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「あいつ確かオタクだから、お前らと仲良くなれんじゃね?」
ロマバッカニアの統括サノに打診され、私掠船メンバーは舞い上がった。クロネちゃんがくる、しかも一緒にアニメやゲームを楽しめる!? と。
ところが実際には「多少」嗜む程度で、あとはストイックなものだった。
「まーそんなもんだよな」
「あの子、皇星のニブル宮に寄るとかで皇宙軍の船に乗っていったよ。VIP扱いで。基本セレブ体質なんだな」
「俺らと違う人種だったわ……」
この頃には黒音も、菊蛍の影響を受けて仕草が似るようになっていたので、彼らにとっては余計にそう感じられた。
「も、俺ずっと緊張してた。男だから大丈夫と思ったのに、美少女いるのと大差なかった」
「突然美少女がやってきて共同生活なんてアニメ展開、俺らには無理だった」
「ラッキースケベ言うても男だから関係ない……と思ったけど身体きれいすぎていかんかった。俺らとは根本的に違う生き物」
「ハマツ完スルーには笑ったな。ハマツを初めて見たとき「え…?」みたいな顔して、そのうち居ないもののように過ごし始めて」
「あと船長が紳士ぶってて笑った。緊張が伝わってんのか、クロネちゃんも困り顔のから笑い」
「んだオラァ! 腹筋千回イクかオラ!」
とは、低酸素トレーニング中の船長。クロネちゃんがいなければこんなものだ。
「やー、でも、ハマツ問題は反省した。これからクルー増えることもあるだろうし。イツモ加入時はなんだかんだ上手く行ったけど、女性器連呼に舌打ち連打はいかん。訴えられたら即負けるレベル。狭い空間なんだからさ」
「そういえば、あんまりイツモとクロネちゃんが話してるとこ見なかったな。この面子じゃイツモが一番マトモなのに」
操舵手のイツモ、双子に水を向けられて苦笑する。
「いや、僕も緊張してました。一回、怪我させちゃいましたし」
「あれな! あれは駄目だよ、あの子、宙戦は初陣だったのに。急ぐ事態でもなかったろ」
「反省です……僕も舞い上がってたんですかね。ウィッカーの頭に怪我させるなんて」
「あれがクロネじゃなかったらちょっと怪我したくらい気にしねークセに」
ハマツが呟くと、その場の全員が「まあな?」と笑う。
「てかハマツ、なに黄昏てんの? 窓から星なんか眺めて」
「あー、クロネちゃんいなくなってハマツなりに寂しいんだ?」
「っせー! あんなお荷物○○○いなくなって清々してんだ!」
「だからそれ駄目だって。俺たち、ロマの国に三味線聞きにおいでってお呼ばれしたからさ、そん時クロネちゃんと菊蛍さんに揃って見なかったことにされたら一生もののトラウマになるよ?」
「………」
その様を想像してまったのか、ハマツは反論もせず大人しい。ハマツはこう見えてとても繊細だ。イツモの時はグイグイ近寄って趣味を聞き出したのに、クロネちゃんには近寄れず、うろうろそわそわするばかりだった。
双子とイツモは忍び笑いをしながら、それぞれの配置についた。
「そんじゃ今日も美女も美少女もいない宇宙で頑張りますか!」
***
「それはお互い災難だったな。宇宙の荒くれ者とクロじゃ無理だって」
チャットーキーで志摩王子に笑われた。俺は皇宙軍の母艦の一室で三味線のお稽古中。
「オタクだって言うからマイルドかなって」
「生粋のオタクとクロは違う人種だよ」
「学生時代はオタク呼ばわりされてたけどなあ」
「ちょっとゲームやってるだけでオタク呼ばわりするの、いるいる。俺たちは腐男子だしな、オタクと言えばオタクだが、生粋のはオタク活動が生き甲斐なんだよ」
んー、俺の人生は蛍になっちゃってるから、それは分からん。
「志摩王子は、ハマツみたいなタイプにどうする?」
「一回遭遇したよ。その時は……」
以下、志摩王子の回想。
「***(とても下品な言葉」
「なに? 聞こえない」
「***!(聞くに耐えない言葉」
「もっと大きい声で」
「***!!」
「聞こえねえなあ! もっと腹から声出して!」
「***!!」
「心こめて! 情感豊かに!!」
「すいませんでした」
回想終わり。
志摩王子は根が軍人てか脳筋てか。俺には真似できない。情感豊かにってなんだよ。
やり方はあれだけど、要するにマウントの取り合いで勝った話だよな。さすが志摩王子。嫌なことを言われたら、聞き返して何度も言わせる。そりゃ嫌だ。
「ねー、志摩王子」
「オト?」
「***ってなに?」
「……デオルカン殿下にはナイショな。というか二度とその言葉を口にしちゃ駄目だぞ」
皇王族が口にする機会があっちゃならない言葉ではある。俺も言ったことはないが。
「それで俺、すっかり自信がなくなって。皇宙軍で鍛えて貰おうと思ったのに、このくらいで倒れるなんて」
「ウィッカーにかかる負荷を甘く見るな。親父どのにも言われなかったか? 特にクロのセキュリティ同化は相当神経を使うんだ。敵に察知されんようにとなれば普通に能力使うのとは訳が違う。
いつ海賊船と遭遇するか分からないストレス、狭い船内、ウィッカー能力、少人数の組織で合わない奴、別件の仕事、恋人との不和、これだけの条件が揃えば病むよ」
「蛍は大丈夫なの?」
う。出来るだけ忘れてようと思ったけど、葛王子に話題振られた。
「どうしたらいいか、分からない。下手に記憶刺激出来ない状態だし」
