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1『セイン』

1 第一章第六話「旅立ち」

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カイ:
「―――というわけで、すぐに出発しよう!」
 メリルを引き連れてカイとイデアがエイラ達と合流するべくとりあえずカイの部屋へ行ったところ、本当にエイラ達はカイの部屋でくつろいでいた。エイラが改めて部屋を荒らしたかどうかは元々荒れていたため分からなかったが、とにかくカイはゼノから言われたことを全て伝えた。
エイラ:
「要はとりあえずチェイル王国に行ってイデア様の兄かもしれない方を助けに行くということで良いんですよね?」
カイ:
「ああ、そういうこと。それからフィールス王国だ」
 これからの動きを確認していると、メリルが高らかに自己紹介をし始める。
メリル:
「みんな、これからよろしくね! あたし、これでも武闘派なんだよ!」
 そう言いながらメリルがシャドーボクシングを行い始めた。
ダリル:
「ふむ、一度手合わせしてみたいな」
 それを見てダリルがボソッと呟く。その呟きをメリルはしっかり聞いていた。メリルがダリルへ詰め寄っていく。
メリル:
「え、いいよ! 今からしよう!」
ダリル:
「いや、今から出発、てちょっと、近っ……!」
その距離の近さにダリルは顔を赤くしてあたふたしていた。女性に対する耐性のないダリルであった。
ミーア:
「イデアちゃん! 絶対お兄ちゃんを助けようね!」
笑顔でミーアがイデアへ笑いかける。それにイデアも応えていた。
イデア:
「はい、頑張りましょう」
そんなイデアを見つめながら、コルン達が決意を固くする。
コルン:
「ラン、必ずイデア様をお守りするぞ!」
ラン:
「わかっている、命に代えてもお守りする。だが、本当にいいのか?」
その時、ランがカイ達へ尋ねた。
ラン:
「おまえ達は無関係に等しいんだぞ」
カイ:
「どこが無関係だよ。もうおまえ達が困ってるの知っちゃったんだから、無視なんて出来ないだろ。それになんだかんだおれはイデアとけ、結婚してるんだから。よ、嫁が困ってんのに助けないなんて選択肢はないだろ」
イデア:
「嫁……」
 嫁、という言葉にイデアが恍惚の表情を浮かべる。対してコルンとランは複雑そうな表情をしていた。
ラン:
「すまない、ありがとう。だがイデア様を嫁と呼ぶのはやめてもらおう! 私はまだ貴様を認めていないのだ!」
コルン:
「俺もだ!」
カイ:
「……まぁ、急な話だもんな」
コルン:
「いや、急じゃなくても認めないだろう」
カイ:
「何でだよ!?」
コルン:
「これからはおまえという人間がどういうものなのか、見極める必要がある。俺達を納得させない限り、イデア様との結婚は断じて認めないからな!」
 そう言ってコルンとランがカイをじろじろと厳しい目で見つめる。早速見極めが始まっていたのだった。
 すると、その時メリルがイデアへと声をかけた。
メリル:
「ていうか、イデア様はカイのどこが好きなんですか?」
コルン:
「おいそこ! イデア様に何たる口の利き方! 口を慎め!」
 コルンの叱声が飛ぶが、そんなことを気にせずぐいぐい尋ねるメリル。その様子に苦笑しつつ、イデアは真剣に考えて答えていた。
イデア:
「全部なんですが、強いて言うならば優しくて一緒にいると心が温かくなってくるところです」
メリル:
「はー、なかなかべた惚れですね!」
カイ:
「はいそこ答えなくていいから!」
 カイがイデアの発言に顔を真っ赤にしながら声を荒げた。
カイ:
「はいみんなおしゃべりやめて! 出発の支度をしに各自一度解散だ! 終わり次第城の正門前集合な! エイラ、馬車呼んでおいてくれ!」
エイラ:
「了解しました 」
 そしてカイ達は一度解散することにした。
………………………………………………………………………………
 カイが一人で寂しく正門に向かうとまだそこには誰も集まっていなかった。イデアはミーアに服を借りるということでミーアの部屋に向かい、同じ理由でエイラの元にはランとメリルが、ダリルの元にはコルンが向かったため、カイは一人で寂しく支度をし、寂しく城を出ていたのだ。
