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玉座より
傷のある心
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可愛い愛娘の憂えていた理由が分かり、公爵夫妻はただひたすら、自らの不甲斐なさを恥じた。
「ミ、ミレーユ!誤解なんだ!僕は浮気なんかしていない!本当だ、信じてくれ!僕が愛しているのは君だけだ!」
アランのあげたその一言に、ミレーユは頭の中で何かが切れる音を聞いた。
「……ミレーユ?」
ふいに、アランの元へ歩き出すミレーユを公爵は訝しみながら呼ぶ。しかしミレーユは足を止めず、アランの前へ立ち、思い切りその頬を叩いた。痛々しい音が謁見の間に響く。ミレーユの力はそれほど強くはないのに、アランは全身をぶるぶると震わせて「痛い、痛い!」と情けなく、叫んだ。
「……ねえ、アラン。私も知っていたのよ」
幽鬼のように、湿った言葉を吐くミレーユに、アランはポカンと口を開いた。
「婚約した日に、公爵邸の中庭で、あなたはエリ―と逢引きをしていた」
ミレーユの言葉にアランは「え……いや、それは」と何か言い訳を口にしようとする。おそらく中庭は暗いから見間違えたんじゃないか。とでも言うつもりなのだろう。そんな聞き苦しい言い訳は聞きたくない。
「あなたとの婚約は解消させてもらうわ。当然、あなたの欲しがっていた公爵位もあげない」
その言葉を聞いて、情けなくその身を地面に伏せるアランを睨んでいた侯爵は、ハッとした様子で息を呑んだ。そして唐突に、ミレーユの前に跪くとアランの頭をがっしりと掴み地へ押し付け、自らも地に頭を伏せる。
「ミレーユ様、どうか……どうか、この愚息にお慈悲を」
「……どういうことかしら。お義父……いえ、侯爵」
「ミレーユ様、あなたはお若い故にまだご存じありませんでしょうが、男というものは、すぐ傍にある愛に気づかず、時に愚かなことをしでかしてしまうものなのです。これが結婚後ではなく結婚前であったことが救いでした。こんなことになると分かったら、アランももう二度と浮気することはないでしょう。お慈悲をくださったミレーユ様を末永く愛するに違いありません」
ミレーユは絶句した。この男は一体何を言っているのだろうか。まるで、ミレーユの気持ちを分かっていない。傷ついた心を見ようともしない。逆に問いたい。では、結婚前に浮気したこの男が結婚した後に浮気しない保証がどこにあるのか、と。今回慈悲を与えたら、また次も大丈夫だろうと、そんなことを思う息子ではないと、言い切れるのか、と。頭の中にいくつもの疑問と罵倒が浮かぶ。が、唇が戦慄いて言葉にすることが難しい。
「見苦しいぞ、カダール侯爵」
口を挟んだのはリダルだった。カダールは忌々しそうにリダルを見つめると、今までミレーユが見たこともないような酷薄な笑みを浮かべた。
「ミ、ミレーユ!誤解なんだ!僕は浮気なんかしていない!本当だ、信じてくれ!僕が愛しているのは君だけだ!」
アランのあげたその一言に、ミレーユは頭の中で何かが切れる音を聞いた。
「……ミレーユ?」
ふいに、アランの元へ歩き出すミレーユを公爵は訝しみながら呼ぶ。しかしミレーユは足を止めず、アランの前へ立ち、思い切りその頬を叩いた。痛々しい音が謁見の間に響く。ミレーユの力はそれほど強くはないのに、アランは全身をぶるぶると震わせて「痛い、痛い!」と情けなく、叫んだ。
「……ねえ、アラン。私も知っていたのよ」
幽鬼のように、湿った言葉を吐くミレーユに、アランはポカンと口を開いた。
「婚約した日に、公爵邸の中庭で、あなたはエリ―と逢引きをしていた」
ミレーユの言葉にアランは「え……いや、それは」と何か言い訳を口にしようとする。おそらく中庭は暗いから見間違えたんじゃないか。とでも言うつもりなのだろう。そんな聞き苦しい言い訳は聞きたくない。
「あなたとの婚約は解消させてもらうわ。当然、あなたの欲しがっていた公爵位もあげない」
その言葉を聞いて、情けなくその身を地面に伏せるアランを睨んでいた侯爵は、ハッとした様子で息を呑んだ。そして唐突に、ミレーユの前に跪くとアランの頭をがっしりと掴み地へ押し付け、自らも地に頭を伏せる。
「ミレーユ様、どうか……どうか、この愚息にお慈悲を」
「……どういうことかしら。お義父……いえ、侯爵」
「ミレーユ様、あなたはお若い故にまだご存じありませんでしょうが、男というものは、すぐ傍にある愛に気づかず、時に愚かなことをしでかしてしまうものなのです。これが結婚後ではなく結婚前であったことが救いでした。こんなことになると分かったら、アランももう二度と浮気することはないでしょう。お慈悲をくださったミレーユ様を末永く愛するに違いありません」
ミレーユは絶句した。この男は一体何を言っているのだろうか。まるで、ミレーユの気持ちを分かっていない。傷ついた心を見ようともしない。逆に問いたい。では、結婚前に浮気したこの男が結婚した後に浮気しない保証がどこにあるのか、と。今回慈悲を与えたら、また次も大丈夫だろうと、そんなことを思う息子ではないと、言い切れるのか、と。頭の中にいくつもの疑問と罵倒が浮かぶ。が、唇が戦慄いて言葉にすることが難しい。
「見苦しいぞ、カダール侯爵」
口を挟んだのはリダルだった。カダールは忌々しそうにリダルを見つめると、今までミレーユが見たこともないような酷薄な笑みを浮かべた。
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