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1『セイン』

1 第一章第五話「レイデンフォート」

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 稽古場はレイデンフォートの騎士達が体を鍛えるために使用している場所である。フィールドの形は円形でその周囲には観客席が設けられていた。なぜ稽古場に観客席が存在しているのかというと稽古場兼第二闘技場だからだ。年に一度国民をこの場に呼び寄せ、兵士同士を闘わせるという催しを行っているのだ。もちろん殺し合いではなくただの模擬戦であるが、国民は近くで見れる兵士同士の闘いを毎年楽しみにしていた。
 カイは現在その闘技場のフィールドにイデアと並んで立っていた。その目の前にはデイナが余裕の表情で立っている。他のエイラ達は全員観客席で座っていた。
 ライナスは、隣に座るダリルへと声をかけた。
ライナス:
「ダリル、現在の国の復興状況はどうなっている」
ダリル:
「はい、現在兵士が総出で当たっています。国民達と協力して行っていることと、被害状況がそこまでではないことが幸いして、あまり長い時間をかけず復興は終わりそうです」
ライナス:
「ふむ」
 ダリルの話を聞いてライナスが頷く。
ライナス:
「ところで、おまえはここにいていいのか?」
ダリル:
「あー、実は先日の襲撃で少し怪我をしたのですが、兵士達が『騎士団長はもっとお休みください! ここは我々が!』と言ってくれまして。今はそのお言葉に甘えさせてもらっています」
ライナス:
「そうか。まぁ、良く国を守ってくれた」
 ライナスの言葉にダリルが苦笑して返す。
ダリル:
「私一人の力ではどうしようもありませんでしたよ。エイラやミーア、それにカイとイデアさんの力があったからです」
 そう言うダリルの言葉を受けて、ライナスがカイとイデアへと視線を向ける。その口角は上がっていた。
ライナス:
「……あのカイが役に立つ時が来るとはな」
 その時、我慢の限界だったのかミーアがライナスへと声を荒げた。
ミーア:
「ライ兄、なんでこんなことさせんの!? 意味分かんないんだけど!」
 ライナスはミーアを一瞥もせず答える。
ライナス:
「おまえにはまだ早い」
エイラ:
「では私から。何故このような事を? どう考えてもカイ様が不利なのは分かっていたはずです。どうしてカイ様を試すようなことをするのですか?」
 ミーアの代わりにエイラが尋ねる。すると、ライナスは誰にも聞こえないような声でぼそりと呟いた。
ライナス:
「……試しているのはカイじゃないさ」
エイラ:
「え?」
ライナス:
「まぁ、直に分かる。それよりも始まるようだぞ」
 ライナスが笑みを浮かべながらカイ達の方を見る。その笑みは冷笑に近いものだった。
 エイラはその笑みに何か恐ろしいものを感じながらも、カイ達の試合が気になってそちらへ視線を向けたのだった。
………………………………………………………………………………
 時はほんの少し遡って一分前。
イデア:
「カイ、受け取って」
 フィールドの真ん中で、カイはイデアからセインを受け取っていた。
カイ:
「ああ、ありがとな。確かに受け取ったよ」
イデア:
「気を付けて。なるべく怪我しないでね」
カイ:
「善処するよ」
 カイは、デイナを相手にして怪我をしないのは無理だと分かっていながらも、イデアの頭を撫でながらそう答えた。心配させずに観客席に戻すためだ。
 イデアは撫でられて嬉しそうな顔をしていたが、ずっとフィールドにいるわけにもいかず、やがて名残惜しそうな表情をしながらもカイの手から離れ、観客席へと上がっていった。
 実際、カイもイデアを撫でるのは嫌いじゃないので名残惜しかったが、我慢してそれを見送り、デイナへと視線を向ける。
カイ:
「待たせたか?」
デイナ:
「……それがセインか」
 デイナはカイの持つセインをじろじろと見つめていた。
デイナ:
「どうだ、カイ。処刑というのは訂正しよう。代わりにあの女は俺が嫁としてもらってやるよ」
カイ:
「馬鹿言え。どうせこのセイン目当てなんだろうが。そんな奴にイデアを嫁としてやるかよ」
