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第5話  冷酷?公爵との結婚

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 その後、モナ様達は部屋から出てきて、私の身体を心配してくださいましたが、殴られた頬や掴まれた腕が痛むくらいで大丈夫だと微笑むと、ホッとした様な顔をされました。
 改めて3人とは挨拶を交わし、また会う約束をして別れました。

 せっかく、シーンウッドが騎士様達を呼んでくれましたが意味なく終わり、今までのお礼とお別れの挨拶をしてから、一度家に帰り、お兄様とは近い内にまた会う約束をして、そのまま、私はアッセルフェナムに向けて旅立ったのでした。

 出発して7日後に隣国に入国し、そこからはアッセルフェナムの騎士の方が迎えに来て下さっていたので、ここまで一緒に付いてきた方達とはお別れし、アッセルフェナムの騎士様達に連れられて、それから5日後の昼にアッセルフェナムの城に登城する事になりました。

 私の家の事情はアッセルフェナムの国王陛下であるナトマモ陛下にも伝わっていて、謁見の際には慰めの言葉をかけて下さいました。

 それを受けて、この度のアバホカ陛下の非礼を詫びると、中年の魅力を漂わせた茶色のくせっ毛に同じ色の瞳を持つ大柄な体格のナトマモ陛下は苦笑して首を横に振られました。

「元々はライトの責任もある。自分の婚約者を放ったらかしにしておいたのだからな」
「申し訳ございませんでした」

 私の旦那様になる予定のライト・アーミテム公爵とは、まだ会話を交わす事も出来ておらず、先程、謁見の間で初めて顔を合わせたのですが、ナトマモ陛下の前ですので軽く会釈をし合っただけです。

 わかったのは高身長で細身、漆黒の艶のある少しクセのある髪に少し長めの前髪、紅色の瞳を持つ色白の吊り目の美形といったたところでしょうか。
 冷酷公爵という噂を聞いているせいか、どこか冷たそうな印象を受けました。

「まあ良い。お前の態度がつれなかったとはいえ、かといって他の男と浮気をしても良いわけではない。フローレンスに関しては相手に婚約者がいると知っていて誘惑しておるし、何より敵国ではないとはいえノルドグレンの国王だとわかっていての事だからな。ライト、お前はせめてリーシャの事は大事にしてやれ」
「そのつもりでございます」

 黒の軍服を着たライト様は、壇上のナトマモ陛下を見上げて答えました。

 本気にしても良いのかしら?
 それともナトマモ陛下の前だからかしら?

 そんな事を思っていると、ナトマモ陛下に話しかけられる。

「国王の婚約者だというのに、だいぶやせ細っているな。アバホカ陛下の下で苦労したのだろう。しばらくは仕事はせずにアーミテム家でゆっくりする様にしなさい。お前が一番の被害者なのだからな」
「もったいないお言葉をいただき、ありがとうございます」
「お前の身の上を調べたが、今まで苦労しているのは知っている。おい、ライト、これ以上負担をかけてやるなよ」
「承知いたしました」

 ライト様が頷くと、陛下は満足されたのか首を縦に振られると、側近の方を呼び、ペンと書類と小さな机を私達の前に持ってこさせました。
 そして、私とライト様の婚姻は国王陛下夫妻が保証人になって下さり、その場で結ばれてしまいました。
 
 なんといいますか、とても呆気ないものです。

 たった今、私は会って間もない人の妻になったのです。

 ナトマモ陛下と王妃殿下には、アバホカ陛下とは比べ物にならない私への心遣いに何度も感謝の挨拶を終えた私は、ライト様と一緒に謁見の間を出て、彼に促されるまま城から出ると、用意されていた馬車に乗り込みました。

「とりあえず、追い追いお互いの事を知っていけばいいと思うが、簡単な自己紹介をさせてもらう。今日から君の夫になった、ライト・アーミテムだ。父が二年前に亡くなったので、その時に公爵位を継いだ。君の兄上と同じ年だ」
「こちらこそはじめまして。本日からお世話になります、リーシャ・ノーウィンと申します。兄の2つ下の17歳になります」

 とりあえず旧姓で名乗ってみました。

 知ってはおられるとは思いますが、初対面ですし、いきなりアーミテムの名を言うのも変かなと思ったからです。
 あ、普通にリーシャだけでも良かったのかもしれません。
 緊張しているせいか、頭がまわりません。

「君には俺のせいで申し訳ない事をした。髪を丸刈りにしろと言うならそうする」
「はい?」

 城から出て、言われるがままライト様と一緒の馬車に乗り、向かい合って挨拶をし合ったところで、ライト様が真剣な表情で言うものですから聞き返しますと、彼は答えます。

「反省の意を見せるには毛を刈れと教えられてる」
「私に対して、そこまでしていただく必要はありません」
「なら、指を落とせばいいのか?」
「そんな事をされても迷惑です!」

 恐ろしいことを仰るので思わず強い口調で言うと、ライト様はこちらを睨んでこられます。
 綺麗な顔立ちだからでしょうか、射る様な眼差しに見えます。

 うう。
 無茶苦茶怖いのですが…?
 
