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力を失った人形を支え、抱き上げる。動力自体は動いているので、熱はあり、胸も上下しているが、これは、もう生きていない。黒音が入った時にだけ、この人形は命を持つ。
衝動的に襲いかかってしまった。初めてのことだ。生まれて初めてのことだ。泣きそうに震わせた唇が可愛くかった。自信のなさそうな、不安そうに伏せられた目が愛しかった。
(アエロを愛していたのは嘘ではない……本当に本当に愛していた。過去のことだが、あの気持だけは覚えている。いま、その気持ちはクロネに向いている……)
しかし、急速に冷めた時のことや、アエロを送り出した時の開放感、そして抱いてやることの煩わしさも思い出す。またあんなふうになるのではと思うと、軽々しく心移りしてよいものか、悩む。
クロネのことは本当に大事で、心を許せる数少ない存在だ。いなくなっても構わないアエロとは違う。一方的に愛玩するだけだった子供とは。
菊蛍は人形を部屋へ連れ帰り、寝台に寝かせた。アエロを失ってから一人寝が寂しく、たまに人形を横へ置いていた。妙な安心感があるのだ。それだけに、目をさますとクロネが本当には手元にいないことを思い出して、不安になる。
そっと、着せた着物のあわせを開き、首筋を吸った。
「………」
ぴくんと反応はするが、あくまでプログラム。発言プログラムも内蔵していない、クロネが入ることを前提として作られた人形ゆえに。
細くしなやかだが、アエロよりは鍛えてちゃんと筋肉に覆われた体に指をはわせ、袴の中に忍び込む。
「……、………っ」
目を閉じたままの人形がセンサーに反応して悦がる。
セックスなど煩わしいだけ、こんな人形を抱いても意味はないにも関わらず、菊蛍は丁寧に彼を扱った。裸体にして潤滑剤を秘所に塗り込み、腰を抱いて犯す。
「クロネ……」
呼んで返答などあるはずもない。彼の意識はここにはない。
それでも彼の依代を抱き、犯していることに興奮を覚えた。奇妙な感覚だ。誰かと体を重ねて快楽以外の喜びを得るのは。あれほど可愛がったアエロを抱いていた時も、こんな湧き上がる感情はなかった。
抜け殻の人形にこれほど昂ぶるなら、本人を目の前にすればどうなってしまうのか。
(こうなると、やはり俺が本当に想っていたのはクロネのほうか。しかし、大切にしたいあまり、その心を殺して、代替えとしてよく似たアエロを愛でていた……というのがしっくりくる。うん、実にしっくりくるな。
ならば、急速に冷めたのはなんだ? クロネとアエロは違うと気づいたからか。記憶の改竄前後の出来事でもあったしな)
記憶の一部は今でも靄がある。菊蛍自身はそれが歯に挟まったように気持ちが悪く、正してしまいたいが、深く考えて無理をしてはならないらしい。
その葛藤を消すように、人形の頭を抱き寄せた。
「早く帰っておいで、クロネ」
***
数日ほど滞在して、明日には帰ると言ったところ、葛王子大泣き。二時間は泣いて、今は俺の膝で眠っている。
「デオルカン皇子、失礼ですが、子供の泣き声などは苦手な方かとばかり」
「オトツバメと思えば苦にもならん。我々はストレスに対する耐性もある」
「葛王子……寂しいんでしょうか」
「こいつの場合は周囲の糞どもが、自分たちが扱いやすいように頭を押さえつけて子供としながら、大人の仕事を強要していた。精神状態は父親が死んだ時から殆ど成長出来とらん。こういうのは、育て直しが必要なのだそうだ」
アダルトチルドレンか……まだ早い発見でよかった。
「元囚人兵どもがいた頃はましだったようだが、王子をいいように操れないと知ったバカどもが追い出した」
「いま、彼らはどこに? 蛍が手配すると言ってましたが」
「見つかってはいる。が、オトツバメはここで保護しているだろう。特例でない限り、元囚人兵を皇星内に入れる訳にもいかん。
本人らに意思確認したところ、自分たちが側にいないほうがいいから、俺が保護している間は近づかないと……その通りだからな。まあ、奴らはロマの国に送る予定だ。使ってやれ」
「囚人兵って凶悪犯のイメージしかなかったけど、俺の知ってる元囚人兵って下手な一般人よりまともな気がします」
「そりゃあな、監獄星から出て来られるってことは、模範囚だ。
囚人兵にも色々ある、菊蛍のように罪を着せられた者、凶悪犯罪を起こしたが情状酌量の余地がある者……犯行に至る原因がなければ一般人として一生を過ごしただろう者が入る監房がある。
たとえば、オトツバメを可愛がっていたシノノメという男。一人娘が殺害される現場を見て頭に血が上り、犯人をかなり残虐な方法で殺害した。
法的には極刑だが、同情の声は多かった。
こういう輩でない限り、囚人兵は模範的であっても何らかの形で殺す。囚人兵は実質的な死刑だ。世間が思う通りにな。
運良く出られたところで、凶悪犯罪を起こしたという事実は一生ついてまわる。シノノメのような者を救おうとしたのがオトツバメの父親だ。
奴らにとってオトツバメは恩人の宝というわけだ」
思ったよりも葛王子のいた環境は複雑なようだった。
そういや初対面の時は「ロマ? 移民!? 嫌い!」と言われたもんだ。葛王子に何をしたんだよ、移民らは。こんな、優しくすればすぐ懐いてくるような素直な子に。
珍しくデオルカン皇子と静かにサシ呑みをしていると、憤然としたシヴァロマ皇子がお帰りになられた。
「アジャラが絡んできおった。煩わしい。クロネを出せと。俺の妻に暴行未遂したと思えば、次は妻の友人を狙うなど節操のない男だ」
「へ!? 志摩王子に暴行未遂」
「知らなかったか。アジャラは俺と婚約したタカラ・シマに腹を立て、襲おうとした。知らせを受け、俺が対処し、その後の接触はない」
「ヤマトの安定の為には生かしておいたほうがいいのだがな。個人的には殺してやりたい。皇族の面汚しよ」
確かになあ。死んでいいとは思わないけど、クラライア皇子やニブル双子皇子と比べると、ちょっと幼稚すぎる。
「ブリタニアの皇子殿下もいらっしゃいましたよね。アスルイス皇子」
「あのトランスアニマル好きの馬鹿な」
「知能指数は皇族のうちで最も高いが、知能指数と精神は比例しない見本だ。
しかし、クラライアも我々も離婚する気がない以上、あれを皇帝に据えるしかない。アジャラを皇帝にする訳にもいかん」
そか。皇帝になると、離婚して異性のお妃さま娶って子供作らなきゃいけないんだ。皇女も双子皇子も、今の伴侶を溺愛してらっしゃるからなあ。
宇宙政府は制限君主制。こちらも各星系の王と同じで大した権限はない、割に面倒な貧乏くじ。ただ当然、名声は高くなる。
葛王子に出会わなければ、デオルカン皇子が皇帝になったんだろうけど。
「皇帝陛下かぁ」
「なんだ」
「聞け、シヴァロマ。こいつ、皇帝を超えたいらしい」
「現在の陛下であれば難しいが、アスルイスなら超えられるぞ」
「そうじゃなくて、今の陛下の愛人が菊蛍なので……つまらない対抗心です」
「いいじゃねえか、理想が高くて。こいつ面白いんだ、エアブーツを使ってとうとう俺の動きについて来られるようになった」
「ほう」
声に抑揚のないシヴァロマ皇子が、珍しく感心したように言うもので、照れてしまった。