「俺も婿どのが、俺との思い出忘れたら病む」
「オトも無理……」
「お前たちと違って、婿どのが俺を選んでくれたのは本当に偶然だったんだ。結婚当初は嫌われてたくらいだ」
嫌われてるとこから始まって、あのシヴァロマ皇子を、あそこまでの愛妻家に調教する志摩王子怖すぎる。あんたなら忘れられても逆に大丈夫だろ。
「デオルカン殿下は、何度オトに出会っても一目惚れするだろうから大丈夫だろ。
でも、菊蛍は……アクシデントがあったから肉体関係持ったんだっけ? それがなければ、60歳年下は孫感覚じゃないか?」
「ほんとそんな感じ。それでうっかり、アエロにやきもち妬いてたみたいなこと言っちゃって、それ以降、音信不通」
「あー、難しい。アエロにうんざりした後だろうからな」
「俺を好きだった記憶をアエロに置き換えてる状態でアエロにうんざりするってことは……」
「あのな、思い出を置き換えたって、アエロはクロじゃない。俺から言わせてみれば、あいつとお前は似てないよ。お前とは友達だけど、アエロと対等になる気はない」
「何が違うんだ? 俺も口べたのガキなのに」
「理解力が違う。オトだって対人苦手で子供っぽいが、深いところまでよく見る。それどころか俺たちの知らない世界を見てる。アエロはやっていいことと悪いことの違いが分からない奴だ。環境的に同情の余地ありだと思うから置いてるが……俺にとって価値はない。人としても、ウィッカーとしても。
俺でさえそうなのに、お前に会うまで鷹鶴以外全く信用してなかった菊蛍があんなガキ相手にするか」
「あんなガキ……」
「だから自分とアエロを同列に置くのやめろ。お前は足掻いて努力出来る奴で、ヤマトマフィアの懐に飛び込める奴で、ウィッカプールの貧困層を見たら即座に彼らを救おうと考えられる奴だ。アエロにそれは出来ない。普通の奴は自分が助かることしか考えられないんだ」
「ウィッカプールの件は蛍の仕事を継ごうと考えたからで、昔の自分ならしなかった」
「アエロは、たとえ菊蛍の背負ったものを知っても何も出来ない。菊蛍の背負ったものを受け止めることも、肩代わりすることも出来ない。せいぜい彼の手足になれるよう努力するだけだ。お前はもう少し自分を理解すべきだ。オトもだけどな」
「オトがなぁに?」
「オトは凄い子なんだぞ。わかる?」
「オトは駄目な子だ。みんなそう言ってた」
「……お前らは認知の歪みをカウンセラーに矯正してもらうべきだ」
「葛王子が凄いのはとにかく、自分のことはわからん」
「オトもわかんない」
葛王子が凄いってか、凄すぎるのは事実だ。宇宙の間違いで産まれた異端児と言って過言じゃないくらいに。それでも自分を「駄目な子」と信じているのは不思議だ。洗脳って怖い。
俺は……葛王子ほど異端じゃないだろ。前例のないウィッカーと言っても、志摩王子やハイドほど汎用性がなく、使いづらいだけの普通の機械感応だ。
ウィッカーは機械感応が一番多い。マイクロチップ通して仮想次元に干渉する現象だからな、機械と一番相性がいいに決まってる。
ウィッカプールの件だって、みんなに助け求めまくっただけ。俺は学生レベルのシステム組んだだけだ。
三味線も、三味線って楽器が珍しいだけで、宇宙にはもっとすごいアーティストやプレイヤーがごろごろいる。
「クロって、宇宙規模の天才と比べなきゃ自分を評価できないのか?」
「? 凄い人と比べなきゃ意味ないだろ。楽器なんか幼児でも弾けるのに下見たって仕方ない」
「根深いな、おい……それメンヘラの傾向だぞ」
マジか。それはよくないな。
「蛍とは……何かの間違いだったんだ。諦める気はないし努力は続ける。でも、記憶のない蛍に言い寄る気はない」
「体大丈夫?」
「そろそろ限界かな!」
「クロネ、具合悪いのか」
「オトはまだ知らなくていいんだよ」
葛王子もエロ同人普通に読んでるけど、デオルカン皇子がまだ手を出してないんだもんなあ……
「でもな、クロ。被害者はあくまで菊蛍だ。プロポーズして、そいつの他にはいないって程の相手を忘れさせられたんだ。菊蛍にとってどれだけ悲しいことか……わかってやれ」
わかる、けども。
記憶刺激できない状況で俺に何をしろと? やり直したら別の思い出から始まってしまう。別の恋になってしまう。十年経って無理だったら考えるけど、今は回復を待つしかない。
「黒音様」
部屋に付属のトーキーに通信が入って、そっちに視線を向ける。
「はい?」
「じきに皇星のステーションに入ります。今回、デオルカン殿下はご不在です。また、シヴァロマ殿下もいらっしゃいません。デオルカン殿下はアジャラ殿下の妨害を予測されました。
我々皇宙軍がお守りいたしますが、お知らせいたします」
「ぼ、妨害ですか。皇星で?」
「皇子同士の争いは珍しくございません。それぞれの宮の敷地内に入れば不可侵ですが、それ以外では……我々の護衛以外にも、葛王子殿下もいらっしゃるので、万が一はありません、ご安心ください」
あーな。皇星潰れるくらいの巨大隕石降ってくるかしないと、あの王子は倒せないだろうな。
「クロネ、久しぶり!」
ボーディンブリッジから降りる前に、エアブーツで飛んできた葛王子に飛びつかれた。げっふ。一緒の将校さんが支えてくれた。さすが。
「いま婿さまいない。なにしてあそぶか?」
「ああ、葛王子。実は、エアブーツの使い方を教えて欲しいんだ」
