カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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4『理想のその先へ』

4 第三章第四十五話「レイデンフォート編④ シーナとミーア」

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無数の魔法陣から放たれる魔弾を潜り抜けてウルへ到達することなど、まず不可能。たとえ転移できるライナスと言えど、わざわざ砲台の眼の前に現れて危険を晒すとは思えない。第一、現状皮膚を硬質化させているウルにダメージを与える力を彼は持っていない。シーナこそ本来なら危険視すべきだが、彼女自身弱っているし、ライナスと協力して弾幕を抜けてきたって大して問題ではないだろう。

そう思っていたはずなのに。

視界一杯に広がる銀色の拳。

そして、いつの間にかウルは地面に勢いよく叩きつけられていた。大地に大きく亀裂が入り、周囲の家屋が壊れていく。

何だ、何が起きた。

鼻や口から血が溢れる。硬質化しているはずなのに、硬度を遥かに上回った一撃。

それに、どうやって弾幕を抜けた。

自分が先程まで居たはずの上空を見上げる。

だが、そこには何者もいない。無人のまま魔法陣が魔弾を放っている。

と、その時視界の隅に映る光。

「っ」

振り向くのと、再び拳が振られるのは同時だった。

顔面から血を噴き出しながらウルが真横に何度も跳ねながら吹き飛んでいく。

「おっらああああああああ!!」

その背後にシーナは転移して更に拳を突き出した。勢いを殺すことも出来ず、その拳がウルの背中にめりこむ。また吹き飛んでいく彼を、シーナは何度も転移しながら殴り続けた。

 

シーナは今、カイの魔力を使っている。



今のシーナは自動回復魔法の力でカイの魔力と繋がっている。自動回復魔法は、使用した術者の魔力によって自動的に治癒を行うものであるが、本来的には傍にいて魔力を供給し続けないと魔法は発動しない。

だが、カイの魔力は空間を超える。遠くに居ながら、シーナへと供給することが出来るのだ。

その供給されているカイの魔力を、シーナは回復魔法に変換される前に、自分の魔力で包み込み、無理矢理自分の魔力のように扱っているのである。

カイの魔力と彼女の身体とは、いつの間にか親和性が生まれていた。魔法による繋がりがあり、そして魔力を硬質化させることでカイの魔力を留めておける彼女だからこそ成せる業であった。

だが、それはつまり、回復魔法は発動していないということになる。

魔王ベグリフによる一撃で失われた心臓部の再生を、行っていないということになる。

「ガっ!?」

殴り続けている最中に、口から大量の血が溢れ出る。

ミーアが魔法で作ってくれた心臓の崩壊が始まった。回復魔法が発動していない今、心臓を保つことができないのだ。

「―――っらぁ!!」

それでもシーナは拳を振り続けた。

これで死んでもいい。

だからこいつだけは倒す。

ミーアだけは、絶対に護る。

その時、ドクンと心臓が跳ね、身体に激痛が走った。

「――っ!」

身体の動きが鈍る。その間に隙が出来る。硬質化した全身の皮膚に罅が入り、あちこちから血を流しながらウルは叫んだ。

「《機構:滅界弾!》」

四方八方を打っていた魔法陣が一斉にシーナへと標準を向ける。

「っ」

咄嗟に遥か上空へ転移したが、魔法陣は完全にシーナをマークしていた。

「消し飛べ!」

そして、一斉に放たれる魔弾はやがて一つとなり、超特大級に極太のレーザーが一直線にシーナめがけて飛んでいった。

これまた転移しようとするが、再び身体に激痛が走る。息が出来ない。視界が霞む。身体の機能が限界を迎えようとしているのが分かった。

「くそっ……」

揺らぐ身体。そのままレーザーが彼女の身体を飲み込もうとする寸前で、彼女は引っ張られた。

「俺とデイナで時間を稼ぐ。だから、最大級の一撃を叩きこめ」

そう言って、あの時と同じようにライナスはシーナを黒穴へと入れた。

「っ、馬鹿、お前達じゃ――」

シーナの言葉は届かず、振り向くことなくライナスが入口の穴を閉じる。レーザーは目前にまで迫っていた。あのままではライナスは間違いなく死んでしまうはずだ。

「大丈夫。この空間はライ兄のものだから。ここがまだ残ってるなら、ライ兄は無事だよ」

「……ミーア」

振り返ると、そこにミーアがいた。

どうやらライナスは傷だらけだったミーアのことを助けてくれていたみたいだ。

真っ暗な空間の中にシーナとミーアは二人きりだった。

交わる視線。だが、何故かシーナは目を逸らしてしまった。

決意がブレてしまいそうだ。もう、命を懸けるしか方法が無いのに、生きたいと思ってしまう。

でも、それでは勝てずにミーアが死んでしまうから、死ななきゃいけないんだ。

 

