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3『過去の聖戦』

3 第三章第三十一話「招待状」

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ゼノ
 やはり空が晴れていると気分が良い。何かを成す時には曇り空よりも晴天の方が。気分も前向きの方が何かを成せる……と思う。
 今は大体夕暮れ前。もう少しで空の色が変わり始める頃、俺達は丘にいた。視線を下げてみると、王都ハートが一望できる。
 王都ハートは流石に天使族の主要都市なだけあって、恐るべき大きさだ。俺達がいた地下の集落が可愛いくらいだ。あそこにだって何千と人がいたのに、王都ハートは何万何十万という天使族を住まわせていてもおかしくない大きさだ。白を基調とした大小様々な住居が並び、その間をこれまた大小様々な道路が通っている。
 その中心に、セラの家族がいるハ―ティス城があった。
ゼノ:
「さて、それじゃ行ってくるか」
 漆黒の翼を広げたエイラと一緒に丘の先に立つ。シロは既に俺の背中に待機済みだ。
ゼノ:
「しっかり耳を澄ましておけよ」
シェーン:
「貴様こそ中途半端な合図を送ってでも見ろ、殺しに行くからな」
ゼノ:
「いや中途半端でも聞こえてんじゃん、殺しに来れんじゃん」
 きっとシェーンなりのエールなのだろうが、いつも通り分かりづらい。
 ただ、それでも今の不安そうなセラよりはいいだろう。両手をギュッと握りしめて、セラは祈るように俺達を見つめていた。
セラ:
「三人共、もしもの時は逃げてくださって構いません。王都を囲う結界は外敵用ですから、身を隠した後に王都を出てもバレることはありません」
ゼノ:
「なるほどな、セラが容易く王都を出れたのはそういうことか……ふんふんふん、って誰が逃げるか!」
 セラの頭に片手を置いて、勢いよくその手を叩いた。
セラ:
「きゃっ!」
 セラの悲鳴が聞こえるものの、痛いのは俺の手だ。それが分かっているのかシェーンは飛び出してこない。というか、飛び出そうとしていたアグレシアを止めてくれていた。そのまま顎で早くしろと促している。本当はセラの頭に触れている事実に不本意なのだろうが、シェーンもセラの不安を拭いたいと思っているのだろう。俺にそれを託すのは嫌そうだけど。
 ただ、シェーンが託してくれたのは素直に嬉しかった。
グッとセラの不安げな顔を覗き込む。
ゼノ:
「セラ、俺達がいる限りお前は諦めないんだろ? 俺達だってセラがいる限り諦めないよ」
セラ:
「ゼノ……」
 痛くないはずの頭に両手を乗せるセラ。それだけで可愛く見えてくるんだから困ったものだ。
 そのセラを指差して、元気よく告げる。
ゼノ:
「笑顔で待ってろ、でっけー花火を上げてやる!」
 お前の不安を取り除けるくらいの大きな。お前を元気にしてやれるくらい大きな。
 俺達が元気だという証明を。
 セラが目を丸くして、やがて微笑んだ。
セラ:
「はいっ」
 そう、セラには笑顔でいて欲しい。その方がこちらも元気が出る。
 きっと俺にとってセラは空と一緒なんだ。俺という世界を構成する大きな一部。セラが曇っていると元気が出ない。
でも、セラが笑顔なら俺は何かを成せる。
エイラ:
「ゼノ、花火って何か知ってるんですか? 長年地下暮らしだったくせに」
ゼノ:
「地下でも花火は出来るんだよ。小さめのだけどな」
 本で読んだら魔法でどうにかなった。ケレアやアキ、メアと一緒に見たのを覚えている。サクがいる頃に本を読んでいたら見せてやれたのにな。
地下では出来なかったけれど、何でも空に大輪を咲かすようなものもあるとか。
 なら、咲かせてやろうじゃないか。今日、前例がない程の大輪を空に。
ゼノ:
「それじゃ改めまして、行ってきます!」
セラ:
「行ってらっしゃい!」
 笑顔でセラがそう告げる。シェーンとアグレシアも頷いた。
 そして、俺達は飛び出した。一気に上空を加速して王都へと迫り、そのまま遂に突入した。もう結界に触れているに違いない。
シロ:
「これで相手にもバレたのよね!」
ゼノ:
「元々暴れる気だから変わんないよな!」
エイラ:
「でも、悠長にしてる暇はないですからね!」
 空中で且つ急いでいるせいで、声が流されていく。大声で話さなきゃ聞き取りづらい。