「いいよ! 一緒に飛べる人いないから嬉しい。でもオトは小さい頃からエアブーツで生活してるからなー」
日常的に使用してるもんに勝るものはないよな。それにしてもエアブーツで生活って、ローラーブレードでアクロバットしながら生きてるようなもんだろ。
新築のニブル宮は黒と白のチェッカー柄タイルが続く美しい庭の先にそびえてた。白に金枠の窓がたくさん並んでるのが印象的だ。
ところが、優雅なのは表だけで、裏手の敷地内には訓練場が広がってた。さすがニブル双子皇子+宇宙の異端児の住宅。脳筋というか脳軍というか。
志摩でも出なかったようなお上品で高級なおやつ出されて、葛王子がそれをぺろっと食べてから、身を乗り出してきた。
「クロネ、三味線!」
「うん」
求められるままに演奏して、途中で葛王子も自前の三味線持ち出して弾き始めた。あれからまた更に腕上げたな……
「でもねー、クロネの音は出せない。アレンジも苦手。クロネが演奏したやつなら真似できるけど、真似しかできない。
オトが駄目な子だからかと思ったけど、婿さまがクロネにはクロネしか出せない音があるから、オトはオトの音を出せばいいって」
「至言だな。さすがデオルカン皇子」
「ね! 婿さまかっこいい!」
はー、かわいいな。俺、兄弟いないから……
午後から早速、エアブーツの練習を初めた。これが不安定で不安定で。同化でシステム制御してんのにまっすぐ飛ぶだけでひと苦労。
「婿さまなんて初めてのときに速く跳びすぎて転んだよ。あはは」
なんだそれ見たかった。
「でもクロネ上手だ。初めての人は大抵くじける」
「ウィッカーじゃなかったら諦めてたとこだ。制御系統が複雑」
「オトは意識したことないけどな」
そりゃ意識してたらこんなもん履いて戦えないだろう。エアブーツを使う強化歩兵もいるにはいるらしいが、葛王子ほど巧みには操れないってさ。
翌日、デオルカン殿下が帰宅なさった。
飛びついてきた葛王子を抱きとめ(体幹すげえな)、俺に手を上げる。
「お見舞金ありがとうございました、デオルカン皇子。何の手土産もありませんで」
「オトツバメが機嫌よく出迎えたのが何よりの土産だ。留守にしとくと拗ねる」
「葛王子はいつもお留守番で?」
「戦闘があるときは連れていく。俺が見たい。今回は会議だ。ロマの国を認めるか否かの、結果の決まった議論をな」
あー、会議をしたって事実が重要なんですね。
「実はデオルカン殿下にひとつお願いが」
「なんだ」
「クラライア殿下にウィッカプールで救助していただいたお礼を言いたくて……何の土産もありませんが、ヴィーヴィー王女のために三味線でも一曲」
「何よりの土産だろうよ。ただ、そうか。ガリア宮に行くとなると俺が同伴せにゃならん。アジャラが来るな、確実に」
「確実に?」
「アジャラは貴様を俺たちに奪われたと考えている。面子のためにも確実絶対に襲撃してくる。皇族同士の争いで妻を戦わせる訳にいかんから、俺とアジャラの戦闘になるな」
「そ、それならいいです!」
「バカが、俺がクラライアに恨まれるわ。それにまあ、俺も奴と戦るのはやぶさかではねえ」
ああ……笑うって威嚇行為なんだっけ? そういう素敵な笑顔をしてらっしゃる。葛王子もはしゃいでるし、もう止められない。
中略。
皇族の戦闘は凄いです。俺は葛王子に守られてます。ときどき吹っ飛んでくる瓦礫なんかを葛王子がビット砲で撃ち落としたり、遮蔽にしたり、俺の腕を掴んで引いたりして。
これに比べたらクレオディスなんか雑魚だわ。二等兵だわ。お話にならないレベル。
俺なんかが皇帝に張り合う、その思考すら許されないんじゃないかと思えてきた。怖い。皇族怖い。ああ、庭木が蹴倒された。轟音を上げて飛んで倒れる、ポプラの木……
負けが濃厚になってきたアジャラ皇子が、ぎっと俺を睨んだ。な、なに?
「クロネ、結婚しよう!」
えん、えんだあ? いやー?
「俺に負けてるくせに何を寝言抜かしとる」
「あだだだだデオルカン締まってる締まってる!」
「締めてんだよ、言わせんなバカ者」
「えっと……俺を誰かの代わりにする人とはお付き合いできません。ごめんなさい」
「だってよ、諦めろや」
「ぐふ」
アジャラ皇子は泡吹いて倒れた。ヤマト私軍の方々が担架で運んでく。
なんだこの、マグニチュード8くらいの地震が起きたような跡地は。地面えぐれてるけど、なんでこうなったんだっけ? 見てたのにさっぱりわからん。この人ら、生身だったよな。下にファイバースーツくらいは着込んでるのかもしれんが。
「クロネ、怪我ない? 汚れたねー」
「クラライアに会うのに埃まみれじゃ殺される。いったん引き返すぞ」
我々は何をしに来たんでしたっけ。
改めて再出発。ガリア宮殿はかのベルサイユ宮殿を模して作られてる。外観も凄いけど中が! 金とシャンデリアの暴力。ニブル宮も頭おかしくなりそうなほど緻密な模様が壁に床にひしめいてて凄かったけど。
「いらっしゃい。知らせを受けてヴィーヴィーがとても喜んでいたのよ」
「作法も知らない無粋なロマにて失礼いたします。いつぞやは命をお助けいただき有難うございました」
「いいのよ。元気そうでよかったわ。オトツバメもよく来たわね」
「俺は?」
「貴様の顔なんぞ見飽きたわ。結果の決まった会議の中、正面にふたつも同じ顔並べられるあたしの気持ちがわかる?