次の瞬間、ミーアは彼女の頬を思い切り平手打ちしていた。



鈍い音が辺りに広がる。硬質化されている為、痛みは感じない。きっと叩いたミーアの方が痛いはず。

はずなのに。

心がズキズキと涙が出そうなくらい痛むのは、心臓が壊れているからだろうか。

「ミ、ミー――……」

声を掛ける前に、ミーアはぎゅっとシーナを抱きしめた。力強く、涙を流しながら一生懸命に。

自分の傍から居なくならないようにと。

「死んだら許さないから……!」

「っ、でも、これじゃないとミーアを助けられない!」

「そんな助けなんていらない!」

抱きしめながら、ミーアが強くシーナを見つめる。真っすぐで大きな瞳には、小柄な彼女からは考えられない程強い意志が灯っていた。

「これから未来を一緒に生きていくの! 一緒に美味しいもの食べて、一緒にショッピングして、一緒に遊んで。そんな毎日を一緒に一生続けていくんだから!」

まるで駄々をこねた子供のように彼女は叫ぶ。

でも、それが本心で本音で。

と、ふとシーナは気付いた。

身体の痛みが和らいでいる。止まりかけていた心臓の鼓動が、再び蘇っている。

「ミーア、これ……」

「誰がシーナの心臓を作ったと思ってるの、絶対に死なせないから」

ミーアが再びシーナの心臓を魔力で形作っていた。それも、それだけではない。自動回復魔法が発動している。カイの魔力は依然として治癒に使わせていないのに。

「死ぬぐらいなら私の魔力を全部あげて私も死んでやる」

つまり、ミーアが自身の魔力でシーナへ自動回復魔法をかけたのである。

「なっ、ミーアは絶対死なせないぞ!」

「私だってシーナを死なせないよ!」

シーナの両手をミーアが握りしめる。

「だから、絶対一緒に生き残るよ! 私にとっての死は、シーナを失うことなんだから! 絶対に私を死なせないでよね!!」

何と無茶苦茶な。

そう思うけれど、不思議と身体は軽くなった。

失われていた心臓が戻ったからなのか。

ミーアの存在が心に力をくれるからなのか。

どちらにせよ、ミーアと魔力で繋がっている今が、一番心地よい。

「ミーア」

シーナも亦、ミーアの手を強く握りしめた。

「何よ」

「大好きだぞ、戦いなんかより、ずっとずっと!」

シーナがそう言って微笑む。

今が、今の私が一番好きだ。

面と向かって言われて、不思議とミーアの身体が火照る。

「な、何言ってるの。……まぁ私もだけど。べ、別に変な意味はないけどね!」

「変な意味って何だ?」

「う、うるさい! いいから、二人で勝つよ!」

「おう!」

そうして、二人で頷き合う。

不思議だ、さっきよりも無限大に強くなった気がする。

「手、離すなよ!」

「うん、そっちこそ、治癒は私に任せて、もっと攻撃にも私の魔力使っていいからね!」

「分かった!」

本当なら生き物それぞれが持つ唯一無二の魔力。ゆえに、他の者が扱うのは親和性が無い限り難しい。

だが、その心配は必要なかった。

ギュッと二人は手を握り合い、次の瞬間黒穴から、レイデンフォート王国の遥か上空に転移し、そのまま重力に身を任せて落下していく。。

雲を突き抜け、眼前に広がるレイデンフォート王国を見据える。最早国としての形をしておらず、更地にも等しいそこで、ライナスとデイナは地に伏していた。

ライナスは両脚を欠損しており、デイナも右腕を失っている。二人共まだ意識はあるようだが、身体が動かないようで、欠損部分から少しずつ血だまりが出来ていた。

ライナスの転移こそあれ、むしろあの弾幕をよくそこまで避けたものだ。

「デイ兄、ライ兄!!」

今にもとどめを刺そうとするウルだったが、ミーアの悲鳴で二人を捉えた。

「来たか。いい加減、終わりにしたいんだよ……!」

すると、無数に浮かんでいた魔法陣が重なり合って一つとなり、そこから一つの銃が飛び出してきた。形はシンプルで、拳銃のようであるが、そこに収束している魔力量はこれまでの比ではない。

