上 下
78 / 79
回復

提案

しおりを挟む
固い指先が薄い頬を滑る感触をくすぐったく思っていると、ふいにガブリエルが何かを思い出したように呼びかけてくる。 

「ロメリア」
「うん?」
「今日は1つ提案があってここを訪ねた」
「そうだったの?」

ガブリエルは頷き、言葉を続ける。

「君にとって良いことなのか、最終的な判断は医者に任せることになるだろうが……。しばらくハディト地方へ療養に行かないか」
「……ハディト地方」

ハディト地方というのは……自然豊かな場所であると聞き及んでいる。葡萄酒の原料となる葡萄が採れる土地としても有名であったと記憶しているが……。

しかし有名な観光地があるわけでも、海や湖があるわけでもないから、避暑地や別荘地にもならない。

ただただ田園風景が広がるのみの場所──それが、ハディト地方。

「もちろん、私も共に行く」
「え!?」

衝撃の言葉をかけられて「どうしてハディト地方なの?」と聞くことも忘れて、ロメリアは大慌てで首をふる。


「だ、駄目よ。あなた、お仕事があるじゃないの」

ようやく騎士になれたというのに。共にいられるのは嬉しいが、自分のためにガブリエルが騎士としての仕事を全うすることが出来ないのは本意ではない。


「休暇を申請してある」
「そ、それでも、貴重なお休みじゃないの?私の療養なんかに付き合うのはもったいないじゃない」
「そんなことはない……。私も一度、ハディト地方へは足を伸ばしたかったんだ」

それは一体、なぜ?

先ほど聞き忘れたことを思い出して問うと、ガブリエルは遠い過去を思い出すように目を細め、静かに答えを教えてくれる。

「祖母が……余生を過ごした家がある。信頼できる人間に管理してもらっているが、一度行ったきり、足を運べていない」
「……なるほど」

ガブリエルの祖母は、高貴な血筋を持つ貴族の令嬢だった。にも関わらず質素な生活を好み、黄金や宝石よりも緑豊かな土地や花を愛する素朴な人であったとも聞く。

(私は緑地や花より……宝飾品やドレスの方が好きだけど……。ガブリエルが好むのは、本当は、自然を愛する心優しい女性なんでしょうね)

世界共通認識と言えなくもないお姫様の像は、花や歌が好きな心優しく、美しい女性だろう。

だが、ロメリアは自覚している通り、我儘な上に傲慢で、国で一番美しいのは自分だとも思っているし、花より宝飾品が好きだし、歌うよりも聴くほうが好きだったりする。

「君が祖母とは違い、緑地や花よりも宝飾品などを好むことは知っている」

考えていたことを繰り返すように言われてしまい、ロメリアは取り繕うことも忘れて「そうね」と頷いてしまう。

「だから、無理に行く必要はないが。考えてみて欲しい」
「……」

ガブリエルが提案してくれたことを、断るなんて選択肢は元々ないのだが……。

少しは思案するそぶりを見せたほうがいいのだろうか。

なんてことを考えていると。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

【本編完結】記憶をなくしたあなたへ

ブラウン
恋愛
記憶をなくしたあなたへ。 私は誓約書通り、あなたとは会うことはありません。 あなたも誓約書通り私たちを探さないでください。 私には愛し合った記憶があるが、あなたにはないという事実。 もう一度信じることができるのか、愛せるのか。 2人の愛を紡いでいく。 本編は6話完結です。 それ以降は番外編で、カイルやその他の子供たちの状況などを投稿していきます

本編完結 彼を追うのをやめたら、何故か幸せです。

音爽(ネソウ)
恋愛
少女プリシラには大好きな人がいる、でも適当にあしらわれ相手にして貰えない。 幼過ぎた彼女は上位騎士を目指す彼に恋慕するが、彼は口もまともに利いてくれなかった。 やがて成長したプリシラは初恋と決別することにした。 すっかり諦めた彼女は見合いをすることに…… だが、美しい乙女になった彼女に魅入られた騎士クラレンスは今更に彼女に恋をした。 二人の心は交わることがあるのか。

【完結】それぞれの贖罪

夢見 歩
恋愛
タグにネタバレがありますが、 作品への先入観を無くすために あらすじは書きません。 頭を空っぽにしてから 読んで頂けると嬉しいです。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...