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「くそっ!」

 ゼオリオは荒れていた。
 自室の花瓶を叩き割り、中身がカーペットを汚す。
 呼吸を荒げて、怒りで顔の血管が浮き出ている。
 彼の脳裏には何度も、あの瞬間が思い浮かんでいた。

 ――とても不快です。

「っ……不快だと? この僕に向かって!」

 怒りのまま拳を壁に叩きつける。
 大きな音と揺れで、近くにあった小物が落下する。
 そんなことはお構いなしに、何度も叩く。
 怒りが治まるまでずっと。

「ルミナの癖に……」

 これからの私の人生に、ゼオリオ様は必要ありません。

 キッパリと拒絶された思い出が、脳裏に焼き付いて消えてくれない。
 怒りは増すばかりである。
 見下していた人間が大出世を果たし、自身の誘いをあっさりと断ってしまった。
 ルミナには当然、見下す気はない。
 しかし彼には、見下されたように感じてしまった。

「錬金術の才能しかない女が、僕を見下すなんてありえない。あってはならないんだ!」

 ロノワード家でも異端だったルミナ。
 公爵家令嬢の地位は、形ばかりであってないようなものだった。
 婚約していた期間も、本心から愛したことなどない。
 一方的に利用していただけに過ぎない。
 その程度の女だった。
 彼にとってルミナは、利用価値があるかどうかで関係を保つ存在だった。
 それが今は、自身が釣り合っていない現実に直面し、怒り乱れる。

「エルムス殿下が彼女を選ばなければ……勘違いさせるからいけないんだ」

 怒りの矛先は、ついにエルムスにも向けられた。

「何が交易都市だ! 国王にもなれないからって、好き勝手やっているだけじゃないか」

 ゼオリオはエルムスの支持者ではない。
 彼の家柄は第一王子を支持している。
 なぜなら第一王子のほうが、次期国王となる可能性が高いから。
 国王になる王子と懇意にすることで、後の地位を確立する目的だった。
 
「そうだ……殿下が間違っているんだ」

 支持者の中には時折、過激な思想を抱いてしまう者がいた。

「僕が正してみせる。交易都市なんて……この国には不要なんだ」

  ◇◇◇

 王都で過ごした期間は、たった四日間だった。
 必要な報告を済ませる目的を果たせば、残る理由もない。
 私たちにはまだまだやるべきことがある。

「もう少しゆっくりもできるが、いいのか?」
「はい。戻りましょう」

 私がいるべき場所はシュナイデンだ。
 もうここは、過去の居場所でしかない。
 会いたくなかった人、会っておきたかった人、ここでやるべきことは終わった。
 本当に心残りはない。

「そうか。馬車を用意させている。行こう」
「はい!」

 私たちは二人並んで、王城を後にする。
 廊下を歩き、もうすぐ出入り口に差し掛かるというところで――

「もう出発するのか? エルムス」

 一人の男性が私たちの前に立った。
 殿下のことを呼び捨てにして、堂々とした態度を見せる。
 そんなことができる人間は、同じ地位にいる者だけだろう。
 さすがの私も一目でわかった。

「お久しぶりですね。兄上」
「そうだな。一月ぶりか」

 ベリル・ラットマン第一王子。
 ラットマン国王の正統後継者であり、エルムス殿下の実兄だ。
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