でも貴方にしてはよくやったわ、褒めてあげるわよデオルカン。こーんな可愛いヤマトの子を二人も連れてくるなんて。おいで、妻が張り切っちゃってね」
張り切りすぎですねヴィーヴィー王女。ホールが立食パーティー状態なのに、客俺らだけ。
ヴィーヴィー王女は王族にしては珍しい、健康的な褐色肌をしている。肌に映える金の刺繍のドレスがよくお似合いの、綺麗な人だ。
クラライア殿下ももちろん美しいが……それ以上に迫力と筋肉がありすぎて、女性どころか人類とも思えない。皇族はみんなそんな感じ。
「お会いできて嬉しゅうございますわ。まあ、二人並んでると兄弟みたい。なんておかわいらしい」
「よかったわね、ヴィーヴィー」
クラライア皇女も愛妻家で有名。夜の生活とかは想像しないようにしよう。下世話封印。
葛王子と俺の演奏に喜ぶ妻を微笑ましげに見てる表情が……男性に見える。なんならデオルカン殿下より男前なまでに。タイトドレスなのに。
「ヴィーヴィー王女は菊蛍のファンだと聞きましたが」
「ええ、昔から。結婚前に志摩へお忍びで行ったときも、彼の舞台を見るためだったの」
「もう立場上、皇宮に招かれて芸を披露してくれることもなくなるわね」
「残念ですわ」
そっか、それはざん……ん? もしかして皇帝陛下が愛人枠から外れるのか? 喜んでいいのか、そこで安心するべきじゃないと自分を叱咤すべきか。
ニブル宮に帰ったら、鷹鶴から連絡が入ったんで、オープン回線に。
「蛍が日報の末尾に「クロネ今日も帰らず」って記入するようになったんだけど、いつ帰れる?」
「来たばかりだし、葛王子と気軽に会えなくなるから一週間はいるよ」
「ひとつき、ひとつき!!」
「ごめん葛王子……たぶん一ヶ月は蛍が爆発する」
「オトツバメ、お前も俺がひと月帰らねば大暴れするだろうが」
「うー」
膨らんだほっぺたが焼きたてのパンみたいだ。思わず指でぷしゅっと突いた。
とりあえず様子見に人形に入った。
珍しくデータリンクルームじゃなくて会議中だったらしくて、暇を持て余す。
「おう、猫野郎」
「鮫。会議は?」
「俺と関係ねー会議だ。私掠船はどうだった」
「海賊より普段の生活が過酷だった」
「だろうなー。けっへっへ。ちょっとは苦労がわかったか」
「あんたが根回ししてくれたおかげで、かなりスムーズだった。ありがと」
「……素直で気持ちわりぃな」
「親切なあんたもね」
「はっ、可愛くねえ」
とか言いながら、なぜか嬉しそうに歩き去った。
会議が終わってぞろぞろと人が出てくる。すれ違ったクレオディスが俺の頭をぽんと撫でていった。あの男もよくわかんねーな。煽ったかと思えば、気遣ったり。
鷹鶴と蛍と咲也さんだけが残る会議室を覗き込むと、難しい顔をしていた蛍がぱっと微笑む。
「クロネ。体調はいいのか」
「うん。もともと大したもんじゃなかった」
「皇星では大丈夫か。アジャラ皇子の襲撃などは」
俺がアジャラ皇子に拉致されたことも覚えてる、と。ほんと、いっぺん今の蛍の記憶がどうなってんのか、把握したほうがいいかもな。
鷹鶴は「よろしく」と俺の肩をたたき、咲也さんと退出、会議室の扉が閉まる。
「あんたこそ、顔色よくない。また根詰めたな」
「今だけだ。といっても、開拓惑星に着けばもっと忙しくなる。違う文化圏のロマが集えば混乱も起きようし、暫定政府の設立だけでも苦労する」
疲れた顔で笑う。ほんと、どうしてあんたがそんな苦労しなきゃいけないんだろうな?
「開拓惑星のほうの状況はまた説明する、が……すこし、よいか?」
「なに……な、」
きゅうっと抱きしめられた。
「うん。やはりしっくりくるな。生身であればもっとか?」
「何が」
「おかしなことを言うが、笑わずに聞いてくれるか。最近、俺の記憶が何者かに弄られたことは聞いただろう? 仕事や生活に支障はないと断定されたが、それでも何か足りないような、違和感があり……アエロを手放したせいかとも思ったが」
少し離れて俺の頬を包み、目を覗き込んでくる。蛍の綺麗な瞳に不安げな俺の顔が映り込んだ。人形と思えない精巧さだな。
「お前のことは、大切に育てようと思っていた。経験させるのもよいことと分かってはいるのだが手元にいないと心配でならない。過去に色々あったしな」
「な……なにが言いたい?」
「俺は、お前の代わりにアエロを側に置いていたのかと、思った、が……」
蛍は唇に袖をあてて考え込む。
「そのようなことをする性格でもない。お前がすきなら、俺はお前を口説く。だからお前でなかったのは確かだ、それは覚えてる」
俺だよ。確かじゃねーよ。確かと思い込んでるとこが怖い。
俺を好きだった思いが強いほどに暗示も強く蛍を縛る。厄介な能力だ、テレパス。今回みたいな特殊なケースじゃなければ、蛍がかかることもなかったろうに。
「ひとつ聞いてよいか。なぜ、その人形はセクサロイドなのだ? お前が志摩へ研修へ出た際に、こちらの仕事もこなせるよう制作した人形だったはずだ。セクサロイドである必要はない。
俺は普通のアンドロイドを注文したはずだ。だが、職人に問い合わせるとたしかにセクサロイドの発注だったという。誰かが改竄したのか……それとも俺の記憶が間違っているのか」
「蛍、無理をするな。それ以上、記憶を思い出そうとするなら、ミチルさんを呼ぶ。無理に思い出そうとするとよくないって言われたろ」
「だが、俺がお前のボディをセクサロイドにしたのなら、俺はお前に下心があってそうしたのかもしれん。お前は俺の大切な子なのに……」
完全に親モード入ってる。まーな。ほんっと成り行きだったからな。そういう段階を踏まなきゃ、俺達はきっと、親子や師弟みたいな間柄だったんだろう。
―――被害者は菊蛍だ。プロポーズして、そいつの他にはいないって程の相手を忘れさせられたんだ
志摩王子の言葉を思い出す。
迫るでも口説くでもなく、なんか巧いこと言えないか。なんか巧い言い回しはないか……!?