「ついてけるってだけで……葛王子のように飛び回るのを諦めたんです。その代わり、ステップやジャンプの補助にしたら機動力が格段に上がりまして」
「軍事用の基礎モーションプログラムあるだろう。皇宙軍のをこいつのマイクロチップに入れてやるつもりだ」
「ふむ。ならば皇軍警察のデータも入れておけ」
「いいんですか!? 機密なんじゃ」
「あくまで基礎モーションだ。言ってみればマイクロチップが覚える動作の基本的なマニュアル。どこの軍隊にもあるもんだ。重複箇所があるだろうから、それは消しておけ。俺は強くなりそうな奴が好きだ。
因みに、オトツバメは他人にそう懐かない、こいつは人を見る目が最高に厳しい。俺は貴様を買っているぞ、戦いぶりも見ていて面白い」
「俺は貴様が次なるハイドウィッカーになることを期待している。いつまでもあれを使うのは皇軍としてもな」
ウィッカプールの長になれという意味じゃなく、皇軍と協力関係にある機械感応ウィッカーになれと。いやいやあいつほど多機能じゃないですから、俺の能力……それにシステム系統の知識も劣る。俺は意識体と連動する固有仮想次元なんか作れないし、思いつきもしない。
「そろそろロマの国を本格的に建国するのだったか?」
「俺が帰る頃か、直前あたりには……その知らせは受けてないんで、まだかな。
そうだ。俺、家出した目的の半分果たせてないんです。差し障りなければお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「俺が見たかったのは解放軍の展開と、解放軍の実態です。でも、私掠船に関わってもそっちは見えて来ず……奴らは何処に物資を運び、何処に居を構えているのですか」
「そりゃ私掠船なんぞで活動しても仕方ねえだろうが。さっさと皇宙軍に来ればよかったんだ」
タイムリミットのことを考えると、順番間違ったなあとは思う。一人の力でどれくらい出来るか試してみたかったんだ。一人じゃどれくらい無力かってことも含めて知りたかった。
「物資の輸送先は不定だ。なぜならブリンカーが運ぶ」
シヴァロマ皇子が説明してくださった。なるほど、あいつか……厄介すぎる。
「ゆえに、拠点が何処かも定かではない。海賊どもは何も知らされとらんな。殺害した人間のマイクロチップを奪い、その財産をロンダリングして資金を得ている。だが、あまりに複雑化しており、突き止めきれん。
貴様、デジットバンキングシステムのプロトコルについての知識は?」
「いや、さっぱりですよ」
「それでいい。ロマの機械感応持ちがそのような知識を持っていれば、なにかと疑われる。無知が自衛になることもあるのだ。
とにかく、敵はデジットバンキングシステムの穴を巧みに利用し、資金を寝かせている」
なるほど……
「……もし、そのデジットバンキングシステムとやらのセキュリティに同化させていただければ、敵の拠点を突き止められるかもしれません、が、人類のお金を俺が握れちゃうことになるので」
「流石に許されん。それが手っ取り早くはあるが……」
「最後の手段として考慮していただけますか?」
「切り札があることは此方にとっても有利だ」
今、お金は宇宙共通過で二種類に分けられる。
その星だけで使用できるミドルマネー(現金)。マイクロチップ経由で取引の出来るデジットマネー。
ミドルマネーは主に経済政策として発行される。その星が外貨を稼げなくなった時、内需のために中央銀行が操作してんだ。そうしないと働き手が星から逃げてしまったり、破産する奴が出てくるから。
デジットマネーは誰も管理していない。ただあるがままの仮想通貨。流通量を把握してるのは皇族とか宇宙政府くらいなんかね?
なんでインフレしないのかは知らん。物価自体が曖昧だし、星や星系ごとに。そっちでバランスとってんのか? そもそもベーシックインカム社会だしな。経済のことは分からん、宇宙規模になると特に。
「デジットバンキングシステムは超AIの置き土産だ。マイクロチップのブラックボックス内にある、と推測される。
ハイドウィッカー級の機械感応者がデジットバンキングシステムに侵入しようとすると「もう金のことで揉めるのはやめてくれ、うんざりだよ」というメッセージが返ってくる……という話を聞いたことがある」
超AIさん本当にごめんなさい。
俺がやろうとしているのは、金の源泉を調べることじゃなく、流れを見ることだから大丈夫とは思う。それだって危ないことだけどな。
纏めると、
・解放軍を自称する集団の物資はランダムな場所に輸送され、ブリンカーが回収する
・殺害した人間のマイクロチップを奪い、その財産をロンダリングして資金を得ている
ふむ。
「主に殺害されているのは……」
「輸送船のクルー。工場惑星の人員。観光船。交戦したバッカニア、軍人だな」
「工場惑星? ほぼロマですよね」
「ロマ以外にもいる。私生児ではないが孤児やアウトサイダー、借金の返済。工場惑星には様々な事情で働いている者がいる。ロマ以外が殺害されるので、無実のロマの労働者に疑惑の目が向けられ、殺人事件も起きた」
それどっかで聞いたことがある。井戸に毒事件。
「解放軍はロマを殺したいんですか、支援したいんですか」
「おそらく、目的は全く別にある。ロマは体よく利用されているだけだ。関係性は不明だが、今回の件で発覚した事柄もある」
「なんでしょうか」
「想定されていた宇宙全体の総物資量よりも流通している物資は遥かに多い」
ん。それは、えーと、何を意味するのか。助けて蛍えもん。もしくは志摩えもん。
その把握されていた物資は、宇宙政府が把握する限りの惑星から算出されていたもののはず。となると大量の余剰物資の出処は何処ですかって話か?
「未知の惑星か勢力がいる……ということでしょうか」
「そうだ。それも遡れば何十年と前からな。稀に開拓惑星が外界から隔絶されて独自の言語や文化を育み孤立しているケースはあるが、何百年に一度あるかないかだ。
おそらくは何らかの地下組織が物資を流通させ、資金を得ていた」
「それは違法なんです?」
「問題を起こさねば違法ではない。あらゆる人類の組織は強制的に宇宙政府に組み込まれることになっている。ウィッカプールですら、広義では宇宙政府内に含まれる。
ただし、ロマの国はいくつかの条約を結び、名目上は別政府となる。宇宙政府庇護内ではあるが……こうでもしなければロマを守れないための措置だ。本来は望ましくない、完全独立して非人道兵器を使用する組織となる可能性もあるのだからな。
ただ、謎の地下組織が今回の騒動を起こす為に活動していたなら、それを探し出して潰さねばならん」
物流を増加させるほどの地下組織って、土地がいるよなあ。惑星複数いると思う。テラフォーミングしてくれる大量の星の子も必要だ、星の子は増殖するとはいえ。最初の星の子の株はどっから沸いてきたんだって話。
「人手はたぶん、移民船から攫ったロマですよね。救いきれず行方不明になったロマが多数いるとか」
「各星系が暗黙の了解で工場惑星などに売り飛ばしている。
じつは、初めて尻尾を掴んだのが薩摩だった。そのために菊蛍は皇軍警察に引き渡された」
そんなことってあるか?