「《機構:ラグナロク》」

明らかに、ウルによる最大級の一撃だった。

「今の君は転移が使えるようだけど、無駄さ。撃った瞬間、この一撃は高速を超えて確実に君に到達する。転移しようと一瞬で追いかけて、ね」

「シーナ、転移はしなくていい。その分の魔力も全部攻撃に回そう!」

「ああ!」

シーナも、右腕に魔力を集めていく。彼女の魔力だけではない、カイとミーアの魔力も一気に集まっていき、その全てが右腕に凝縮されていく。

「勝つよ、シーナ!」

シーナの左手をミーアが祈るように握りしめる。まるでそれが呼応するように右腕の魔力が膨れ上がった。

「ああ、生きる! 絶対に!!」

「終わりだ!」

そして、放たれる終焉《ラグナロク》。

引き金を引くのとシーナとミーアへ着弾するのは同時だった。凝縮された魔弾が一直線に飛び、青黒い軌跡を残す。

魔弾を、シーナの右拳は確かに捉えていた。

着弾の瞬間、衝撃波で空気が破裂し、背後の雲が一気に掻き消える。

「う、おおおおおおおおおお!」

魔弾の強さは想像以上で、渾身の一撃にもかかわらず、すぐにでも右腕が折れてしまいそうだ。

身体中に走る激痛。元々弱った身体だ。耐えられなくてもおかしくない。

「がん、ばれぇえええええええ!」

それでも耐えられるのは、ミーアが傍に居てくれるから。自動回復魔法とは別に回復魔法を並行して使ってくれているし、残りは攻撃に回してくれている。

ミーアだって戦いで魔力を使い過ぎているし、身体もボロボロだ。

それでも、支えてくれている。

二人で未来を生きるために。

「負け、られるかぁああああああああ!!」

硬質化した皮膚に罅が入り、べりっと皮膚が捲れていく。血が風圧で吹き飛んでいくが、関係ない。

「おおおおおおおおおおおおおおらああああああああああああ!!!!!!」

そして、シーナは拳を振り抜いた。

魔弾《ラグナロク》は拳に押される形で勢いよく反射し、次の瞬間ウルの胴体は消し飛んでいた。あまりの威力で胴体がねじ切られ、四肢が分かたれる。

「馬鹿、な……」

魔弾はそのまま大地を穿ち、次の瞬間周囲を大きく巻き込む大爆発を起こした。

ウルの身体ははそのまま大爆発に巻き込まれて消えて無くなり、ライナスとデイナは寸前で転移してきたシーナとミーアによって回収された。

かなり遠くまで転移したシーナ達。それでも大爆発はかなり大きく見えた。すっかりレイデンフォート王国は消し飛んでいて、倍以上の範囲が更地と化している。

「はぁ、はぁ……」

もう全然魔力が残っておらず、シーナの身体は限界を迎えていた。ミーアも限界で少ししか魔力を供給できず、シーナの身体はギリギリもっているような状態であった。だが、カイの魔力を治癒側へと戻したことで、何とか一命は取り留めている。

「最後、魔力を少し残していて正解、だったな……」

「危うく兄二人を、失うところだった、よ……」

「……」

ライナスとデイナは疲労で言葉も出ないようだ。

四人揃って地べたに寝転び、空を見上げている。

空が綺麗だと思ったのは、今日が生まれて初めてだった。

それは、隣にミーアが居てくれるからだろうか。

ミーアといると、きっと私はもっと沢山のことを知るのだろう。

シーナはニッと彼女へ笑いかけた。

「これからも、ずっと一緒にいてくれよ」

「……当たり前でしょ。ずっと一緒だよ、ずっとね」

そうして、ミーアも笑った。

二人でギュッと手を繋いで、掴んだ未来に想いを馳せる。

レイデンフォート王国での戦い。

死闘の末に六魔将ウルを倒し。

無事全員生還した。

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