「お、俺は、全然かまわ、ない…っていうか」
「は?」
「ほ、蛍なら嬉しい…です」
口とんがらせながら目背けて言った。生身なら真っ赤になってるとこだ。
蛍は暫く沈黙していた。じっと、俺を見ている。言ったことをオールトの雲より深く後悔したが、い、言うべきことは言った。言葉は間違ってない。はず。
「―――っ!?」
突然、唇を塞がれた。腰を抱かれ、もう片方の手は、指を絡める。ちゅく、と舌を絡め唇を吸われる感触、だ…だめだ。
「ほた、ほたる……っ」
「駄目か? やはり無理か」
「ちがう、いま生身がニブル宮の寝室にあって、隣に葛王子寝てる! ここじゃ無理!!」
「……それは確かに無理だな」
蛍も一気に冷静になったようだ。俺の熱は煽られたまんまだが、仕方ない。こればっかりは。俺にしがみついて寝てるんだもん。デオルカン皇子はまた仕事で出掛けちゃったしさ。
「か…帰ったとき、な、生身、で…お、おねがいし……」
「クロネ!」
「ぎゃふ」
やめろ、あんた力強いんだよ締めるな! 皇族と比べりゃ華奢かもしれんが、比較対象が悪い。大抵の人類よりはゴリラなんだから手加減してくれ。
蛍は、久々に見るほっぺを染めたうさぎちゃん顔で、
「待っているからな、早く帰るのだぞ」
ふにゃんふにゃん笑い、頬ずりしてくる。なんか涙出てきた。
俺、あんたに愛されても許されるのかな。
ロマバッカニアの統括サノに打診され、私掠船メンバーは舞い上がった。クロネちゃんがくる、しかも一緒にアニメやゲームを楽しめる!? と。
ところが実際には「多少」嗜む程度で、あとはストイックなものだった。
「まーそんなもんだよな」
「あの子、皇星のニブル宮に寄るとかで皇宙軍の船に乗っていったよ。VIP扱いで。基本セレブ体質なんだな」
「俺らと違う人種だったわ……」
この頃には黒音も、菊蛍の影響を受けて仕草が似るようになっていたので、彼らにとっては余計にそう感じられた。
「も、俺ずっと緊張してた。男だから大丈夫と思ったのに、美少女いるのと大差なかった」
「突然美少女がやってきて共同生活なんてアニメ展開、俺らには無理だった」
「ラッキースケベ言うても男だから関係ない……と思ったけど身体きれいすぎていかんかった。俺らとは根本的に違う生き物」
「ハマツ完スルーには笑ったな。ハマツを初めて見たとき「え…?」みたいな顔して、そのうち居ないもののように過ごし始めて」
「あと船長が紳士ぶってて笑った。緊張が伝わってんのか、クロネちゃんも困り顔のから笑い」
「んだオラァ! 腹筋千回イクかオラ!」
とは、低酸素トレーニング中の船長。クロネちゃんがいなければこんなものだ。
「やー、でも、ハマツ問題は反省した。これからクルー増えることもあるだろうし。イツモ加入時はなんだかんだ上手く行ったけど、女性器連呼に舌打ち連打はいかん。訴えられたら即負けるレベル。狭い空間なんだからさ」
「そういえば、あんまりイツモとクロネちゃんが話してるとこ見なかったな。この面子じゃイツモが一番マトモなのに」
操舵手のイツモ、双子に水を向けられて苦笑する。
「いや、僕も緊張してました。一回、怪我させちゃいましたし」
「あれな! あれは駄目だよ、あの子、宙戦は初陣だったのに。急ぐ事態でもなかったろ」
「反省です……僕も舞い上がってたんですかね。ウィッカーの頭に怪我させるなんて」
「あれがクロネじゃなかったらちょっと怪我したくらい気にしねークセに」
ハマツが呟くと、その場の全員が「まあな?」と笑う。
「てかハマツ、なに黄昏てんの? 窓から星なんか眺めて」
「あー、クロネちゃんいなくなってハマツなりに寂しいんだ?」
「っせー! あんなお荷物○○○いなくなって清々してんだ!」
「だからそれ駄目だって。俺たち、ロマの国に三味線聞きにおいでってお呼ばれしたからさ、そん時クロネちゃんと菊蛍さんに揃って見なかったことにされたら一生もののトラウマになるよ?」
「………」
その様を想像してまったのか、ハマツは反論もせず大人しい。ハマツはこう見えてとても繊細だ。イツモの時はグイグイ近寄って趣味を聞き出したのに、クロネちゃんには近寄れず、うろうろそわそわするばかりだった。
双子とイツモは忍び笑いをしながら、それぞれの配置についた。
「そんじゃ今日も美女も美少女もいない宇宙で頑張りますか!」
***
「それはお互い災難だったな。宇宙の荒くれ者とクロじゃ無理だって」
チャットーキーで志摩王子に笑われた。俺は皇宙軍の母艦の一室で三味線のお稽古中。
「オタクだって言うからマイルドかなって」
「生粋のオタクとクロは違う人種だよ」
「学生時代はオタク呼ばわりされてたけどなあ」
「ちょっとゲームやってるだけでオタク呼ばわりするの、いるいる。俺たちは腐男子だしな、オタクと言えばオタクだが、生粋のはオタク活動が生き甲斐なんだよ」
んー、俺の人生は蛍になっちゃってるから、それは分からん。
「志摩王子は、ハマツみたいなタイプにどうする?」
「一回遭遇したよ。その時は……」
以下、志摩王子の回想。
「***(とても下品な言葉」
「なに? 聞こえない」
「***!(聞くに耐えない言葉」
「もっと大きい声で」
「***!!」
「聞こえねえなあ! もっと腹から声出して!」
「***!!」
「心こめて! 情感豊かに!!」
「すいませんでした」
回想終わり。
志摩王子は根が軍人てか脳筋てか。俺には真似できない。情感豊かにってなんだよ。
やり方はあれだけど、要するにマウントの取り合いで勝った話だよな。さすが志摩王子。嫌なことを言われたら、聞き返して何度も言わせる。そりゃ嫌だ。
「ねー、志摩王子」
「オト?」
「***ってなに?」
「……デオルカン殿下にはナイショな。というか二度とその言葉を口にしちゃ駄目だぞ」