それで許されるのか。そんなのが宇宙政府なのか。それじゃロマ問題以前の話だ。政府が機能してない。
俺のそんな驚愕を見て取ったのか、デオルカン皇子が手を振る。
「先代皇帝の話だ……俺たちが生まれる30年くらい前か? シヴァロマが就任する前の皇軍警察は腐っていた。
陛下の最初の仕事は皇軍警察の制裁。シヴァロマは幼くして総監の任に就いた。
私生児誘拐は星系の自治問題で皇軍は手が出しにくい。介入しすぎると皇室が不信任となる。
陛下と菊蛍は連携して問題の処理にあたった。これでもかなりマシになった、貴様がまともな人間に育ったのと、オトツバメんとこの移民がクズなのがいい例だ。奴らは貴様の少し上の世代だ。
行方不明のロマがどこへ行ったか。物資は何処からくるか。
ブリンカーが存在する限り、その問いは不透明になる。奴がどの程度の規模、どの程度の距離を移動できるか予測が出来ない。
薩摩の研究施設に所属していたというが、証拠は一切上がらなかった。薩摩はブリンカーに依存しながら寄生されていたのではないかと思われる。体のいい隠れ蓑にな。
移民船で運ばれていた私生児は囮、あとはブリンカーが攫っていれば、もう行方は辿れない」
頭がこんがらがって参りました。まとめよう。
・ブリンカーが私生児と物資を何処にあるか分からない地下組織に運んでいる
・移民船は囮
・薩摩はブリンカーの隠れ蓑だった
・彼の能力は未知数
「目的は知らん、だが、何十年もかけて集めた人材と物資を保有する正体不明、所在不明の組織。
それがロマの開放を謳って海賊を煽り、宇宙を荒らしている。
これが現在、解放軍とやらの、判明していることだ」
こんなん、私掠船にいたって分かる訳なかったわ。ニブル宮に寄って良かった。まあ、菊蛍たちはすでに掴んでる情報だろうが。
「現在、ブリンク能力者について研究が進められている。距離だの法則性だの。ほとんど解明されていない、未知の能力だ。確認されている個体数も少ない。
現存するブリンカーも感覚的に使用しているらしく、彼らは口を揃えて「生きても死んでもない狭間に行く」と言う」
「……!」
俺は息を呑んだ。
「そこ。たぶん俺も行ったことあります」
「なに?」
「俺の場合は意識だけですが。能力が暴走して意識体が深く潜りすぎたとき、よく分からない場所に出て……場所っていうのも変なたとえですが。
そのとき、超AIに会いました。ここは死んだ猫と生きた猫の箱の狭間だと」
「事象の重ね合わせ状態と呼ばれる。
馴染みがあるのは時間だろう。時間は流れておらず、重なって連続している紙芝居のようなものだ。ホーク・ホールにおいて45度の角度で進むと過去のブレーンに跳躍できる」
わからん。
ホーク・ホールで時間を遡って移動するから宇宙での短時間移動が可能になるっていうのは朧げに知ってる。でも詳しい理論までは……
「俺、前から不思議に思ってたんですけど、過去に飛ぶとバタフライエフェクトとかで未来変わったりしないんですかね?」
「言ったろう、時間とは紙芝居のように重なって連続していると。
フィクションで過去の親を殺すと因果関係がどうので子が消える話もあるが、過去へ行っても質量が増えるだけで因果など発生しない。親を殺しても殺した子はその場に質量として残る。
ただし、後の事象がどうなるかは確認のしようがない。観測者が存在しないからだ。バタフライエフェクトは箱の中の猫でしかない」
なるほど、全くもってよく分からん。皇族の方は頭のほうも大変素晴らしいことだけは理解できた。何聞いても響くように返答してくださる。
「つまり、貴様はそういう、箱の狭間に行ったのだ。死んだ猫と生きた猫が重なる狭間にな」
「それは…その、何処で、何現象だったのでしょうか………」
「超AIはなんと言っていた?」
「迷子だと、母親はどこだと。ここは死んだ猫と生きた猫の狭間だと。あと、うきゃーって」
「……うきゃー?」
ほんとに言ってたんだよ!
「ウィッカー能力は原理が同じと聞く。おそらく貴様が体験したのは意識のみのブリンク行為だ。
逆に、ブリンク能力者はブリンク時、意識がない。ゆえに現在まで原理不明のままだったが……
肉体は狭間を通過できない。ブリンクは量子テレポートである可能性が高い、その推論だけは出ていたが、意識ある状態で狭間にいった証言者がいるのは大きい」
量子テレポートって、機材間を情報でやりとりするんだよな、確か。設計図送ってバイオプリンターで生成すりゃいいじゃんって話になり、あんまり発達しなかった分野。
「自由自在に神出鬼没なんじゃなくて、アンカーが必要だと思いますよ。とてもじゃないですが、あそこは自力で帰って来られる場所じゃないですし、いちいち超AIが相手にしてくれるとも思えません」
「そう、それだ。ブリンカーは何らかの手段でアンカーを設置している。アンカーの存在を確認できれば、ブリンカーの痕跡を追える」
よくわからんが、俺の証言がお役に立てたようでよかった。本当に全く話題についてけてなかったが。
とりあえず一連の会話は記録させてもらった。帰っても自分じゃ蛍たちに説明できないから。
「むずかしい話おわった?」
膝の上の葛王子が、俺の袖をちょいちょい引いた。けっこう前から起きてたが、宇宙な会話に目を点にしてほけーっとしてたから。
「明日帰るなら、遊んで! だってもう来れなくなるんでしょ」
「親善大使として呼べばいいだろうが」
「婿さま、天才か!?」
葛王子が目をきらきらさせた。ああ、そんな手段があったか。蛍に言えば出来なくない。なぜか皇族の大半と知り合っちゃったし。三味線小僧だし。
そんなこんなで最後の夜を楽しく過ごし、翌日、ひっついて離れない葛王子をデオルカン皇子に託して、ガリアを目指した。
一ヶ月くらいの航行を覚悟していたのに、数日で到着。一番速い船を用意したとは言われたけど、いくらなんでも……皇族の技術凄い。
「クロネ」
着陸した未開拓の岩場で、久々に生身で会う蛍に抱きしめられた。どうしようもない安堵感が訪れる。俺、やっぱ甘ったれなのかな。二度と戻れないケースも覚悟してたのに。
「クロート、よく帰ったな。いや、よく帰ってきてくた本当に!」
苦労したんだな、鷹鶴。戻ってきたからには役職名で呼ぶべきか。でも、鷹鶴さんって感じじゃないんだよな、もはや。
星の子バイオームのある開拓地は少し先。温度や酸素は十分に行き渡ってる。まだ物資を生産できるほどには星の子が増えてないそうだが。
宇宙船で生活する難民キャンプ状態。建物なんかひとつもない。
「当初懸念した通り、多くの文化で育ったロマが入り乱れ、混乱が続いている。
カルチャーショックの連続でな。とくにここまで星を開拓したガリアの移民たちにとっては」
ちょっとずつわかり合ってくしかないんじゃないの。
と思ったが、俺も頭を抱えることになる。ハマツと同じブリタニアスラム出身のロマと、ガリアのロマが対立してるんだ。
いやー、ブリタニアとガリアはテラ時代からドーバー隔てて仲悪いけど、星系が違っても仲悪いもんなんだな。
というか、ブリタニアスラムのロマは、普通のブリタニアロマにも嫌われている。むしろ一番嫌悪してるくらい。
「ガリア系だけでなく、ブリタニアスラムの住人が苦手という者が多くてな……俺も得意とは言いにくい。ただ、彼らは、親切なのだ」
知ってる。でも、ハマツの群れですよ。ハマツ一人でも無理だったのに、どうしたらいい?
