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4『理想のその先へ』

4 第三章第四十四話「レイデンフォート編③ シーナと命」

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弾かれた魔弾が遥か遠くへと消えていく。

狙撃銃による発射速度は常人の眼では捉えられない程速い。瞬きの一瞬で目標地点に到達してしまう。

だが、その一瞬を動けるだけの身体能力が彼女にはあった。

シーナの登場にウルが顔を歪ませる。

「シーナ、君か……!」

「悪いけどこっから先は死んでも通さないぞ! 《リベリオン!》」

腕だけだった硬質化が全身にまで回っていく。皮膚が銀色に変わっていき、光沢を得ていく。そのまま漆黒の翼を羽ばたかせて、ウルへと急襲する。

「ちっ、《機構:散弾銃》」

再びウルの銃は形を変え、広範囲に魔弾をばら撒く銃へと変わった。

放たれる拡散魔弾。すぐさまそれはシーナへと到達し、大爆発を起こした。

その間にウルは距離を取ろうとする。

ウルは気付いていた。恐らく自分とシーナでは相手に分があると。

天界で一度戦った時、魔弾に直撃しても然程応えているようには見えなかった。シーナの硬質化を打ち破るだけの力を、ウルは簡単に用意できない。まして、先程の狙撃銃による一撃をシーナは弾いてみせた。貫通力のある一撃でも、魔力を集中させて作った硬質化で弾いてしまうのである。

本来なら反応できないんだけどな……!

爆発の中から、シーナが飛び出してくる。やはり応えているようには見えない。



でも、見えないだけなんだろうな。

 

機構を散弾銃から拳銃に変え、シーナへ放つが弾かれ、遂に面と向かって対峙した。

シーナの拳が勢いよく突き出される。まるで銃弾のような速度で、空気が破裂するような音がした。

それをギリギリのところで躱し、銃口を直接シーナへ突き付ける。だが、引き金を引く瞬間には拳銃を弾かれてあらぬ方向へ魔弾が飛んでいく。

そんな攻防が何度も続いた。

そう、続いてしまうのだ。

攻防の最中、ウルが笑う。

「流石だよシーナ、本当なら王は君を四魔将の一人として迎えていただろう。ガサツだったバルサの代わりにね。君の実力はそれ程あったんだ。ただ、何も考えず戦いしか頭にない君を御するのは難しい。近くに置いたら王や四魔将に戦いを挑んで来そうだからね、選ばれなかったのも無理はない」