皇王族が口にする機会があっちゃならない言葉ではある。俺も言ったことはないが。
「それで俺、すっかり自信がなくなって。皇宙軍で鍛えて貰おうと思ったのに、このくらいで倒れるなんて」
「ウィッカーにかかる負荷を甘く見るな。親父どのにも言われなかったか? 特にクロのセキュリティ同化は相当神経を使うんだ。敵に察知されんようにとなれば普通に能力使うのとは訳が違う。
いつ海賊船と遭遇するか分からないストレス、狭い船内、ウィッカー能力、少人数の組織で合わない奴、別件の仕事、恋人との不和、これだけの条件が揃えば病むよ」
「蛍は大丈夫なの?」
う。出来るだけ忘れてようと思ったけど、葛王子に話題振られた。
「どうしたらいいか、分からない。下手に記憶刺激出来ない状態だし」
「俺も婿どのが、俺との思い出忘れたら病む」
「オトも無理……」
「お前たちと違って、婿どのが俺を選んでくれたのは本当に偶然だったんだ。結婚当初は嫌われてたくらいだ」
嫌われてるとこから始まって、あのシヴァロマ皇子を、あそこまでの愛妻家に調教する志摩王子怖すぎる。あんたなら忘れられても逆に大丈夫だろ。
「デオルカン殿下は、何度オトに出会っても一目惚れするだろうから大丈夫だろ。
でも、菊蛍は……アクシデントがあったから肉体関係持ったんだっけ? それがなければ、60歳年下は孫感覚じゃないか?」
「ほんとそんな感じ。それでうっかり、アエロにやきもち妬いてたみたいなこと言っちゃって、それ以降、音信不通」
「あー、難しい。アエロにうんざりした後だろうからな」
「俺を好きだった記憶をアエロに置き換えてる状態でアエロにうんざりするってことは……」
「あのな、思い出を置き換えたって、アエロはクロじゃない。俺から言わせてみれば、あいつとお前は似てないよ。お前とは友達だけど、アエロと対等になる気はない」
「何が違うんだ? 俺も口べたのガキなのに」
「理解力が違う。オトだって対人苦手で子供っぽいが、深いところまでよく見る。それどころか俺たちの知らない世界を見てる。アエロはやっていいことと悪いことの違いが分からない奴だ。環境的に同情の余地ありだと思うから置いてるが……俺にとって価値はない。人としても、ウィッカーとしても。
俺でさえそうなのに、お前に会うまで鷹鶴以外全く信用してなかった菊蛍があんなガキ相手にするか」
「あんなガキ……」
「だから自分とアエロを同列に置くのやめろ。お前は足掻いて努力出来る奴で、ヤマトマフィアの懐に飛び込める奴で、ウィッカプールの貧困層を見たら即座に彼らを救おうと考えられる奴だ。アエロにそれは出来ない。普通の奴は自分が助かることしか考えられないんだ」
「ウィッカプールの件は蛍の仕事を継ごうと考えたからで、昔の自分ならしなかった」
「アエロは、たとえ菊蛍の背負ったものを知っても何も出来ない。菊蛍の背負ったものを受け止めることも、肩代わりすることも出来ない。せいぜい彼の手足になれるよう努力するだけだ。お前はもう少し自分を理解すべきだ。オトもだけどな」
「オトがなぁに?」
「オトは凄い子なんだぞ。わかる?」
「オトは駄目な子だ。みんなそう言ってた」
「……お前らは認知の歪みをカウンセラーに矯正してもらうべきだ」
「葛王子が凄いのはとにかく、自分のことはわからん」
「オトもわかんない」
葛王子が凄いってか、凄すぎるのは事実だ。宇宙の間違いで産まれた異端児と言って過言じゃないくらいに。それでも自分を「駄目な子」と信じているのは不思議だ。洗脳って怖い。
俺は……葛王子ほど異端じゃないだろ。前例のないウィッカーと言っても、志摩王子やハイドほど汎用性がなく、使いづらいだけの普通の機械感応だ。
ウィッカーは機械感応が一番多い。マイクロチップ通して仮想次元に干渉する現象だからな、機械と一番相性がいいに決まってる。
ウィッカプールの件だって、みんなに助け求めまくっただけ。俺は学生レベルのシステム組んだだけだ。
三味線も、三味線って楽器が珍しいだけで、宇宙にはもっとすごいアーティストやプレイヤーがごろごろいる。
「クロって、宇宙規模の天才と比べなきゃ自分を評価できないのか?」
「? 凄い人と比べなきゃ意味ないだろ。楽器なんか幼児でも弾けるのに下見たって仕方ない」
「根深いな、おい……それメンヘラの傾向だぞ」
マジか。それはよくないな。
「蛍とは……何かの間違いだったんだ。諦める気はないし努力は続ける。でも、記憶のない蛍に言い寄る気はない」
「体大丈夫?」
「そろそろ限界かな!」
「クロネ、具合悪いのか」
「オトはまだ知らなくていいんだよ」
葛王子もエロ同人普通に読んでるけど、デオルカン皇子がまだ手を出してないんだもんなあ……
「でもな、クロ。被害者はあくまで菊蛍だ。プロポーズして、そいつの他にはいないって程の相手を忘れさせられたんだ。菊蛍にとってどれだけ悲しいことか……わかってやれ」
わかる、けども。
記憶刺激できない状況で俺に何をしろと? やり直したら別の思い出から始まってしまう。別の恋になってしまう。十年経って無理だったら考えるけど、今は回復を待つしかない。
「黒音様」
部屋に付属のトーキーに通信が入って、そっちに視線を向ける。
「はい?」
「じきに皇星のステーションに入ります。今回、デオルカン殿下はご不在です。また、シヴァロマ殿下もいらっしゃいません。デオルカン殿下はアジャラ殿下の妨害を予測されました。
我々皇宙軍がお守りいたしますが、お知らせいたします」
「ぼ、妨害ですか。皇星で?」
「皇子同士の争いは珍しくございません。それぞれの宮の敷地内に入れば不可侵ですが、それ以外では……我々の護衛以外にも、葛王子殿下もいらっしゃるので、万が一はありません、ご安心ください」
