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8章

第87話 遺跡を認識できた理由

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 俺とショコラはエクレアに腕を掴まれて、魔像の待つ遺跡に連れて行かれた。
 その足取りは軽やかで、俺ですら億劫になるこの陰惨とした気配を跳ね除けてしまう。

「おい、本当のお前は大丈夫なのか!」
「もちろん。このくらいで音を上げたりしないよ」

 なんというポジティブ夢想だ。
 俺は奥歯をグッと噛み締め、項垂れて既に覇気が無くなっているショコラの背中を叩いた。

「おい、ショコラ。起きろ」
「うっ。カイ?」

 目がとろんとしている。
 肝が据わっているとは言っても、エクレアのポジティブ夢想には劣る。

「いいか。俺は今からシフトする」
「シフトする?」
「この陰惨とした空気に慣れることにする。冒険者にとって、このくらいは常識だ」
「常識?」

 どんな時でも自分が出せるパフォーマンスを生み出す。
 それができなければ、命は簡単に潰える。
 俺は冒険者として、今までソロだったことからも、そのことを十分承知していた。

「エクレア、俺はもういい。空気に慣れた」
「そう? でもカイ君って、空気に慣れるの遅いね」
「俺が遅いんじゃない。お前が早すぎるんだ」

 俺はエクレアに文句を言った。
 するとショコラはとろんと覇気のない瞳で俺たちの顔を見比べる。

「2人とも並外れている気がする」
「「それは、そうかもしれない」」

 まさか被ってしまうとは思わなかった。
 とは言え、ショコラも俺とエクレアの空気に当てられて少し慣れたらしい。

 だが、俺がここまで空気に慣れるのに苦戦するとは思わなかった。
 それだけガーゴイルと言う悪魔にほど近いモンスターの能力、もしくはそれを崇拝していた人たちの無き想いがこの遺跡に滞留しているのかもしれない。

 つまり、ここに何の準備も無しに、ましてやこの空気に気付くことができなければ、立ち入っただけでマズいことになるのは誰だって想像がつく。

「うわぁ、凄いね」
「うん。かなり造りが細かい。所々古くなって壊れているけど、十分な強度がある」
「つまり、この遺跡を造った連中はガーゴイルのような悪魔に近いモンスターを神のように信仰し、その信仰が無慈悲にも終わったせいで想いだけが滞留したってことか。意味がわからん」
「そうかな? 私は何となくわかるよ。きっとこの場所、いろんな人の想いが重なり合っているんだと思う。それを結び付けているのは、きっと……」

 エクレアが急に頭を使った話をし出した。
 けれどコイツの解釈が全てではない。俺にとってはくだらないことだが、コイツはそこまで感受したらしい。

「どうでもいい。とにかく行くぞ」
「あっ、待ってカイ君!」

 シュン!

 俺の足元の地面が凹んだ。
 どうやら何かのスイッチを踏んだようだが、銀色の矢が飛んできた。

 ヒョイっと軽やかにステップを踏むと、俺は銀の矢を回避した。
 どうやら無暗に侵入するとあの銀の矢に射抜かれる仕様らしい。
 おそらく鏃には毒が塗ってあって、侵入者を許さないという意味合いが強い。

「如何した、エクレア?」
「あっ、ううん。カイ君もそれなりには並外れているよね?」
「俺の並外れは生きるために必要だったからだ。それにこの程度を食らっているようでは、高ランクの冒険者はやってられない」
「高ランク?」

 ショコラが首を捻った。
 アイツは俺がランク9であることを知らないのだが、今更説明は面倒なので俺は何も言わないことにした。

 エクレアとショコラも気を付けつつ遺跡の中に入った。
 とは言えっても、大きな建造物があるわけではなくだだっ広い野外の遺跡なので、遺跡に入った感じがしない。

「なるほどな。如何やらここには結界が張られているらしい」
「そうだね。だって、地面がボコボコじゃないもんね」
「それだけじゃないんだけどな」

 遺跡の敷地内に入って、俺は大体のことを理解した。

 まずはこの遺跡には結界が張られている。
 周囲からの認識を阻害するようで、かつ強力な防御性能を誇るかなり古いものらしい。

 その証拠に、俺もエクレアも見たことがない古代文字が遺跡のあちこちに彫りこまれている。
 この遺跡や同じ同志たちで使われていた独自のもののようで、解釈もよくわからない。

「まさか雨の影響で結界が解けるとはな」
「多分これのせい」
「ん?」

 ショコラが指差したのは焦げ落ちた柱だった。
 先端部分が完全に焼かれていて、ボロボロと剥がれ落ちてしまう。

 この間の雨天時に雷が落ちて焦げ付いてしまったらしい。
 今までずっと耐え続けていたものの、劣化には耐えきれずにとうとう結界の装いを保てなくなったようだ。

「なるほどな。それで今になって……」
「つまり雷が落ちたせいで結界が弱くなっちゃったから、私たちでも認知できるようになったってことだよね」

 まさかエクレアに全部言われるとは思わなかった。
 とは言え、その解釈で多分合っている。
 つまり、ここには認識阻害能力はほとんど残っていない。

「それじゃあ使えるね。私、いなくなった冒険者の居場所探してみるよ」
「ああ、頼む」
「そんなこともできるの?」
「任せて。私の熱源は他の生物の生命力も探知できるんだから」

 自信満々なエクレアは早速試してみた。
 すると一発で冒険者の居場所を捕捉したようで、犬のように走り出した。
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