黄昏のザンカフェル

新川 さとし

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第3章 タカアマノハラ学院

その3 大切な人

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 正直に言えば、あの時、ティアラが恐れていた人物の名前が、こんなところで出たのは、あまりにも意外すぎた。

『これって、絶対に「あの」セリカだよね? なんで、その名前が出てきたんだ? しかもティアラに絡んで』

 ここは、むしろ正面から聞いてしまった方が良い。

「あのぉ、恐れながらお尋ねいたしますが、そのセリカなる方は、ガイウス様にとって、どのような方なのでございますか? もちろん、大切な方と言えば、ご婚約者様がいらっしゃることは存じておりますが、ご芳名は存じておるつもりでございますが」

 どのようなお方、と言う言葉で、ガイウスが赤くなる。

「いや、それは、えっと、その、大切な…… あっ、いや、まだ、友人だ。うん。今のところ、友人だな。とても大切な友人だ」

 今ガイウスは「大切な人」と言おうとしていた。これは、ちょっとまずい感じだぞ。

「では、ティアラは、ご友人に対して、どのような仕打ちをいたしたのでしょうか? 婚約者である私に決闘をお申し出になるほどですから、さぞひどいことなのですよね?」
「あ、あ…… いや、それは、その」
「ことと理由によっては、決闘をお受けしなくてはなりませんので、どうぞご遠慮なく。わが婚約者の非道なる行いを、臣にお教えくださいませんか?」

 ワザと馬鹿ッ丁寧な言葉遣いと、臣という一人称。これで、気付くヤツは気付く。そうしたら、頭を冷やして、話をごまかしにかかるものなのだが、ガイウスはそれどころではないようだ。

 「臣」という一人称は、本来、主君に仕える家臣が使う言葉だ。オレがこの場でガイウス相手に使う必要は無い。「お前はまだ、皇太子にもなってないんだぞ」と言うことを思い出させるための作戦だ。だが、脳筋には通じないというか、オレに説明する内容を、首をひねって考えているようにも見える。

「あ~ 先日の成人のパーティーで、セリカとオレがラストダンスを踊ったのだが」
「え? ガイウス様、ご婚約者様は……」

 ガイウスの婚約者は、アミーネ様という才媛だ。脳筋にはもったいないほどの頭脳を持った努力家だ。この女性をガイウスの結婚相手として選んだ時点で、王室の意向は、ほぼ丸わかりなのだ。

 オレに言わせれば「第一王子の足りないところを補う王妃」を選んだ時点で、ガイウスを皇太子にすると、宣言したようなものなのだ。実際、頭の良さだけではなく、年上の包容力でガイウスを包んでいるため、二人の仲はとても睦まじいと聞いていたのだが。

 それなのに、セリカとラストダンスを踊っただと?

 婚約者か、はたまた愛の告白をする相手としかしないという不文律を、セリカと破った? あるいは愛の告白をセリカに? 

『どっちにしても、これ、かなり重いスキャンダルだぞ? 父親は、娘を溺愛する猛将・ナヴァロンだ。こんなことを知ってしまったら、激怒なんてモンじゃすまないだろう』

「オレが誰とダンスを踊ろうと、勝手だろう! まさか、お前まで、そんなことを言うのか! まさか、婚約者同士で話を合わせでもしたのか!」

 激オコである。だが、その怒りっぷりをみてみると、オレは直感した。

「まさかと思いますが。ティアラが、それを非難したとでも?」
「何だ。知っておるではないか!」
「いえ。その話を聞いたら、誰でも同じ反応になるかと。まあ、父君であらせられる鬼神であれば、いささか違う反応になるかと思われますが」
「な、なんど、いや、ナヴァロン卿は、ここでは、関係ない、あくまでも、セリカに対してだ」

 いや、それ理屈になっていませんけど。

「では、百歩譲りましょう。で、婚約者をお持ちの殿下とラストダンスを踊った、そのご友人のことについて、ティアラが、誰になんと申したのでしょうか?」
「いや、それは、セリカが、ティアラに言われたと」
「おかしいですね。先日のパーティーで、ティアラのパートナーは私です。その大切なご友人のことを見知っていたとは思えませんが? それに、ティアラは、あの時、気分が悪くなり、私が途中で連れ帰っております。以後も、家に引きこもっていて、困っていたほどですが。どこでどのように、そのご友人と会ったのでしょうか?」
「なんだと! セリカが嘘を言うわけがないであろう!」
「では、いつ、どのように言われたと? ティアラは、ずっと家におりますのに?」

 この場合、ティアラが引きこもり状態だったのは、災い転じてというやつである。

「と、とにかく! お前の婚約者が、セリカに意地の悪いことをしたのだ。それは、一緒に踊ったオレに対して非難したのも同然である! さっさと、剣を抜け!」

 あ~ 理屈で詰まると、これだから、脳筋は……

 しかし、オレはスキル《情報》で、ガイウスを見ていたんだ。そこには状態異常である「被魅了」と、しっかり書かれていた。


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