カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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3『過去の聖戦』

3 第三章第三十二話「合図」

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エイラ
 シノとエクセロの登場に周囲の兵士達が歓喜する。
兵士:
「シノ様とエクセロ様が来たぞー!」
兵士:
「これで奴らも終わりだ!」
 随分騒がしいが歓喜するのも仕方がない。たかが三人の侵入者に大勢の兵士が劣勢に立たされていたのだから。そこに実力のある王女が登場すれば状況が変わるのは間違いない。
そして、お陰様でマズいのは事実だ。兵士に構いながら戦える相手じゃない。
 一目見て分かった。視線の先、兵士の更に向こう側にいる二人の内、エクセロを捉える。
 エクセロは強い。
 隣に立っているシノ以上にエクセロから感じる圧は別格だ。この巨大な王都を囲う結界を張っていると聞いた時点で分かってはいた。けれど、まさかこれ程とは。
 恐らく、魔力量は私やゼノ、セラよりも上だ。
 逆にシノの圧は周囲の兵士達以上とはいえ、それほどではない。姉妹でそこまで差が出るものだろうか。エクセロの圧に霞んでいるのか、シノの実力はそれ程とは思えなかった。
 遠くでシノとエクセロが会話をしている。
シノ:
「予想以上に兵士達は使い物にならなかったわね」
エクセロ:
「あまり期待はしていませんでしたわ。かなりの実力者のようですし」
シノ:
「どうやらそうみたいね」
 言下、シノの手元に光が出現し細長い槍が出現した。その両端には光刃が輝いている。
シノ:
「母様の許可はないけれど、城外へ出ても構わないわよね」
エクセロ:
「ええ、緊急事態ですし」
 どうやらこのまま飛び出してくるようだ。懸念要素だったハート家の城内束縛だが、それ以上に今はアイの聖堂での時間が大事らしい。これはこちらにとって好都合だ。セラの方へ向かわせないように立ち回りやすい。
 厳しい顔をシノが兵士達へと向ける。
シノ:
「あなた達、邪魔よ! 引っ込んでなさい!」
 彼女の叱声に、兵士が肩を震わせていた。なるほど、決してシノやエクセロの登場が彼等にとって利益になるとは限らない。つまり、これ程大勢が居て尚この体たらくということだ。
 生憎とエクセロもシノと同じ心境らしい。エクセロとは違って表情は変わらない。けれど、声に冷たさが宿っていた。
エクセロ:
「これ以上の被害を出したらお母様へ顔向けが出来ません。後は任せて周囲の清掃、修復作業に努めてください。全てを元通りに。良いですね」
 最早完全に私達を倒せるつもりでいるらしい。数的優位を捨てていると言うのに。それ程自信があるということか。
兵士:
「は、はっ!」
 流石に王女二人に言われてしまえば、一兵士や騎士などは抗えない。すぐさま私達への道を開き、包囲を解こうとしていた。
 が、こちらはそうはいかない。
ゼノ:
「《グランドゾーン!》」
 突如ゼノの声が聞こえてくる。即座に赤い半透明な壁がぐるりと周囲に展開され、私達諸共兵士を囲んだ。それは城の手前で終わっており、シノ達と兵士達を分断している。
ゼノ:
「エイラ、シロ、兵士を黙らせる! 少しの間でいい、時間を稼いでくれ!」
 ゼノが両手を合わせ、眼を閉じている。ゼノからは凄まじい魔力が迸っていた。まるで雷のように可視化された魔力、だがそれは決して魔法ではなくただの魔力だ。魔法を放つには魔力を練る必要がある。だが、練る時点で魔力が可視化されることなんて滅多にない。
 それ程の魔法を放とうとしているのか。
しかし、このまま兵士を放っておけばシノ達を押さえても兵士達が後々セラの方へ向かってしまうかもしれない。もしかすれば危険時でもアイの命令通り聖堂に入ろうとはしないかもしれない。それでも万が一はあり得るのだ。
 包囲された兵士達も慌てふためいていたが、その時再び声が聞こえた。エクセロの声だが、それは叱声に変わっていた。
エクセロ:
「あなた達、急いでその男を止めるのです!」
 すると、エクセロの周囲に光の球が複数出現した。見ただけで分かる。あれは凄い高濃度の魔力が練られている。一瞬でそれ程の魔法を展開するとは。ゼノだって必死に今魔力を練っているというのに。
エクセロ:
「《断罪の矢》」
 その光球は一瞬で私達へと接近した。エントランスホールからはそれなりに距離があったというのに瞬きよりも速い。
 止める間もなく半透明な壁にぶち当たり、一気にそれをぶち破った。衝撃で全ての光球が消えて無くなっているが、それはこちらも同様。周囲を囲っていたグランドゾーンは全て甲高い音を立てて砕け散ってしまった。
 私でも破れるかどうか分からないあの壁をいとも容易く……!