 支度と言ってもカイの服装はさほど変わらない。いつも通りの服装に剣が一本腰に刺さっているだけだ。それと、いくつかの着替えなどが入ったリュックを背負っているのみで他は何らいつもと変わりない。
 そんないつもと変わらないカイの目の前に現れたのは、いつものドレスとは違うイデアだった。
イデア:
「カイ、一人で待ってたの?」
カイ:
「あ、ああ。それよりイデア、その格好……」
 以前までのイデアの格好は、足元くらいまでの長く白いドレスだったのだが、今はまさかの膝上くらいまでの白いミニドレスだった。健康的で細く長い足がカイの目に魅力的に映る。
イデア:
「カイ……?」
 ずっと見過ぎたようでイデアが少し頬を染めながらカイに声をかける。
カイ:
「あ、いや、あれだ、とてもあれだ、うん、あれ、か、可愛いよ、凄く!」
イデア:
「あ、ありがとう……!」
 頬を染めながら微笑んでくるイデアに、カイは思わず顔を逸らす。
カイ:
「(破壊力が……! デイナの魔法の比じゃねえ……!)」
 すると、ミーアがイデアの後ろから出てくる。ミーアの服装はかなり変わっていて、タンクトップにショートパンツとかなり活発な服装になっていた。
ミーア:
「どう、お兄ちゃん。わたしが選んだんだよ」
カイ:
「おまえ、天才か……!」
エイラ:
「何言ってるんですか。三人とも薄着過ぎますよ」
 その時エイラやダリル達が合流した。エイラの姿は変わらずメイド服姿で、ダリルとコルン、ラン、そしてメリルは茶色い革で作られたアーマー、グローブ、ブーツのハードレザー装備一式に身を包んでいた。その背中にはそれぞれやはりリュックが背負われているが、ダリルのリュックだけ大きさが異常だった。
 エイラは頭を抱えながらカイ達をたしなめるように言う。
エイラ:
「いいですか、カイ様、ミーア様。旅を甘く見ないでください」
カイ:
「あれ、おれも!? おれもそんな薄着か?」
エイラ:
「当然です。これからは戦いもあるかもしれないんですよ? そんな薄着で攻撃でも喰らってみてください。大変な目に遭いますよ」
 そう言われてカイは、ロジとの戦いを思い出す。あの時も今と同じ格好だったが、確かにあの黒い球体の一撃一撃が痛すぎた気がしていた。
カイ:
「で、でもエイラだっていつものメイド服だろうが!」
エイラ:
「私はいいんです」
カイ:
「わけ分かんねえよ!」
 その後、カイ、そしてミーアがエイラと口論し、結果カイ達は茶色いソフトレザー装備に身を包むことになった。
 エイラがフン、と自慢げに語る。
エイラ:
「私に口論で勝とうとするのが間違いなんです」
カイ:
「くっ、あいつ、侍女のくせに何で王族と口論して勝ってんだよ……」
ミーア:
「違うよ、お兄ちゃん。エイラは、もうエイラっていう役職なんだよ」
カイ:
「なんだそりゃ……」
 カイは下に青い服を着てレザー装備を纏っていた。そんな自分の姿を見ながらカイが嘆く。とはいえ確かに先程よりも防御力は何倍も上昇した。というよりも先程の防御力はゼロに等しかったのである。
 イデアとミーアも下にそれぞれ白と桃色の服を着てレザー装備を着ており、他の皆と違うところはパンツがいわゆるショートパンツで短く、太ももが露になっていることだった。ミーアがどうにかそこの部分だけ変えたのだ。
ミーア:
「これぐらいしか御洒落出来ないじゃん!」
エイラ:
「革のマフラーでも巻けばいいじゃないですか」
ミーア:
「それだ!」
 そしてエイラの助言のもとカイとイデア、ミーアは首元にそれぞれの色に合ったマフラーを巻くことにした。
 そんなこんなでようやく準備の終わったカイ達だったが、ここで一つのミスに気付いた。
 レイデンフォート城の正門前で集まっていたカイ達だったが、服装の問題で集まってからも少し時間が経っていた。そしてその少しの時間の間に国民が正門前にたくさん集まっていたのである。
国民:
「これは何の集まりなんだ!?」
国民:
「ダリル騎士団長にエイラさん、それにミーア様まで!」
国民:
