愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

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提案

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固い指先が薄い頬を滑る感触をくすぐったく思っていると、ふいにガブリエルが何かを思い出したように呼びかけてくる。 

「ロメリア」
「うん?」
「今日は1つ提案があってここを訪ねた」
「そうだったの?」

ガブリエルは頷き、言葉を続ける。

「君にとって良いことなのか、最終的な判断は医者に任せることになるだろうが……。しばらくハディト地方へ療養に行かないか」
「……ハディト地方」

ハディト地方というのは……自然豊かな場所であると聞き及んでいる。葡萄酒の原料となる葡萄が採れる土地としても有名であったと記憶しているが……。

しかし有名な観光地があるわけでも、海や湖があるわけでもないから、避暑地や別荘地にもならない。

ただただ田園風景が広がるのみの場所──それが、ハディト地方。

「もちろん、私も共に行く」
「え!?」

衝撃の言葉をかけられて「どうしてハディト地方なの?」と聞くことも忘れて、ロメリアは大慌てで首をふる。


「だ、駄目よ。あなた、お仕事があるじゃないの」

ようやく騎士になれたというのに。共にいられるのは嬉しいが、自分のためにガブリエルが騎士としての仕事を全うすることが出来ないのは本意ではない。


「休暇を申請してある」
「そ、それでも、貴重なお休みじゃないの?私の療養なんかに付き合うのはもったいないじゃない」
「そんなことはない……。私も一度、ハディト地方へは足を伸ばしたかったんだ」

それは一体、なぜ?

先ほど聞き忘れたことを思い出して問うと、ガブリエルは遠い過去を思い出すように目を細め、静かに答えを教えてくれる。

「祖母が……余生を過ごした家がある。信頼できる人間に管理してもらっているが、一度行ったきり、足を運べていない」
「……なるほど」

ガブリエルの祖母は、高貴な血筋を持つ貴族の令嬢だった。にも関わらず質素な生活を好み、黄金や宝石よりも緑豊かな土地や花を愛する素朴な人であったとも聞く。

(私は緑地や花より……宝飾品やドレスの方が好きだけど……。ガブリエルが好むのは、本当は、自然を愛する心優しい女性なんでしょうね)

世界共通認識と言えなくもないお姫様の像は、花や歌が好きな心優しく、美しい女性だろう。

だが、ロメリアは自覚している通り、我儘な上に傲慢で、国で一番美しいのは自分だとも思っているし、花より宝飾品が好きだし、歌うよりも聴くほうが好きだったりする。

「君が祖母とは違い、緑地や花よりも宝飾品などを好むことは知っている」

考えていたことを繰り返すように言われてしまい、ロメリアは取り繕うことも忘れて「そうね」と頷いてしまう。

「だから、無理に行く必要はないが。考えてみて欲しい」
「……」

ガブリエルが提案してくれたことを、断るなんて選択肢は元々ないのだが……。

少しは思案するそぶりを見せたほうがいいのだろうか。

なんてことを考えていると。

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