デイナ:
「それだけではない。なかなかの上玉だからな、あれは」
 デイナがイデアへといやらしい笑みを浮かべる。カイはそれを見て鳥肌が立った。
カイ:
「うぅわっ、おまえ、自分の容姿を確かめてから言えよ。どう考えてもおまえにイデアが釣り合うわけないだろ」
デイナ:
「おまえよりマシだ」
カイ&デイナ:
「……」
 カイとデイナが微笑み合う。そして少しの静寂の後、カイは地面を蹴った。
カイ:
「その口が叩けないように今ここでぶっ飛ばす!」
デイナ:
「ふん、やれるものならやってみろ!」
 審判などいないため、突然試合が開始される。その直後、デイナは唱え始めた。
デイナ:
「《サンダーブレードダンス!》、《ファイアブレードダンス!》、《ウィンドブレードダンス!》」
 デイナの周囲に炎、雷、風の刃が無数に形成され、そのままカイへと襲い掛かった。
カイ:
「っ!」
 前に飛び出していたカイは、急停止して横に大きく飛び、それをギリギリで躱した。その跳躍力は目を疑うものがあった。だが、魔法の刃はそのままカイを追尾していく。
カイ:
「にゃろっ!」
 カイがセインで魔法の刃を次々と弾いていくが、その数は多く全て捌き切れていなかった。カイの体にどんどんかすり傷が刻まれていく。そして、その間にもデイナは次の魔法を唱えていた。
デイナ:
「《サンドスクエア!》」
カイ:
「っ!」
 カイの足元の地面から大量の砂が溢れ出し、カイの足元を固定した。それだけではとどまらず、そのままカイの体全てを包み込んでいき、やがて一つの大きな正方形を作り出した。
カイ:
「くっそ!」
 カイが体を動かそうとするが、砂の圧力で動かすことが出来ない。残っていた魔法の刃は砂の箱を囲むように周囲に漂っていた。
 そんなカイへさらにデイナが唱える。
デイナ:
「《サンダーランスロットスティンガー!》」
 デイナの頭上に巨大な雷の槍が形成され、そのままカイを閉じ込めている砂の箱を一気に貫く。瞬間周囲に電撃が迸り砂の箱は一瞬で爆散した。
 エイラとミーア、そしてライナスはデイナの放った魔法の危険度をよく分かっていた。
ライナス:
「デイナの奴め、殺す気で撃ったな」
ミーア:
「あの技は対大型魔物用の上級魔法だよ!? それをお兄ちゃん一人に放つなんて!」
 大きな砂埃が立ちこめている中、その中からカイが倒れた姿で現れた。その姿を見た瞬間、イデアが観客席から身を乗り出して叫ぶ。
イデア:
「カイ!」
 その声が届いたのか、カイはゆっくりとだが体をどうにか起こそうとしていた。それを嬉々とした表情でデイナが見守っている。
デイナ:
「おいおい、まさかこんなんでくたばらねえだろ!?」
カイ:
「と、当然だろ……!」
 ふらつきながらもどうにか立ち上がるカイ。その姿にミーアは驚きの声を上げていた。
ミーア:
「嘘!? なんでお兄ちゃん立ち上がれるの!? 直撃だったじゃん!」
 エイラも驚いていたが、ある推測を立てていた。
エイラ:
「おそらく、セインには使用者の身体能力の強化という能力があるんじゃないでしょうか。だから耐えられたのでは?」
 その推測を確信にするべくエイラはランへと視線を向ける。するとランは頷いた。
ラン:
「その通り、セインは使用者の肉体を強化する能力と、そしてそれぞれの使用者にあった力を与える能力を宿している」
エイラ:
「使用者にあった力、ですか」
ラン:
「でも、あいつの能力はまだ分かってない」
 ここまでの戦闘で、カイに特殊な力は見受けられなかった。だが、エイラは知っている。ロジとの戦闘の時、カイがセインからレーザーのようなものを放っていたのを。
エイラ:
「(あれも能力ということでしょうか……)」
ダリル:
「イデア様は御存じないのですか?」
 ダリルがイデアに尋ねてみると、イデアはカイから目を離すことはなく答えた。
イデア:
「分かりません」
 その一言だけ答えて、イデアは口を閉ざす。その目は真剣にカイを見つめていた。
ダリル:
「……お邪魔しちゃったかもしれませんね」
 そうダリルがコルンへと苦笑しながら話しかける。
コルン:
「あの真剣な目があの男に向けられているのは腹が立ちますが」
