山姫~鬼無里村異聞~

采女

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第三章 紅葉伝説

第035話 紅葉伝説〈1〉

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 真っ暗な闇の中を、松明の光を頼りに五郎兵衛は進んだ。
 鬼助が迷ってしまったような道も、勝手知ったる庭の如く歩いていく。
 ずっと黙って歩き続けるものだから、鬼助はやや気詰まりになって、
「五郎兵衛さんはこんな夜になにしてたんかい?」
 と問うたが、五郎兵衛からの返事はない。

 仕方なく再び黙って歩み進める中で鬼助は、昔久安から聞いたある話を、ふと思い出した。
「ねえ五郎兵衛さん、おらがさっき見たのは、きっと鬼女きじょだと思うんだけんど…」
「鬼女だと…?」
 さっきから一言も話さなかった五郎兵衛が、ようやく返事をした。

「うん。おら前に和尚から聞いたことあるんだ。この辺りに棲む鬼女の話を」
 そう言って鬼助が語ったのは、次のよう話である。

 平安の昔、奥州会津の地に、第六天魔王の霊験れいげんにより生まれた紅葉と称する娘がいた。
 容貌ようぼうひいでるも、魔王の呪いにより生来せいらい心根こころねしく、娘は不思議な霊力を用いて人心を惑わし、遂には京に出でて、とある公卿くぎょう愛妾あいしょうとなった。

 紅葉はそれに飽き足らず、秘術を用いてきさきき者にせんと欲し、自らがその地位に収まらんとした。

 これを怪しんだのが、公卿の賢明なる近習きんじゅうたちであった。
 近習は紅葉のはかりごと看破かんぱし、評定の上信濃国戸隠とがくしの地へと流刑にした。

 しかし、零落れいらくしたとは言えども、紅葉の人知を超えたる霊力は保たれた。
 やがて紅葉は、都人みやこびとへの嫉妬と憎悪を増大させ、かつて美しさを誇った容姿は、白髪巨躯はくはつきょくの鬼女と変貌し、戸隠山の岩屋いわやに住み着いて、この辺りの里を荒らすようになったという。

 鬼助が興奮して話すのを、五郎兵衛は黙って聞いていた。そして、
「おめえが知ってるのは、隣村の戸隠に伝わる話だろう。この鬼無里にはな、もっと別の話が伝わってるんだ」
 と、不機嫌そうに言い放った。

「別の話って…?」
 鬼助の問いかけに答えず、五郎兵衛はしばらく無言で歩き続けた。
 そしてそのまま黙っているのかと思いきや、不意に鬼助のほうを振り向いて、
「知らんのなら話してやるとしよう。この鬼無里に伝わる紅葉の伝説を───」
 と、淡々とした調子で話し始めた。
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