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アンドロイドの歴史は業務用から始まる。
一番最初に市場で活躍したアンドロイドは受付嬢だ。だがこれは見た目がいかにも作り物で、そのくせ高額なのであまり流通しなかった。
だが見た目を追求しない業務のアンドロイドは流通が早く、力仕事が主の工事現場や配送業者に好評を得た。
次いで生産が増えたのは護衛型だ。厳密に言えば、外で歩き回るタイプではなくオフィス内で活動するセキュリティ型である。
監視カメラや入退出管理といった管理を一手に担い人件費が大幅に削減された。見た目も綺麗な護衛型が完成してからは外を歩く警備員もアンドロイドが採用されている。
こういった『機械がやった方が良い業務』から開発が進められたため機能自体は文句なしだった。
「A-RGRY以前のアンドロイドはスペック重視だった。でも感情に乏しい。いくら優秀なAIを搭載しても、感情なんて臨機応変の個性をプログラム化するのは難しかった。だからAIとは別に、AIが操作する別プログラムとしてパーソナルを作ったんだな」
AIとパーソナルは機能も役割も全く違うのに一緒くたにされがちだ。
その理由はこの二つは必ず連動し、そうして初めて役割を果たすからだった。
例えば、アンドロイドが人殺しをしないのは何故かというと、人殺しを好む性格になったとしても脳がそれを許さないからだ。
趣向を司るパーソナルと判決を下すAI。これが独立しているからこそ人間の定めた規則を遵守する。
つまり人間を殺すアンドロイドを作るならAIから作り直さなければならないのだが、アンドロイドのAIとパーソナルを作るというのはそう簡単じゃない。
数千という天才を確保する美作グループでさえ未だに手をこまねいているほどだ。
「けど何とかパーソナルのバリエーションを増やそうって作られたうちの一つがラバーズだ。これが美作を世界最大のアンドロイド企業に押し上げた」
「アンドロイドの父、藤井啓介博士!」
「そうそう。さすがにそれくらいは分かるか」
「もちろんですよ! 現代アンドロイドパーソナルの七割が藤井博士単独開発のパーソナル! そのツートップがファミリアとラバーズ! まさにアンドロイドの父ですよ!」
「まあそうだな。けど正確には単独じゃない。ベースになったプログラムが別にあるんだ」
「え? そうなんですか?」
「ああ。まだパーソナルプログラムが無い時代ので、AIに組み込まれてたサービスセンセーション――奉仕するって思考回路だ」
「メイドとか家政婦の奉仕型のですか?」
「ちょっと違う。現代の奉仕型ってのはあくまでも販売戦略上設けられたカテゴリーにすぎない。奉仕型と介護型、それと護衛型のベースボディは同じなんだ。ただ奉仕型は人間を持ち上げる言葉のバリエーションが豊富で、介護型は心配したり医療関係の言葉が豊富。護衛型は耐荷重が高いだけ。プログラム自体に差異は無いんだよ。でもサービスセンセーションはAIで完結するからアンドロイド自身が『奉仕とは何か』を考えて動く。だから同じボディでも個性が出た。けど量産型なのに個性持たれちゃ困るから制御装置を増やして分断して、これが今のパーソナルに発展したんだ」
急に早口でつらつらと解説を始められて美咲はうっ、と息を呑んだ。
大学では事業に関する知識を得ても販売戦略を考えることなどはしてこなかったし、サービスセンセーションなんてアンドロイド史の授業でちらりと聞いた程度だ。
漆原の話の半分も分からず、美咲はへらりと作り笑いで聞き流した。
「この流れでラバーズが出来上がったわけだけど、藤井博士は恋愛感情による犯罪の増加を懸念した。犯罪や不正利用への対策が不十分なうちは商品にはできないって断固反対だったんだ。けど、当時の美作上層部は最新技術に舞い上がり商品化しやがった。それがA-RGRYなんだ」
「え!? 開発者がダメって言った物を世に出したんですか!?」
「そ。だから藤井博士は流通を阻止するために販売権を求めて裁判を起こした」
「美作を相手にですか?」
「ああ。けどその決着が付く前にA-RGRYのストーカー化が多発してこの大惨事ってわけだ」
難しい話はスルーしたが、開発者の許可なく販売する恐ろしさは美咲でも分かる。
簡単に言えば、AIが殺人を禁止してもその指示が届かず殺人をしてしまったりするという事だ。
「この事件を機に美作上層部は総入れ替え。それを建て直したのが現社長鷹司総一郎ってわけだ」
「はー。それで社長が美作さんじゃないんですね」
「そゆこと。A-RGRY自体はそれで終わったけど、問題はもう一つあるんだ」
まだあるのか、と既に脳疲労を起こしている美咲はぐらりと頭を揺らしたが、漆原はガシッと美咲の頭を掴んだ。
聞け、と目で訴えられて美咲は小さくスイマセン、とこぼす。
「勉強しろよインターン。A-RGRYが引き起こした事件って具体的に何だと思う?」
「ええ~……あ、ストーカー化するってやつですか?」
「大外れ。持ち主がA-RGRYと心中するんだよ」
「はあ!?」
「心は恋人なのに身体は繋がらない。けどいつしかプログラム通りにしか動かない事を愛情不足と思い始めて、結果一緒に死ぬ。これ何かとそっくりじゃないか?」
「……アンドロイド依存症?」
「そう。アンドロイド依存症ってのはこのA-RGRYから生まれた病気なんだ」
美咲は部屋でくたりとしたまま動かないアンドロイドを思い出すと同時に、異常な演出で心中したという噂を思い出す。
そんなアンドロイドが自宅マンションにいると思うと背筋が震えた。
