
 目的の人物、テナエ・リュヌガーデンがそこに居たのである。

「…………」

 側に立っているメイド服の中年女性。大きくない机に乗っているカップや皿。目ツキは相変わらず悪いが、穏やかな表情をしているテナエ。…午後3時という時間。
 おそらく、オヤツの時間やお茶の時間と呼ばれるような。そういった時間を庭で過ごしている所だろう。

(運が良い…)

 壁に隠れたまま、ビィズはほくそ笑んだ。
 他人の屋敷──の庭──に侵入、などと。普段なら絶対にやらない事を迷わずやっている今、ビィズの精神状態はいわば『ヤケクソ状態』だ。
 故。同じく、迷う瞬間など一瞬も無く。

「あの! す…すみません!!」

 壁から、顔を全部と身体を半分程出し。移動は1歩もせず。ビィズはテナエ──と側に居る中年メイド──に向かって声を張り上げた。

「っ!? ──え、ぇ…!?」

 今日もやはり黒いだけの服を着ていた彼女が、大きく全身を震わせる。…ついでに彼女が座る椅子も小さく跳ねた。
 隣のメイドの物と合わせて4つの目が、見開いてこちらを凝視して来る。ビィズは動じず、素早く壁から飛び出した。

「驚かせて本当にごめんなさい! あの、アタシ、タレント冒険者やってる、ビィズ・ピンクショコラです! 道に迷って、気付いたらココに居て…あの、ココってドコですか? 駅ってどっちでしょう!?」

 1番慌てているのは自分だと主張する演技をしながら、捲し立てる。
 「あの」「その」と繰り返しつつ眼前の2人を見、地面を見、空を見、また2人を見。十分に視線を泳がせ、最後に胸の前で組んだ己の手元を見て……黙る。

「え、えっと…ココは、リュヌガーデン家の庭だ。こんな所に迷い込むなんて、相当困って混乱してしまっていたんだな」

 事情を理解したらしいテナエが立ち上がり、こちらへ向き直った。
 数歩分近付いて来た彼女の気配に、ビィズはそっと視線を上げる。「本当にすみません…」と小声で零し、極めてゆっくり彼女の前まで移動した。

「神友族のお屋敷なんて…ア、アタシ、もしかして罰されたりしますか…? 方向音痴で、迷っちゃって、それだけなんです…! ごめんなさい…!!」
「罰されると言うか…。ギルドで事情聴取くらいはされるかもしれないが、でもそうだな…」

 とにかく怯えている──演技をしている──ビィズに、テナエは小首を傾げて数秒口を閉じた。
 そして直ぐ、眉を下げ苦笑いを浮かべ。頷いて見せて来る。

「その。覚えていないかもしれないが、初対面でもないし…。アナタはタレント冒険者として神都に貢献してくれている。…私に用があって訪ねて来た、という事にしておこう」

 要するに、ただただ見逃す。と。ギルド等への告げ口もしない、と。そう言ったテナエの顔を、ビィズは──演技で──目を輝かせて見つめた。
 隣の中年メイドにも「そういう事で頼む、この件は見なかった事にしてくれ」と告げる、彼女の表情や声色からは何も読み取れない。

「ありがとうございます…! もう、本当にごめんなさい!!」

 とりあえず、こういう場合は誰でも言うであろう一言だけは口にしておいた。

「気にしないでくれ。迷ってしまったのなら仕方ない」

 テナエがまた、眉を下げて苦笑する。
 彼女の顔について、以前会った時にも思った事だが。各パーツの形や位置は整っている。不細工では全くない、美人と言える…しかし目ツキは悪い顔。
 その顔が苦笑している。

(馬鹿にしてるのか、それとも見下してるのか…どうせどっちかなんだろうな)

 被害妄想か。あるいはテナエに対する敵意が、とことん彼女を下げようとしているのか。もしくは、本当に見下されているのか。
 正解は分からないが、ともかく。ビィズは、目の前の苦笑を──勿論、心の中でだけ──睨み付けた。

「じゃあ、その。駅まで私が送って行こう」
「…………え?」

 …そこへ突然の、予想外な申し出。
 思わず素っ頓狂な声を出したのはビィズだけではない。中年メイドも「お嬢様!?」と困惑している。

「彼女はタレント冒険者を依頼された人だ。その時点で危険人物ではないと国に認められている。…それに本当に困っているようだし、これなら私でも力になれる」

 中年メイドにそう語るテナエと、「ですが…」とますます困っている中年メイド。
 ビィズには双方を眺めて目を瞬かせる事しか出来なかった。

「そ、それに…その…だな」

 そうこうしている内に、テナエが妙にモジモジし始める。鋭い目を伏せ、俯いて。突然声量を下げてボソボソ喋り出す。

「私は、学生時代も今もあまり友人が居なくて…その。同年代の女性と話してみる機会というのが…えっと。…たまには欲しいと言うか…うん…」
「…………」

 引き結んでいた口を、更に固く強く結んでしまう。…こんなリアクションをしたビィズとは違って。
 中年メイドは一瞬で表情を明るくし、「まぁ!」と笑顔を見せた。

(想定してた展開…と言うか。…希望してた展開と、違う…)