「選ばれなくてっ、良かったぜ! 今の方が居心地いいからな!」

「そうか、それは良かった……ところでシーナ」

攻防は突如終わりを迎える。

シーナの額にいつの間にか銃口が突きつけられていた。それに、シーナが反応出来ていない。

ウルが笑みを歪ませた。

「動きにキレが無くなっているよ!」

「―――っ」

破裂音と共にシーナの顔面に魔弾が直撃する。顔は煙に包まれ、身体が大きく仰け反っていく。

「王に心臓を貫かれたと聞いているよ。よくそんな身体で動けるもんだ。でも、時間の問題だろう?」

仰け反っていた彼女の身体が止まり、体勢を戻していく。煙の中、硬質化されているはずのシーナの額からは血が流れていた。

「あと何発撃てば、君の硬質化を破れるかな」

「くそっ」

自分の身体のことは自分が良く分かっている。最初に魔弾を弾いた時点から、少しずつ硬質化の強度が下がっている。弱った身体では、魔力の供給すらもままならない。

だから短期決戦に持ち込もうと思ったのに、流石の四魔将と言ったところか。

でも、負けられない。今回は負けられないんだ。

「うおおおおお――」

飛び出そうとするシーナだったが、誰かに腕を後ろへ強く引っ張られて体勢を崩す。

シーナの背後にライナスはいた。

「おま――」

「いいから入れ!」

ライナスの横には黒い大穴が開けられていた。そこへ放り込まれるようにシーナが消えていく。

「ただで行かせるとでも!」

二丁の銃口がライナスと大穴それぞれに向けられる。だが、ライナスは焦ってはいなかった。

「そっちこそ、簡単に打てると思うなよ」

ライナスと向き合っているウルの側面、そこに大穴がもう一つ開いていた。ウルが気付くのと、中からデイナが飛び出すのはほぼ同時だった。

「《ブラック・オブ――》」

「遅い! 《烈雷!》」

ウルが黒箱に逃げる前に、突き出されたデイナの腕から大量の稲妻が奔る。まるで雷のレーザーのように稲妻は束となり、ウルに直撃した。

「――がっ!」

勝手に大穴は一つしか開けられないと思い込んでいた。その思い込みがウルの動きを鈍らせていたのである。

雷が轟き、大気を震わせる。そのまま稲妻はウルを掴んで離さない。

「飛んでけ!」

デイナが更に出力を上げる。

雷が迸り、レイデンフォート王国の空を端まで翔けていく。そのままウルごと落雷として地面を穿った。

「……よし!」

拳を握りしめるデイナへライナスが声を掛ける。

「さっさと中に入れ、喜ぶにはまだ早いぞ」

「……分かってるよ、少しならいいじゃないか」

喜びに水を差されたデイナが渋々黒い大穴へと戻ったところで、ライナスはミーアの元へと転移した。

シーナが時間を稼いでくれたお陰で何とか貫かれた肩の止血はできていたが、心の整理はまるでついていなかった。

大穴からデイナとシーナが出てくる。

「おい、あのままやってても私は勝てたぞ!」

「いーや、押され始めてただろ、なぁライナス」

「ガキには何を言っても無駄だ。それよりも――」

「シーナ!!!」

肩の痛みなど忘れて、ミーアは両腕でシーナの身体を掴んだ。

その勢いと彼女の形相に、シーナもたじたじである。

「お、おう、シーナだけど……」

苦笑いする彼女。けれど、身体を掴んで分かった。

身体の機能は衰えていて、小刻みに震えてさえいる。それに硬質化していて顔色は分からないけれど、シーナは既に息切れしていた。シーナにしては早すぎる。

やはり、シーナはかなり無茶をしているのだ。そもそもシーナの身体機能は戻ってはいなかった。立ち上がる力さえまだ戻っていなかったのに。

その状態でシーナは魔力だって使ってみせている。魔力があって漸く安定していたはずの身体機能だったはずだ。その魔力を消費しているのだから、衰弱して当然だ。

いくらカイから自動的に魔力が送られてくるからって、これでは回復が間に合わない。

「どうして、どうして来たの!! こんな身体で……! 無茶して大変なことになったらどうするの!!」

「そん時は……そん時だ」

「っ」

シーナの言葉に、ミーアは涙が溢れてきた。

何故だろう、悔しい。

まるでシーナは自分の命が自分にしか関係ないみたいに言ってのける。

そんなことないのに。そんなことないんだって、伝えてきたつもりなのに。

零れそうになる涙を、シーナが拭ってくれた。

「泣かないでくれよ。初めてだったんだ、こんなに戦いたいと思ったのは」

「……」

「誰かの為に、戦いたいと思ったのは」

「え……」

濡れた瞳がシーナを捉える。硬質化のせいで表情が捉えにくくても、彼女が優しく笑っているのだと分かった。

シーナにも不思議だった。

場所を移され、戦いから遠ざけられ、頭の中にまず一番に浮かんだのはミーアの安否だった。これ程の不安、そして戦えない自分のもどかしさ、悔しさは初めてだった。

今までだって戦えないことに対する憤りを感じたことはあった。でもそれは、自分にとっての快楽を満たせないからであり、戦いという欲求を満たしたかったから。戦いは自分の為でしかなかった。

でも、それまでの自分の為以上に、衝動は身体を突き抜けて止められなかった。戦いたいと思ってしまった。ミーアが危険に身を投じているのに、のうのうと私だけ守られているのは耐えられない。

私が、ミーアを護る。その為に戦う。

「戦いだらけだった私だけど、初めて戦いに目的が出来たんだよ。こんな気持ち、初めてだ……だから、絶対に負けられない!」

「シーナ……」

私の命をこんなにも考えてくれている。

命は一人のものじゃないって、伝わっている。

でも、怖い。シーナは私の為に自分を犠牲にしてしまいそうで。

伝わっているけれど、自分ごとにできていないのだと思えて仕方がない。

私が生き残っても、シーナが死んでしまっては意味がないのだ。

「もうここまで来てしまったんだ。足手まといにはなるなよ」

「ちゃんと働くんだぞ」

「誰に言ってんだ!」

そう、確かにここまで来てしまったのだ。今更帰らせることなど出来やしない。

なら、私のすべきことは……。

ミーアは涙を拭った。

「シーナ」

「ん?」

「……絶対、死なせないから」

そう告げて、真っすぐにシーナを見つめる。絶対に、絶対にだ。

ミーアの言葉を受けて、シーナは。

困ったように笑っていた。

その直後に遥か向こう側に青い光の柱が立ち昇った。

「あれは……!?」

同時に伝わってくる魔力の鼓動。あまりに巨大な魔力の波動に身体がひりついてしまう。

光の柱、その中にウルはいた。

全身が青く硬質化されており、その背後には大小さまざまな無数の魔法陣が浮かんでいた。

はぁ、とウルが溜め息をつく。

「嫌いなんだよ、この《リベリオン》。不格好でスマートじゃなくて、戦いも大雑把になる。まるでバルサみたいだ」

浮かんでいる魔法陣全てに魔力が収束されていく。ミーア達からすれば前方の視界一杯に魔法陣が浮かんでいるような状況だ。そして、その魔法陣がどういう役割を持っているのか、想像に容易かった。

