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動き出す事態

凶行

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驚いて振り向くミレーユの持つティーカップから熱い茶が少し溢れた。

「……あっ……つ」


幸い、忙いでティーカップを置いたため、ドレスは僅かしか濡れなかった。

が、茶葉の香りが辺りに漂うと、舌の痺れるような感覚が襲ってくる。

「!?」

しかし、そんな感覚に対してよりも、ミレーユはいつのまにかすぐ近くまで迫っていたその人物に対して驚愕していた。

──……アラン!?

本当は声を上げたかったが、それが出来なかった。痺れ、引き攣るような感覚が喉から発せられる筈の言葉を堰き止めていた。

「……やぁ、ミレーユ。久しぶりだね」

焦りと怒りで目が眩んだ。

一体どうしてアランがここにいるのか。彼にはもうこの公爵邸に入る権利も、まして公爵令嬢であるミレーユに対して安易に「やぁ」などと声を掛けることのできる身分すら失っているはずなのに。

「逃げないでおくれ。君に何かするつもりはないんだよ」

彼の表情は、平坦そのものだった。何を考えているのかよく分からないその表情が、逆にミレーユの不安を煽る。じりじりと後退しようにも、後ろには椅子とテーブルがある。避けて逃げようにも、この距離では簡単に背後から羽交い締めにされてしまうだろう。

ミレーユに出来ることは、ただアランを睨みつけることだけだった。

「そんなに僕が憎いかい?」
「……っ」

答えようにも、答えられない。だが、その問いに対する答えは「憎んでない」だった。別にアランに対して何か特別な感情が芽生えたわけではない。ただ、ひたすらにどうでも良かった。すでにミレーユの中でアランは、自分とは関わりのない人間……ということになっているのだ。

と、しかしミレーユは声が出ず、答えられない。アランもそれを分かっているはずだった。このタイミングでアランが現れたということは、あのメイドは、アランが寄越した人間だとしか考えられない。

「いいよ、ミレーユ。僕を憎んでよ。どんな形であれ君に思われることは悪いことじゃない」

平坦な口調で告げられた言葉に、ミレーユは心底ゾッとした。

お前のことなど、もう何とも思っていない。叫んでやりたかったが……出来なかった。声が出ないからではない。アランの右手に、鈍く光る銀のナイフが握られていたからだ。

「動くな!」

叫んだのはアランだ。ミレーユに対してにしては声が大きすぎる。アランは周囲を見渡した。

「お前達が僕に斬りかかる前に、僕はこの女の喉を切り裂けるよ」

先程の平坦さは既に失せ、その表情からは凶暴性ばかりが色濃く滲んでいた。

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