 というか、突入しても全然ハ―ティス城に近づけない。どれだけ遠いんだ。
エイラ:
「城門前に広場があります! そこへ降りてから始めましょう!」
ゼノ:
「了解!」
 速度を落とすことなく飛び込む。遂にハ―ティス城の前、城門前広場に到着した。広場にはまだ天使族の国民がいる。ということは、バレてはいるがこちらの方が早かったということか。避難誘導が間に合っていないようだ。
 俺達の空中からの登場に、天使族の国民は不思議な様子で見ていた。だが、エイラの黒い翼を見ると一気に悲鳴が響き渡った。
国民:
「あ、悪魔族!?」
 どよめきが一気に広がっていくが、突然の事態に彼等の動きは遅かった。広場に大勢いたというのもあり、込み合って動けないようだ。
 そちらを無視して目の前を見つめる。
 ハ―ティス城は近くで見ると一層大きく高い城だった。その最上階に聖堂があるという。城の周囲は透き通った水で囲まれていて、そこへと続く通路は今目前の城門の先にある可動橋だ。
 さて、ここなら目の前から敵がうじゃうじゃ来そうだな。
 そう思ったタイミングで顔に影が差す。上を見上げると、大勢の甲冑を着た天使族が空を羽ばたいていた。どうやら城のあちこちから飛び出して来てるらしい。
ゼノ:
「いや、前から来るんじゃないんかい!」
エイラ:
「何のための翼だと思っているんです」
ゼノ:
「じゃあ何のための城門で橋だよ!」
エイラ:
「さあ、飾りじゃないですか?」
ゼノ:
「納得できるかっ」
 実際問題、飛べるんだから橋要らねえじゃん!
 そうこう言っている間に、兵士達が地上へと降り立つ。いつの間にか俺達は兵士に囲まれていた。その登場に国民達の動きも止まっている。
国民:
「兵士達だ!」
国民:
「悪魔族をやっつけろ!」
 いや、言ってる間に逃げろよな。戦いにくいんだけど。
 それにしても、やはり天使族と悪魔族の仲が最悪だということが改めて分かった。国民といい兵士といい、鋭い目つきでエイラを見てやがる。
 兵士のうち、偉そうな奴が前に出てきた。他の兵士と違って豪華な甲冑を着て、偉そうに槍の先端を突きつけてくる。
騎士:
「そこの女、悪魔だな! 天使領への侵入どころか、王都への侵入など万死に値する! 我らが兵士総力を以て貴様を処分する!」
 総力て……。
指示しているってことはシェーンやアグレシアと同じくらいの、まぁ他が兵士ならこいつは騎士ってところか。他にも随所にそういう豪華な甲冑が見られる。
 言っている傍からどんどんと兵士が増えていた。
騎士:
「貴様達もさては悪魔だな! 一人は生け捕りだ、残りは殺せ!」
 魔力感知もするつもりはないらしい。一気に兵士達が武器を構えた。
ゼノ:
「うわー、大歓迎だなこりゃ」
エイラ:
「主役の登場ですからね、私という」
ゼノ:
「お零れに預かれて嬉しいよ」
シロ:
「パーティグッズにしてはギラギラしてるけれど」
エイラ:
「私の眩しさに反射してるんですよ」
ゼノ:
「なるほど、通りで光にしては突き刺さんと鈍い光り方のわけだ」
エイラ:
「む、乙女に向かって鈍い光とは酷いと思いませんか」
シロ:
「そもそも鈍い光ってなに?」
ゼノ:
「知らん、エイラに聞いてくれ」
エイラ:
「ゼノが言い始めたんじゃないですかっ」
 軽口を交わしている俺達の姿に、どうやら怒りを覚えたらしい。身体をわなわな震わせ、例の騎士が力の限り叫んだ。
騎士:
「我らを前に油断とは良い度胸だ! かかれー!」
兵士:
「おおおおおおおお!」
 一斉に兵士が飛びかかってくる。漸く始まりだ。それを見て三人で背中を合わせた。
シロ:
「ゼノ、本当にまだセインは要らないの!」
 チラッとシロが視線を向けてくるが、頷いておいた。
ゼノ:
「ああ、いざって時にな! 強くなるにはまず俺を鍛え直さないと!」
エイラ:
「あらあら、律儀に魔王の期待に応えるつもりですか! 《水の形・双!》」
 エイラの手元に水で出来た双剣が生成された。その内の一つを逆手に持って構えている。あいつ、意外と武器の扱い得意だよな。
ゼノ:
「ばーか、んなわけないだろ!」
 《ウィンド・大剣の型》。
脳内で唱え、手元に風で大剣を作り出す。国民を気にする必要はない、俺の目の前は城の方だ。
 さて、それじゃ暴れますか!
ゼノ:
「俺が応えるのはセラや皆の期待だけさ!」
 言下、大剣に風を集め、それを解放するように勢いよく薙いだ。前方向へ風が瞬きするよりも早く広がっていく。それはまるで鎌鼬のように鋭い刃となって。
兵士:
「っ」
 最前列の騎士を筆頭に大勢の兵士が風の刃に切り裂かれ、城へ突っ込んでいった。風刃の勢いは衰えることなく大きな城門も橋すらも切り刻み、風で吹き飛ばしていく。
 悪魔族と天使族の基本的な能力は変わらない。俺がどれだけ悪魔族に占領された集落を解放してきたと思っている。
 これくらいの数じゃ負けないさ。
エイラ:
「ゼノ、まさか殺してませんよね!」
 振り返ると、エイラが双剣で無双していた。相手も魔法を使っているはずなのに、全てを捌きながら攻撃に転じていた。双剣は攻めと守りを同時に出来るから使いこなすと強いが、使いこなすまでが難しい。
 だが、エイラは腐っても四魔将だ。センスという実力といい、並の兵士が敵うものではない。
ゼノ:
「まさか! これでも手加減してるわ!」
 現に、視線の先で先程直撃していたはずの騎士が立ち上がっていた。流石騎士、倒れている兵士とは違うという事か。甲冑に亀裂が入っているものの、痛手は避けたようだ。
ゼノ:
「油断してたのはそっちの方だったな」
 ニヤッと笑いながら言ってやると、騎士は悔しそうに呻いていた。兜のせいで顔が見えないが、絶対怒りに顔が歪んでいるはずだ。
騎士:
「くっ、だが、もうこのようなチャンスは二度とないぞ!」
ゼノ:
「ははっ、いいぞ、それくらいで来い!」
 といっても、先程の攻撃を防げていない時点で既にシェーンやアグレシアほど強いわけではないことが分かってしまったが。シェーンやアグレシアはきっと風当たりの強いセラを守るために必死になって努力して強くなったのだろう。それとも、平和ボケしていたか。
 その証拠に、
シロ:
「あ、ゼノ! 横に避けて!」
ゼノ:
「うおっ」
 聞こえてきた声に合わせて横に避けると、別の騎士が吹き飛んできた。騎士の顔は既にボコボコに殴られていて、甲冑には腹部に大きなへこみがある。それは拳の形をしていた。甲冑の上から殴ってあれ程へこめば、普通に着てても痛い。
 飛んできた方へ視線を向けると、ごめん、とシロが両手を合わせていた。
 昨日、腕相撲した時に手首から先を吹き飛ばしてしまったかと思ったことを思い出した。あれ程の力で攻撃されてしまっては、流石に命に関わるのでは。
ゼノ:
「おいシロ、お前こそ加減しろよ! 死ぬぞ、お前の拳で!」
シロ:
「手加減してるわよ! ここの装備が軟弱なのがいけないの!」
 シロもまた殴って蹴って無双していた。シロの身長も相まって素早いシロに攻撃を当てることが出来ていない御様子。乱戦で見方を巻き込む可能性もあるため、大きな魔法も使えないみたいだ。一方でシロはほぼ一撃で兵士達をKOしていた。
 本当に、何でシロはあんなに力が強いんだ。お前にかかれば全ての装備が軟弱だよ……。
 エイラもシロも上手く街の方へ被害を出さず頑張っていた。流石にもう国民は逃げているけれども、攻撃範囲の限定はまだある。
 この国はセラの故郷だからな。といっても、城に軟禁されていたわけだが。
ゼノ:
「辛かったら場所を交代してやんぞ!」