「おい、カイ様も現れたぞ! ん、後ろのやつらは何者だ? なかなか可愛い奴もいるな」
 服装の問題に時間をかけ過ぎたことをエイラが後悔していた。
エイラ:
「失敗でした。カイ様は別に裸でも良かったのに……」
カイ:
「いやよくねえよ!?」
 カイがツッコミしている間にも、国民の質問攻めは始まっていた。
国民:
「皆さん一体どこに行くんですか?」
国民:
「そんな格好するなんて珍しいですね」
国民:
「ミーア様、その太もも、眩しいです!」
 質問じゃないものも混ざっていたが、国民に説明しなければいけないのも確かだった。
カイ:
「どうしよ―――」
ダリル:
「わたし達はこれからある人物の護衛任務にあたります」
 カイがあたふたしていると、ダリルが大きな声で国民に説明を始めていた。
ダリル:
「ここにいるのはフィールス王国の王女様イデア様とその従者の者です。これから私達はフィールス王国と国交を結びに行くのです。そのために第三王子カイ様と第一王女ミーア様がフィールス王国へ出向いて国交を結んでくるのです。私とエイラはその付き添いであります」
国民:
「フィールス王国?」
 聞いたことのない国名に国民が首を傾げていた。
ダリル:
「はい、フィールス王国はかなりの武力を保持していますので、この国交はいずれこの国の大きな力となります。先日のような襲撃にもきっと力を貸してくれるはずです!」
 ダリルの嘘八百に国民が綺麗に騙される。ひとえにダリルの人望であった。
国民:
「なるほど! 王様は先日の襲撃からしっかりこの国について考えてくれたのですね!」
国民:
「カイ様、ミーア様! よろしくお願いします!」
国民がカイ達へ声援を送っていく。だが、そんな中突如暗く憎しみに満ちた声が混じりだした。
国民:
「なんでカイ様なんだ。デイナ様もライナス様もいるだろうが」
 その声は何にも遮られることなく辺りに伝わった。瞬間、その言葉に釣られるように疑問が広がっていく。
国民:
「確かにそうだな。何でカイ様なんだろ」
国民:
「何故今回の国交に向かわれるのがカイ様なのですか?」
 最初の声に呼応するように国民から疑問の声が溢れ出す。
カイ:
「……」
 カイは苦しそうにそれを聞いていた。そしてイデアがそれをさらに苦しそうに見つめている。
イデア:
「カイ……」
これにはダリルも困ったが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
ダリル:
「えーっと、それはですね。……そう、カイ様はフィールス王国に顔が効くからです」
国民:
「顔が?」
ダリル:
「は、はい。えー、実はカイ様はここにいるフィールス王国の王女イデア様のフィアンセなのです」
国民:
「え、ええー!?」
 突然の告白に国民が驚く。だが、その驚きはイデアの一言でさらに増すのだった。
イデア:
「いいえ、もう結婚しています」
 その瞬間、全員の時が止まる。イデアはダリルの目を見てもう一度告げた。
イデア:
「ダリルさん、わたしとカイはもう結婚していますよ?」
 そう言うイデアの目を見てダリルは悟った。イデアはこの件に関して嘘をつく気は毛頭ないと。
 それを理解したダリルは穏便に済ませるためにイデアの言葉に頷いた。
ダリル:
「あ、そうでした。カイ様とイデア様は既に結婚なされているのです。ですからイデア様の夫であるカイ様が国交を結びに行くのです」
国民:
「え、カイ様、いつの間にご結婚を!?」
カイ:
「え、ああ、まあね」
 カイが曖昧に頷いて首肯する。だが、疑問はまだ出てきていた。
国民:
「国同士の王子と王女が結婚しているのに、国交はまだ結ばれていないのですか?」
ダリル:
「えっと、はい。なにせ突然の結婚でしたので。ですから、今回しっかり国交を結びに行くのです」
 すると、急にカイの結婚を祝う雰囲気が形成された。
国民:
「カイ様、おめでとうございます!」
国民:
「あのカイ様が、うぅ……」
 中にはカイの結婚に涙している者もいる始末だ。
カイ:
「お、おう、ありがとな、みんな」
 その瞬間、今の雰囲気がチャンスだ、とエイラは出発の合図を告げた。
エイラ:
