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ライダン領との争い
第107話 決着はほろ辛い
しおりを挟む見本市のライダン領の倉庫。
「緊急事態です。フォルン領が……」
「何だ? 今更ライダン領に逆らったことを詫びて自殺でもしたか?」
「フォルン領が正体不明のスープを売りさばき、恐ろしい売上をあげております! 我らとの差をどんどん広げていき……」
「…………は?」
ライダン領主は執事から報告を受けて茫然としている。
しばらくの間、押し黙った後に顔を真っ赤に紅潮させると。
「そんなバカなことがあるか! 奴らの物資は全て燃やしたのだぞ! 仮に他の物を用意できたとしても、いくらなんでも早過ぎる!」
「し、しかし現に……大量に香辛料をいれたスープで民衆の心をつかみました! ライダン領の客まで盗られております! これがそのスープでございます!」
執事はカレーの入った皿をライダン領主に差し出す。
倉庫の中にカレーのスパイスの香りが広まっていき、ライダン領主は顔をしかめた。
「バカな! 香辛料をふんだんに使ったスープだと!? どれだけの値段を取っているのだ!? 民衆風情が買えるわけが……」
「そ、それが銀貨4枚で!」
「奴らはバカか!? 我らの宝石四割引きよりも更に上だと!? フォルン領風情がふざけよって……!」
ライダン領主は顔を真っ赤にして地団太を踏む。またもや顔の血管が切れるのではと思うほど、顔が赤く染まった後。
「……宝石を売るのをやめろ。売り切れとして正常価格の商品のみ売れ」
「よろしいのですか?」
ライダン領主の顔色はすでに元に戻り、先ほどまで激怒していたとは思えぬほど落ち着いている。
そんな男は小さく頷いた後、皮肉げに笑みを浮かべると。
「見本市の売上に負けたとして、ここまでの高級品を利益度外視で売ったフォルン領の財政はズタボロだ。破産に追い込むのは容易い。ならばこれ以上、我らが損する道理はない」
「承知いたしました」
執事は深々と頭を下げた後、倉庫から出ていく。
それを見ながらライダン領主はさらにほくそ笑む。
「所詮は若輩者の田舎貴族。目先の勝利に焦って、大局を見誤る愚か者よ。借金で首が回らなくなったところで、魔法使いは奪ってやろう」
そう呟きながらカレーにパンをつけて口に入れた。気に入ったようで目を丸くして、更に何口か食べた後。
「美味だな。やはり田舎領地だけあって食材などはよいか。まあ全て、私の物になるわけだが」
ーーーーーーーーーーーーーー
「大変でございます!」
見本市の広場。カレーを売りさばいていた俺に、セバスチャンが駆け寄ってくる。
……セバスチャン、常に走ってるんだけど。こいつは止まると死ぬマグロか何か?
「ライダン領がダイヤの販売を取りやめました!」
「……なにっ?」
ライダン領がダイヤを売るのをやめた? それが本当なら奴らの最大の売上商品がなくなったことになる。
つまり降参したと言ったに等しい。だがそんなわけがない。
あの少し煽っただけで顔真っ赤のライダン領主が、瞬間湯沸かし器顔負けの顔面アイロンが諦めるわけがない。
仮に優秀なブレインがいたとしても、あの男が諦めると思わない限りは宝石を売るのをやめないだろうし……。
「不気味だな……ライダン領は何を狙っている?」
「わかりませぬ……。ただ宝石を売るのはやめているのは確かです」
……薄気味悪い。俺達のほうが現状、売上は勝っているのだ。
仮にライダン領が凄まじい妨害策を施して、俺達の今後の売上をゼロにできたとする。
だがそれができたとしても、現状ではライダン領自体が売上を伸ばさないと勝ちはない。
なのに一番の主戦力の宝石を売るのをやめた。矛盾しているのだ。
「このまま警戒を続けろ。何を仕掛けてくるか分からん」
「承知しました。アトラス様はどうされるおつもりですぞ?」
「カレー売りさばく。せっかくだからここで物凄く大儲けしてやろうと」
俺はセバスチャンに自信満々に告げる。
このカレー、一皿売るごとの利益が銀貨3枚以上。
利益率がやば過ぎて笑いが止まらん。更に民衆たちからすれば香辛料ふんだんの料理を、すごく安い値段で売ってくれる名君に見られるのだ。
こんな美味しい商売そうはないぞ。売れるだけ売りつくしてやる。
「承知しました。ライダン領に何かあれば、即座に襲い掛かります」
「いや報告に戻ってこい!?」
昂るセバスチャンをなだめつつ、カレーを売る作業に戻った。
結局見本市最終日までカレーを売りに売りまくったが、ライダン領は何も仕掛けてこなかった。
……もしかして宝石が弾切れだったのだろうか?
まあ見本市の売上は比較するまでもなく、フォルン領の勝利で幕を閉じたわけだ。
少し気持ち悪さを残しながらも俺達は見本市から撤収。
そして勝利祝いとして翌日に王都をウロウロすることにした。
「今日は俺のおごりだ。各自、好きな物を買っていいぞ」
「拙者、高級酒を百年分買うでござる」
「ただしセンダイはお小遣い制な!?」
あ、あぶねぇ……いきなり見本市の儲けが削られるところだった。
見本市の収益、計算したらなんと金貨約1万5千枚も売り上げていたらしい。
……王都の金をかなり巻き上げてしまったことになる。これ、使わずに貯金してたら怒られそうだ。
ちなみに一番売上がよかったのはもちろんカレーだ。だが二番目はなんと俺の伝記だった。
……つまり王都にアトラス=サンのお話が広まってしまったことになる。
見本市で俺を見た人たちは、その時点でアトラス=サンが偽物であると気づくだろう。
幸いなのは伝記に挿絵がないことだ。あの本では俺の見た目はわからないので、無事に王都を歩くことが出来ている。
仮に俺の写真でも貼ってあったなら、二度と王都を歩けないところだった。
俺の顔が知れ渡っていたら、子供たちから嘘つきアトラスと指さされただろう。
そんなことを考えながら歩いていると、少女にぶつかってしまう。
「すまない、失礼した」
「いえこちらこそ……あれ?」
少女は俺の顔をマジマジと見つめてくる。なんだ? 俺の顔にホレたか?
「どうした? 俺の顔になにか?」
「……いえ、ちょっと本で書かれた人に特徴が似ていて。ごめんなさい、勘違いです」
少女は俺の伝記を大事そうに抱えていた。違う、勘違いじゃない。
何と言おうか迷っている間に、少女は俺から離れていってしまう。
「……アトラス様はもっと恰好いいもんね。あんな人なわけない」
去り際に小さく呟いた少女の言葉に、俺の心が大ダメージを受けた。
アトラス=サンめ……奴とはいずれ雌雄を決する必要があるようだな……!
「どうやって雌雄を決するの?」
カーマが呆れ笑いで俺に尋ねてくる。
確かに創作上の敵を倒すのは難しい。だが俺には原作者権限がある。
「著者に命令して本当の俺を伝記に出させる。そしてアトラス=サンを倒す」
「それ絶対ダメだと思う……大荒れ間違いないよ」
だって創作上の奴にどう戦えと言うのか。
一休さんの屏風の虎を退治しろ、くらいのトンチではないか。
あのトンチも屏風の虎が負ける絵を描けばダメかなと思っている。
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