ちょっと船長に連絡とってみた。
『こんにちは、船長』
『クロネちゃん! どうしたんだい?』
『ガリアの開拓惑星入りしました。でも、ブリタニアスラムのロマとそれ以外の住人の摩擦が凄くて動物園状態』
『あ、ああー……』
『船長たちは、ハマツさんと最初はどう向き合ったんですか?』
『仕事ぶりを認めることと、諦めかな……だが、ハマツは今、言葉遣いを矯正させているところだよ』
「仕事ぶりを認めて信用を得てから言葉の矯正だって」
「なるほど。クロネ、出来るか」
「や……やってみる」
やるだけな。全く自信はない。でも、あの耳を覆いたくなる下品な罵詈雑言や悪癖の中に蛍を放り込みたくない。
「それはそれとして」
蛍は俺の手をとり、母艦のほうへ向かった。
「あ、いいのか? 仕事」
「長丁場になる。不眠不休で働いてもよい結果は出ない。というより、もう50時間は眠ってなくてな」
「寝ろよ!」
「はは、こう見えても鍛えている。データリンクルームに閉じこもるよりは、力仕事をしていたほうが体に良い」
蛍は珍しく戦闘時でもないのに人前でファイバースーツのみの格好だった。埃っぽい開拓惑星で作業するなら当然だけど。みんなそうだし。
連れて行かれたのは蛍の部屋。アエロ事件からというもの、雑に部屋の隅に置かれていた人形は部屋の中央に移動し、質のいい小袖袴を来ておすまししてる。前まで髪がぼさぼさに乱れてたのが、今はよく整えられていた。
「クロネ」
頬を撫でられ、抱き寄せられる。前の蛍みたいだ……記憶をなくす前と同じ、優しい目をしている。
俺は、アエロ事件で、蛍が特別な表情を俺に向けてくれていたことを知った。ただ親しい相手には、この目はしないんだ。
「どうしたことだろうな。ただ大切にしたかったというのに、お前が、俺にならいいと言った後は、お前のことが愛おしくてならなくなった。お前がいないことが辛く、何度か人形を抱いたほどである」
ええ。なんだそれ。俺が入ってる時にしろよ! いや、ニブル宮にいる間は無理だったけど。
「クロネ、よいか。本当によいのか。元の関係には戻れなくなるぞ」
「………」
俺は口を引き結んだ。あんたにとっては新しい関係への発展かもしれないけどな、俺にとっては戻るだけだ。
頬を包む蛍の手に自分の手を添え、目を閉じる。唇が秘めやかに重なった。
「ん、ふ……ぁ」
生身の感触。唾液が絡む。人形のそれよりぬめって生々しい。上顎をぞろりと舐め上げられて感じ入った。
「……思ったよりキスがうまいな?」
責めるような目をされる。あんたが教えたんだろうが、あんたが。
袴を落として帯をといて。ファイバースーツの中央をすぅっと上から開けていく。まだ袖を落としてないスーツの中に手が差し込まれて背を、胸を愛撫された。
「は、ぅ……ベッド、連れてっ…て」
もう腰くだけそう。ちょっと触られただけで。何度か抜きはしたけど、後ろご無沙汰。もう限界。
蛍は味わうように丁寧に丁寧に前戯を施した。初めてだってこんなに丁寧じゃなかった。まあ、あのときは切羽詰まって急かしたけど。
「あ、そこやっ……」
ぴんと起った乳首をちゅると吸い込まれて腰が跳ねる。割とそこはスイッチ。執拗に弄られるとそこだけでイく。
ただ、ハイドに弄られた記憶がよみがえるんで、あんまり好きじゃない場所でもあったり。
「悦さそうだが?」
「ん、んん……」
「というより、感じすぎのような」
あんたが! さんざん! こねくりまわした挙げ句に変な機械で調教して!! 乳首だけで何回もイケる体にしたんだよ!!
「どこもかしこも敏感で」
「ひっぅ」
「………」
蛍は無言で俺の足をとってパッケージポンプ押し当てた。
「ちょっ……んぐっ!」
逆流する潤滑剤。や、でも久々のアナルへの刺激でもあって、震えた。
そしてポンプを奥まで突っ込んでくる蛍。
「あっ、ああっ」
「……やはり。処女の反応ではないな」
「やっやめ」
ナカでポンプぐりぐりすんな! 角度つけんな! ちょ、イ……イった。
久々すぎて早々にトンだ挙げ句、ポンプ締め付けてきゅうきゅう収縮する其処を蛍が温度のない目でじっと見つめてる。
「おかしい。電脳ワーカー内にそういう接触のあった者はいないはず。いれば把握している。志摩か? それともウィッカプールか? お前を外へ出すべきではなかったな」
えらい凄まれてるけど、あんただろうが。条件付までして、二度も幼児退行するほどドギツイ調教したのはあんただろうが!!
「クロネ……俺は詮索するもされるも嫌いだが、お前は想い人がいるのに他の者に肌を許すような器用な性格ではない。だとすれば、遊びで寝たのか? お前にはそんなことをしてほしくない……」
だったとしても、あんたに関係ないだろ。
とは言えなかった。なにより、蛍が悪いんじゃないにせよ、蛍以外と喜んで尻振る奴だと思われるのは我慢ならなかった。
嘘をつくのは嫌だが、記憶が戻ったら説明するしかない。
「あんたが……」
「なに?」
「何度か……あんた、アエロと間違えて俺を、」
蛍の目が見開かれていった。
「い、いつだ?」
「ひどく酔って、疲れてて、いやなことでもあったのか、そういうとき」
あんま追求しないでくれ。嘘は嫌いだし、そのうえ下手なんだ。ぼろが出る。
蛍は顔をそむける俺の肩を掴んでベッドに押し付けた。
「なぜ言わなかった! 間違いで傷つけたくなどなかった、俺はお前がかわいい、大切にしたかった」
「い…いわなかった、のは…? だって、う…うれしかった、し。優しく抱いてくれた、し」
「クロネ……」
蛍は泣きそうに顔を歪め、身を引いた。
「俺が、誰かに行為を強要するなど」
「い、いやいや合意だったから! 嬉しかったんだ、だってアエロが羨ましくて」
うらやましくて
本当は嫌だったよ。記憶改竄された蛍がアエロを抱いてたの。蛍が一番の被害者だったから仕方ないことだったけど、でも、いつだって仕方ないことだった。愛人のことも。我慢するしかなかったけど、本当は我慢なんかしたくなかった。
「だから、ほたる。あんたが欲しいんだ」
泣きながら伸ばされた俺の腕を、放心状態で見つめる蛍。それくらい、蛍にとって「強要」は拒否感のあることなんだろう。
「どうしてだろうな。お前の表情はひとつひとつが愛おしく、もっと見たくなる」
濡れた目元を唇が吸う。入ったままのポンプが抜かれ、指が差し入れられた。
「ふ…ッぅ!」
入り口をまさぐって解す感触に、唇を噛んで耐える。蛍はそういう俺の顔を恍惚と見つめていた。これは、見知った光景。蛍はよくこんなふうに、俺の顔や反応を見ながら俺を煽った。
「唇が切れる。噛むな」
「や、あっ」
「うん、口は開けておけ」
「…ッあ」
真ん中あたりのとこ、いい具合に擦るように揉まれて目が眩む。
「も…も、くれ、焦らすっ、の…つら」
「もっとゆっくりと、しみじみ味わいたいのだが。悦い顔をする。泣いた顔も感じ入る顔も、かわゆいなあ、お前は」
前髪をのけるように額を撫でられた。その手が、膝裏に滑り込む。
「う……」
潤滑剤が溢れてぬめった尻の割れ目に熱い肉塊が押し当てられる。焦れて煽られて持て余して、一生懸命擦り付けた。
「こら、暴れるな。入れにくい」
なんて苦笑ながらの台詞、どっかで聞いたなあ。あんたの中ではアエロとの思い出になっちゃってんだろうけど。
あー、つらい。今になって辛い。今までは忘れられたら蛍と元の関係になんて戻れないと諦めてたから、いざ戻れるとなると辛い。欲深いもんだな、おい。まずこの状況に行けたことを喜べばいいのに、なんで涙が出てくるんだよ……
「クロネ……後悔しているのか」
「ちがう、ばか、早く挿れてほしいだけだ。はやく……っ!」
「……俺はどれだけお前を開発したのか?」
ものすごくだよ、ものすごく! すごくたくさんいっぱいさんざん!