「皆様急ぎましょう。指定された日時までに辿り着かないと国交を結ぶのが困難になりますし、結婚も無かったことになりますよ」
カイ:
「そ、そうだな。それじゃ皆、おれ達もう行くから」
 ダリルが説明している間にコルン、ラン、メリルは既に用意された馬車に乗っていた。
 そしてカイ達も馬車へと乗っていく。ダリルとエイラは馬車を引っ張る二頭の馬の上に跨って手綱を握った。
国民:
「カイ様、よろしくおねがいします!」
カイ:
「お、おう!」
 国民からの声にカイ達は手を振って正門前を出発した。そしてそのまま急いでレイデンフォート王国を飛び出していく。
 ようやく行えた出発にダリルがため息をついた。
ダリル:
「はー、どうなるかと思った」
エイラ:
「ダリル、良くやりましたよ」
ダリル:
「私はあーいう嘘は苦手なんだ。我ながらよくやったと思うよ」
 と、その時、イデアのいつもより少し低い声がダリルへとかけられた。
イデア:
「でも、嘘つきました」
そう言うイデアは馬車の中でむすっとしていた。あのフィアンセのくだりが気に入らなかったのだ。ダリルが困った表情を浮かべながら苦笑する。
ダリル:
「すいません、あれはその場を乗り切るためについ……」
カイ:
「まあまあ、イデア。なんとかなったんだしいいだろ」
イデア:
「うー」
 イデアが可愛く拗ねて見せる。
カイ:
「安心しろ、おれ達は確かに結婚したよ」
イデア:
「っ、うん!」
 その一言でイデアの表情は百八十度違うものになった。
コルン:
「イデア様が乙女している……」
ラン:
「昔から見ていた我らにとってこの光景は感無量です……」
 イデアがカイに対して乙女になっているのが腹立たしく感じつつも、コルンとランは同時にイデアの成長に感激していた。
その時に、メリルがイデアに気になったことを尋ねる。
メリル:
「イデア様ってカイにだけ敬語じゃないんですね!」
その問いに、イデアは首を傾げて真剣に考えていた。
イデア:
「……何故かは分からないのですが、カイと話すときはどうしても敬語で話せないのです」
カイ:
「まあ、おれは全然良いけどな。むしろ特別って感じがして嬉しい気がしなくもない!」
エイラ:
「カイ様、本当にまだ答え出てないのですか?」
 エイラがジト目でカイの方を見ていた。答えというのはイデアのことが好きかどうかの答えである。
カイ:
「ま、まだだって! こ、この嬉しさは男の性なんだよ! なあ、ダリル!」
ダリル:
「私に振るな。自分でどうにかしてくれ」
呆れながらダリルがそう返す。すると、メリルは今度ダリルへ視線を向けた。
メリル:
「ダリルもカイやエイラとかには敬語じゃないんだね! カイって王子なわけなんでしょ? で、ダリルって騎士なんだから普通敬語じゃない?」
カイ:
「メリルはおれのこと王子だと分かった上で全然タメ口だけどな……」
メリル:
「んー、それはなんとなく?」
カイ:
「おれの威厳って……」
カイが自分の威厳のなさに肩を落とす。それを横目で見ながらダリルはメリルの疑問に答えていた。
ダリル:
「カイもエイラもミーアもですが、結構長い付き合いですからね。気付いたらいつの間にか敬語じゃなかったんですよ」
それを聞いてメリルがダリルへ懇願する。
メリル:
「あたしにも敬語無しでお願い!」
ダリル:
「いや、それはまだ……」
メリル:
「うー、残念」
 メリルにぐいぐい詰め寄られているダリルに苦笑しながら、カイはミーアが会話に参加していないことに気付いた。
カイ:
「ミーア、どうした?」
カイが俯いているミーアへ声をかける。すると、ようやくミーアが声を発した。
ミーア:
「……あのさ、最初になんでお兄ちゃんが国交結びに行くのかって発言した人すっごい棘のある言い方じゃなかった? なんかすっごく腹立ったんだけど!」
 先程の一件でミーアの機嫌が悪くなっていたのだ。
 エイラが馬上でミーアの話に参加する。
エイラ:
「おそらくカイ様を王族と認めていない方でしょうね。カイ様、王族にしては威厳ありませんから」
カイ:
「やっぱり威厳ないのかー……」
再び肩を落とすカイにイデアが素朴な疑問を尋ねる。
イデア:
「カイはなんで認められていないの?」