 バラバラと降り注ぐ細かい半透明な壁の破片。エクセロの攻撃に勇気づけられたのか、一気に兵士達がゼノへと殺到していく。しかし、ゼノは魔力を練るのに集中し、目を閉じて動かない。
エイラ:
「シロ!」
シロ:
「分かってるわ!」
 すぐさまシロがゼノを守るように立ち回っていく。ゼノの隣に突き刺さっていた風の大剣を抜き、怪力にものを言わせて兵士達を吹き飛ばしていった。
 兵士達だけなら問題ないだろう。だが。
 っ。
 すぐさまゼノの方へと回り、魔法を唱える。
エイラ:
「《悪意ある拒絶!》」
 目の前に黒い四角形の壁を出現させた直後、そこへ光刃が激突した。
シノ:
「ちっ」
 シノが舌打ちをする。高速で向かって来ていたのだ。発動ぎりぎり。もう少し遅れていれば防げずにゼノへ凶刃が放たれていただろう。
シノ:
「おまえ、悪魔ね! それにこの魔力、あれは人族だというの!? それにしては何て――」
エイラ:
「お話している暇はまだありませんので!」
 こちらもまた一気に魔力を解放した。全身に力が漲っていき、瞳も赤く変わる。
 こちらも本気モードだ。
 そのままシノを弾き返し、奥を見つめた。そこでエクセロが再び魔法を唱えている。
エクセロ:
「《断雷閃光》」
 指の先に雷が収束していき、次の瞬間まるで日光のように広がり真っ直ぐとこちらへ放たれた。
 けれど、このままだと弾かれて体勢の悪いシノすらもその雷の光が飲み込んでしまう。
 だが、それは杞憂だったようだ。シノへ当たる直前、何に反射したのか斜め上に角度を変えてシノを回避した。と思えば再び直進し、私の上すらも超えて先へ。
間違いない、最初からゼノを狙った攻撃だ。
でも、簡単に通すと思いますか!
頭上を通過した雷光を振り向かずして唱える。
エイラ:
「《深き闇の怒り!》」
 すると、突如として雷光の内側からどす黒い闇が漏れた。そして次の瞬間雷光が途中で弾けて闇が広がっていく。そのまま雷光を飲み込み、闇は霧散して消えていった。闇の球を雷光の内に生み出し破裂させたのだ。
エクセロ:
「……面倒な相手のようですわね」
 エクセロが顔をしかめて呟く。
 それはこちらの台詞でもあるのですが。
 だけど、これでどうやら時間稼ぎは充分のようだ。
ゼノ:
「エイラ、シロ、ありがとな!」
 声に振り向くと、ゼノの周囲を無数の雷の球が漂っていた。雷球一つ一つが高密度の魔力で練られており、迸る雷は近くの雷球に吸い寄せられていた。兵士達もその雷球のせいで近寄れずにいる。
 高魔力の球をこれ程作り上げるとは。
ゼノ:
「さぁて、大きな花火を上げるぞ!」
 そう言えば、セラに大きな花火を上げるとは言っていたが、本当に上げるつもりなのだろうか。単なる合図で良いはずだが。というより、合図ついでに兵士を倒すつもりだったのか。
シノ:
「何をしようっていうのかしら!」
 シノが再びゼノの元へ向かおうとする。急いでそれを阻もうとしたが、その前にエクセロが叫んだ。
エクセロ:
「お姉様、下がってください!」
 そう告げるエクセロは既にシノの元へと駆けていた。
シノ:
「っ、でもエクセロ!」
エクセロ:
「お姉様の身体に傷をつけるわけにはいきませんわ! 早く!」
 どうやらエクセロはゼノの魔法の危険性に気付いているようだ。これまでと違って焦りの表情を浮かべている。
シノ:
「……分かったわ!」
 その焦りに気付いたのか、シノも素直に引き下がる。相手が引いたから私も引こうとすると、ゼノが告げた。
ゼノ:
「エイラもシロも動くなよ! ミリでも動いたら当たるからな!」
エイラ:
「ちょっ、なんて魔法を唱えてるんですか!」
ゼノ:
「さぁてな! 今作った魔法だから名前もない!」
 今作ったって。
魔法を作るのはそんな単純なことではない。魔法の完成形をイメージして少しずつイメージに近づけていく作業が必要なのだというのに。
ゼノ:
「でも、しいて名前を付けるなら……」
 やがて、無数の雷球が空高くへと勢いよく舞い上がっていった。私達も兵士達も、シノ達でさえも雷球に視線を奪われている。
 まるで空へと浮かんでいく星のようだ。まだ夜ではないというのに、それほどの光を放っている。
 そして、ゼノが不敵に笑った。。
ゼノ:
「《雷嵐流星群》だ!」
 遂に、合図が放たれる。
………………………………………………………………………………
セラ
 待つことがこれ程辛い事なんて。
 ゼノとの会話で送り出す決意は出来たけれど、完全に不安を拭えたわけではない。
 ゼノ達が王都へ突入してからまだ十分足らずだけど、感覚的には一時間以上経っている気がしてならない。
 三人共、無事でしょうか……。
 祈るように王都を見つめる。ハ―ティス城が遠すぎてゼノ達の様子は見えないけれど、ただただ城を見つめる。
