ロマの王

いみじき

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 黒音が帰って、蛍の機嫌が格段によくなった。

 よくなったどころではない、花が飛んでいる。現在、急ピッチでアセンブリプラントを建築しているが、異様なまでの効率を見た。囚人兵は優秀な工員でもあると、やっと実感したほどに。

 完成したプラントからどんどん建材を制作し、次のプラントを制作する。どういうペースで、どれほど制作すればスムーズかをよく把握していた。

「うん。後は急ぎすぎてもよくない。星の子の散布はボットに任せ、本日は全体の休息日としよう。鷹鶴、クロネは?」

 黒音との時間を作りたかったわけね、と現場監修を行っていた鷹鶴は苦笑しながら、作業員全体のマップを呼び出す。

「星の子制御施設の建設地だぜ。ブリタニアスラムの連中と一緒に。お前が指示したんだろ」

「そうであったそうであった。迎えにゆくか」

 なんという締まりのない顔……記憶が弄られても、似た少年がいようと、結局こうなるなら本物だ。

「そういや、ブリタニア王が物資持って見舞いに来るって。まー当然、母艦の礼を期待してくると思うぜ。どうするん」

「………」

 蛍の目が死んだ。なんで蛍すぐ死んでしまうん、目が。

「これからは容易く触れられない高嶺の花路線で行こうと思ったが、母艦では難しいな」

「母艦と大量の物資。まあ、ブリタニアスラムの連中引き取ったんだから感謝してほしいくらいだけど……そうそう、そのブリタニアスラムの連中から、クロートを配置換えしてくれって嘆願きてる。ブリタニアスラムの連中が猥語言うたびクロートが作業停止させるからだって」

「それでよい、俺が頼んだことである。いま作業を進めることよりも、彼らの言葉を改めさせるべきだ。さもなければ他のロマが病む」

「聞きしに勝る凄まじさだからな……」

 ブリタニアスラムは迫害されたロマの集団で、ロマの中でも特に嫌われている。彼らは不快にさせることで敵を追い出し、身を守ってきた。数百年に及ぶ筋金入りの文化だ。

 だが、それはここでは必要ない。害悪にしかならない。

「クロート一人に任せて大丈夫か?」

「一人にやらせるつもりはなかったが、クロネがやると言って聞かん。他に誰も彼らと関わりたがる者もなく……それを含めて様子を見に行くさ。ブリタニア王のことは後で考える。

 お前も束の間の休息を楽しめ」

「そうさせてもらう」

 いやしかし、黒音が帰ってきてくれて本当によかった。

 実は菊蛍、ブリタニアスラムのロマは扱いがあまりに難しいので、惑星に着く前に事故を装って殺してしまおうか検討していた。そうしてしまいたいほど厄介な案件ではあるものの、さすがに必死で止めたのだ。

 それに、他の民族同士の諍いもあったが、ブリタニアスラムという凶悪に不快なコミュニティがあるせいで「あいつらよりずっとまし」と協力するようになったので、彼らの存在も全く無駄ではなかった。

 なによりブリタニアスラムは働き者で妙に親切なのだ……ツンデレならぬ、不快デレ。誰向けだ。

(それより問題はあっちか)

 不貞腐れて働くふりだけするガリアロマに目を向ける。

 彼らは苦労して築き上げた基礎に乗り込んできた連中が大きな顔をしているので、不満を抱えている。

 菊蛍は徹底して彼らを無視した。彼は宇宙規模で案件を抱えており、拗ねた連中どころではない。それに、あの手合は菊蛍が最も嫌うタイプだった。個人的にはブリタニアスラムより嫌悪しているだろう。

 本来ならガリアロマのリーダーが解消すべき問題だが、あれはどうも優しいだけで頼りない。

(最悪、クロートがこっちの対処も始めるな。そういう子だし。そりゃ負担が大きすぎる。こっちは俺でなんとかするかね)