「あぅ」
ぬっと肉口を拡げて押し入るまるい先端。痺れて痺れてシーツを掴んだ。
「……っとぉ、もっとおく、おくぅ」
「わかった、わかった。慌てるな、乱暴すると傷になる」
ちゅ、ちゅ、と頬にキスしながら、もどかしい優しさで蛍が腰を揺らしながら入ってくる。奥まで入って、絞り出すように息をついた。心地よさより満たされたことが嬉しくて、泣いた。
「ひっ、う……ひぅ」
「泣くな。泣かれると、胸が痛む」
「うぅうるさい! はやくうごけ、ばか! ほたるのばか!!」
「うん、うん」
「あっう…はあぁ…ん」
肉棒が直腸で蠢きはじめて蕩けそうになった。あ、この…きもちい、しか考えられないの、はじめての時みた……
「あ……きもちぃ、ほたる…ほたるぅ」
「かわいい、かわいいクロネ。かわいい……ねこ、ねこ」
「あぅ、ああっ。あぁあ」
奥を揺らされて捏ねられて抉られて穿たれて、もう痺れて気持ちよくて満たされて死にそうになる。
ずっと繋がってたいなあ。
なんて思いながら、あんまり持たずに痙攣しながらイった。
衝動的に襲いかかってしまった。初めてのことだ。生まれて初めてのことだ。泣きそうに震わせた唇が可愛くかった。自信のなさそうな、不安そうに伏せられた目が愛しかった。
(アエロを愛していたのは嘘ではない……本当に本当に愛していた。過去のことだが、あの気持だけは覚えている。いま、その気持ちはクロネに向いている……)
しかし、急速に冷めた時のことや、アエロを送り出した時の開放感、そして抱いてやることの煩わしさも思い出す。またあんなふうになるのではと思うと、軽々しく心移りしてよいものか、悩む。
クロネのことは本当に大事で、心を許せる数少ない存在だ。いなくなっても構わないアエロとは違う。一方的に愛玩するだけだった子供とは。
菊蛍は人形を部屋へ連れ帰り、寝台に寝かせた。アエロを失ってから一人寝が寂しく、たまに人形を横へ置いていた。妙な安心感があるのだ。それだけに、目をさますとクロネが本当には手元にいないことを思い出して、不安になる。
そっと、着せた着物のあわせを開き、首筋を吸った。
「………」
ぴくんと反応はするが、あくまでプログラム。発言プログラムも内蔵していない、クロネが入ることを前提として作られた人形ゆえに。
細くしなやかだが、アエロよりは鍛えてちゃんと筋肉に覆われた体に指をはわせ、袴の中に忍び込む。
「……、………っ」
目を閉じたままの人形がセンサーに反応して悦がる。
セックスなど煩わしいだけ、こんな人形を抱いても意味はないにも関わらず、菊蛍は丁寧に彼を扱った。裸体にして潤滑剤を秘所に塗り込み、腰を抱いて犯す。
「クロネ……」
呼んで返答などあるはずもない。彼の意識はここにはない。
それでも彼の依代を抱き、犯していることに興奮を覚えた。奇妙な感覚だ。誰かと体を重ねて快楽以外の喜びを得るのは。あれほど可愛がったアエロを抱いていた時も、こんな湧き上がる感情はなかった。
抜け殻の人形にこれほど昂ぶるなら、本人を目の前にすればどうなってしまうのか。
(こうなると、やはり俺が本当に想っていたのはクロネのほうか。しかし、大切にしたいあまり、その心を殺して、代替えとしてよく似たアエロを愛でていた……というのがしっくりくる。うん、実にしっくりくるな。
ならば、急速に冷めたのはなんだ? クロネとアエロは違うと気づいたからか。記憶の改竄前後の出来事でもあったしな)
記憶の一部は今でも靄がある。菊蛍自身はそれが歯に挟まったように気持ちが悪く、正してしまいたいが、深く考えて無理をしてはならないらしい。
その葛藤を消すように、人形の頭を抱き寄せた。
「早く帰っておいで、クロネ」
***
数日ほど滞在して、明日には帰ると言ったところ、葛王子大泣き。二時間は泣いて、今は俺の膝で眠っている。
「デオルカン皇子、失礼ですが、子供の泣き声などは苦手な方かとばかり」
「オトツバメと思えば苦にもならん。我々はストレスに対する耐性もある」
「葛王子……寂しいんでしょうか」
「こいつの場合は周囲の糞どもが、自分たちが扱いやすいように頭を押さえつけて子供としながら、大人の仕事を強要していた。精神状態は父親が死んだ時から殆ど成長出来とらん。こういうのは、育て直しが必要なのだそうだ」
アダルトチルドレンか……まだ早い発見でよかった。
「元囚人兵どもがいた頃はましだったようだが、王子をいいように操れないと知ったバカどもが追い出した」
「いま、彼らはどこに? 蛍が手配すると言ってましたが」
「見つかってはいる。が、オトツバメはここで保護しているだろう。特例でない限り、元囚人兵を皇星内に入れる訳にもいかん。
本人らに意思確認したところ、自分たちが側にいないほうがいいから、俺が保護している間は近づかないと……その通りだからな。まあ、奴らはロマの国に送る予定だ。使ってやれ」
「囚人兵って凶悪犯のイメージしかなかったけど、俺の知ってる元囚人兵って下手な一般人よりまともな気がします」
「そりゃあな、監獄星から出て来られるってことは、模範囚だ。
囚人兵にも色々ある、菊蛍のように罪を着せられた者、凶悪犯罪を起こしたが情状酌量の余地がある者……犯行に至る原因がなければ一般人として一生を過ごしただろう者が入る監房がある。
たとえば、オトツバメを可愛がっていたシノノメという男。一人娘が殺害される現場を見て頭に血が上り、犯人をかなり残虐な方法で殺害した。
法的には極刑だが、同情の声は多かった。
こういう輩でない限り、囚人兵は模範的であっても何らかの形で殺す。囚人兵は実質的な死刑だ。世間が思う通りにな。
運良く出られたところで、凶悪犯罪を起こしたという事実は一生ついてまわる。シノノメのような者を救おうとしたのがオトツバメの父親だ。
奴らにとってオトツバメは恩人の宝というわけだ」
思ったよりも葛王子のいた環境は複雑なようだった。
そういや初対面の時は「ロマ? 移民!? 嫌い!」と言われたもんだ。葛王子に何をしたんだよ、移民らは。こんな、優しくすればすぐ懐いてくるような素直な子に。
珍しくデオルカン皇子と静かにサシ呑みをしていると、憤然としたシヴァロマ皇子がお帰りになられた。
「アジャラが絡んできおった。煩わしい。クロネを出せと。俺の妻に暴行未遂したと思えば、次は妻の友人を狙うなど節操のない男だ」
「へ!? 志摩王子に暴行未遂」
「知らなかったか。アジャラは俺と婚約したタカラ・シマに腹を立て、襲おうとした。知らせを受け、俺が対処し、その後の接触はない」
「ヤマトの安定の為には生かしておいたほうがいいのだがな。個人的には殺してやりたい。皇族の面汚しよ」
確かになあ。死んでいいとは思わないけど、クラライア皇子やニブル双子皇子と比べると、ちょっと幼稚すぎる。
「ブリタニアの皇子殿下もいらっしゃいましたよね。アスルイス皇子」
「あのトランスアニマル好きの馬鹿な」
「知能指数は皇族のうちで最も高いが、知能指数と精神は比例しない見本だ。
しかし、クラライアも我々も離婚する気がない以上、あれを皇帝に据えるしかない。アジャラを皇帝にする訳にもいかん」
そか。皇帝になると、離婚して異性のお妃さま娶って子供作らなきゃいけないんだ。皇女も双子皇子も、今の伴侶を溺愛してらっしゃるからなあ。
宇宙政府は制限君主制。こちらも各星系の王と同じで大した権限はない、割に面倒な貧乏くじ。ただ当然、名声は高くなる。
葛王子に出会わなければ、デオルカン皇子が皇帝になったんだろうけど。
「皇帝陛下かぁ」
「なんだ」
「聞け、シヴァロマ。こいつ、皇帝を超えたいらしい」