 己の可愛さ愛らしさをアピールしまくる事で、地味なテナエをヘコませてやろう。と。地味さをチクチク指摘する事で、悔しがらせてやろう。と。ヘコんで悔しがる彼女を見て、ストレスを発散させよう。と。
 …そう思って迷い人のフリをしたのだが。
 これはもう。このまま、ただの方向音痴な間抜けとして駅まで送られる流れになってしまうのだろうか。





 結局、本当に。ビィズは駅までの道をテナエと2人で歩く羽目になった。
 側に居た中年メイドすら付いて来ていない。
 同年代の女性と話してみたいという主の望みを優先するにしても、会話に入って来なければ良いだけだ。せめて付いて来いよ、とジュイは思ったが。口にはしなかった。

「ビィズさん、は…その。今日も、いつも、可愛らしい服を着ているな…!」

 ワクワクしているのか、ソワソワしているのか。頬をやや紅潮させながら、テナエが話しかけて来る。
 己の可愛さをアピールし、相対的にテナエを下げるチャンス…ではあるが。どうにも、そういった返事をする所とは思えず。

「そ、そうかしら? ありがとうございます…」

 ビィズはただ礼を言ってしまった。

「夏頃に着ていた、淡いピンクの花柄の白ワンピースとか…。最近着ていた、黒い星柄が付いたピンクのドレスとか…! 特に好きだったな…!」

 感嘆の意味が込められた溜め息を吐き出し、テナエは正にご満悦といった風ににこにこ笑っている。
 対するビィズは当然、反応に困るしかない。

「桃色のふわふわな髪もとても愛らしくて良いな、と思っているんだ…! ツインテールもポニーテールも可愛らしいが、ゆるゆるな三つ編みにしていた時も良かった…!」
「……」

 単刀直入に、むず痒い。
 外見への称賛の言葉など。ビィズで居る時でもここまで貰った事はない。ジュイなど、更に。外見を褒めてくれる人間など──把握している範囲に居るのは、1人だけだ。
 とにかく慣れない。むずむずして仕方がない。

「あ、あの、でも…テナエさん、テナエ様…も、凄く美人だってアタシ思いますよ…?」

 むずむずに耐え切れず、とうとう──嫌味やら下げる言葉やらではなく──テナエへの褒め言葉を声にしてしまう始末である。
 自分は一体何をしに来たのか、ビィズ──ジュイ──はやや落ち込んでしまった。

「え……っ、え…!?」

 そして、ビィズに褒められたテナエは異常な程に驚いた。
 目ツキの悪い両目を大きく見開いている。先刻までは少し赤いだけだった頬も、真っ赤になっている。

「そっ、そんなことっ、ない…はず…!」
「え? いや、本当に…。失礼ですけど、確かに目ツキは悪いのかなって感じですが。顔にある各パーツの形とか、位置とか。そういうのは全部整ってて美人さんです」
「……!!」

 真っ赤な顔で信じられない物を見るように、しばしこちらを凝視した後。
 テナエはビィズから目を逸らし、視線を下げて口をモゴモゴさせ始めた。「そ、そうなのか…? …そんなまさか…本当に…?」などと、小さな声が漏れている。
 そこでビィズは察した。…テナエは、自分以上に容姿を褒められ慣れていないらしい。

(…1回くらい…褒めときなよ…)

 ここで無意識の内に脳内で浮かべた感想が、ロウセンに対する文句だった事が。

(────?)

 ジュイは物凄く、不思議だった。
 何故そんな──テナエに味方するような──感想が浮かんだのか、それは分からなかったが。分かった事が1つある。

「えぇと…あ、ありがとう、ビィズさん…。…美人なんて言ってもらえたのは初めてで…う、嬉しいな…」

 この道中、何分かの間で、自分は毒気も牙も抜かれてしまったという事だ。
 …否。リュヌガーデン家の庭で話していた時から、既に抜かれていた。気付いていて、分かっていて、勘付いていた。

 テナエ・リュヌガーデンは、ひたすらに善人だ。目ツキの悪さに比例するような、性格の悪さは全く無い。
 ヘコませたり沈ませたりする言葉を投げ付けた所で、ビィズが望むような反応──悔しがったり、怒ったり──はしない。ただ、悲しむだけだろう。

(つまり…ストレス発散になんか、ならない…。こっちがただ何となく罪悪感みたいなの抱えちゃうだけ…)

 そもそも、大前提として──彼女はロウセンの想い人なのである。…八つ当たりをして悔しがらせてスッキリ出来るような、性格の悪い人間なはずがない。

「その、こうして会話をしてみると…。ビィズさんは可愛らしいだけじゃなくて優しくもあるんだな…!」
「…………いえ」

 こんな風に。抱えていたモヤモヤが、どうしようもない形に変化しただけで終わるなら。馬鹿な考え、馬鹿な行動はしなければ良かった。
 ビィズはただただ、シンプルに──後悔したのだった。


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