婚約者が愛していたのは、私ではなく私のメイドだったみたいです。

古堂すいう

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ライレルの馬祭り Ⅰ

奇妙な男

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(……少し、疲れたわ)

ひっきりなしにやって来る人々の社交辞令にうんざりして、ミレーユはエリーチェに言いおき、その場を離れ、人々が集まる場所からは死角となっている花壇の傍の古びたベンチに腰掛けた。

手にあった果実水は既にない。

空になってしまった玻璃のグラスをぐるぐる回しながら、ミレーユは1人宙を仰いだ。

(……エドモンドがいてくれたら、楽しい話でもしてくれたんでしょうね)

恋人となって、そんなに日が経っているわけでもないのに。

彼の存在はミレーユにとって大きなものとなっていた。大人で包容力のある彼に依存していると言われればそれまでだが。

例えば、彼によく似た彼以外の男に恋に落ちることが出来るのか。

(そもそも彼に似た人間などいるわけがないのだから、考えるだけ無駄よね)

「……はぁ」

溜息を吐いた時、丁度目の前に白いレースを身に纏ったような可憐な蝶が飛んできた。

手を伸ばすと、やっと憩いの場を見つけたと言わんばかりに蝶がその指先に止まる。

(なんて名前の蝶なのかしら……)

じっくり見つめて観察していると、不意に蝶が翅を広げた。飛び立つかと思われたがそのままミレーユの手に留まっている。

「……これはこれは、公爵令嬢ともあろう方が随分と地味な場所にいらっしゃる」

一瞬、エドモンドの声かと思い、ミレーユは無視することを忘れて顔を上げてしまう。

だが、そこにいたのはエドモンドではなく、雰囲気のよく似た……先に現れた際にクラディスと呼ばれていた男だった。

この男が何者かは知らないが、ミレーユは緩んだ警戒をすぐに高めて、見下ろしてくる男を睨みあげる。

「おや、警戒されてしまいましたか。私は別に怪しいものではありませんよ」

口調まで、エドモンドと似ている。だが、見た目が全く違うので今度は警戒を緩めることはなかった。

エドモンドの容姿は、どちらかといえば、男らしく逞しい……騎士であると言われて納得出来るような容姿だが、目の前のこの男はあくまで貴族的で、優美。

ミレーユが見慣れている類の男だった。

「……私に話しかけるのなら、まず名を仰っていただけますかしら」

あくまで無関心に問うと、男は気を悪くした様子もなく慇懃に頷いて見せた。

「これはレディに対して大変失礼なことを致しました。私の名はクラディス・シエリタと申します」

意図的であるのか、そうではないのか。彼は身分を名乗らなかった。
それは普通、あまりないことなのだが。

今ここで「身分は?」と聞き返してしまうと、まるでこの男に興味があるようで癪に障る。

ミレーユはどうでも良さげに名乗りを聞き届けて、自らは決して名乗らなかった。

それなのに、男は気分を害した風もなく、ミレーユの指先に止まる蝶をしげしげと眺めやる。



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