「現在の陛下であれば難しいが、アスルイスなら超えられるぞ」
「そうじゃなくて、今の陛下の愛人が菊蛍なので……つまらない対抗心です」
「いいじゃねえか、理想が高くて。こいつ面白いんだ、エアブーツを使ってとうとう俺の動きについて来られるようになった」
「ほう」
声に抑揚のないシヴァロマ皇子が、珍しく感心したように言うもので、照れてしまった。
「ついてけるってだけで……葛王子のように飛び回るのを諦めたんです。その代わり、ステップやジャンプの補助にしたら機動力が格段に上がりまして」
「軍事用の基礎モーションプログラムあるだろう。皇宙軍のをこいつのマイクロチップに入れてやるつもりだ」
「ふむ。ならば皇軍警察のデータも入れておけ」
「いいんですか!? 機密なんじゃ」
「あくまで基礎モーションだ。言ってみればマイクロチップが覚える動作の基本的なマニュアル。どこの軍隊にもあるもんだ。重複箇所があるだろうから、それは消しておけ。俺は強くなりそうな奴が好きだ。
因みに、オトツバメは他人にそう懐かない、こいつは人を見る目が最高に厳しい。俺は貴様を買っているぞ、戦いぶりも見ていて面白い」
「俺は貴様が次なるハイドウィッカーになることを期待している。いつまでもあれを使うのは皇軍としてもな」
ウィッカプールの長になれという意味じゃなく、皇軍と協力関係にある機械感応ウィッカーになれと。いやいやあいつほど多機能じゃないですから、俺の能力……それにシステム系統の知識も劣る。俺は意識体と連動する固有仮想次元なんか作れないし、思いつきもしない。
「そろそろロマの国を本格的に建国するのだったか?」
「俺が帰る頃か、直前あたりには……その知らせは受けてないんで、まだかな。
そうだ。俺、家出した目的の半分果たせてないんです。差し障りなければお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「俺が見たかったのは解放軍の展開と、解放軍の実態です。でも、私掠船に関わってもそっちは見えて来ず……奴らは何処に物資を運び、何処に居を構えているのですか」
「そりゃ私掠船なんぞで活動しても仕方ねえだろうが。さっさと皇宙軍に来ればよかったんだ」
タイムリミットのことを考えると、順番間違ったなあとは思う。一人の力でどれくらい出来るか試してみたかったんだ。一人じゃどれくらい無力かってことも含めて知りたかった。
「物資の輸送先は不定だ。なぜならブリンカーが運ぶ」
シヴァロマ皇子が説明してくださった。なるほど、あいつか……厄介すぎる。
「ゆえに、拠点が何処かも定かではない。海賊どもは何も知らされとらんな。殺害した人間のマイクロチップを奪い、その財産をロンダリングして資金を得ている。だが、あまりに複雑化しており、突き止めきれん。
貴様、デジットバンキングシステムのプロトコルについての知識は?」
「いや、さっぱりですよ」
「それでいい。ロマの機械感応持ちがそのような知識を持っていれば、なにかと疑われる。無知が自衛になることもあるのだ。
とにかく、敵はデジットバンキングシステムの穴を巧みに利用し、資金を寝かせている」
なるほど……
「……もし、そのデジットバンキングシステムとやらのセキュリティに同化させていただければ、敵の拠点を突き止められるかもしれません、が、人類のお金を俺が握れちゃうことになるので」
「流石に許されん。それが手っ取り早くはあるが……」
「最後の手段として考慮していただけますか?」
「切り札があることは此方にとっても有利だ」
今、お金は宇宙共通過で二種類に分けられる。
その星だけで使用できるミドルマネー(現金)。マイクロチップ経由で取引の出来るデジットマネー。
ミドルマネーは主に経済政策として発行される。その星が外貨を稼げなくなった時、内需のために中央銀行が操作してんだ。そうしないと働き手が星から逃げてしまったり、破産する奴が出てくるから。
デジットマネーは誰も管理していない。ただあるがままの仮想通貨。流通量を把握してるのは皇族とか宇宙政府くらいなんかね?
なんでインフレしないのかは知らん。物価自体が曖昧だし、星や星系ごとに。そっちでバランスとってんのか? そもそもベーシックインカム社会だしな。経済のことは分からん、宇宙規模になると特に。
「デジットバンキングシステムは超AIの置き土産だ。マイクロチップのブラックボックス内にある、と推測される。
ハイドウィッカー級の機械感応者がデジットバンキングシステムに侵入しようとすると「もう金のことで揉めるのはやめてくれ、うんざりだよ」というメッセージが返ってくる……という話を聞いたことがある」
超AIさん本当にごめんなさい。
俺がやろうとしているのは、金の源泉を調べることじゃなく、流れを見ることだから大丈夫とは思う。それだって危ないことだけどな。
纏めると、
・解放軍を自称する集団の物資はランダムな場所に輸送され、ブリンカーが回収する
・殺害した人間のマイクロチップを奪い、その財産をロンダリングして資金を得ている
ふむ。
「主に殺害されているのは……」
「輸送船のクルー。工場惑星の人員。観光船。交戦したバッカニア、軍人だな」
「工場惑星? ほぼロマですよね」
「ロマ以外にもいる。私生児ではないが孤児やアウトサイダー、借金の返済。工場惑星には様々な事情で働いている者がいる。ロマ以外が殺害されるので、無実のロマの労働者に疑惑の目が向けられ、殺人事件も起きた」
それどっかで聞いたことがある。井戸に毒事件。
「解放軍はロマを殺したいんですか、支援したいんですか」
「おそらく、目的は全く別にある。ロマは体よく利用されているだけだ。関係性は不明だが、今回の件で発覚した事柄もある」
「なんでしょうか」
「想定されていた宇宙全体の総物資量よりも流通している物資は遥かに多い」
ん。それは、えーと、何を意味するのか。助けて蛍えもん。もしくは志摩えもん。
その把握されていた物資は、宇宙政府が把握する限りの惑星から算出されていたもののはず。となると大量の余剰物資の出処は何処ですかって話か?
「未知の惑星か勢力がいる……ということでしょうか」
「そうだ。それも遡れば何十年と前からな。稀に開拓惑星が外界から隔絶されて独自の言語や文化を育み孤立しているケースはあるが、何百年に一度あるかないかだ。
おそらくは何らかの地下組織が物資を流通させ、資金を得ていた」
「それは違法なんです?」
「問題を起こさねば違法ではない。あらゆる人類の組織は強制的に宇宙政府に組み込まれることになっている。ウィッカプールですら、広義では宇宙政府内に含まれる。
ただし、ロマの国はいくつかの条約を結び、名目上は別政府となる。宇宙政府庇護内ではあるが……こうでもしなければロマを守れないための措置だ。本来は望ましくない、完全独立して非人道兵器を使用する組織となる可能性もあるのだからな。
ただ、謎の地下組織が今回の騒動を起こす為に活動していたなら、それを探し出して潰さねばならん」
物流を増加させるほどの地下組織って、土地がいるよなあ。惑星複数いると思う。テラフォーミングしてくれる大量の星の子も必要だ、星の子は増殖するとはいえ。最初の星の子の株はどっから沸いてきたんだって話。
「人手はたぶん、移民船から攫ったロマですよね。救いきれず行方不明になったロマが多数いるとか」
「各星系が暗黙の了解で工場惑星などに売り飛ばしている。
じつは、初めて尻尾を掴んだのが薩摩だった。そのために菊蛍は皇軍警察に引き渡された」
そんなことってあるか?
