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第3章 タカアマノハラ学院
その4 我が身を振り返ると、ガクブルですか?
しおりを挟む学園内では「魔法」の使用は禁止されている。けれども、治癒魔法系統だけは、例外というよりも「義務」とされているんだ。
そりゃ、怪我人や病人がいるのに、治せるやつが放置してたら人道的に問題だ。それに、ここは「貴族の子弟が交流する」という目的がある以上、ノーブレス・オブリージュというヤツを発揮しろという部分もあるのだろう。
と言うわけで、オレは躊躇なく、木魔法の系列である「緑の癒やし」を密かに発動した。別にイフェクトがあるわけでもなく、詠唱も省略しているから、魔法感知のスキルでも無い限り、わからないだろう。
もちろん、スキル《情報》で、周囲からの目がないことも確かめてる。ま、それは気休め程度だけどね。
不意に、ガイウスが黙り込んだ。うん。魅了は、ちゃんと解けてる。
「殿下。いかがです? 決闘のような物騒はことではなく、久し振りに、木剣での勝負など?」
「ん? 木剣勝負だと?」
「はい。どうやら、いろいろと誤解をなさっていらっしゃったようですし。コトを荒立てるよりも、学園らしく、木剣を使ってはいかがかと。純粋に、剣を振るうのはお好きだったかと思いましたが」
「うん、あ、まぁ、そうだな。剣術は好きだ」
明らかに「焦り」が表情に浮かんでいた。
魅了の場合、かかっている人間は、別にそれを意識していないから、ついさっきまでとの意識との整合性を取ろうとしているんだろう。そして、魅了がかかってない状態で自分の行動を振り返れば、さすがに「ヤバさ」に気付いて当然だ。
ガイウス君、ガクブルモノである。
婚約者に、どう言い訳するのかは、野次馬的に面白そうだが、とにかく「決闘を申し込んだ」という事実を、ケリを付けねば、婚約者の元にも飛んでけないモンね。
『そばにいたいってことで、アミーネ様がコーチとして学園に入るんでしょ? 愛されてるね~ そんな素敵な相手に不実をしてしまったのだから、焦るのは当然だろうけどさ。まずは、オレとのことを片付けましょうね』
公爵家の権力は、何も横暴を振るうためにあるわけではない。ルパッソは、いち早く、そのあたりの情報を手に入れていた。
「わかった。それでは、決闘ではなく、木剣によって責任を取ってもらう」
かろうじて、虚勢を張れるのは、ガイウスの精神力が強いからだ。貴族として、それは悪くないどころか、とてもいいことではある。どんなにピンチでもリーダーは顔に出せないからね。
その意味でガイウスは、さすがプリンスなのだ。
「はい。承りました。私が負けましたら、必ずや、私が、よく事情を聞いておきましょう、されど」
「ん? 何かあるのか?」
「私が勝ちましたら、いかがなさいますか?」
「うん? それはないと思うが…… 万が一、おまえ、んんっ、ファーニチャー卿が勝った場合は、何を望むか?」
オレの申し出は正直、意外だったのだろう。さすが脳筋と言うべきか、ガイウスは剣術なら、すでに、そのあたりの騎士では手も足も出ぬほどの域に達していると評判なのだ。「自分が負ける可能性」というモノを考えてないに違いない。
「そーですね~」
一瞬の間を開けて、空を仰いでから、オレはにやっと頬を緩めてみせる。
「それなら、二人が勝負する羽目になった原因のセリカさんと、これから一ヶ月間、顔を合わせないというのはいかがですか?」
「ん? あ、あぁ、オレは構わないが」
「では、決まりと。あ、じゃあ、夕食の買い物を済ませますので、一時間後に格技場でお待ちしておりますね。じゃあ、また後ほど」
「え? あっ、オ、オイ、あ、いや、うん、それでは、また、後で」
おそらく、ガイウス自身が、なぜオレに決闘を申し込んでしまったのか、謎だらけなのだろう。記憶が繋がっているのに、なぜ、自分がそういうことをしたのかわからない。それに、ガイウスからしたら、今すぐに行きたいところがあるはずだ。
『うん、同じ、アの館に部屋があるんだよね』
それも調査済みである。
俺たちと別れたガイウスが、賭けだしていく姿を見送ってから、オレは、斜め後ろを振り返った。
アッシュブロンドの先端まで、ガタガタさせるようにして、ルイーズは、整った顔立ちを蒼白にしていた。
「よく耐えたな」
「いえ、あ、は、はい。ありがとうございます」
実は、ガイウスのレベルはけっこう高い。王家としてのレベリングを、子どもの頃からされている上に、脳筋の本能が戦いを求めてきた結果だ。
そういう人間が、本気で怒りを見せると「闘気」のようなものが周囲に放たれてしまうのだ。レベルが上がればあがるほど、それは強くなる。
「偉いぞ。あれだけの闘気なら、普通の魔物なら間違いなく逃げ出すレベルだ。まあ、常人なら腰を抜かしても不思議じゃないからな。いくら、そばにいただけであっても相当に怖かっただろう」
「いえ。わたしは、へ、いき、ですぅ」
脚が震えている。
よしよしと、思わず、アッシュブロンドのショートヘアを撫でた瞬間だった。
「あ、はぅうううう~」
聞きようによっては「その声、禁止!」と言いたくなるような、妙に色気のこもった声を吐き出したルイーズがヘナヘナと腰を抜かしてしまったんだ。
とっさに腰を抱き留める。
「あ、そんな、もったいない」
「いやいや、怖い思いをさせたな」
「あの、た、確かに怖かったのですが」
「ん?」
ポーッと赤くなった頬を見て「あ、コイツ、役得だとでも、思っていやがるな」と気付いた。
まあ、鈍い系主人公ってわけでもないので、オレはオレで、クールな美少女を抱きかかえていたわけなので、良い勝負だったのかも知れないな。
ん? そうか、そういえば、とっさに、ガイウスと勝負だなんて言っちまったけど、ま、木剣勝負って形にした段階で、オレの勝ちは確定なんだけど、面倒と言えば面倒だな。
チラッと見ると、クール系の美少女は、しっかりとオレに掴まったまま、外で見せてはいけないほどに、ニタニタになっていたのだった。
コイツも、実はポコンコツってオチじゃないだろうな? だよな?
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