 空はもう少しずつ明るさを失い始めていた。
シェーン&アグレシア:
「セラ様……」
 シェーンとアグレシアが心配そうに声をかけてきた。傍から見ても辛く見えているのだろうか。
セラ:
「……大丈夫だとは分かってるんです」
 王都を見つめたまま言葉を返していく。
セラ:
「ゼノのことだし、心配するだけ損だなって。それにしっかりしたエイラやシロもいますから」
シェーン:
「その言い方だとゼノはしっかりしてないかの……確かに奴はちゃらんぽらんだな」
 そこまでは言ってないですけれど……。まぁ奇想天外ですからね、ゼノは。
セラ:
「でも、心配なものは心配です……」
 今まさに傷付いているんじゃないだろうか。血を流してしまっているんじゃないだろうか。
 怖い、見守ってるだけなんて。
 だから、早くゼノの合図が聞きたい。
 合図を聞いて、今すぐこの場を飛び出したい。ゼノ達が頑張ってくれているのだから、私もそれに報いたい。
なにより、元気だと伝えてほしい。
 ギュッと両手を握り、前を見つめる。
 そして、目を見張った。
 いつの間にか、城の方向に太陽のような黄色く丸いものが浮かんでいる。
セラ:
「あれは……!」
 私達から見える程それは大きい。いや、まだ大きくなっているようだ。それは城よりも高く浮かんでいる。
 そこへ向かって、下から赤い綺麗な何かが昇っていった。やがてそれは巨大な黄球へ到達し、飲み込まれていった。赤が混じり、色が本当に太陽へ近づいてき。
 直後、私達ですら耳を塞ぎたくなるほどの大きな音が轟き渡った。
 壮大な爆発音とは少し違う、綺麗な破裂音と共に黄球が弾けたのだ。それはまるで光の泡のように周囲に散らばったと思いきや、次の瞬間その泡から勢いよく雷鳴が轟き、城周辺へと落雷が降り注いでいく。それもまたこちらまで響く程轟音だった。
シェーン:
「どう考えてもこれが合図だな」
アグレシア:
「言ってはいたけど本当に凄まじい音だね」
シェーン:
「城、壊さないだろうな……」
アグレシア:
「ゼノのことだから分からないかな……」
 声が掻き消されそうなくらいの轟音の中、二人が耳を塞ぎながら感想を述べている。。
 でも、私は決して耳を塞がない。
 先程の綺麗な破裂音は、ゼノが花火をイメージしたのでしょう。ゼノ、大きい花火を上げるって言っていましたし。
 花火は城の中から何回も見たことがある。王都で行われたお祭りの最後はいつも花火で飾っていた。本当は直ぐ近くで、外で見たかったけれど。
 そして、今回だってこんな遠くからしか見えない。
 でも、これまでの花火で一番心が震えた。
 ゼノが上げたからだろうか。それは分からない。通常の花火よりも不格好で、綺麗というわけでもない。
 でも、ゼノが元気だってことは良く分かった。誰が見ても分かるだろう。それだけが強く伝わった。
今一番私が欲しかった答えだ。
セラ:
「本当にゼノは凄いですね……」
 ゼノの上げたそれを見ているだけで元気づけられた。不安を一蹴してもらった。
セラ:
「いつも私の心を優しく抱きしめてくれるのですから」
ゼノはいつも私の心に寄り添ってくれる。心を温めてくれる。
 ゼノの傍はとても心地よくて。
セラ:
「ゼノとは、ずっと一緒にいたいですね……」
 気付けば無意識のうちにそう呟いていた。
シェーン:
「ん、セラ様、何と仰いましたか?」
 耳を塞いでいたせいで、どうにか二人には聞こえなかったようだ。
セラ:
「い、いえっ」
 危ないですね……。
 先程の発言じゃ、まるで私がゼノのことを好いているみたいだ。
 ……。
 もしかしたらそうなのかもしれないし、それとは違う感情なのかもしれない。
 ただどうであれ、ずっと一緒にいるために私達はこの世界を変えなくてはいけない。
セラ:
「さぁ、合図も頂きましたし、私達も行きましょう」
シェーン:
「……セラ様、覚悟はよろしいですか」
 シェーンの言う覚悟とはアイと出会う覚悟のことだろう。でも、もう大丈夫。勇気ならたくさんもらった。
セラ:
「はい、余裕ですっ」
 二人へ笑顔とVサインを向ける。それを見て二人は苦笑していた。
シェーン:
「余裕ってセラ様……」
アグレシア:
「物言いがゼノに似てきてませんか、セラ様!」
セラ:
「そ、そんなことはないと思いますが!」
 ゼノに似てきたと言われて少し恥ずかしいような照れるような。
セラ:
「とにかく行きましょうっ!」
 少し居たたまれなくなって、一気に純白の翼を広げて飛び立つ。慌てて二人もついてきた。
目指すはハ―ティス城の最上階、聖堂にいるアイ。
 今行きます、お母様っ。
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