「君達もそう思わないかい?」

魔法陣はつまり、銃口だった。

「くっ、逃げろ!」

ライナスの切羽詰まった声と、魔法陣から魔弾が無数に放たれたのは同時であった。

レイデンフォート王国全方位を魔弾が襲っていく。着弾と共に大爆発を起こし、王国のあちこちが爆発に包まれていく。大小さまざまな魔弾達が上空を全て埋め尽くさんとばかりに放たれていた。その中でもとびきり巨大な魔法陣からは極太レーザーが放たれており、他と比にならないほどの大爆発を起こしていた。

ライナスは咄嗟にデイナを黒穴に詰め込んで、転移を繰り返して何とか躱していた。

そしてシーナは、ミーアを抱えてどうにか魔弾から逃げていた。

「くそっ、もうどこに逃げようと殺す気満々だな!」

逃げても逃げてもその先に魔弾が降り注ぐ。小さな魔弾なら腕や魔法の盾で弾くことができているが、大きくなるにつれてそれも難しくなる。このままじゃ時間の問題だった。

シーナに抱えられたミーアは国が消えて無くなるのを見ていた。

大爆発は地面を抉り、家屋を吹き飛ばしていく。至る所で弾け、どんどんと更地と化していく。

最早国と言えるような状況ではない。

たった一人の力で、国にしては巨大なレイデンフォート王国は消えて無くなろうとしていた。

国は民なのだと、思ってはいるがやはり育ってきた国が壊れていく様はあまりに悲しかった。

あちこちから立ち昇る黒炎。

そのせいで、見えなかった。

「っ、シーナ!」

黒煙を貫くように、極太レーザーがミーアとシーナへと放たれていた。

「ちっ」

急いでその場を離れようとするが、直撃せずともレーザーはとてつもない爆発を起こしてみせる。その爆発範囲からは出ることが出来なかった。

「っ、《光壁アイギス!》」

ミーアが最大級の防御魔法で盾を張る。直後にレーザーは着弾して大爆発を起こした。盾で爆発に直撃することはなかった、爆発の勢いを完全に殺すことはできず、二人して勢いよく吹き飛んだ。

「きゃあああああああ!」

「―――――っ」

何度も地面を跳ね、転がっていく。硬質化していたシーナはそれ程のダメージになっていなかったが、ミーアは身体をあちこち打ち、額からは血を流していた。先程止血したはずの肩からも血が溢れ出ている。

「ミーア!」

急いでシーナが傍に寄る。意識はあるが、身体は酷く傷ついていた。

「うぅ……」

「……っ!」

護るために来たのに、これじゃあ……!

ミーアに視線を向けていたシーナだったが、ギュッとミーアを抱きしめたかと思うと、地面に寝かせて立ち上がった。

「シー…ナ……」

「ごめん、ミーア。今度こそ、ちゃんと護るから」

そう言って、シーナはミーアへ振り返って笑った。

どこか寂しそうに。

「ここからは、命を懸けるよ」

「っ! だ、駄目……! シーナ!!」

痛む体に鞭を打って手を伸ばすが、彼女には届かない。

シーナは最初からこの展開を予想していた。

何故先程ミーアの「絶対死なせない」という発言に困ったように笑ったのか。

それは、これをしてしまえば自分は死ぬという確信があったからである。

シーナから紫色の魔力が溢れていく。最早身体機能を維持するための魔力なんていらない。全て、この戦いに勝つ為に使う。

でも、それでも足りないから。それでもウルには勝てないから。

 

だから、借りるよ。ご主人。

 

溢れ出ていくシーナの魔力。

だが、やがてその色が金色に変わっていく。

ドクンと心臓が跳ねる。

タイムリミットはこの心臓が止まるまで。

それまでの間、シーナは。

カイの魔力を使える。

 

「《リベリオン:モード【エンドレスパレード】》」

 

次の瞬間、シーナはその場から消失し、ウルの眼の前にいた。

「な……!?」

「ここからはずっと私のターンだ」

シーナの放った拳はウルの顔面を捉えていた。
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