それで許されるのか。そんなのが宇宙政府なのか。それじゃロマ問題以前の話だ。政府が機能してない。
俺のそんな驚愕を見て取ったのか、デオルカン皇子が手を振る。
「先代皇帝の話だ……俺たちが生まれる30年くらい前か? シヴァロマが就任する前の皇軍警察は腐っていた。
陛下の最初の仕事は皇軍警察の制裁。シヴァロマは幼くして総監の任に就いた。
私生児誘拐は星系の自治問題で皇軍は手が出しにくい。介入しすぎると皇室が不信任となる。
陛下と菊蛍は連携して問題の処理にあたった。これでもかなりマシになった、貴様がまともな人間に育ったのと、オトツバメんとこの移民がクズなのがいい例だ。奴らは貴様の少し上の世代だ。
行方不明のロマがどこへ行ったか。物資は何処からくるか。
ブリンカーが存在する限り、その問いは不透明になる。奴がどの程度の規模、どの程度の距離を移動できるか予測が出来ない。
薩摩の研究施設に所属していたというが、証拠は一切上がらなかった。薩摩はブリンカーに依存しながら寄生されていたのではないかと思われる。体のいい隠れ蓑にな。
移民船で運ばれていた私生児は囮、あとはブリンカーが攫っていれば、もう行方は辿れない」
頭がこんがらがって参りました。まとめよう。
・ブリンカーが私生児と物資を何処にあるか分からない地下組織に運んでいる
・移民船は囮
・薩摩はブリンカーの隠れ蓑だった
・彼の能力は未知数
「目的は知らん、だが、何十年もかけて集めた人材と物資を保有する正体不明、所在不明の組織。
それがロマの開放を謳って海賊を煽り、宇宙を荒らしている。
これが現在、解放軍とやらの、判明していることだ」
こんなん、私掠船にいたって分かる訳なかったわ。ニブル宮に寄って良かった。まあ、菊蛍たちはすでに掴んでる情報だろうが。
「現在、ブリンク能力者について研究が進められている。距離だの法則性だの。ほとんど解明されていない、未知の能力だ。確認されている個体数も少ない。
現存するブリンカーも感覚的に使用しているらしく、彼らは口を揃えて「生きても死んでもない狭間に行く」と言う」
「……!」
俺は息を呑んだ。
「そこ。たぶん俺も行ったことあります」
「なに?」
「俺の場合は意識だけですが。能力が暴走して意識体が深く潜りすぎたとき、よく分からない場所に出て……場所っていうのも変なたとえですが。
そのとき、超AIに会いました。ここは死んだ猫と生きた猫の箱の狭間だと」
「事象の重ね合わせ状態と呼ばれる。
馴染みがあるのは時間だろう。時間は流れておらず、重なって連続している紙芝居のようなものだ。ホーク・ホールにおいて45度の角度で進むと過去のブレーンに跳躍できる」
わからん。
ホーク・ホールで時間を遡って移動するから宇宙での短時間移動が可能になるっていうのは朧げに知ってる。でも詳しい理論までは……
「俺、前から不思議に思ってたんですけど、過去に飛ぶとバタフライエフェクトとかで未来変わったりしないんですかね?」
「言ったろう、時間とは紙芝居のように重なって連続していると。
フィクションで過去の親を殺すと因果関係がどうので子が消える話もあるが、過去へ行っても質量が増えるだけで因果など発生しない。親を殺しても殺した子はその場に質量として残る。
ただし、後の事象がどうなるかは確認のしようがない。観測者が存在しないからだ。バタフライエフェクトは箱の中の猫でしかない」
なるほど、全くもってよく分からん。皇族の方は頭のほうも大変素晴らしいことだけは理解できた。何聞いても響くように返答してくださる。
「つまり、貴様はそういう、箱の狭間に行ったのだ。死んだ猫と生きた猫が重なる狭間にな」
「それは…その、何処で、何現象だったのでしょうか………」
「超AIはなんと言っていた?」
「迷子だと、母親はどこだと。ここは死んだ猫と生きた猫の狭間だと。あと、うきゃーって」
「……うきゃー?」
ほんとに言ってたんだよ!
「ウィッカー能力は原理が同じと聞く。おそらく貴様が体験したのは意識のみのブリンク行為だ。
逆に、ブリンク能力者はブリンク時、意識がない。ゆえに現在まで原理不明のままだったが……
肉体は狭間を通過できない。ブリンクは量子テレポートである可能性が高い、その推論だけは出ていたが、意識ある状態で狭間にいった証言者がいるのは大きい」
量子テレポートって、機材間を情報でやりとりするんだよな、確か。設計図送ってバイオプリンターで生成すりゃいいじゃんって話になり、あんまり発達しなかった分野。
「自由自在に神出鬼没なんじゃなくて、アンカーが必要だと思いますよ。とてもじゃないですが、あそこは自力で帰って来られる場所じゃないですし、いちいち超AIが相手にしてくれるとも思えません」
「そう、それだ。ブリンカーは何らかの手段でアンカーを設置している。アンカーの存在を確認できれば、ブリンカーの痕跡を追える」
よくわからんが、俺の証言がお役に立てたようでよかった。本当に全く話題についてけてなかったが。
とりあえず一連の会話は記録させてもらった。帰っても自分じゃ蛍たちに説明できないから。
「むずかしい話おわった?」
膝の上の葛王子が、俺の袖をちょいちょい引いた。けっこう前から起きてたが、宇宙な会話に目を点にしてほけーっとしてたから。
「明日帰るなら、遊んで! だってもう来れなくなるんでしょ」
「親善大使として呼べばいいだろうが」
「婿さま、天才か!?」
葛王子が目をきらきらさせた。ああ、そんな手段があったか。蛍に言えば出来なくない。なぜか皇族の大半と知り合っちゃったし。三味線小僧だし。
そんなこんなで最後の夜を楽しく過ごし、翌日、ひっついて離れない葛王子をデオルカン皇子に託して、ガリアを目指した。
一ヶ月くらいの航行を覚悟していたのに、数日で到着。一番速い船を用意したとは言われたけど、いくらなんでも……皇族の技術凄い。
「クロネ」
着陸した未開拓の岩場で、久々に生身で会う蛍に抱きしめられた。どうしようもない安堵感が訪れる。俺、やっぱ甘ったれなのかな。二度と戻れないケースも覚悟してたのに。
「クロート、よく帰ったな。いや、よく帰ってきてくた本当に!」
苦労したんだな、鷹鶴。戻ってきたからには役職名で呼ぶべきか。でも、鷹鶴さんって感じじゃないんだよな、もはや。
星の子バイオームのある開拓地は少し先。温度や酸素は十分に行き渡ってる。まだ物資を生産できるほどには星の子が増えてないそうだが。
宇宙船で生活する難民キャンプ状態。建物なんかひとつもない。
「当初懸念した通り、多くの文化で育ったロマが入り乱れ、混乱が続いている。
カルチャーショックの連続でな。とくにここまで星を開拓したガリアの移民たちにとっては」
ちょっとずつわかり合ってくしかないんじゃないの。
と思ったが、俺も頭を抱えることになる。ハマツと同じブリタニアスラム出身のロマと、ガリアのロマが対立してるんだ。
いやー、ブリタニアとガリアはテラ時代からドーバー隔てて仲悪いけど、星系が違っても仲悪いもんなんだな。
というか、ブリタニアスラムのロマは、普通のブリタニアロマにも嫌われている。むしろ一番嫌悪してるくらい。
「ガリア系だけでなく、ブリタニアスラムの住人が苦手という者が多くてな……俺も得意とは言いにくい。ただ、彼らは、親切なのだ」
知ってる。でも、ハマツの群れですよ。ハマツ一人でも無理だったのに、どうしたらいい?
