61 / 65
第3章 タカアマノハラ学院
その15 悲劇の記憶へ
しおりを挟む「私はリナと呼んでいた」
校長の顔には、苦痛に似たものが浮かんでいる。それから、ふう~ とため息のように長い呼吸を吐きだしてから、ティアラとオレとを交互に見つめてきた。
「なんとなく面影があるんだね、二人とも」
そうやって一人頷いた次の瞬間、恐るべき魔力の奔流に包まれる。
『やられたのか!』
痛みはない。ただ、目の前が真っ白になって、やがて、奇妙な視野で、可憐な少女が現れたんだ。
「ルー姉ちゃん? ちゃんと食べてくれましたか?」
「ああ、食べたぞ。だが妖精族は、魔法を使う戦闘中は余り物を食べないのだ」
「それはウソです。ちゃんと食べてください。みんなにも食べさせていますから」
「そうか。それなら、いただこう」
頭に流れる「最後の食料」という言葉。音も、視野も、ガラス越しになっているような、奇妙な感覚。
誰かの身体に入り込んでしまっているのか?
だが、頭が上手く働かない。一度腰を下ろしたら、そのまま立てなくなるほどの強い疲労感が、ただひたすらに「眠い」「動けない」と悲鳴を上げているのだ。
空腹なのは確かだが、それすらとっくに通り越して、ひたすらに、休みたかったのだ。
『この身体が、かなり極端な魔力不足になってるってことだよな?』
そこに、あちこちに血の跡を付けた女官が、盆を持ってきた。
「クルーシー様、粥ですが、どうぞ、お召し上がりくださいますよう」
「皆と、同じだな?」
「はい。さもないと、受け取ってもらえないと、カテリーナ様からキツく申しつけられておりまして」
チラリと見ると、さっき「ルー姉ちゃん」と呼んだ女性が、ニコリと微笑んでいる。
「わかった。いただこう。貴重な食料だ」
……ひょっとしたら、校長の中に入っているのか?……
オレは「クルーシー」に入り込んでいるらしい。ひょっとしたら、これは美魔女校長に見せられている映像と言うよりも、記憶の中に取り込まれているのかもしれない。
決して「怖く」はない。だが、こうしている粥をゆっくりと食べている間も、疲労感の向こう側から、猛烈な哀切の心が震え続けている。
おそらく、美魔女校長・クルーシーが過去を振り返って感じている「心」そのものなのかもしれない。
「ごめんなさい。これが正真正銘、最後の食料なの。向こうの丘には、まだ残っているらしいけど、でも、今となったら運ぶ手段がないから」
七つの丘は、敵兵の海に突き出た岩礁のように見えている。それぞれが、完全に孤立していた。クルーシーが飛翔の魔法を使う余力など、とっくになくなっていた。
『げっ! もう三日も不眠不休かよ。その前だって。十日以上も、戦い続けてるんだろ?』
絶望的な感情の中で「押し寄せる波」としか言えないほどの数の兵士が押し寄せてくる光景が、頭に浮かんでいるのだ。
どうやら、目の前の女性は「あの」カテリーナに間違いはなさそうだ。そして、オレは、あの悲劇」の場面に遭遇しているというワケか。
顔にススを付けたままの美女が、カテリーナなのだろう。しっかりとクルーシーの手を両手で握りしめている。
「ルー姉ちゃんは悪くないわ! やつらが…… ヤツらが多すぎるのよ…… いいえ、私たちが弱すぎるだけなのだけど」
ギュッと握ってくる手は、強い感情を伝えてくる。
「ね? お願い。今なら、まだ民達の半分は逃がせるわ、逃げられる人だけでも連れて行ってあげて! お姉ちゃんにお願いするしか、もう、方法はないの!」
「リナ、それは無理よ」
「無理じゃないわ。お姉ちゃんなら、できる。半分が無理なら、百人でも、いいえ、十人でも良いの。連れて行けるだけ連れて行ってあげて」
涙を浮かべたリナは、悲痛な顔で訴えてくる。握りしめられた右手をスッと外すと、その手でポンポンと頭を叩く。
「あのね? 確かに半分の人々は逃げられるかもしれないわ。強い方の半分はね? でも、女も、子どもも、年よりも、無事に逃げ出すのは無理。ううん。仮に逃げ出せたとしても、その先に、生きていく術はなくなる。そんなこと、あなたなら、気付いているはずよ?」
悲痛な顔をして、黙ったまま見つめ返してくるのは、それが事実であると語っている。
「ねえ。私を逃がそうとして、民を言い訳にするのはやめなさい。何度も言ったはずよ? リナの作った国を見捨てるなんて、私にはできないもの」
「そんな! だって、お姉ちゃんは、あれもこれも、み~んな、私にくれて、ずっと、いっぱい、い~っぱい助けてくれて。いつだって、私とカッツの味方をしてくれて。それなのに、私、何も返せてないのよ? この戦争だって、お姉ちゃん、何も関係ないのに、こんなになるまで戦ってくれたのに!」
ほとばしる激情。声が高くなっている。
「リナ? 怒るよ? 何も関係ない? そんなひどいことを言うなら、私、本気で怒るからね」
「だって!」
「前から言ってるでしょ? この国はあなたとカッツの子どもなのよ? だから、私の甥か、姪になるの。可愛い姪っ子を助けたいって言ってるのに、関係ないだなんてひどいわ」
ぷるぷると震える手。何かを言いたそうに唇を開けて、やがて一度閉じる。
ゆっくりと瞬いた後で、こちらの目を見つめてきた。哀しみが詰まっている瞳だ。
「ごめんなさい」
「む~ 本気で怒っちゃおうかなぁ」
「わかった。じゃあ、本当に、お願いして良いの? この国を…… 私の大好きな、この国のこと、ずっと見守ってくれる?」
「もちろんよ。命の続く限り、ずっと見守るわ。約束するからね」
その瞬間、何かが心に刻まれたのがわかる。
『ああ、これが、妖精族の約定というやつか。言葉が魔力を持って心を縛る技だ。心から愛するものと、ひとたび約束したことは、決して破れないっていうのは本当なんだ』
ものの本で知ってはいたが、まさか、こうやって「体験」するコトになるとは思わなかったな
「ルー姉ちゃんの言葉に甘えちゃうね?」
「もっと甘えてよ。私は、まだまだ戦えるのだから」
これはウソだ。休み無く、東奔西走させられて、既に魔法は枯渇しかかっている。立っているのがやっとだ。
「えっと、じゃあ、本当にお願いして良いの? 甘えちゃうよ? 私、お姉ちゃんに、すっごく、ひどいことお願いしちゃうんだから」
リナの目に、気遣わしげな光が浮かんでいた。その瞬間「あ、そうか。あの作戦を使うのか。うん、もっと早く言ってくれれば良かったのに」という声が浮かぶ。
クルーシーが考えたのは、自分が開発した、あの究極魔法のことだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
23
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる