黄昏のザンカフェル

新川 さとし

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第3章 タカアマノハラ学院

その16 哀しみの決断

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 心に浮かんでいるのは、しみじみとした感慨だけ。

『とうとう、使うときが来たようね』

 それは、魔力を放つのではなく、逆に、自然界に存在する「木・火・土・金・水」の、あらゆる魔力を無限に体内に取り込む魔法のことだ。

 理論はとっくに完成している。発動寸前まで、何度も実験したのだ。使う自信はある。

『問題は、今の私がどこまで耐えられるかよね。フルパワーの半分も出せるかどうか。でも、それであっても、半分くらいは道連れにできるわ。むしろ、問題は、丘の上にいる人達を素早く避難させられるかどうかね』

 それぞれの丘には、少しずつ、リナに隠れて待避用の穴を作っておいた。魔法障壁を張り巡らせ、防御結界も結んである。気配察知のスキルであっても、いったん穴を塞げばわからないはずだ。だが、目の前にいる敵を防ぎながら隠れるのは無理だ。

『女、子どもを優先して。それと老人達には、お付き合いしてもらうしかないかな』

 かろうじて、防御陣で防いでいる状態だ。敵と戦っている兵士までが一緒に穴へと逃げ込むことは不可能だろう。

『こうして囲まれる間に、もっと早く使っていれば、みんな助かったはずなのに』

 ギリリと唇を噛む。

『ここまで来ちゃったら、全滅させるのは無理でも、撤退させることくらいはできて欲しいわ』

 これから使うことになる「究極の魔法」は、ひとたび使えば、それは「最後の魔法」になってしまうのだ。

 それは肉体の限度を越えて魔力を取り込む魔法。魔力のオーバーブーストにより、全てを吹き飛ばす力を持つ。その威力は、既に知られている超級攻撃魔法の威力よりも、さらに上になるはずだ。

 どうしようもないほどの破壊力を持っていても、使えるのは「オーバーブーストされて消し飛ぶ肉体」と引き換えに、ただ一度だけしか仕えない究極の魔法だ。

 その魔法の存在を、既に、カテリーナには伝えてあった。いや、それどころか、既に何度も使おうとしている。まだ使ってないのは、冷静なカッテッサにより「使いどころが難しい。だから、まだ、使えない。最後の最後まで、温存させてくれ」と頼まれているからだ。

 その「最後」がいよいよやってきたのだ。

 クルーシーは、優しく微笑んでみせると、涙を浮かべたリナが、唇を噛みしめてから、声を絞り出してきたのだ。

『そんなに、悲しまないで? 私は、嬉しいのだから』

 そんな言葉をもちろん、言えはしない。言えば、かえって、優しい親友の決断を鈍らせるだけだから。

 目の前で、リナは震えていた。

「お願い。こんなことを言うのは怖いんだけど、もう、本当はお姉ちゃんに頼むしか方法がないの。お願いよ、どんなにヒドイ作戦でも、従うって、約束して? そして、怒らないで、お姉ちゃん」

 私が怒ると思っているわけではないだろう。ただ、自分の言葉で、私を殺す作戦を約束させるのが、怖いに違いない。

『大丈夫。私には、わかっているから。やっと命令してくれるんですもの。喜んで…… 逝くわ』

 リナの手を取ると、目を見つめながら、躊躇なく言葉を紡ぐ。

「私、クルーシーグレンジャーは、永遠に友誼を結ぶカテリーナ・カッテッサの命じる作戦に、真摯なる忠誠と愛情を込めて、喜んで従うことを誓う」

 カチリと音を立てて、約定が刻まれる。

 リナは、ジッと私の目を見ている。そこに浮かぶのは、どうしようもない哀しみの目だった。

「良いんだよ、リナ。何も悲しむな。私は喜んで行くのだから。さあ、時を争う。何のためらいも持ってはいけない。ただ、この国のために、私に行けと命じよ、リナ!」

 一度大きく息を吸った後、リナは、小さく「ゴメンなさい」とつぶやいたのをハッキリと聞いた。

 しかし、リナの目に浮かんでいた哀しみとは、友を失う哀しみでも、友に死ねと命じる哀しみでもなく、それは、ただ「友を騙す哀しみ」のことだったのだ。

 美魔女校長の記憶には、哀しみがあふれかえっていた。


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