 私がびくびくしていると、ライト様がハッとした表情になり、視線をそらすと眉間のシワをおさえながら言います。

「悪い。怒っているわけじゃないんだ。こういう顔なんだよ。いつも睨んでると思われてしまうんだが睨んでるんじゃない」
「こんな事を言っては失礼かもしれませんが、目つきが悪いという事でしょうか?」
「考え込むと眉間にシワがよるんだ。それに伴い目も細くなるから余計に怖がられる。赤ん坊なんて俺を見ただけで泣く」

 はあ、と大きなため息を吐かれた後、ライト様は居住まいを正して聞いてこられます。

「で? 俺はどうすればいい? 出来る範囲の事でお願いしたいが」
「指を落とす事を出来る範囲にいれないでくださいませ」
「それぐらい君には申し訳ない事をしただろう」
「そこまで迷惑だと思っておりませんからお気になさらず! それよりも、ライト様の方がショックを受けられたのではないですか?」
「俺が? どうしてだ?」

 不思議そうにされるので、おかしな事を言ってしまったかと不安になりながらも答えます。

「婚約者の方に浮気されてしまうだなんて」
「ショックは受けていない。ただ、首をはねられても良い覚悟で浮気したんだと思っていたんだが、そうじゃなかった事には驚きだったな」
「く、首をはねる? 浮気でですか?」
「悪事なんて、それくらいの覚悟でするもんだろう」
「それくらいの覚悟があっても悪い事はしてはいけないと思いますし、悪事の内容にもよります。何でもかんでも首をはねるものではありません」

 そこまで言ってから慌てて口を押さえます。

 初っ端から生意気な口をきいて家から追い出されては困ります。
 機嫌を損ねていないか確認しようと顔を見てみますが、先程と変わらぬ仏頂面です。

 怖くはありませんが不機嫌そうにされている様に見えます。

 というか、見えるだけなのでしょうか?

「わかってる。俺だって子供にはさすがに容赦はする。殺したいからって人を殺す事は良くないが、婚約者や配偶者、恋人がいても誰かを好きになる事だってある。それはしょうがないだろう。そうなった時はけじめをつけて恋愛を続けるべきだ」
「アバホカ陛下とフローレンス様の事を仰っているんですか?」
「そうだ。一般の人間や貴族に浮気でさすがに首を落とせとは思わない。ただ、相手は王族だぞ? フローレンスはそれくらいの覚悟で浮気をしたんだと思っていたんだがな」

 ふぅ、とライト様は窓の外を見ながら答えてくれた後、私に顔を向けて言います。

「俺は君の事は書類上の事でしか知らない。だから色々と教えてくれ」
「承知いたしました。それは私も同じ事ですので、ライト様の事を詳しく教えていただけますでしょうか」
「もちろんだ。君は俺と一緒になどなりたくなかっただろうし、申し訳ない事をした。出来るだけ君が屋敷内で楽に過ごせる様に使用人にも気をつけさせる」
「そこまでなさらなくても大丈夫です! 屋敷に置いてくださるだけでかまいませんので!」
「いや、それだけじゃ駄目だろう。悪いのは俺だ」
「ライト様は悪くありません! 悪いのはアバホカ陛下とフローレンス様です!」
「2人を浮気させるきっかけを作ったのは俺だろう」

 ライト様がギロリと睨んでこられます。

 怖い。
 怖いです!
 でも、これ、睨んでないんですよね!?


「ライト様にお願いがあるのですが…」
「どうした?」
「本当に失礼なお願いなのですが、怒ったりしていないのであれば、目を細めるのはやめていただけないでしょうか」
「――悪かった」

 まだわかりませんが、ライト様は冷酷公爵というよりかは冷酷に見える真面目でちょっと面倒な公爵といった感じです。

 戦場ではこの顔の怖さは役に立ちそうですね。

 私をいきなり放り出したりしなさそうな雰囲気ですし、出来ればこのまま仲良くなれると良いのですが…。
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