 その時、エイラがダリルへと声をかけた。
エイラ:
「そういえばダリル、イデア様に対する呼び方変わりましたね。さん付けから様に」
ダリル:
「そりゃ最初はただの少女かと思ってたが、王女だと分かったんだ。呼び方も変わるさ」
 エイラとダリルが他愛もない話をしている間、カイは痛みで顔を歪めていた。予想以上に先程のダメージが残っているのだ。
カイ:
「(これは、結構ヤバいな……。次同じような魔法を喰らったら終わりだ)」
 だが、カイはある予測を立てていた。
カイ:
「(でもあの襲撃の時、おれは敵の瞬間移動みたいな動きに何とかついていけていた。なら、あいつの魔法なんてそれに比べたらゴミも同然のはずだ。集中しろ、集中するんだ。おれなら躱せる……!)」
 カイは強くセインを握りしめ、デイナへと駆けた。その姿を見てデイナは嬉しそうに笑った。
デイナ:
「そうだ、それでこそカイだ! 《スプラッシュトルネード!》」
 デイナの周囲に複数の水が出現し、回転しながら弾の形となってカイを襲っていく。カイは再び横に避けるが、水の回転弾は前回同様カイを追尾した。さらに、今回の魔法はセインで斬っても増えるだけだった。
カイ:
「っ!」
 結局斬ることなくどうにか弾きながら対処するカイだったが、やがて四方から襲われて仕方なく上に跳躍した。だが、上に飛んで逃げたカイにもう逃げる方法はない。水の回転弾はカイを貫くべく空中へカイを追った。
 だがここで、カイは驚くべき行動をとる。何もない空中を蹴って方向転換し、水の弾を避けたのだ。
デイナ:
「なにっ!?」
 カイ自身も驚いていたが、今は驚いている場合ではない。カイはそのまま空を駆け回り、何度も水の弾を躱し続けた。
 それを見た観客席でもまた驚きが広がっていた。
ミーア:
「お兄ちゃん、何で空走ってんの!? お兄ちゃん魔法使えないのに!」
エイラ:
「あれもセインの能力なのかもしれませんね」
 皆が驚いている中、ライナスはまるで見極めるような目でカイを見つめていた。
 そしてカイは空中で水の弾を躱しながらデイナへと突っ込んでいった。
カイ:
「ぶった斬る!」
デイナ:
「させるか! 《エレメントシールド!》」
 デイナの周囲に虹色のシールドが展開されカイの行く手を阻む。だが、カイは問答無用で突っ込みそのままセインでシールドを切り裂いた。シールドは一瞬で砕け散り、カイはそのままセインを振りかぶってデイナへ突撃していく。
カイ:
「くたばりやがれ!」
デイナ:
「ちっ! 《サンダーブレード!》」
 デイナが雷の剣を手元に形成して、突撃してくるカイへと振るう。カイもまたデイナへとセインを振るおうとしたその時だった。
???:
「何をしている!」
 突如その叱声は稽古場内に響き渡った。
カイ&デイナ:
「っ!?」
 その声にカイとデイナは剣を交える寸前で止まった。そして慌ててその声の方を見る。すると稽古場の出入り口にはある男が立っていた。レイデンフォート王国の国王、つまりカイ達の父親ゼノ・レイデンフォートである。ゼノは既に四十を超えているのだが、未だに若々しく、カイによく似ていた。というよりもカイがゼノによく似ているのである。
 ゼノは険しい表情をしながらカイ達へ怒鳴った。
ゼノ:
「何をしている、このバカ息子共! 今国がどういう状況か分かっているのか!」
カイ:
「お、親父……」
デイナ:
「父様……」
 ゼノの登場にデイナが一気に縮こまりだす。一方カイは安堵していた。ゼノの性格をカイは知っているのだ。
 ゼノは観客席へ目を向け、ライナスへと怒鳴った。
ゼノ:
「ライナス! おまえがいてどうしてこうなる!」
ライナス:
「……俺がこうなるように仕向けました」
ゼノ:
「っ!」
 ライナスの発言にゼノが目を見開く。そんなゼノにエイラが声をかけた。
エイラ:
「ゼノ様、ここは私が説明します」
 もうすっかり説明役が板についたエイラが、ゼノに状況を説明する。前回同様とても分かりやすい説明だった。
ゼノ:
「……よし、わかった」
 エイラの説明を受けてゼノが頷く。そしてまず、イデアへとゼノが頭を下げた。
ゼノ:
「イデアさん、バカ息子共が申し訳ありません。あなたに危害を加えるよなことはいたしませんのでご安心ください」
