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ライレルの馬祭り Ⅰ
例え
しおりを挟む「私は虫が好きなのです」
唐突にそんなことを言い出す男に、ミレーユは思わず「はあ?」と聞き返すような反応を示してしまった。
一体この男はいきなり何を言い出すのだろうか。
虫が好きだから、何だというのか。
まさか、先程わざとユラに蜘蛛を踏ませたことを恨んでいるとでも言うのだろうか。
確かに虫好きからしてみたら、あの所業は許せなかろうが……だからと言って、蜘蛛に謝るのはともかく、この男に謝るのは違う気がする。
「いえ、別に。あなたのしたことを咎めるのではないのです。私だって気づかぬ内に蟻くらいはきっと踏んでいます」
うんうん、と頷きながら男はまたまじまじとミレーユの指先に留まる蝶を見つめている。
結局、何が言いたいのか視線で問うと、男はミレーユの視線の意味が分からなかったのか、それとも分からないフリをしているのか。
慇懃に笑うだけに留めて、話を変えた。
「ところで、今日のあなたの装いは何とも不思議な装いですね」
「……は?」
素敵だの、綺麗だのと褒められることはよくあっても「不思議だ」と言われることはあまり……いや、ミレーユの思い出す限りでは全くない。
シャンパンゴールドのドレスは確かに珍しい色合いのドレスではあるが、美しいと称賛されるに値するドレスだとミレーユは確信している。そしてそれを身に纏う自分にだって自信を持っている。
それを不思議だと言われて、あまりいい気分はしない。
「金貨のようにキラキラしています」
「……それは褒めているの?」
思わず反応してしまう。しまった、と思った時には既に遅かったが、クラディスはミレーユが問い返したことに何の感慨も湧かなかったのか、キョトンとした様子で首を傾げた。
「褒めています。これ以上の褒め言葉はありません」
「……あなたは、もう少し称賛の言葉を覚えるべきよ」
「私の言葉で不快にさせてしまいましたか?」
「ええ、そうね。失礼だと思うわ」
「金貨は美しくありませんか?」
「……綺麗だけど、私はあんなギラギラしてないわ」
「……では、銀貨と例えるのが宜しかったのでしょうか」
「宜しくないわよ。あなたはどうして金貨や銀貨でしか例えないの?星や月、太陽に花とかこの世にはもっとたくさん美しいものがあるじゃないの」
その言葉を聞いて、男は何を思ったのか「……ふむ」と考え込むとミレーユをじっと見つめて「確かにその通りですね」と無邪気な様子で笑った。
あまりに毒気のないその様子に、ミレーユは警戒することも忘れて肩の力を抜いてしまう。
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