 鷹鶴のキャパも一杯一杯の状況だが、やるしかない。だって大人だもん。

 それぞれがそれぞれのやるべきことのために動き出した。



***



「本日より星の子バイオーム制御施設建設の監督になった黒音です。といっても技術的なことは何も分からないので、ご指導おねがいします」

 作業していたブリタニアスラムロマたちが俺へ憎悪の視線を向ける。男女関係なくだ。

「*****!(禁止用語」

「***?(不謹慎な発言」

「*******!!(思わず殴りたくなるほど酷い発言」

 は、は、は……

 ハマツどころじゃねえ! あっちはまだ他民族と関わって仕事してたからマイルドだった。ここまで酷いと怒り通り越して呆然とするしかない。

 唾吐く、はなくそ飛ばす、不潔な行為も平気でやる。ハマツは少なくとも清潔だった。

 罵倒されながらミュートしたい気持ちをぐっと堪え、周囲の宇宙船のスピーカーと同化する。

『はい注目! 静粛に!!』

 ギィン、と響いた声に彼らは面食らった。すぐに罵倒が始まったが、何度も『注目、注目!』とサイレンのようにスピーカーを鳴らす。とうとう別の作業員が様子を見にきたくらいだが、こちらの問題だと追い返した。

 あまりにスピーカーが煩いんで仕事が捗らず、彼らは作業を止め、リーダーらしき男が胸ぐらを掴みにきた。

「邪魔しに来たんなら帰れや***!」

『なんで俺が来たか説明するから、静かに、全員並べ。それが出来ないんなら星から出てけ、これは移民の総意だ』

 これはほんと。ブリタニアスラムの連中が態度を改めないなら許容できないという人が増加している。それを受け、菊蛍が「どうしても駄目なら追放処分でいい」と言ったんだ。

 俺だって、彼らよりマイルドで清潔なハマツ一人すら我慢できずにミュートしてたんだ。他民族の気持ちもよくわかるよ。

『いいか、あんたたちはこれから、他文化の人たちと暮らしてかなきゃいけない。その聞き苦しい言葉遣いや態度を改めなきゃいけないんだ。そのために俺が来た。

 俺は別に、あんたたちの作業に指図しない。ただ、言葉遣いと態度に対して口を出す。ここに住む者の義務と思ってくれ。無理だと判断したら、クレオディス将軍及び菊蛍にそう報告する。

 ブリタニアスラムのロマの知り合いが一人いて、あんたたちの仕事ぶりや献身については把握してる。だから俺の忍耐を試さないでくれ。あんたたちを追い出したくないんだ』

 一応、なんとか最後まで聞いてくれたが、不満たらたらの表情で顔を見合わせる。が、彼らは丸きり馬鹿じゃない。むしろ技術力は高い。不思議なほど仕事も丁寧だ。

 なんというか……迫害される、不快行動で撃退する、それが原因でまた迫害され、より不快なことをして撃退の繰り返しだったそうだ。根深いな。

 その反面、認めて欲しい気持ちも強く、親切なのはその為。

『というわけで作業を再開してくれ。あ、適当に教わりにいくんで宜しく』

 解散解散、と手をたたくと、彼らは作業に戻っていった。

 ハマツの時と違うのは、ハマツは指導賜る先輩で、下手に刺激出来なかったんだよな。とりあえず今はこっちに主導権があるので何とかやってける……が。

 作業しながら猥語飛び交う現場。んー、何を言ってるかは想像してほしい。思いつく限りの、あるいはそれ以上の不快な会話が繰り広げられてるよ。

 さて、星の子バイオームとその制御施設について少し説明。

 星の子はあらゆる物質をエネルギー変換できる最強の分解者。シアノバクテリアから改良されたと言われてる。乾燥させた星の子を撒いて水分を与えると、急速に惑星を緑化し、酸素を生んでオゾン層を形成する。

