黄昏のザンカフェル

新川 さとし

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第3章 タカアマノハラ学院

その12 美魔女校長・クルーシー・グレインジャー

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 校舎に入ったオレ達を待ち構えていたのは、老侍女だった。一切の言葉を交わさず案内されてしまう。

 そこは、応接室だった。

 予想通り、待っていたのは美魔女校長。妖艶な笑みを浮かべて、手ずから紅茶まで入れてくれていたのだ。

「座りたまえ」 
「ありがたく」

 声は若い女性のものだが、その口調は、まさに重々しい責任とともに過ごしてきた年月を感じさせるものだ。そこには、一ミリの緩みも、楽観も感じさせない。

 あるのは「威厳」という言葉だけがピタリと当てはまる。ティアラですらピクンと背筋をただしている。

「こ、こうちょう、せ、ん、せぇ」

 わずかに、微妙な声を漏らしたティアラに頷いてみせると、一気にアワアワしてしまっている。そこで背中を突いて座ることを促してから、オレも座った。

 とにかく、相手の出方をうかがうしかない。

「ほぉ~ さすがだな。へネスは、良い息子を持ったものだ」

 オレが黙ったまま、言葉を待っているのを見て、ニヤリとしてみせる。

『ヘーネスというのは、父親の名だ。若い頃、学園ではへネスと呼ばれていたのかもしれない。と、とにかく、相手を知らねば』

 とっさにスキル《情報》を発動した瞬間、膝に置いた手にピンと、小さな痛み。

 情報を読み取る前に、意識がこっちに行く。視線が手に向いた瞬間、頭から打ち下ろすような声が響いてきた。

「やめたまえ。女の年を知ろうとするのは失礼だからな。君なら、今の意味はわかるだろう?」
「申し訳ありません」
「いや、これで理解してくれたのならかまわんよ。それだけの能力を持っていることは、この国にとっては誠に嬉しいことだからな」

 ティアラは、会話の意味がわからずに、キョトキョトしている。

『オレが情報スキルを発動したのを察知したのもすごいが、その瞬間、魔力を糸のように細くしてオレの手に当てたんだろ? ますます、これは、ただ者ではないってコトだ。さすがと言うべきか』

 察知した能力もすごいが、そこに反応しての、魔法発動の素早さも、その魔力量のコントロールも、人間業の域を超えていた。そして「針のような魔力を手に当てられる」という意味がオレの心臓が握り潰されるような恐怖を与えてくる。

『もしも、美魔女校長がその気であるなら、魔力の針はオレの目でも、心臓でも狙えたということだ。それに、出せる針が一本だとも限らないからな』

 この瞬間、もしも、この美魔女校長が「敵」であったなら、負けている可能性があったと言うこと。即死でなければ、リカバリーする手段も無いわけでは無いが、ティアラが横にいて、執れる手段は限られる。それに、なんて言っても、黙ってリカバリーさせてくれるようなタマではあるまい。

『つまり、もう一度、オレが情報を使ったら』

 その瞬間、美魔女の整った唇がニヤリと動いた。

『まさか、読心術?』

「あらあら。なあに? 私、別に心を読んだりはできないわ? さ、話に入りましょ?」

 いきなり、威厳のある口調を吹き飛ばして、二十代の女のしゃべり方にしてみせるあたり、さすが百歳だタヌキ

「あら?」

 そこに浮かべた「?」は、咎めるような響きを持っている。

 とにかく、今は余計なことを考えずに、相手の話を聞くしかあるまい。幸いにして、この校長からは、猛烈なプレッシャーは感じても、敵対心を感じないのだ。

「よろしい」
「それでは、お話を伺っても?」
「いいわよ。話したいのはこちらだから、わざわざ呼んだのですもの」

 不意に、校長がオレ達の後ろに視線を送った。

「マール、下がって良いわ。夕食は、期待しているから、よろしくね」
「かしこまりました」

 短く答えた老侍女が、静かにドアから出て行く気配を感じながら、オレは愕然と…… いや、恐怖に近い感情で、背中に嫌な汗が流れ落ちたのだ。

 あれって単なる老侍女のはずだよな? 

『つい、この瞬間まで、オレは、完全に老侍女の存在を忘れていた』

 完璧な気配遮断もそうだが、美魔女校長とのあいだで「強烈なミスディレクション」を生む連係プレイを見せ付けられたのだ。

 そう。手品師が、観客の視線を「見て欲しくないもの」から「見せたいモノ」に半ば強制的に誘導する、あのテクニックだ。

『もしも、あの老侍女が、暗殺者だったら……』

 やはり「スキルやレベルが上だから強い」と、単純にいかないのだ。オレは、半ばパニックに陥っていた。

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