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File No. 89 キャンパス・ケース
しおりを挟む竜崎から、らしからぬ上擦った声の電話を受けた風見は、すぐに行動観察中の田代に連絡した。
『すみませんっ。撒かれましたっ』
こちらも焦りまくっている声が届く。風見は舌打ちし、すぐにNシステムを探索するよう命じ、自らは覆面パトに乗り竜崎の待つカフェにと急いだ。
『風見さん、手配のレクサス、見つけました。現在首都高4号線、八王子方面に向かっているようです』
「了解。田代、聞いたか? すぐに追いかけろ! あと、近くにいるパトにも連絡してくれ。学生が拉致された可能性がある」
風見の車に竜崎が乗り込んだところで、本部から連絡が入った。竜崎はリュックを後部座席に放り投げる。
「竜崎君、拉致されたところ見たのか?」
「いえ、間に合いませんでした。でも間違いないっ。あいつが俺との約束、何も言わずに破るわけがない。それに電話が全く通じない」
風見はそれについて、いくつか疑問点と反論があった。だが、とりあえず飲み込むことにした。竜崎の言うことに信ぴょう性はある。第一、行動観察を撒いたからには、彼らに目的があったということだ。
田代の弁解によると、二人は最初、吉川のミニクーパーで大学を出たのだが、予め頼んでいたのかモールの駐車場でレクサスに乗り替えた。
車を張っていれば、モールの中までついていく必要はないと油断したのがまずかった。ミニクーパーに乗り込んだ大学の事務員に聞くと、荷物が入らないので持ってくるようにと頼まれたとのことだった。
――――その荷物は藍のことだ。
あの場所に血痕らしきものはなかった。きっと何らかの方法で車に乗せたんだろう。
――――きっと生きてる。生きててくれ。
文字通り、自らは生きた心地がしない。竜崎は大きな手を胸の前でぐっと握りしめる。冷房が効いている車内なのに、額に汗が伝わるのを気付きもしなかった。
「教授も吉川も電話に出ない。電源を切ってる」
「GPSが使えないってわけですか」
声色がいつもの飄々としたものとはまるで違う。冷静さが売りの彼でも、友人が拉致されたら落ち着くのはさすがに無理か。
焦りや怒りを含んだ声で風見に問う。
「ああ。だが高速に乗ってくれたから追いつく。渋滞に引っ掛かってるようだし、大丈夫だ」
なにが大丈夫なのか。苛立ち交じりに問い返したいのを抑え、竜崎は考える。
風見の覆面車も首都高に入った。土曜日の夕方だ。当然のように渋滞しているが、風見は遠慮なくサイレンを鳴らしながら側道を駆け抜けた。
――――どこに行くつもりだ。藍を連れて……。
警察もやみくもに追ってるだけじゃないだろう。彼らはプロだ。こんな場合、入間教授たちに地の利のある場所に行くと予想してるはずだ。
竜崎は考える。今は考えるしかないのだ。
「風見刑事! 菅田教授の電話番号を教えてください!」
竜崎に閃くものがあった。既に風見刑事たちが連絡しているかもしれないが。
「菅田教授か。なるほど!」
風見はスーツの内ポケットからスマホを取りだしロックを外した。
「電話帳で『キャンパスケース』のフォルダだ」
学生を拉致した疑いで、入間の研究室と家に捜査員が入った。アルバムやパソコンを押収し、行き先を想定する物証を探すためだ。
彼が登山愛好家だったことは既に知られているため、その線を中心に洗うことになるだろう。
藍を拉致したことで却って彼らの首を絞めているわけだ。まさか本日、藍が竜崎と約束をしていたと知らなかった彼らの大誤算である。
「菅田教授ですか。すみません。風見刑事の電話を借りて話しています。土木の竜崎です」
しかし、時間との闘いでもあった。
事件解明なんて、竜崎にとってはどうでも良かった。自分らが追い詰められてると知らない二人が、藍に手を掛けるようなことがあったら……。
スマホを持つ手が震えていた。
※Nシステム
走行中のあらゆる車両のナンバープレートを自動で読み取るシステム。
ナンバープレートを読み取ると、盗難車両や手配車両などのナンバーと照合して、リアルタイムで警察に通報できるものです。
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