 繁殖力が強すぎるんで制御システムが必要になる。

 星の子について話し始めるときりがないんで、とりあえず概要だけ。

 星の子はシフトマターという物質を排出する。これをバイオプリンターやアセンブリプラントに放り込むと、色んな物資に化ける。まさに魔法の生き物。

 宇宙船にも星の子プラントはあって、廃棄物を分解し、エネルギーやシフトマターを産出してくれるんだ。星の子なくして人類は生き延びることができなかった。

 これを齎してくれたのはとある異星種族だが、それは大人の事情で割愛。

「これは何を作ってるんだ?」

 ひょいと作業員の手元を覗き込むと、特に嫌がるでもなくパラメータを見せてくれた。

「星の子にこちらの意図が伝わるように信号変換するシステムだ」

「全然わからん……」

「複雑だが、パーツごとに見ろ。ほれ」

「あ、わかりやすい。あんた凄いな」

「な……んてことねえよ***!」

「ん?」

「あ?」

「今なんて?」

「は?」

「なんて言った?」

「……***?」

「よく聞こえなかった、もう一回」

「は?」

「もう一回」

「……***」

「大きい声で」

「なんだってんだよ」

「大きい声で?」

「ああ!? ***!!」

「聞こえない、もっと大きい声で!」

「なっなんだよ!?」

 という、志摩王子直伝のやり方を真似ながら彼方此方見回って数日。

 とうとう俺の姿を見るなり口を噤むようになってしまった。やり方はこれで合ってるのかわからん、何しろブリタニアスラムと上手く付き合えた例なんか殆ど仮想次元じゃ聞かないからな。親切で戸惑った、くらいの体験談だ。

 彼らは作業を止めてまで何度も言った猥語を叫ばせる俺のことを抗議しに行ったらしいが、その抗議を聞く人たちが俺をよこしたんだから聞いてもらえる筈もない。

 メシ時は炊き出しで、椅子もないんで地べたで食べる。俺がいるので無言。あの騒々しさが嘘のよう。というか、猥語封印されると喋れないのか?

 あんまり静かなんで、三味線持ち出して爪弾いた。ブリタニアの民謡を演奏した。グリーンスリーブスだっけ? テラ時代から残ってる有名な曲だ。

 ちらちらと視線が集まってきたんで、途中から撥持ってUKロックに変えてやった。お前らこっちのが好きなんだろ。俺も好きだよ。ただし三味線アレンジだがな!

 結論を言うと音楽は国境も星系も越える。

 翌日から無口ながらも俺を疎まず受け入れてくれるようになってきた。そしてまあ、親切。とても親切。

「冷えるから、これ」

 いきなりやってきて温かい飲み物くれたり、

「前に知りたがってたの」

 分かりやすく纏めた資料データわざわざ見せにきて、説明してくれたり。

 猥語が減り、言うと他の奴が肘で小突く。めっちゃ無口。とても無口。何話していいかわからん、という調子で無口。怖いくらい静かに黙々と作業してる。

 ただ、夜になると酒を呑んで、あれを弾いてくれこれを弾いてくれと上機嫌になり、踊ったり脱いだり、酔ってるから猥語叫んじゃったり。ははは酔ってる間のことはまあ不問にしよう。ブリタニア人だし。

 しかし、本当に調教できるとは思わなかった。しかもこの短期間でだぞ。上からの圧力かかってたとはいえ、志摩王子恐るべし。

「クロネ、どうだ調子は」

 蛍が来た。

 星の子制御施設は本部からけっこう離れた場所にあって、数が多くないフロートライナーに乗らなきゃいけない。だから蛍の顔を見るのも数週間ぶりだ。

 ブリタニアスラムリーダーは、蛍に敬礼した。でも、それだけ。何も言わない……というより言うべき言葉が見つからないんだろうなあ。なんて不器用な。

「……静かだな」

「だろ。なんか猥語奪うと喋れなくなっちゃうらしいんだ」

「なんと。彼らから猥語を取り上げたのか。驚いたぞクロネ」

「し、志摩王子のおかげだから」

 蛍に驚かれるほどの成果を上げられたのは嬉しい。志摩王子のおかげだが。俺の発想ではまず無理だった。あのひとの性格は天性。

「お二人さんは***(デリカシー皆無の発言)か?」

 リーダーが悪気もなさそうに尋ねてきた。あ、いかん。蛍の前で。

 おそるおそる蛍を見ると、彼はふむ、と口元に指先を当てた。

「彼らに適切な言語を教える者が必要だな。俺が異常な環境で育ちながら上品だなんだと言われるのも、周囲の影響を受けてのことである。

 こうなると、かえって他の民族が彼らに悪影響を与えるかもしれん」

「そうか? 普通の人たちに思えたが」

「劣悪な環境やロマの二世、三世ともなると、あまり言葉回しが美しくない」

 んなもん、俺だって美しかねえよ。

「俺のようになる必要もないが……」

「前から思ってたけど、鷹鶴ってノリがブリタニア人のコメディアンだよな」

「採用、彼らに受け入れやすかろう。ただ、本日は休養日である。それを伝えに来た。ちょうどよいから鷹鶴と現場を交代しよう」

 るんるんと俺の肩を抱いて歩き始める蛍、リーダーの問いには答えてないし、存在も見てないような……俺がハマツにやったより凄い無反応ぶりを示した。こ、こいつ。

「母艦に直行も良いが、少し走るか。まだ何もないがな」

「……いいよ。蛍とデートなんて初めてだし」

 ぼそぼそ言う。

 そう、初めてです。驚きの初デート。

 志摩観光は無かったことになったし。それっぽかったのはせいぜい金糸雀友禅で着物買って貰った時か?

