山姫~鬼無里村異聞~

采女

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第三章 紅葉伝説

第034話 無感動

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「おめえ、こんなところで何やってる?」
 五郎兵衛は松明を掲げながら、抑揚よくようのない声で鬼助に問いかけた。
「道に迷っちまったんだ。里に用事があって、その帰り道だったけんど…」
「……」
 五郎兵衛がいつまでも返事もせずに黙っているので、
「喜左衛門様のところへ届け物があって」
 沈黙に耐えかねて話を続けた。

 すると、五郎兵衛は片眉を僅かに上げ、鬼助の顔を凝視ぎょうしした。
 思いのほか端正たんせいな顔立ちが、髭の奥に見える。

 鬼助は何かまずいことを言ったかと思って、
「そうだ五郎兵衛さん、いま幽霊みてえな人影を見なかったかい?白髪のお婆さんみてえのだ」
 慌てて話を変えようと試みた。

 しかし、その言葉を聞いて、五郎兵衛の眼つきはますます厳しくなったように見えた。
「おめえそれをどこで見た?」
「ついさっきだ。シロが吠えたら逃げていった」
「そいつの顔を見たのか?」
「いや見てねえよ。ずっと後ろ向いたままどこか行っちまったから。五郎兵衛さん、あれは本物の幽霊だろかい?この山に幽霊は出るんかい?」
 鬼助は今思い出しても肌が粟立あわたつ思いがする。

 そんな恐怖に引きる鬼助を意にかいさないように、
「そいつは恐ろしいもんを見たな」
 眉間に皺を寄せたまま無感動に言ったあと、
「おめえ、これからどうする?おれは居小屋いごやへ泊まるつもりだが、付いてきたいなら来てもいいぞ」
 愛想のない五郎兵衛には珍しく水を向けてきた。

 鬼助としては、幽霊を見たことにまるで関心を示さないのが不本意ではあるものの、道に迷った今の状況では、五郎兵衛の存在は百人力といっても過言ではない。
「おらも居小屋に行っていいのかい?じゃあ世話になるよ」
 鬼助が言い終わる前に、五郎兵衛は松明をかかげて歩き始めていた。
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