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Interlude1 アレクサンドラのその後

大商人夫人ミランダの正体(後)

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「けれど、それならなおさらどうして生きてるって言ってくれなかったの? 私もお兄様もどれだけ嘆き悲しんだか、お姉様なら分かるでしょうよ……!」
「実力でのし上がれる経済界と違って貴族界隈だとこの見た目は致命的よ。公爵令嬢ミレイアはあの時死んだ、ってしておかないと二人の足を引っ張ってしまうもの」
「そんなことは――」
「特に、マリアネアは王妃に、国母になる者。少しでも揚げ足を取られる要素は排除しなきゃ駄目よ。それは貴女が一番良く分かっているでしょう?」

 お義母様はぐうの音も出ず、唇を固く結んでうつむいた。

 社交界なんて魑魅魍魎の巣窟。少しでも不祥事があれば昨日まで栄華を誇っていた者が一夜にして転落人生を歩む破目になるなんてありふれている。公爵家では化け物を飼っている、なんて嘘半分に誇張されても、国民は信じてしまうかもしれない。

「だったら今ならどうなの? 王妃としての地位はもう揺るがないし、お兄様だって公爵として立派に国を支えているわ。もう脅かされる心配なんて無いのよ」
「本気で言っているの? わたくしは悪徳商人の妻、王妃の身内には相応しくないわ」

 これは多分、イシドロの商会が人身売買やら違法薬物やらを取り仕切る影の一面もあるのを言っているんでしょうね。裏で闇取引をするならまだしも、実の姉がそんな悪事に手を染めるってなったら王妃としてのお義母様の信用はガタ落ちよ。

 それに……お義母様はそれを分かっていてなお期待を寄せているようにも思える。昔のように家族として過ごせないか、と。
 けれどミレイアはお義母様を突き放した。普通に考えれば王妃との繋がりが出来れば商会は更に発展しそうだけれど、彼女は商売より妹を案じている。

「公爵令嬢ミレイアは亡くなった。そう……お姉様は仰っしゃるの?」
「それがお互いのためでございます、王妃陛下」

 お義母様が絞り出した声はまるでミレイアにすがるようで、悲しみを顕にしていた。
 一方のミレイアは過度なぐらい慇懃に頭を垂れた。姉ではなく一介の民として。
 二人の住む世界が違う以上、この隔たりはきっと埋められやしないでしょう。

 今にも泣き出しそうなお義母様が浮かべた目尻の涙をミレイアは指で拭い取った。

「でも、二人して王妃でも大商人の夫人でもなくなれば話は違うかもしれませんね」
「……!?」
「引退して色々なしがらみから解き放たれた貴女様のもとにはもしかしたら奇跡が起こるかもしれない。そうなったら素敵ですね」
「お、姉様……」

 ミレイアは徐に立ち上がると私へ頭を垂れた。優雅で気品はあるけれど一歩引いた、つまり弁えたその有り様はお義母様の姉ではなく、大商人夫人ミランダのものだった。お義母様が寂しそうな眼差しを向けるのをあえて見ないように。

「王太子妃殿下。本日はお忙しい中お時間を頂きまして誠にありがとうございました。また何かありましたらご贔屓いただきますよう、わたくし共一同お待ちしております」
「ええ。分かったわ。腰痛めたイシドロにもよろしく伝えといて」
「畏まりました。王妃陛下、それでは失礼させていただきますわ」
「……ええ」

 ミレイアはそのまま私の部屋を後にする。

 残った私とお義母様達だけれど、誰も何も言おうとしなかった。沈黙が漂うお陰で少し遠くの物音まで耳に入ってくるぐらい。エロディア達もお義母様にどう言葉をかけて良いのか迷っている様子。何なら私になんとかして欲しいって期待すら感じる。

「もう少し、頑張らないといけないのね」
「お義母様。そう悲観にくれることもありません。ミランダ夫人もまんざらではないようでしたから」
「どうしてそれが分かるの?」
「だってあの方、仮面を元に戻していませんでしたよ」

 そう、ミレイアは顔全体を覆う仮面じゃなく火傷の痕だけを隠す仮面のままで帰路に付いていた。私がお義母様の姉だって言われて納得するぐらい容姿は似ているし、あのまま王宮をうろつかれたら目にした者達は驚くに違いないわ。

「そこまでは譲歩したようですから、これからの付き合いはお義母様次第かと」
「……そうね。以前みたいに今生の別れじゃないんだもの。また会えるわね」

 それから、お義母様とミレイアは直接会いはしなかったものの、文通を交わすようになったそうね。話題には事欠かず、時には共通の知人である私について色々と言い合ったとか何とか。勘弁して頂戴……。

 そんな二人が再会したのはジェラールが国王になった十数年後。ミレイアは「お疲れ様」とお義母様に笑いかけ、お義母様が涙ながらに「はい」と返事した光景は私のみならずその場にいた誰の目にも焼き付いたことでしょう。
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