愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

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安心

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「その言葉を口にしている限り……君が悪い人間になることはない」
「……どうして、そんなにきっぱりと言い切れるの?」


悪い人間になりたくない。そんな思いはきっと誰もが持っていることである。この世界に、悪い人間になりたくてなった人間がどれほどいるのだろうか。

きっと、そんなに多くはないはずだ。

(……私だって、悪い女になりたくなんてない。だけど……)

だけども、この世界では「悪い女であるロメリア」が必要なのだ。

必要とされているのなら、いつか自分の意志とは関係なしにそうなってしまう可能性だって排除出来ない。

「……望んでいないのに、そうなってしまうことだってあるじゃない」

ロメリアは俯きながらも、己の手にそえられたガブリエルの手を強く握った。

彼にしてみれば、ロメリアの言うことは訳が分からないはずだ。

彼は今まで清廉潔白を貫いて、ただの一度も己を曲げたことのない人だ。そんな人間に「望まないのに、そうなってしまうかもしれない」と不安を抱える人間はどんな風に映るのか。

いらぬ心配をするものだと、呆れるのだろうか。

それとももっと屈強な意思を持てと言われるのか。

しかし、ガブリエルは予想外のことをロメリアに問いかける。

「君は悪い人間になりたいと思わないのだろう?」
「うん」
「それは、これからもそうか?」

これから先も悪い人間になりたいと思う日なんて絶対にこない。それは、確かなことだ。なぜそんなことを聞くのか。ガブリエルの考えは読めなかったが、ロメリアは確たる意思を持って頷く。

「うん」

はっきりと頷くと、ガブリエルの大きな手が、ロメリアの艶を失った髪の毛をゆっくりと撫でた。

「私は君が今日言った言葉をずっと覚えておく」
「……?」

なぜ? と首を傾げながら問う視線に、ガブリエルはふと笑みのようなものを浮かべて、口を開く。

「もし、君が悪い行いをしたとしても。君が今言ったことを覚えている限り、私は無条件に君を信じることが出来るからだ」
「……」

絶句してなにも言えないロメリアに、ガブリエルはなおも安心させるように優しく言葉を重ねる。

「言葉だけでは安心出来ないのなら、誓約書を書こう」
「……そ、そんなこと、しなくていいわ」
「だが、まだ君は安心できていないのではないか」
「……」

そんなことはない。もう十分だ。

ガブリエルの口から「無条件に君を信じることが出来る」と、そんな言葉を与えられただけで十分。その言葉以上に、安心させてくれるものなんてない。

「……ありがとう」

小さな声に、大きな感謝を込めて伝えると、ガブリエルは手を伸ばし、ロメリアの青白い頬を慈しむように撫でる。
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