 ただ、今の蛍にとっては、そういう関係になってから日が浅いんで、初デートと聞いても「そうだな」と笑うだけ。

「お前が帰ってきて最も喜んでいるのは鷹鶴かもしれんな。奇声を上げていたぞ」

「蛍は?」

「俺は嬉しい」

 くっ、可愛いこと言いやがって。そうやって何人オトしてきたんだ、こん畜生め!

「お前は我々が頭を悩ませて放置した問題を、するりと滑り込んでふわっと片付ける。不思議な子である」

「主に蛍の世話な」

「はは、否定はせん。益にならん人付き合いが増えて辟易していた。和を乱さん為のコミュニケーションというのが、億劫でな。益になるなら幾らでも愛想を振りまいてやるが、皆のモチベーションのためとなると……自身のモチベーションくらい自身で責任を持てと言いたくなる」

 分からんでもない。というか、よく分かる。俺が社員とひたすら顔を合わせず引きこもっていた理由も似たようなもんだ……俺の場合、益になる場合でも可能な限り回避してたが。

 根っこのところで似てるのかもな、俺と蛍は。

「蛍さ、向いてないよな。指導者とか」

「やりたいと言った覚えもないが、他に適任もおらず……鷹鶴に出来るのなら押し付けているが」

「電脳ワーカーの時みたいに、鷹鶴を立ててあんたは裏から支えるとか駄目なの?」

「鷹鶴では各星系の有力者や皇族が納得すまいよ」

 あー、内部より外部か。

「ゆえに、俺が不服だと宣う者が出た場合、容赦なく一日指導者に任命する」

「はははは、そりゃいいや」

「可能ならばそのまま代わって欲しいものだ。それで、お前と旅に出よう」

「鷹鶴を置いて」

「鷹鶴を置いて」

「泣くからやめよう」

「鼻水を垂らして泣くな」

 俺が帰ってきたくらいで奇声を上げて喜ぶような人から蛍を取り上げるのは不憫すぎる。最悪「ほーらもう邪魔な奴はいないぜ」と代理指導者を殺しかねない。アエロのときもけっこうヒヤヒヤしたもんだ。蛍もけっこう残酷なところがあるけど、あの人も相当だと思う。

「冗談はとにかく、状況は?」

「大型アセンブリプラントさえ建ててしまえば、ほぼ完成したも同然である」

「葛王子のところは15年経っても開拓進んでないみたいだけど」

「アセンブリプラントを建てる物資と技術がなければそうなる。今はデオルカン皇子庇護のもと発展しているのではないか?

 それとお前にひとつ報告せねばならんことがある」

「なに?」

「ブリタニア王が来る。最悪の場合、俺が相手にせねばならんが……」

「え、あ」

 言葉に詰まった。

 洒落者の伊達男で有名なブリタニア王。蛍のためとあらば母艦をぽんとくれるような。大部分の支援も受けている。わざわざ王自ら開拓惑星に来るなんて、どう考えても目的はそれ。

 だけど、俺の我慢云々以前に蛍を生贄に差し出す行為じゃないか? これからもずっとそうするのか。

 今、蛍がブリタニア王を突っぱねれば、他の愛人だってそっぽ向くかもしれない。でも……

「蛍。蛍の犠牲でずっとロマを支えていくのは無理だと思う」

「そうだな。だが、時期が悪い」

 わか、わかる。わかるけど。どうしたら……

 クレオディスの時みたいにぶっ倒す訳にはいかない。

 ブリタニア王はきっと悪くない、蛍のほうから関係を持ちかけた可能性だってある。そのとき俺なんか生まれてなかったかもしれないし。

 じゃあ鷹鶴が悪いのか。責めるなら俺にしろと鷹鶴は言った。でも責められるかよ。ずっと二人でロマを裏から支えてきたんだろう。二人はただの共犯だ。二人で一人だったのは見てて分かる。

 だって鷹蛍本すごかったもん! 俺の人生を変えた一冊があったよ!!