あーな。皇星潰れるくらいの巨大隕石降ってくるかしないと、あの王子は倒せないだろうな。
「クロネ、久しぶり!」
ボーディンブリッジから降りる前に、エアブーツで飛んできた葛王子に飛びつかれた。げっふ。一緒の将校さんが支えてくれた。さすが。
「いま婿さまいない。なにしてあそぶか?」
「ああ、葛王子。実は、エアブーツの使い方を教えて欲しいんだ」
「いいよ! 一緒に飛べる人いないから嬉しい。でもオトは小さい頃からエアブーツで生活してるからなー」
日常的に使用してるもんに勝るものはないよな。それにしてもエアブーツで生活って、ローラーブレードでアクロバットしながら生きてるようなもんだろ。
新築のニブル宮は黒と白のチェッカー柄タイルが続く美しい庭の先にそびえてた。白に金枠の窓がたくさん並んでるのが印象的だ。
ところが、優雅なのは表だけで、裏手の敷地内には訓練場が広がってた。さすがニブル双子皇子+宇宙の異端児の住宅。脳筋というか脳軍というか。
志摩でも出なかったようなお上品で高級なおやつ出されて、葛王子がそれをぺろっと食べてから、身を乗り出してきた。
「クロネ、三味線!」
「うん」
求められるままに演奏して、途中で葛王子も自前の三味線持ち出して弾き始めた。あれからまた更に腕上げたな……
「でもねー、クロネの音は出せない。アレンジも苦手。クロネが演奏したやつなら真似できるけど、真似しかできない。
オトが駄目な子だからかと思ったけど、婿さまがクロネにはクロネしか出せない音があるから、オトはオトの音を出せばいいって」
「至言だな。さすがデオルカン皇子」
「ね! 婿さまかっこいい!」
はー、かわいいな。俺、兄弟いないから……
午後から早速、エアブーツの練習を初めた。これが不安定で不安定で。同化でシステム制御してんのにまっすぐ飛ぶだけでひと苦労。
「婿さまなんて初めてのときに速く跳びすぎて転んだよ。あはは」
なんだそれ見たかった。
「でもクロネ上手だ。初めての人は大抵くじける」
「ウィッカーじゃなかったら諦めてたとこだ。制御系統が複雑」
「オトは意識したことないけどな」
そりゃ意識してたらこんなもん履いて戦えないだろう。エアブーツを使う強化歩兵もいるにはいるらしいが、葛王子ほど巧みには操れないってさ。
翌日、デオルカン殿下が帰宅なさった。
飛びついてきた葛王子を抱きとめ(体幹すげえな)、俺に手を上げる。
「お見舞金ありがとうございました、デオルカン皇子。何の手土産もありませんで」
「オトツバメが機嫌よく出迎えたのが何よりの土産だ。留守にしとくと拗ねる」
「葛王子はいつもお留守番で?」
「戦闘があるときは連れていく。俺が見たい。今回は会議だ。ロマの国を認めるか否かの、結果の決まった議論をな」
あー、会議をしたって事実が重要なんですね。
「実はデオルカン殿下にひとつお願いが」
「なんだ」
「クラライア殿下にウィッカプールで救助していただいたお礼を言いたくて……何の土産もありませんが、ヴィーヴィー王女のために三味線でも一曲」
「何よりの土産だろうよ。ただ、そうか。ガリア宮に行くとなると俺が同伴せにゃならん。アジャラが来るな、確実に」
「確実に?」
「アジャラは貴様を俺たちに奪われたと考えている。面子のためにも確実絶対に襲撃してくる。皇族同士の争いで妻を戦わせる訳にいかんから、俺とアジャラの戦闘になるな」
「そ、それならいいです!」
「バカが、俺がクラライアに恨まれるわ。それにまあ、俺も奴と戦るのはやぶさかではねえ」
ああ……笑うって威嚇行為なんだっけ? そういう素敵な笑顔をしてらっしゃる。葛王子もはしゃいでるし、もう止められない。
中略。
皇族の戦闘は凄いです。俺は葛王子に守られてます。ときどき吹っ飛んでくる瓦礫なんかを葛王子がビット砲で撃ち落としたり、遮蔽にしたり、俺の腕を掴んで引いたりして。
これに比べたらクレオディスなんか雑魚だわ。二等兵だわ。お話にならないレベル。
俺なんかが皇帝に張り合う、その思考すら許されないんじゃないかと思えてきた。怖い。皇族怖い。ああ、庭木が蹴倒された。轟音を上げて飛んで倒れる、ポプラの木……
負けが濃厚になってきたアジャラ皇子が、ぎっと俺を睨んだ。な、なに?
「クロネ、結婚しよう!」
えん、えんだあ? いやー?
「俺に負けてるくせに何を寝言抜かしとる」
「あだだだだデオルカン締まってる締まってる!」
「締めてんだよ、言わせんなバカ者」
「えっと……俺を誰かの代わりにする人とはお付き合いできません。ごめんなさい」
「だってよ、諦めろや」
「ぐふ」
アジャラ皇子は泡吹いて倒れた。ヤマト私軍の方々が担架で運んでく。
なんだこの、マグニチュード8くらいの地震が起きたような跡地は。地面えぐれてるけど、なんでこうなったんだっけ? 見てたのにさっぱりわからん。この人ら、生身だったよな。下にファイバースーツくらいは着込んでるのかもしれんが。
「クロネ、怪我ない? 汚れたねー」
「クラライアに会うのに埃まみれじゃ殺される。いったん引き返すぞ」
我々は何をしに来たんでしたっけ。
改めて再出発。ガリア宮殿はかのベルサイユ宮殿を模して作られてる。外観も凄いけど中が! 金とシャンデリアの暴力。ニブル宮も頭おかしくなりそうなほど緻密な模様が壁に床にひしめいてて凄かったけど。
「いらっしゃい。知らせを受けてヴィーヴィーがとても喜んでいたのよ」
「作法も知らない無粋なロマにて失礼いたします。いつぞやは命をお助けいただき有難うございました」
「いいのよ。元気そうでよかったわ。オトツバメもよく来たわね」
「俺は?」
「貴様の顔なんぞ見飽きたわ。結果の決まった会議の中、正面にふたつも同じ顔並べられるあたしの気持ちがわかる?
