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ライダン領との争い

第106話 カレー

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 倉庫が燃えてしまってから二時間後。

 俺は急いで国から燃えた物資の分の金をもらって、新たに用意してもらった見本市の倉庫にいる。

 今度はエフィルンに倉庫を守らせるので、燃やされる心配はない。

「本当は使わずに勝てるのが理想だったが……ここまでされたらな」

 俺は【異世界ショップ】から大量の食材を購入。

 ジャガイモやニンジン、肉や玉ねぎが倉庫にどんどん出現していく。

「野菜? これを売ってもライダン領の宝石に対抗は厳しいような……」
「微妙」
「焼きそばやアンパンのほうが売れそうですぞ」 

 カーマが山のように現れる芋などを見て不思議そうにしている。

 だが焼きそばもアンパンもあまり高くは売れない。妨害のせいで現時点の売上はライダン領に負けている。

 ここから逆転するならば、安価で大量に作れて高く売れる物が必要だ。

 俺は倉庫が具材で満杯になったのを確認すると出ていく。

 そしてフォルン領の出店に戻ると、残った少ない商品を売るために陣頭指揮をするセサルに近づく。

 セサルも俺に気づいたようで。

「アトラス君、逆転の用意ができたようだね。何をすればよいサッ?」
「広場で料理を作って欲しい」
「どんなものサッ?」
「超巨大な鍋でスープみたいなものを」

 俺の言葉にセサルは笑顔で頷いてくる。

 ぶっつけ本番になってしまうがこいつならば心配いらない。

 セサルの料理技術の高さは折り紙つきだ。前もたこ焼きとか焼きそばとか、初めてでも簡単に作っていた。

「ちなみにその料理の名は?」
「カレーだ。香辛料をマシマシにいれて、スパイシーに作る」

 この世界の香辛料は高級品だ。

 それをマシマシにいれたカレーならば、比喩表現抜きで黄金のカレーになる。

 そんじょそこらの黄金とか金と冠名のついた食品とは違う。真の意味で黄金に匹敵する価値のある料理が爆誕するのだ。

 しかもカレーなら大量生産も可能なので完璧だ。レスタンブルクで米を食べる文化はないので、パンと一緒に売ることになる。

 急いで広場に巨大な鍋をいくつも用意して炊き出しの準備を完了。

「じゃあセサル、倉庫にある食材とコレでカレーを作ってくれ」

 俺はセサルにカレー粉の入った袋を手渡す。

 セサルは袋からカレー粉をひとつまみ取り出し、においを嗅いでペロリと舐めた。

「……これはすごいね。香辛料らしき物が何種類……いや何十種類も混ざっている」
「これでパンにつけるスープを作ってくれ。なるべく匂いとか振りまいてな」
「無論、大量にありますぞ!」

 セバスチャンがセサルの前にリアカーを運んでくる。その中には大量のカレー粉の入った袋がある。

 セサルも思わずその光景には息をのんだようだ。

 このカレー粉は黄金にも近い価値であり、ライダン領ならずとも盗人に狙われかねない。

 だが絶対に盗ませたくない。なので俺達の手元に置いておくことにした。

 大量の人目がある上に、センダイやカーマやラークが護衛につく。

 そこらの軍隊ならば滅ぼせるレベルの戦力だ。これで盗んだりできるならば、もはやそれは相手を褒めるしかない。

「任せるサッ。フォルン領逆転のための大役、確かにこのセサルが努めよう。元より……この争いも我が妹が原因だしね」

 セサルは俺にウインクしてくる。本当に頼もしいやつだ。

 レシピを渡そうとするが、「自分の舌と感覚を頼る、見様見真似よりもそちらのが信用できる」と豪語。

 そして鍋に具材やカレー粉を放り込み調理を始めた。

「カーマ嬢、ゴブリンを半殺しにするくらいの炎を」
「う、うん!」

 そして鍋の火加減をなんとカーマにやらせている。

 ……あの料理させれば爆発を引き起こすカーマを、火加減の必要な料理で役立たせる!? セサルは化け物か!?

 あまりの出来事に茫然としていると、ラークが俺の服を引っ張ってくる。

「……私の出番は?」
「カレーに氷は流石に必要ないな……」
「そう……」

 カレーは流石に冷やすメリットないから……。

 少し落ち込んだラークを慰めながら、料理を手伝うカーマという現実離れした光景を眺める。

「カーマ嬢、そちらの鍋の火をドラゴンが火傷するくらいに強く」
「うん!」
「あちらの鍋はオーガが灰になるくらいで」

 到底料理の指示とは思えぬ言葉が飛び交うが、カレーのよい匂いが周囲に漂ってきた。

 すげぇ……セサル変人を思わずリスペクトしそう。まるで凄腕の猛獣使いのようだ。

「あなた? それだとボクが猛獣になるけど?」
「すみませんでした。つい出来心で」
「いいけどね」

 鍋の火加減をしながらも俺の心を読んでくるカーマ。

 心なしか……いや確実に彼女の機嫌がよくなっている。鼻歌まじりに炎を操っている。

 弱火とか中火とかの指示が分からないだけで、攻撃感覚で火力を指示すればよいのか。

 それなら火関係ではカーマに調理を手伝ってもらうのもありかも……。

「そこの鍋は人が焼け死ぬくらいの火力で」
「うん!」

 …………ごめん。やっぱりあの指示は俺には無理だ。

 何で君たちは人が焼け死ぬ火力を知ってるの? カーマはまだともかくとして、セサル君なんでご存じなの?

 そんな中でも無情にカレーのスパイシーな匂いが周囲に漂っていく。

 民衆たちもその香りに釣られて、アリがたかるように広場に集まって来た。

 カーマの火力関係を頭から振り払って、俺は商売人に徹することにした。

 【異世界ショップ】から拡声器を取り出して。

「さあさあ! 今作っているのは何と! あの香辛料を大量にいれたスープ! 高級も高級、超のつく高級品だ! 王でも毎日食べられるわけではないレベルの料理!」

 広場中に俺の声が響き渡る。嘘は言ってない。

 カレーはレシピとか広めてないから、王も食べたくても食べられない。

「そんな貴重かつ超高級料理が! 今この見本市でのみ、何と一皿銀貨8枚! 超出血サービスだ、少し奮発すれば王侯貴族を上回る食事を味わえる!」

 銀貨5枚は一般人には高い値段ではある。だが本当ならばカレーの価値はもっと高いだろう。

 それこそ金貨で売ることも可能だろうが【異世界ショップ】の力で安価に作れるので、高く売るよりも価格を下げて一般層にも買ってもらう。

 そちらのほうが結果的に売り上げも伸びるはずだ。

「ほら! 更にあの超高級品の香辛料を追加だ!」

 セサルが更に鍋にカレー粉を追加していく。このパフォーマンスには民衆も心揺らいだようで。

「お、おい……香辛料をあんな大量にいれた料理なんて……」
「今後の生涯で食える機会があるかどうか……」
「だが銀貨8枚……簡単には出せねぇ……」
「高いでござるよなぁ。せめてもう少し安くなれば……酒と共に楽しめるものを……」

 民衆から購入を迷う声が聞こえてくる。これは計算の内だ。

 銀貨8枚は民衆が一食に出すには厳しい値段だ。

 俺は民衆の声を聞いて、物凄く苦悩したフリの顔を浮かべた後。

「わかった! 俺も王都の皆にカレーを味わってもらいたい! ドラゴンの前に身体を差し出すつもりで、カレーは一皿銀貨4枚だ!」

 俺の声に周囲の広場からざわめきが巻き起こる。

「な、なんだと!? 半額!? ぎ、銀貨4枚なら出せる……っ!」
「自分の分だけ買うつもりだったが、それなら家族にも……」
「フォルン領のアトラス殿は、民衆のために私財を投げ打つ! 信じられぬ名君ですぞっ!」

 我先にとカレー購入用の受付に民衆が殺到していく。

 ちなみにさっきから民衆にいるござる君は、サクラとして紛れ込んだセンダイやセバスチャンである。

「ちょっ!? 明らかにおかしいだろ!? 破格の値段と言いながら、更にはんが……げふっ」
「おっと。どうやら興奮し過ぎて気絶したみたいでござるなぁ」
「騙されるな! あれはきっと香辛料では……ぐげぇっ!?」
「おや? アトラス様の後光の前に意識を失ったようですぞ」

 望み通りの展開に持っていくために、念のため忍ばせていたというわけだ。
 
 確実に紛れ込んでいるライダン領のサクラをまっさ……ぶちのめすための。

「し、舌が痛い!? 喉が痛いぞ!? でもうめぇ!」
「これが辛いってやつか……塩と似たようで違うな」
「み、水!? 水をくれっ!? 誰か、助け……!」

 民衆が口々に悲鳴をあげていく。しまった、水用意するの忘れてた……。

 なんてミスだ。せっかく更に売り上げをあげるチャンスを……違う、民衆の苦しみを見過ごすとは!

 急いで【異世界ショップ】から水を購入しようとすると。

「水はいかかでございますかっ! 今なら一杯銅貨一枚!」
「冷たいお水」

 セバスチャンがいつの間にか水売りの出店を用意していた。

 横にはラークが手伝いをしていて、魔法で水を冷やして民衆に振舞っていた。

 流石はセバスチャン、商魂たくましすぎる……。
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