 そう、ゼノはカイによく似た思考の持ち主なのである。だから、カイは先程ゼノの出現に安堵したのだ。
 その言葉にデイナが反論する。
デイナ:
「ですが父様! そこの女は今回の襲撃の元凶です! ここは―――」
ゼノ:
「デイナ、国民達から聞いたぞ! おまえは民よりも自分の命を優先したと。そんな者に民がついてくるわけがあるまい! それにイデアさんを殺さないと示しが付かない? 人の命を犠牲にしてつける示しなど虫にでも食わせてしまえ! おまえは部屋で反省していろ!」
 ゼノの叱声にデイナがたじたじになる。そしてその叱声はさらにライナスへと向けられた。
ゼノ:
「ライナス! おまえは国の復興に全力で取り込め! 終わるまで戻ってくるな!」
ライナス:
「……分かりました」
 そう言うと、すぐさまライナスは稽古場から去っていった。
 ゼノの登場によって、デイナとライナスによる騒動は一気に終息を迎えた。ホッと息つくカイの元にイデアが駆け寄っていく。
イデア:
「カイ、大丈夫!?」
カイ:
「ん、ああ、何とか」
 そう言いながらカイは尻餅をついてしまう。やはり先程のダメージがまだ残っているのだ。
 そんなカイへとゼノが声をかける。
ゼノ:
「カイ、おまえは俺についてこい。イデアさんを連れてな」
カイ:
「イデアも? 怒られるわけじゃなさそうだな」
ゼノ:
「行くぞ」
 そう言ってゼノが稽古場を出て行く。カイはふらつきながらどうにか立ち上がった。
カイ:
「とりあえず、ついていくか」
 そのカイの元にエイラ達が集まる。
エイラ:
「カイ様、フィールス王国の件、ゼノ様へ発言するチャンスですよ」
カイ:
「分かってるよ。どうにか行ってもいいって許可してもらうから、エイラ達はどこかでまとまって待機していてくれ」
エイラ:
「分かりました。ではカイ様の部屋を荒らしながらお待ちしてますね」
カイ:
「既に荒れてるのにまだ荒らす気なの!?」
 その時、出入り口の向こうからゼノの声が聞こえてきた。
ゼノ:
「カイ! ほら、さっさとこい!」
カイ:
「今行く! 今行くから! ダリル、エイラが暴れないように見張っててくれよ! 頼んだぞ! 行こう、イデア!」
イデア:
「う、うん」
 そうしてカイとイデアがゼノの後を追って稽古場を出て行く。
エイラ:
「私をなんだと思ってるんですかね」
ダリル:
「なんだも何も、そういう風に思ってるんだろ」
 エイラのため息にダリルが苦笑する。
 その稽古場に、デイナの姿はいつの間にかなかった。
………………………………………………………………………………
デイナ:
「おい、兄貴!」
 デイナはさっさと稽古場を出て行ったライナスの後を追っていた。その声にライナスが振り返る。
ライナス:
「何か用か」
 まるで先程まで何事もなかったかのような表情を浮かべるライナスに、デイナは問いかける。
デイナ:
「兄貴は一体何を考えているんだ! 何を企んでいる!」
ライナス:
「ふっ、何を言うかと思えば。何故俺が何かを企んでいると思う?」
デイナ:
「俺とカイを戦わせる意味が分からない! わざわざ俺に有利な状況を作って戦わせた意味がだ! 兄貴はカイを、いや、あのセインの力を見たかったのか!」
 デイナが半ば叫ぶように問う。すると、ライナスはニヤリと笑みを浮かべた。
ライナス:
「ほう、今まで馬鹿だと思っていたが、どうやら馬鹿なだけではないようだな」
 その笑みにデイナは恐怖を覚えた。だが、それでも逃げ出したい気持ちを堪えてライナスへ声を飛ばす。
デイナ:
「てことは、本当にそうだったのか!」
ライナス:
「そうだ、俺はあの力が見て見たかった。この目で見極めたかった」
デイナ:
「な、何のために!」
 再びデイナが問うが、その時には既にライナスはデイナへ背を向けていた。
ライナス:
「それはおまえが知らなくて良い事だ。早く部屋で反省してこい」
 そしてライナスは長い廊下の先にある闇へと姿を消した。デイナは、ライナスのその背中に何故か恐怖を感じ、その場に立ち尽くした。
デイナ:
「あいつ、何を企んでやがる……!」
 闇に溶け込むようにして消えたライナスに、デイナはさらに深い闇を見たのだった。
………………………………………………………………………………
 カイはイデアと共にゼノの部屋にいた。ゼノの部屋は王なだけにとても豪華である。そのゼノは豪華な装飾の散りばめられた椅子に座ってカイを見つめていた。
ゼノ:
「カイ、俺に何か言うことはないか」
 ゼノの問いに、カイの中である推測が生まれる。
カイ:
「(もしかして、もうおれ達がフィールス王国に行きたいってこと、分かってくれてるのかも……)」
 そう思ったカイはゼノへと頼む。
カイ:
「親父! おれ、エイラやダリル、ミーア達と一緒にイデアをフィールス王国に連れて行きたいんだ! だから、その許可を―――」
 だが、その頼みをゼノは遮って叫んだ。
ゼノ:
「違う! 俺が聞きたいのはそれじゃない!」
カイ:
「え、えぇ!?」
 突然の怒声に驚くカイへ、ゼノがとうとう言ってのける。
ゼノ:
「俺は、結婚報告が聞きたいんだ!」
カイ:
「……はぁ!?」
 ゼノの聞きたいことがあまりに予想外過ぎてカイが声を張り上げて驚く。一方でゼノも声を張り上げてカイへ話していた。
ゼノ:
「おまえはイデアさんのセインをいただいたのだろう! ならばそれが結婚を意味することだと知っているはずだ! それなのに親の俺に一言もないのはどういうことだ! ちゃんと報告しろ!」
カイ:
「何言ってんだ、このクソ親父!」
 ゼノへと叫ぶカイだったが、イデアは冷静にゼノへと述べていた。
イデア:
「わたし達、結婚しました」
カイ:
「イデア!?」
 淡々と結婚報告をするイデアにカイは驚きを隠せない。対してゼノは喜んでいた。
ゼノ:
「おお、イデアさん! いや、イデアちゃん! 俺のことはお義父さんだと思って―――」
カイ:
「そんな話をしに来たんじゃねえよ!」
 今度はカイがゼノの言葉を遮る。のってこないカイにつまらなそうに口を尖らせながら、ゼノが渋々といった表情で話を元に戻した。
ゼノ:
「分かってるさ。別におまえ達がフィールス王国に行くのを止めるつもりはない」
カイ:
「本当か!?」
 ようやく望む答えが返ってきて、カイは顔を綻ばせる。ゼノは笑みを浮かべながら頷いていた。
ゼノ:
「ああ。きっとその旅はおまえを成長させるものになるだろう。正直ダリルは少々痛手だが、あいつの力も必要になるだろ。連れて行っていいぞ」
カイ:
「親父、まじでありがと!」
イデア:
「お義父様、ありがとうございます!」
 イデアのお義父様呼びに、ゼノが恍惚の表情を浮かべる。
ゼノ:
「お義父さんとしての初めての仕事か……。考え深いものがあるな。だが、これだけではないぞ。実は、チェイル王国からの帰り道で拾い物をしてな」
 そう言いながら、ゼノは手を挙げた。すると、部屋につけられているもう一つの扉が突然開き、そこから赤髪でショートカットの女性が出てきた。
ゼノ:
「どうやらフィールス王国の―――」
???:
「イデア様!」
 その女性についてゼノが紹介しようとすると、その女性はイデアの名前を呼びながらイデアの元に跪いた。
メリル:
「ご無事でなによりです!」
イデア:
「え、えっと……」
 記憶喪失であるイデアは、相手が誰なのか分からず困惑していた。代わりに先程遮られはしたものの、再びゼノが紹介する。
ゼノ:
「その女性はメリルというそうだ。フィールス王国から逃げてきたらしい」
メリル:
「メリルです! イデア様が無事で本当に良かったです!」
イデア:
「あ、ありがとう、ございます……」
 イデアに出会えて感激しているメリルに、ゼノが補足情報を入れる。
ゼノ:
「ちなみにイデアちゃんは記憶喪失だ」
メリル:
「えぇーーーーー!?」
 驚きと共に声を上げるメリルを横目に、ゼノが話を続ける。
ゼノ:
「カイ、メリルも連れて行け。あと、もう一つおまえ達に有益な情報がある」
カイ:
「まだあるのか!?」
 驚くカイに、ゼノが不敵な笑みを見せる。
ゼノ:
「俺をなめるなってことだ。それで、チェイル王国に行った時の話なんだが、なんでもフィールス王国の何者かがチェイル王国の城内に保護されているらしい。空から降ってきたアルガス大国の奪取ポッドを開けたら中に気絶した男がいたらしくてな」