でも貴方にしてはよくやったわ、褒めてあげるわよデオルカン。こーんな可愛いヤマトの子を二人も連れてくるなんて。おいで、妻が張り切っちゃってね」
張り切りすぎですねヴィーヴィー王女。ホールが立食パーティー状態なのに、客俺らだけ。
ヴィーヴィー王女は王族にしては珍しい、健康的な褐色肌をしている。肌に映える金の刺繍のドレスがよくお似合いの、綺麗な人だ。
クラライア殿下ももちろん美しいが……それ以上に迫力と筋肉がありすぎて、女性どころか人類とも思えない。皇族はみんなそんな感じ。
「お会いできて嬉しゅうございますわ。まあ、二人並んでると兄弟みたい。なんておかわいらしい」
「よかったわね、ヴィーヴィー」
クラライア皇女も愛妻家で有名。夜の生活とかは想像しないようにしよう。下世話封印。
葛王子と俺の演奏に喜ぶ妻を微笑ましげに見てる表情が……男性に見える。なんならデオルカン殿下より男前なまでに。タイトドレスなのに。
「ヴィーヴィー王女は菊蛍のファンだと聞きましたが」
「ええ、昔から。結婚前に志摩へお忍びで行ったときも、彼の舞台を見るためだったの」
「もう立場上、皇宮に招かれて芸を披露してくれることもなくなるわね」
「残念ですわ」
そっか、それはざん……ん? もしかして皇帝陛下が愛人枠から外れるのか? 喜んでいいのか、そこで安心するべきじゃないと自分を叱咤すべきか。
ニブル宮に帰ったら、鷹鶴から連絡が入ったんで、オープン回線に。
「蛍が日報の末尾に「クロネ今日も帰らず」って記入するようになったんだけど、いつ帰れる?」
「来たばかりだし、葛王子と気軽に会えなくなるから一週間はいるよ」
「ひとつき、ひとつき!!」
「ごめん葛王子……たぶん一ヶ月は蛍が爆発する」
「オトツバメ、お前も俺がひと月帰らねば大暴れするだろうが」
「うー」
膨らんだほっぺたが焼きたてのパンみたいだ。思わず指でぷしゅっと突いた。
とりあえず様子見に人形に入った。
珍しくデータリンクルームじゃなくて会議中だったらしくて、暇を持て余す。
「おう、猫野郎」
「鮫。会議は?」
「俺と関係ねー会議だ。私掠船はどうだった」
「海賊より普段の生活が過酷だった」
「だろうなー。けっへっへ。ちょっとは苦労がわかったか」
「あんたが根回ししてくれたおかげで、かなりスムーズだった。ありがと」
「……素直で気持ちわりぃな」
「親切なあんたもね」
「はっ、可愛くねえ」
とか言いながら、なぜか嬉しそうに歩き去った。
会議が終わってぞろぞろと人が出てくる。すれ違ったクレオディスが俺の頭をぽんと撫でていった。あの男もよくわかんねーな。煽ったかと思えば、気遣ったり。
鷹鶴と蛍と咲也さんだけが残る会議室を覗き込むと、難しい顔をしていた蛍がぱっと微笑む。
「クロネ。体調はいいのか」
「うん。もともと大したもんじゃなかった」
「皇星では大丈夫か。アジャラ皇子の襲撃などは」
俺がアジャラ皇子に拉致されたことも覚えてる、と。ほんと、いっぺん今の蛍の記憶がどうなってんのか、把握したほうがいいかもな。
鷹鶴は「よろしく」と俺の肩をたたき、咲也さんと退出、会議室の扉が閉まる。
「あんたこそ、顔色よくない。また根詰めたな」
「今だけだ。といっても、開拓惑星に着けばもっと忙しくなる。違う文化圏のロマが集えば混乱も起きようし、暫定政府の設立だけでも苦労する」
疲れた顔で笑う。ほんと、どうしてあんたがそんな苦労しなきゃいけないんだろうな?
「開拓惑星のほうの状況はまた説明する、が……すこし、よいか?」
「なに……な、」
きゅうっと抱きしめられた。
「うん。やはりしっくりくるな。生身であればもっとか?」
「何が」
「おかしなことを言うが、笑わずに聞いてくれるか。最近、俺の記憶が何者かに弄られたことは聞いただろう? 仕事や生活に支障はないと断定されたが、それでも何か足りないような、違和感があり……アエロを手放したせいかとも思ったが」
少し離れて俺の頬を包み、目を覗き込んでくる。蛍の綺麗な瞳に不安げな俺の顔が映り込んだ。人形と思えない精巧さだな。
「お前のことは、大切に育てようと思っていた。経験させるのもよいことと分かってはいるのだが手元にいないと心配でならない。過去に色々あったしな」
「な……なにが言いたい?」
「俺は、お前の代わりにアエロを側に置いていたのかと、思った、が……」
蛍は唇に袖をあてて考え込む。
「そのようなことをする性格でもない。お前がすきなら、俺はお前を口説く。だからお前でなかったのは確かだ、それは覚えてる」
俺だよ。確かじゃねーよ。確かと思い込んでるとこが怖い。
俺を好きだった思いが強いほどに暗示も強く蛍を縛る。厄介な能力だ、テレパス。今回みたいな特殊なケースじゃなければ、蛍がかかることもなかったろうに。
「ひとつ聞いてよいか。なぜ、その人形はセクサロイドなのだ? お前が志摩へ研修へ出た際に、こちらの仕事もこなせるよう制作した人形だったはずだ。セクサロイドである必要はない。
俺は普通のアンドロイドを注文したはずだ。だが、職人に問い合わせるとたしかにセクサロイドの発注だったという。誰かが改竄したのか……それとも俺の記憶が間違っているのか」
「蛍、無理をするな。それ以上、記憶を思い出そうとするなら、ミチルさんを呼ぶ。無理に思い出そうとするとよくないって言われたろ」
「だが、俺がお前のボディをセクサロイドにしたのなら、俺はお前に下心があってそうしたのかもしれん。お前は俺の大切な子なのに……」
完全に親モード入ってる。まーな。ほんっと成り行きだったからな。そういう段階を踏まなきゃ、俺達はきっと、親子や師弟みたいな間柄だったんだろう。
―――被害者は菊蛍だ。プロポーズして、そいつの他にはいないって程の相手を忘れさせられたんだ
志摩王子の言葉を思い出す。
迫るでも口説くでもなく、なんか巧いこと言えないか。なんか巧い言い回しはないか……!?
「お、俺は、全然かまわ、ない…っていうか」
「は?」
「ほ、蛍なら嬉しい…です」
口とんがらせながら目背けて言った。生身なら真っ赤になってるとこだ。
蛍は暫く沈黙していた。じっと、俺を見ている。言ったことをオールトの雲より深く後悔したが、い、言うべきことは言った。言葉は間違ってない。はず。
「―――っ!?」
突然、唇を塞がれた。腰を抱かれ、もう片方の手は、指を絡める。ちゅく、と舌を絡め唇を吸われる感触、だ…だめだ。
「ほた、ほたる……っ」
「駄目か? やはり無理か」
「ちがう、いま生身がニブル宮の寝室にあって、隣に葛王子寝てる! ここじゃ無理!!」
「……それは確かに無理だな」
蛍も一気に冷静になったようだ。俺の熱は煽られたまんまだが、仕方ない。こればっかりは。俺にしがみついて寝てるんだもん。デオルカン皇子はまた仕事で出掛けちゃったしさ。
「か…帰ったとき、な、生身、で…お、おねがいし……」
「クロネ!」
「ぎゃふ」
やめろ、あんた力強いんだよ締めるな! 皇族と比べりゃ華奢かもしれんが、比較対象が悪い。大抵の人類よりはゴリラなんだから手加減してくれ。
蛍は、久々に見るほっぺを染めたうさぎちゃん顔で、
「待っているからな、早く帰るのだぞ」
ふにゃんふにゃん笑い、頬ずりしてくる。なんか涙出てきた。
俺、あんたに愛されても許されるのかな。
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