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ライレルの馬祭り Ⅰ

実感

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「美しい蝶が見られて良かったわね……あの蝶が何と呼ばれているのかあなたはご存知?」
「レディ・エノラです」
「……へぇ。素敵な名前だけど、どうして蝶に人の名が?」
「白いレースを身に纏っているかのような姿が、かつてレディ・エノラと呼ばれた公爵夫人の鮮烈な社交界デビューの姿と重なるからだそうです。当時、レースの流行は去り、先進的なデザインのドレスが流行ったそうなのですが、レディ・エノラは流行に乗ることなく、自らが良いと思うもの、自分に一番似合うと思うものを常に身に着け続けた女性で、芯の通った人だったそうです」

嬉々として語るクラディスの横顔をミレーユは唖然としながら見つめていた。

不思議な人だとは思うのだが、こうしてすらすらと話しているところを見ると、興味のあることには熱心で、非常に好奇心旺盛なように思える。

言うなれば、子供のような人だ。

エドモンドに似た低い声ではあるけれど、性格は全く違う。

エドモンドには、安心させてくれるような大人の包容力があるが、クラディスにはそれがない。

だからこそ逆に、背伸びをする必要性も感じなかった。

(……結婚する人は、同じくらいの年齢の人にしたほうがいいのかしら)

ふと、ミレーユの頭にそんな考えが浮かんだが……エドモンド以外の人間の横に立つ己の姿を思い浮かべると寒気がしてしまい、膨らみかけた想像は急速に縮んだ。

「……どうかされましたか?」

不思議そうにこちらを見つめてくるクラディスにミレーユはハッとする。

いけない。
蝶の名前を聞いたのは自分なのに、なんの反応も返していなかったことを思い出して慌てて礼を言う。

「……教えてくれて、ありがとう」 
「あまり興味がなさそうですね」
「そんなことないわよ。私、虫はあまり好きではないけど蝶は好きだもの」
「なぜですか?」
「美しいからよ」
「単純ですね」
「自分でもそう思うけど、他人に単純だなんて言われたくないわ」
「これは失礼致しました」

慇懃に頭を下げてみせたクラディスがやはり可笑しくて「変な人」と笑みを零すと、クラディスは僅かに目を見開いて、嬉しそうに笑った。

(……子供みたいな人だと思ったけど、笑い方は静かなのね)


エドモンドと似ていると思ったが、やはり違う。エドモンドは普段大人びているのに、冗談を言う時や、ミレーユの言葉を面白がったりする時は、子供のように笑う人だ。

そんな風に笑う彼を見るたびに、胸が高鳴った。今でも、それは変わらない。

(自分から別れようと告げたのに……未練がましいにもほどがあるわね)

だけど、分かっている。
どんなに未練があっても、彼と幸せな結婚生活を送ることは出来ないのだ。ミレーユが公爵令嬢であり、エドモンドが王族である限り。

それを改めて思い出すことになってしまい、ミレーユは悄然と肩を落とした。

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