カイ:
「空からってことは、イデアの兄の可能性もあるんじゃないか!?」
 カイがそう言いながらイデアへと振り返る。イデアは呆然と立っていた。
イデア:
「わたしの兄が……」
カイ:
「ってことは、チェイル王国に寄る必要があるってことだよな。まぁ、あそこにはエリスもいるし、何とかなるだろ」
イデア:
「エリス?」
 聞いたこともない名前にイデアが首を傾げる。それに気付いたカイがちゃんと説明した。
カイ:
「ああ、エリスはチェイル王国の第一王子でね、おれとは歳も近いし王子っていうのも一緒だから結構仲良くしてくれてる奴だよ」
 カイにはほとんどいない友達の一人だった。というよりも唯一の友達といってもいいかもしれない。
 ようやく全ての情報を出し切ったゼノが、カイ達を促す。
ゼノ:
「出るなら早く出た方がいい。いつまた奴らが襲ってくるか分からないからな」
カイ:
「あ、親父はあの襲ってきた奴らの情報を持ってないのか?」
 奴ら、という言葉にカイがゼノへ尋ねた。だが、それには流石のゼノも顔をしかめていた。
ゼノ:
「すまないがそちらの情報はないんだ。どうやら最近まで現れていない者達らしい」
カイ:
「……そっか」
 その情報はなくカイが少し落胆する。
 とはいえ、ゼノからは大変手助けしてもらった。これ以上望むのは高望みだろう、とカイはゼノへ礼を述べた。
カイ:
「親父、本当にありがとな」
イデア:
「お義父様、いろいろありがとうございました」
 頭を下げるカイとイデアにゼノがひらひらと手を振る。
ゼノ:
「頑張ってきなさい。あ、出来れば早めに孫の顔が―――」
カイ:
「な、何言ってんだ! くたばれこのクソ親父! 行くぞ、イデア、メリル!」
 カイが顔を真っ赤にしながらイデアとメリルの手を引いて部屋を出て行く。それをゼノはにやにやしながら見送った。
ゼノ:
「あの性格、誰に似たんだか」
 ゼノが一人呟く。すると、その呟きに言葉が返された。
???:
「あなたですよ、ゼノ」
 声はメリルが出てきた扉から発せられており、そこからはとてつもなく美しい女性が姿を現した。
 その女性はレイデンフォート王国の王妃であり、ゼノの妻であるセラ・レイデンフォートだ。長髪の金髪碧眼で、レイデンフォート家の子供がカイを除いて金髪碧眼なのは、セラの血を濃く受け継いでいるからである。
 ゼノは、セラの言葉に苦笑する。
ゼノ:
「まあ、間違ってもセラの性格じゃないな」
セラ:
「じゃあ、ゼノ一択ですよね」
ゼノ:
「確かに、あいつは四人の子供達の中で一番俺に容姿も性格も似ているからな。それに魔力だって……」
 そう呟くゼノに、セラが頷く。
セラ:
「魔力が無くならなければ、あの子はきっと昔のあなたみたいに皆を引っ張っていたのでしょうね」
ゼノ:
「あいつには魔力が無くても皆が勝手についていくさ。ていうか今も皆ついていってるだろ。きっと俺に魔力が無かったら皆ついてこなかっただろうし、あいつは俺よりもセンスあるよ」
セラ:
「たとえゼノに魔力が無くても皆ついていきましたよ」
ゼノ:
「そうか?」
セラ:
「そうですよ」
 やがて、ゼノとセラは顔を見合わせて笑い合う。
ゼノ:
「まぁ、俺の話はいいさ。それより、まさかカイが子供達の中で誰よりも先に結婚するとはなー」
セラ:
「可愛かったですね、イデアさん」
 それから二人は新しく出来た娘について語り合った。
 その時、ゼノとセラはカイ達の出て行った扉が少しだけ開いていたことに気付いていなかった。そして、そこから遠ざかる靴音にも。
………………………………………………………………………………
 ゼノとセラの話を盗み聞いていたデイナは、あるセラの発言に疑問を抱いていた。
セラ:
「魔力が無くならなければ、あの子はきっと昔のあなたみたいに皆を引っ張っていたのでしょうね」
デイナ:
「(あの言い方、あれじゃまるでカイに魔力は元々あって、急に無くなったかのような口ぶりだった。どういうことだ?)」
 デイナが頭を悩ませる。だが、どれだけ悩んでも疑問は解消されることはなかった。
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