一番最初に市場で活躍したアンドロイドは受付嬢だ。だがこれは見た目がいかにも作り物で、そのくせ高額なのであまり流通しなかった。
だが見た目を追求しない業務のアンドロイドは流通が早く、力仕事が主の工事現場や配送業者に好評を得た。
次いで生産が増えたのは護衛型だ。厳密に言えば、外で歩き回るタイプではなくオフィス内で活動するセキュリティ型である。
監視カメラや入退出管理といった管理を一手に担い人件費が大幅に削減された。見た目も綺麗な護衛型が完成してからは外を歩く警備員もアンドロイドが採用されている。
こういった『機械がやった方が良い業務』から開発が進められたため機能自体は文句なしだった。
「A-RGRY以前のアンドロイドはスペック重視だった。でも感情に乏しい。いくら優秀なAIを搭載しても、感情なんて臨機応変の個性をプログラム化するのは難しかった。だからAIとは別に、AIが操作する別プログラムとしてパーソナルを作ったんだな」
AIとパーソナルは機能も役割も全く違うのに一緒くたにされがちだ。
その理由はこの二つは必ず連動し、そうして初めて役割を果たすからだった。
例えば、アンドロイドが人殺しをしないのは何故かというと、人殺しを好む性格になったとしても脳がそれを許さないからだ。
趣向を司るパーソナルと判決を下すAI。これが独立しているからこそ人間の定めた規則を遵守する。
つまり人間を殺すアンドロイドを作るならAIから作り直さなければならないのだが、アンドロイドのAIとパーソナルを作るというのはそう簡単じゃない。
数千という天才を確保する美作グループでさえ未だに手をこまねいているほどだ。
「けど何とかパーソナルのバリエーションを増やそうって作られたうちの一つがラバーズだ。これが美作を世界最大のアンドロイド企業に押し上げた」
「アンドロイドの父、藤井啓介博士!」
「そうそう。さすがにそれくらいは分かるか」
「もちろんですよ! 現代アンドロイドパーソナルの七割が藤井博士単独開発のパーソナル! そのツートップがファミリアとラバーズ! まさにアンドロイドの父ですよ!」
「まあそうだな。けど正確には単独じゃない。ベースになったプログラムが別にあるんだ」
「え? そうなんですか?」
「ああ。まだパーソナルプログラムが無い時代ので、AIに組み込まれてたサービスセンセーション――奉仕するって思考回路だ」
「メイドとか家政婦の奉仕型のですか?」
「ちょっと違う。現代の奉仕型ってのはあくまでも販売戦略上設けられたカテゴリーにすぎない。奉仕型と介護型、それと護衛型のベースボディは同じなんだ。ただ奉仕型は人間を持ち上げる言葉のバリエーションが豊富で、介護型は心配したり医療関係の言葉が豊富。護衛型は耐荷重が高いだけ。プログラム自体に差異は無いんだよ。でもサービスセンセーションはAIで完結するからアンドロイド自身が『奉仕とは何か』を考えて動く。だから同じボディでも個性が出た。けど量産型なのに個性持たれちゃ困るから制御装置を増やして分断して、これが今のパーソナルに発展したんだ」
急に早口でつらつらと解説を始められて美咲はうっ、と息を呑んだ。
大学では事業に関する知識を得ても販売戦略を考えることなどはしてこなかったし、サービスセンセーションなんてアンドロイド史の授業でちらりと聞いた程度だ。
漆原の話の半分も分からず、美咲はへらりと作り笑いで聞き流した。
「この流れでラバーズが出来上がったわけだけど、藤井博士は恋愛感情による犯罪の増加を懸念した。犯罪や不正利用への対策が不十分なうちは商品にはできないって断固反対だったんだ。けど、当時の美作上層部は最新技術に舞い上がり商品化しやがった。それがA-RGRYなんだ」
「え!? 開発者がダメって言った物を世に出したんですか!?」
「そ。だから藤井博士は流通を阻止するために販売権を求めて裁判を起こした」
「美作を相手にですか?」
「ああ。けどその決着が付く前にA-RGRYのストーカー化が多発してこの大惨事ってわけだ」
難しい話はスルーしたが、開発者の許可なく販売する恐ろしさは美咲でも分かる。
簡単に言えば、AIが殺人を禁止してもその指示が届かず殺人をしてしまったりするという事だ。
「この事件を機に美作上層部は総入れ替え。それを建て直したのが現社長鷹司総一郎ってわけだ」
「はー。それで社長が美作さんじゃないんですね」
「そゆこと。A-RGRY自体はそれで終わったけど、問題はもう一つあるんだ」
まだあるのか、と既に脳疲労を起こしている美咲はぐらりと頭を揺らしたが、漆原はガシッと美咲の頭を掴んだ。
聞け、と目で訴えられて美咲は小さくスイマセン、とこぼす。
「勉強しろよインターン。A-RGRYが引き起こした事件って具体的に何だと思う?」
「ええ~……あ、ストーカー化するってやつですか?」
「大外れ。持ち主がA-RGRYと心中するんだよ」
「はあ!?」
「心は恋人なのに身体は繋がらない。けどいつしかプログラム通りにしか動かない事を愛情不足と思い始めて、結果一緒に死ぬ。これ何かとそっくりじゃないか?」
「……アンドロイド依存症?」
「そう。アンドロイド依存症ってのはこのA-RGRYから生まれた病気なんだ」
美咲は部屋でくたりとしたまま動かないアンドロイドを思い出すと同時に、異常な演出で心中したという噂を思い出す。
そんなアンドロイドが自宅マンションにいると思うと背筋が震えた。
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