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 アメリ・レフェーブルはおそらく、充実した日々を過ごしていた。

 アメリには恋人がいる。恋人の名はラウル、この王都ではその名を知らぬものなどいないのではないかと思われるくらいに有名な、英雄と讃えられた男、なのだが。

 いつも目深に被っている帽子や度のはいっていない大きな眼鏡を外し、美しく整った顔を惜しみなく晒したラウルは多くの女性の視線を集めていた。そして今、王都で女性に大人気の飲食店で注文を取りに来た女性からも熱烈な視線を受け、顔を青くしている。

「私は苺のショートケーキと、紅茶を」

「わっ、…私、は…バ、バタークリームケーキで…」

「飲み物はいかがなさいますか?」

「こっ、こ…こ…こ…こうっ」

「…彼も、私と同じ紅茶でおねがいします」

 向かいの席に座るアメリは、鶏のものまねかと言いたくなるような奇声を上げるラウルに助け舟を出した。店員が下がったところでようやく緊張が解けたラウルは、顔を覆って深く息を吐く。

「ラウル、大丈夫?」

「ああ、うぅ…ありがとう、アメリ…」

「無理して外に出なくてもよかったのよ?」

 ラウルの休日にあわせてアメリも休みを取った。色々と弊害が多いため、ラウルは普段休みの日に外出することは少なかったが、折角のデートだからと意気込んで出てきて、この様だ。

「私、部屋でのんびり過ごすのも好きだし…」

「でも、でも…っ…ここに、アメリと一緒にきたかったんだ…!」

 ラウルは必死になって腰を浮かし、前のめりになる。そんな彼に目を丸め、その必死さとその言葉の内容に可愛さを感じて、アメリは小さく笑った。

「ふふ、ありがとう。じゃあ、ケーキがきたことだし、楽しみましょう?」

 そこに女性がケーキと紅茶を運んできたが、アメリしか目に入っていないラウルは反応しなかった。アメリは全身全霊で彼女への愛を表現するラウルを可愛く思いながらもなだめ、椅子に座らせる。

「あ…でも、アメリに迷惑かけて…こんなことじゃいけないよな…」

「迷惑だなんて思ったことはないから、気にしないで」

「アメリ…!」

「ほら、食べましょうよ」

「ああ!」

 アメリに慰められたラウルは目を輝かせた。ケーキを一口食べて満面の笑みを浮かべる彼に、アメリもつられて笑んだ。

(どうしてこんなに可愛いのかしら…不思議だわ…)

 初めの頃は男の人に可愛いなんてと思っていたアメリだが、今はラウルの素直な反応が可愛くてたまらない。彼女はケーキの上に乗った苺をフォークで一つ取ると、それをラウルに差し出した。

「あっ、アメリ!?」

「はい、あーん」

「あっ、それ、私が先にやりたかったのに!」

「ふふ、早いもの勝ちよ。はい」

「う…っ」

 ラウルは悔しそうにうなりながらも素直にそれを一口でたべ、幸せそうに頬を緩ませた。締まりのない笑顔だが、それでも美しく見えるのは顔がいい特権か。ラウルもケーキを一口大に切り分け、フォークでアメリへと差し出した。

「…んっ、美味しい」

「だよなっ、ここのバタークリームケーキが好きなんだっ」

「つぎはそれを食べてみようかな」

「うん、つぎもまた来よう!」

 ケーキを食べさせあい、楽しげに会話をしながら笑い合う二人は、どこからどう見ても仲の良い恋人同士だ。アメリもラウルも心から笑い、幸せを感じていた。

「…そういえば、今日の新聞にあなたが載っていたわね」

「えっ、何て…?」

「我らが英雄が、反国家組織の一つを潰したって」

「あぁ…」

 ラウルは心当たりがあったが、曖昧に笑うだけだった。それはエドガールが属していた反国家組織だが、彼が潰したと表現するのは適切でないとラウルは思う。

 勿論、関わっていないわけではない。エドガールを怪しんで調査させたのはラウルだし、捕まえて突き出したのも彼だ。その後、王都警備隊特務班として突入作戦にも参加し、反国家組織は検挙された。それはラウル一人の力ではなく、彼が主体となっていたわけでもなく、寧ろほんの一部でしかない。英雄譚には誇張がつきものということだ。

「…確かに関わってはいたけど…はぁ…英雄って、嫌だな…」

「…あなたも、大変ね」

「でも、これでもう一安心…」

「うん?」

「い、いや、なんでもない」

 アメリを利用していたエドガール。彼が所属していた組織を潰せたことで、組織から彼女に火の粉が降りかかることはないだろう。

 二人はケーキを平らげ、温かな紅茶を楽しむと、並んで店を出た。腕を組んだ二人は宛もなく歩きながら街をめぐる。

「…幸せだなあ…」

 特別なことなどない、何気ない一日。そんな一日を二人で過ごせることが、ラウルは幸せだった。アメリがいなければ、こうして街を帽子も眼鏡もなく歩くことなどなかっただろう。

「私も幸せよ、ラウル」

「へへ…」

 アメリは幸せそうに、ラウルの隣で微笑んでいる。お互い、涙を流しながら出会ったあの頃から様々なことが変わったものだ。

 そうして二人が街を巡って楽しみ、日が暮れ始めて街が赤く染まり出した頃。

「…じゃあ…そろそろ、部屋に戻る?」

「うん、…うん」

 アメリはラウルの肩に頭をあずけて、小さな声で問いかける。彼はそれに何度も頷き、二人は家路についた。夜はこれから、また別の楽しみがあるものだ。
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