エイラ:
「いえ、この国の方々の為に遠慮しておきます!」
シロ:
「ゼノがこっち来たら国が無くなりそうだものね!」
ゼノ:
「またまた御冗談を!」
 さらに前方へ斬撃を飛ばす。それは兵士を吹き飛ばしながら大きな音を立てて城を抉った。ガラガラと音を立てて瓦礫が崩れ、内部が見え始めていた。
エイラ:
「どこが冗談なんですか!?」
ゼノ:
「いや、この方が招待状届きやすいかなって!」
 ちゃんと暴れているのには理由があるのだから、城の損壊ぐらい大目に見て欲しい。これ程目立って暴れているのは気付いて欲しいからだ。
 用があるのはお前達だと。
ゼノ:
「ここまでされて黙ってたら、一国の王女じゃないよな!」
 さらにもう一撃、城の方へと放つ。三度兵士を巻き込みながら新たな傷跡を城へと刻もうとし。
 その斬撃は突如向きを変えた。
ゼノ:
「うおっ」
 突然の出来事に驚いてしまう。決してブーメランのように戻って来たわけじゃない。本当に一瞬にして斬撃の先がこちらを向いていた。跳ね返されたとも少し違う。まるで最初からこちらを向いていたかのように不自然に向きが変わっていた。一緒に兵士達もこちらへ飛んできている。
 何が起こった……!?
ゼノ:
「くそっ!」
 慌ててもう一撃繰り出し、相殺させる。周囲に突風が吹き荒れ、踏ん張らなければ吹き飛ばされてしまいそうだ。流石俺の攻撃。
 自画自賛しながら視線を城へ、うじゃうじゃ飛び出して来る兵士のさらに先へ向けた。
 そんな俺の流石の攻撃を返したということは、騎士よりも更に上。それはきっと……。
既に斬撃で抉られたせいで、エントランスホールの中が見えている。その奥にある中央階段から、高い音を鳴らしながら、誰かが降りてきていた。
 遠くからでも分かるその存在感。どうやら兵士達もそちらへ視線を向けているようだ。
 不思議な静寂の中、階段を降りる足音。
その足音は、二名分。
……!
ゼノ:
「エイラ、シロ!」
 すぐさま二人を呼ぶ。
エイラ:
「分かっています!」
シロ:
「思ったより早いわね!」
 どうやら二人共気付いていたみたいだ。無理もない。今は俺達も兵士達も動きを止めている。
 まだまだ遠いのに、全員が既にその存在に釘付けだったのだ。
???:
「全く、これ以上揺らさないでもらえますか。お母様の邪魔です」
???:
「母様に殺されたいのかしら」
 一人は長髪を巻いていて、ミニスカートの下にスパッツと動きやすそうな格好だ。もう一方は肩で切りそろえていて、こちらは王女そのものといったようにふんわりとしたドレスを着ている。
 セラに聞いていた外見的特徴と一致している。間違いない。
 こちらへ注意を引くためにやってはいたが、もう出てくるとは。それ程までにアイの祈禱の時間は大切という事なのか。
 兎にも角にも、招待状は届いていたようだ。
 さて、こっからが忙しいぞ。本当はもっと兵士を減らしておくつもりだったのに。
 これから始まるであろう苦しい展開を思って苦笑しながら、その二人を見つめる。
 そして、ハート家の長女シノと次女エクセロが階段を降りきった。
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