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第三章 紅葉伝説
第033話 木地師
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「ま、また何か来たんかい?」
鬼助は恐怖におののいて、シロの見つめるほうへと顔を向けた。
その奥に、紅く光るものが見える。
すわ人魂か、と戦慄した後、すぐに違うと分かった。
あの明かりは、松明の火である。
それが証拠に、メラメラと勢い良く燃える炎の後ろには、うっすらと人影が見える。
そしてその人影は、真っ直ぐにこちらへと向かってくる。
今度はれっきとした人間がやって来たに違いない。
しかし人間だからと言って安心はできない。
この辺りに山賊が出るという話は聞いたことはないが、こんな日には何が起こるか分からない。
鬼助が油断なく身構えていると、そのまま松明の光は近づいてきて、
「そこにいるのは誰だ?」
男の声がした。
松明の炎が、パッと鬼助の顔へと向けられた。
向こうからこちらの面貌を見定めようという魂胆だろう。
鬼助は炎の光で眼がくらんで、一瞬何も見えなくなった後、
「おめえ、鬼助か?」
光と熱の向こうで、また声がした。
その低い声には、なんとなく聞き覚えがある。
「その声は、五郎兵衛さん?」
「……」
男は返事をする代わりに、松明を己の顔へと近づけて、鬼助に示した。
顔中髭だらけの男が、炎に照らされて見える。
鬼助の予想通り、そこにいたのは木地師の五郎兵衛である。
「やっぱり五郎兵衛さんかい、助かった…」
鬼助は心底安堵したように呟いた。
木地師とは、木を用いて椀や盆などの器を作る職人のことを言って、この辺りではボウヤとも呼ばれたりもした。
木地師の発祥は古く、九世紀頃、近江国小椋谷にて隠棲していた小野宮惟喬親王が、周辺の杣人に、木工技術を伝授したことから始まり、以後日本各地に伝わったという俗説がある。
かつてはこの鬼無里周辺にも専業の木地師がいて、西京地区落合の最奥で、安曇境から僅かに鬼無里村に入った柄山の付近に多く居住していたという。
その者らは、やがて里に出て、農業と木工を兼業するようになったのだが、この五郎兵衛は、どういうわけかほとんど山に籠ったままで、木工を専らとしていた。
それ故に山のことを知り尽くしているから、この状況で鬼助が安堵したのは頷ける。
一方で、たまに山で出会っても、むっつりと無表情で不愛想な五郎兵衛のことを、鬼助は何となく苦手に思っていた。
鬼助は恐怖におののいて、シロの見つめるほうへと顔を向けた。
その奥に、紅く光るものが見える。
すわ人魂か、と戦慄した後、すぐに違うと分かった。
あの明かりは、松明の火である。
それが証拠に、メラメラと勢い良く燃える炎の後ろには、うっすらと人影が見える。
そしてその人影は、真っ直ぐにこちらへと向かってくる。
今度はれっきとした人間がやって来たに違いない。
しかし人間だからと言って安心はできない。
この辺りに山賊が出るという話は聞いたことはないが、こんな日には何が起こるか分からない。
鬼助が油断なく身構えていると、そのまま松明の光は近づいてきて、
「そこにいるのは誰だ?」
男の声がした。
松明の炎が、パッと鬼助の顔へと向けられた。
向こうからこちらの面貌を見定めようという魂胆だろう。
鬼助は炎の光で眼がくらんで、一瞬何も見えなくなった後、
「おめえ、鬼助か?」
光と熱の向こうで、また声がした。
その低い声には、なんとなく聞き覚えがある。
「その声は、五郎兵衛さん?」
「……」
男は返事をする代わりに、松明を己の顔へと近づけて、鬼助に示した。
顔中髭だらけの男が、炎に照らされて見える。
鬼助の予想通り、そこにいたのは木地師の五郎兵衛である。
「やっぱり五郎兵衛さんかい、助かった…」
鬼助は心底安堵したように呟いた。
木地師とは、木を用いて椀や盆などの器を作る職人のことを言って、この辺りではボウヤとも呼ばれたりもした。
木地師の発祥は古く、九世紀頃、近江国小椋谷にて隠棲していた小野宮惟喬親王が、周辺の杣人に、木工技術を伝授したことから始まり、以後日本各地に伝わったという俗説がある。
かつてはこの鬼無里周辺にも専業の木地師がいて、西京地区落合の最奥で、安曇境から僅かに鬼無里村に入った柄山の付近に多く居住していたという。
その者らは、やがて里に出て、農業と木工を兼業するようになったのだが、この五郎兵衛は、どういうわけかほとんど山に籠ったままで、木工を専らとしていた。
それ故に山のことを知り尽くしているから、この状況で鬼助が安堵したのは頷ける。
一方で、たまに山で出会っても、むっつりと無表情で不愛想な五郎兵衛のことを、鬼助は何となく苦手に思っていた。
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