ちょっと船長に連絡とってみた。
『こんにちは、船長』
『クロネちゃん! どうしたんだい?』
『ガリアの開拓惑星入りしました。でも、ブリタニアスラムのロマとそれ以外の住人の摩擦が凄くて動物園状態』
『あ、ああー……』
『船長たちは、ハマツさんと最初はどう向き合ったんですか?』
『仕事ぶりを認めることと、諦めかな……だが、ハマツは今、言葉遣いを矯正させているところだよ』
「仕事ぶりを認めて信用を得てから言葉の矯正だって」
「なるほど。クロネ、出来るか」
「や……やってみる」
やるだけな。全く自信はない。でも、あの耳を覆いたくなる下品な罵詈雑言や悪癖の中に蛍を放り込みたくない。
「それはそれとして」
蛍は俺の手をとり、母艦のほうへ向かった。
「あ、いいのか? 仕事」
「長丁場になる。不眠不休で働いてもよい結果は出ない。というより、もう50時間は眠ってなくてな」
「寝ろよ!」
「はは、こう見えても鍛えている。データリンクルームに閉じこもるよりは、力仕事をしていたほうが体に良い」
蛍は珍しく戦闘時でもないのに人前でファイバースーツのみの格好だった。埃っぽい開拓惑星で作業するなら当然だけど。みんなそうだし。
連れて行かれたのは蛍の部屋。アエロ事件からというもの、雑に部屋の隅に置かれていた人形は部屋の中央に移動し、質のいい小袖袴を来ておすまししてる。前まで髪がぼさぼさに乱れてたのが、今はよく整えられていた。
「クロネ」
頬を撫でられ、抱き寄せられる。前の蛍みたいだ……記憶をなくす前と同じ、優しい目をしている。
俺は、アエロ事件で、蛍が特別な表情を俺に向けてくれていたことを知った。ただ親しい相手には、この目はしないんだ。
「どうしたことだろうな。ただ大切にしたかったというのに、お前が、俺にならいいと言った後は、お前のことが愛おしくてならなくなった。お前がいないことが辛く、何度か人形を抱いたほどである」
ええ。なんだそれ。俺が入ってる時にしろよ! いや、ニブル宮にいる間は無理だったけど。
「クロネ、よいか。本当によいのか。元の関係には戻れなくなるぞ」
「………」
俺は口を引き結んだ。あんたにとっては新しい関係への発展かもしれないけどな、俺にとっては戻るだけだ。
頬を包む蛍の手に自分の手を添え、目を閉じる。唇が秘めやかに重なった。
「ん、ふ……ぁ」
生身の感触。唾液が絡む。人形のそれよりぬめって生々しい。上顎をぞろりと舐め上げられて感じ入った。
「……思ったよりキスがうまいな?」
責めるような目をされる。あんたが教えたんだろうが、あんたが。
袴を落として帯をといて。ファイバースーツの中央をすぅっと上から開けていく。まだ袖を落としてないスーツの中に手が差し込まれて背を、胸を愛撫された。
「は、ぅ……ベッド、連れてっ…て」
もう腰くだけそう。ちょっと触られただけで。何度か抜きはしたけど、後ろご無沙汰。もう限界。
蛍は味わうように丁寧に丁寧に前戯を施した。初めてだってこんなに丁寧じゃなかった。まあ、あのときは切羽詰まって急かしたけど。
「あ、そこやっ……」
ぴんと起った乳首をちゅると吸い込まれて腰が跳ねる。割とそこはスイッチ。執拗に弄られるとそこだけでイく。
ただ、ハイドに弄られた記憶がよみがえるんで、あんまり好きじゃない場所でもあったり。
「悦さそうだが?」
「ん、んん……」
「というより、感じすぎのような」
あんたが! さんざん! こねくりまわした挙げ句に変な機械で調教して!! 乳首だけで何回もイケる体にしたんだよ!!
「どこもかしこも敏感で」
「ひっぅ」
「………」
蛍は無言で俺の足をとってパッケージポンプ押し当てた。
「ちょっ……んぐっ!」
逆流する潤滑剤。や、でも久々のアナルへの刺激でもあって、震えた。
そしてポンプを奥まで突っ込んでくる蛍。
「あっ、ああっ」
「……やはり。処女の反応ではないな」
「やっやめ」
ナカでポンプぐりぐりすんな! 角度つけんな! ちょ、イ……イった。
久々すぎて早々にトンだ挙げ句、ポンプ締め付けてきゅうきゅう収縮する其処を蛍が温度のない目でじっと見つめてる。
「おかしい。電脳ワーカー内にそういう接触のあった者はいないはず。いれば把握している。志摩か? それともウィッカプールか? お前を外へ出すべきではなかったな」
えらい凄まれてるけど、あんただろうが。条件付までして、二度も幼児退行するほどドギツイ調教したのはあんただろうが!!
「クロネ……俺は詮索するもされるも嫌いだが、お前は想い人がいるのに他の者に肌を許すような器用な性格ではない。だとすれば、遊びで寝たのか? お前にはそんなことをしてほしくない……」
だったとしても、あんたに関係ないだろ。
とは言えなかった。なにより、蛍が悪いんじゃないにせよ、蛍以外と喜んで尻振る奴だと思われるのは我慢ならなかった。
嘘をつくのは嫌だが、記憶が戻ったら説明するしかない。
「あんたが……」
「なに?」
「何度か……あんた、アエロと間違えて俺を、」
蛍の目が見開かれていった。
「い、いつだ?」
「ひどく酔って、疲れてて、いやなことでもあったのか、そういうとき」
あんま追求しないでくれ。嘘は嫌いだし、そのうえ下手なんだ。ぼろが出る。
蛍は顔をそむける俺の肩を掴んでベッドに押し付けた。
「なぜ言わなかった! 間違いで傷つけたくなどなかった、俺はお前がかわいい、大切にしたかった」
「い…いわなかった、のは…? だって、う…うれしかった、し。優しく抱いてくれた、し」
「クロネ……」
蛍は泣きそうに顔を歪め、身を引いた。
「俺が、誰かに行為を強要するなど」
「い、いやいや合意だったから! 嬉しかったんだ、だってアエロが羨ましくて」
うらやましくて
本当は嫌だったよ。記憶改竄された蛍がアエロを抱いてたの。蛍が一番の被害者だったから仕方ないことだったけど、でも、いつだって仕方ないことだった。愛人のことも。我慢するしかなかったけど、本当は我慢なんかしたくなかった。
「だから、ほたる。あんたが欲しいんだ」
泣きながら伸ばされた俺の腕を、放心状態で見つめる蛍。それくらい、蛍にとって「強要」は拒否感のあることなんだろう。
「どうしてだろうな。お前の表情はひとつひとつが愛おしく、もっと見たくなる」
濡れた目元を唇が吸う。入ったままのポンプが抜かれ、指が差し入れられた。
「ふ…ッぅ!」
入り口をまさぐって解す感触に、唇を噛んで耐える。蛍はそういう俺の顔を恍惚と見つめていた。これは、見知った光景。蛍はよくこんなふうに、俺の顔や反応を見ながら俺を煽った。
「唇が切れる。噛むな」
「や、あっ」
「うん、口は開けておけ」
「…ッあ」
真ん中あたりのとこ、いい具合に擦るように揉まれて目が眩む。
「も…も、くれ、焦らすっ、の…つら」
「もっとゆっくりと、しみじみ味わいたいのだが。悦い顔をする。泣いた顔も感じ入る顔も、かわゆいなあ、お前は」
前髪をのけるように額を撫でられた。その手が、膝裏に滑り込む。
「う……」
潤滑剤が溢れてぬめった尻の割れ目に熱い肉塊が押し当てられる。焦れて煽られて持て余して、一生懸命擦り付けた。
「こら、暴れるな。入れにくい」
なんて苦笑ながらの台詞、どっかで聞いたなあ。あんたの中ではアエロとの思い出になっちゃってんだろうけど。
あー、つらい。今になって辛い。今までは忘れられたら蛍と元の関係になんて戻れないと諦めてたから、いざ戻れるとなると辛い。欲深いもんだな、おい。まずこの状況に行けたことを喜べばいいのに、なんで涙が出てくるんだよ……
「クロネ……後悔しているのか」
「ちがう、ばか、早く挿れてほしいだけだ。はやく……っ!」
「……俺はどれだけお前を開発したのか?」
ものすごくだよ、ものすごく! すごくたくさんいっぱいさんざん!
「あぅ」
ぬっと肉口を拡げて押し入るまるい先端。痺れて痺れてシーツを掴んだ。
「……っとぉ、もっとおく、おくぅ」
「わかった、わかった。慌てるな、乱暴すると傷になる」
ちゅ、ちゅ、と頬にキスしながら、もどかしい優しさで蛍が腰を揺らしながら入ってくる。奥まで入って、絞り出すように息をついた。心地よさより満たされたことが嬉しくて、泣いた。
「ひっ、う……ひぅ」
「泣くな。泣かれると、胸が痛む」
「うぅうるさい! はやくうごけ、ばか! ほたるのばか!!」
「うん、うん」
「あっう…はあぁ…ん」
肉棒が直腸で蠢きはじめて蕩けそうになった。あ、この…きもちい、しか考えられないの、はじめての時みた……
「あ……きもちぃ、ほたる…ほたるぅ」
「かわいい、かわいいクロネ。かわいい……ねこ、ねこ」
「あぅ、ああっ。あぁあ」
奥を揺らされて捏ねられて抉られて穿たれて、もう痺れて気持ちよくて満たされて死にそうになる。
ずっと繋がってたいなあ。
なんて思いながら、あんまり持たずに痙攣しながらイった。
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優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
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