 そんなイデアの疑問に答えるべくカイは自分の髪と目を指さした。
カイ:
「あー、簡単に言うとあれだよ。おれ、魔力一切持ってないからさ。なんか王族に見えないんだと」
 すると、ここで突然エイラが話し出す。
エイラ:
「ここだけの話ですが私はあなたの出産の手伝いをしました。しっかりセラ様から生まれていましたよ。なのであなたは歴とした王族です」
この瞬間、カイの長年の疑問が解消されたのだった。だが、あまりに突然すぎてカイは混乱していた。
カイ:
「えええええええ!? それなんで今言うの!? もっと前に言ってよ! おれが出生に疑問を持ってたときとかにさ! ていうかおれ、五歳の時がエイラとの初対面じゃなかったっけ!?」
エイラ:
「それは五歳までのあなたは色々面倒だったので会わないようにしていただけです。今もいろいろ面倒ですが」
カイ:
「おい、それ聞いてないけど! てか今も面倒って何だよ!」
エイラ:
「そういう所ですよ」
 カイとエイラがいつものように話していく。その間に、ダリルは今後の話を始めた。
ダリル:
「とりあえずこれから森を抜けてチェイル王国を目指します。チェイル王国へは今日を入れて二日かかるかと思われますので、皆さんそのつもりで。今日の夜は野営ですね」
ミーア:
「野営! わたしやったことない!」
 野営と聞いてミーアがわくわくした表情を浮かべていた。先程のイライラは野営に掻き消されたらしい。
ダリル:
「食料はたくさん用意してきました。料理はエイラに任せるつもりだったが、構わないか?」
エイラ:
「はい。これでもわがまま王子の世話役でしたので。ある程度のものは出来ます」
カイ:
「誰がわがまま王子じゃい!」
 カイがツッコミを入れる。だが、カイのことを全員が無視して話は進んでいった。
ダリル:
「あと魔法でお風呂も作れますし、特に不自由させることは無いかと」
 ダリルの話を聞いてコルンが感心していた。
コルン:
「素晴らしいですね。この短時間でしっかり考えられている。ダリルさんはかなり仕事が出来る人のようだ」
ダリル:
「いいえ、それほどでも。ところでコルンさん、野営時に手合わせをお願いしてもいいですか?」
コルン:
「私ですか? 別に構いませんが、正直あなたには勝てそうにありませんね」
ダリル:
「そうですか? でも、あなたはセインをお持ちですよね」
コルン:
「ほお、よく気づきましたね」
 ダリルの質問にコルンは驚いた顔をしていた。だが、ダリルは当然と言うように言葉を返す。
ダリル:
「あなたは私がランさんを押さえ込んだとき、胸に手を当て何かを引っ張りだそうとしていました。きっとセインを取り出そうとしたのでは?」
ダリルの予想をコルンが頷いて確信に変える。
コルン:
「その通りです。私はランと結婚していますので」
ミーア:
「え、ええ!? そうなの!?」
突然のカミングアウトに皆が驚く。当のランは馬車からの風景を楽しんでいた。
その話にダリルが嬉しそうに背後の馬車へ振り向く。
ダリル:
「やっぱりですか! では手合わせの際はセインを使ってお願いしたいです!」
コルン:
「セインをですか!? ですが、あれは相当強いものですよ?」
ダリル:
「はい、むしろ望むところです。お願いできますか?」
 ダリルの懇願にコルンは逡巡した後、口を開いた。
コルン:
「……分かりました。セインを使って全力でお相手させていただきます」
ダリル:
「ありがとうございます!」
 すると、羨ましかったのかメリルが馬上のダリルの後ろへと移動してダリルに話しかける。その距離の近さにダリルはどぎまぎしていた。
メリル:
「私ともやろうよ、ダリル!」
ダリル:
「メリルさん、私は全然構いません! だ、だから少し距離を……!」
そして羨ましがったのはメリルだけではなかった。
カイ:
「おれも手合わせしてくれ!」
 カイが手を挙げて主張するが、ダリルは首を横に振って許さなかった。
ダリル:
「おまえはまずイデア様のセインで一体何が出来るかを知る必要がある」
カイ:
「ぐっ、確かに……」
 ダリルに正論を言われ、カイは返す言葉も無かった。
ダリル:
「やるならその後だ。私は強いおまえとやってみたいからな。だが、いつもの鍛錬も忘れるなよ。いくらセインが強くても基本がなってないと宝の持ち腐れだからな」
カイ:
「はーい、わかったよ」
 渋々といった表情でカイが手を下ろす。
 そんなカイとダリルのやりとりを見ていたランが微笑みながらカイへと尋ねた。
ラン:
「カイは王子だと聞くが、ダリルとは本当に仲が良いように見える。それもまるで本当の兄弟のように」
カイ:
「あー、まあダリルはおれが小さい頃からいろいろ構ってくれてるからな。デイナやライナスよりは断然お兄ちゃんって感じがするな」
カイの言葉にダリルが嬉しそうにする。
ダリル:
「ほー、なかなか嬉しいこと言ってくれるな! 今度五割増しでしごいてやる!」
カイ:
「おまえの愛情表現おかしくね!?」
ラン:
「ふっ、なかなか見ていて微笑ましいものだ」
 ランは本当に微笑ましそうにカイとダリルのやり取りを見ていた。
 ようやく話が一段落したかと思うと、今度はイデアがカイへと声をかけた。
イデア:
「カイ」
カイ:
「ん、なんだ?」
 隣に座るイデアにカイは視線を向ける。すると、イデアは上目遣いでカイを見ていたため、カイは少し頬を染めて視線を逸らした。その様子に疑問を抱きながらもイデアはカイに尋ねた。
イデア:
「カイの好きなのものは何?」
唐突に好きなものを聞かれて、カイは戸惑いつつ答えを返そうとした。
カイ:
「おれか? おれの好きなものは―――」
エイラ:
「カイ様の好きなものは子供でございます。それもかなり幼い、法に触れてしまう程度の子供です」
カイ:
「違えよ! 別に子供は嫌いじゃないけど、法に触れる程のあれじゃないから!」
急に割り込んできたエイラにカイが声を荒げる。エイラは馬上で笑みを浮かべていた。
イデア:
「カイは子供が好きなの?」
イデアがエイラの話を拾って続ける。
カイ:
「えっ、あー、まあ好きか嫌いかで言えば好き、かな」
イデア:
「そっか、なるほどなるほど 」
そう言って噛みしめるように頷くイデアに、カイは尋ねた。
カイ:
「ところでなんでそんな質問を?」
イデア:
「わたし達、まだお互いのことを知らないから。知りたいし知って欲しい」
 カイはイデアに少しずつお互いを知っていければという話をしたのを思い出した。
カイ:
「……そうだな。もっとお互いのことを話そうか」
イデア:
「うん!」
 それからカイとイデアはお互いについてたくさん質問をしたりされたりして時を過ごしていった。
カイ:
「ちなみに、イデアの好きなものは?」
イデア:
「……分かんない」
カイ:
「記憶喪失でしたね!」
 もっとも、イデアは尋ねられても答えられることは限りなく少なかったが。
………………………………………………………………………………
 カイ達が王国を出発してから数分後、国のある路地裏にはある人々が集まっていた。
???:
「本当に決行するのか?」
 その内の一人がおどおどしながら仲間に尋ねる。すると、周りの仲間達が当然というように声を荒げた。
???:
「当たり前だ! もう我慢の限界だ。奴はここで仕留める」
???:
「あんな可愛い娘が嫁だと? ふざけやがって!」
???:
「それただの妬みだろ」
リーダー:
「うるさい! ダリル騎士団長とエイラさん、それにミーア様がいるが奴さえ殺せればそれでいい。決行は今日の夜。おそらく森の中で野営をするはずだから暗闇に紛れて奴を殺す。いいな!」
その人々のリーダー格が周りの仲間を見渡す。その目線に合わせて仲間達は頷いていた。それを見て、リーダーも頷いて叫ぶ。
リーダー:
「よし、俺達は今夜、カイ・レイデンフォートを暗殺する!」
暗殺者達:
「おおーーーーー!」
 野太い男達の声が国中に響き渡ったのだった。
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公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

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