 どうしたら、どうしたらって膝下で組んだ手を見つめてたら、くっと肩を掴まれた。なんだよって顔上げたら蛍の顔が近く、唇が重なってくる。

「ん……」

 一瞬うっとりしかけて目を細めたけど、フロートライナーがカーポートに着いたところだよ。

 フロートライナーはマスキングモードがあって外からは見えないが、中からだと前面が足元まで視界良好。雨風をとりあえず凌ぐだけのカーポートの前は作業員やボットが忙しく行き交っている。

 見えないからって、こっちからは見えるのに、するか? こういうこと。

「ちょっ……蛍」

「ふふ」

 笑いながら隣の座席から身を乗り出してくる。二人とも外で作業してたから埃っぽい。でも、蛍は構わず俺の頬を舐めた、猫みたいに。

「こんなとこで……」

「見えぬし、音も漏れんよ」

「いや、いや……おいっ」

「カーセックスというのも乙であろ?」

 そういうのは人気のない場所でするもんじゃないか? 誰もこっちなんか見ちゃないが、それにしたって。

「ふ、んんん…!」

「声を殺す必要などないというに」

 ファイバースーツの上から乳首のあたりをすりすり擦られて口を手で覆う。繊維が、繊維がこすれる! 着たまま股座のあたりも手先で擦るように撫で回される。おまけにつぅっとなぞられて。

「んぅっ」

 背筋に電流が駆け抜けた。涙目で、思わずフロントを確認する。見えないのは分かってるけど、わかってるけど!

 おまけにファイバースーツを脱がそうとしてくるんで、腕を突っ張って暴れた。

「蛍、ここじゃ嫌だって!」

「そうかそうか、いやか。では、暫し脱がすのはやめよう」

「だから……っ」

 ヤルんなら母艦に戻りたい。それだけなのに。

 こんな狭い空間で引き寄せられて、蛍の膝の上に乗せられる。後ろから抱かれる形で胸元をさすったり、股の間を尻の割れ目まで何度もなぞったり。

「あ…も、や」

 足を開かされて繊維の上を行き来する指にそって燃えるように熱くなる。火がつきそう。

「やだ…蛍、やだぁ」

「やめるか?」

「うー……」

 うなじをちゅうちゅう吸われながら身を捩る。もう全身ぐだぐだでどうにでもしてモードだけど、通行人の姿が理性を刺激する。

「うひぅ!?」

 耳裏舐められた。おまけにはみはみと甘噛される。

「やだ、そこはやだ!」

「いやよいやよも?」

「ハイドに耳攻めされてから其処きらい!」

「………」

 あっ、いかん。蛍の割と多い地雷踏んだ。ハイドを許した件とハイドにヤラれた件と最中に他の男の名前を出す行為。

「ほお、ハイドにな。ここをな」

「そこで喋んなっ、て……ひぅぅ」

 顎をがっちり固定してぴちゃぬちゅ音をさせながら本格的に耳を犯され始めた。これはあれ、他の男の思い出なんか俺が塗り替えてやるギアが入ってる。

「あー……耳、みみいやだってぇ、あぅう」

 同時に空いた手が股擦りする。もどかしい、熱い、耳もびりびりする、こういう焦れったい悦さは好きじゃない。

「ふ、ぁ…ッ! ふぁああん!!」

 浮き上がるみたいな快感が押し上げてきて、ビクンと痙攣。呑みきれない涎が口端から伝ってヒーヒー息をした。

「わか、わかった、から…! も、げんかい、ほたるぅ」

 べっそべそ泣きながら、まだ耳吸って股間撫で回してる蛍に許しを乞う。こうなるって、わかってたけど! どうせこうなるって!

「ふふ……」

 笑うと熱い吐息がかかる。唇を噛んで震える。つすす…とファイバースーツが開かれて肌が晒された。ああ、もう、フロントにうっすら映る。足開いてひぐひぐ泣きながら身を捩る自分の間抜けな全身像。まともに見ると蛍の手つき、ほんとやらしい。

「くぅ」

 開けた程度の状態で狭いファイバースーツに手ぇ突っ込み、なぜか既に濡れてる指が入ってきた。

「はぁ…ッ、ぁ、あぅ。あぅくッ…くぅ」

 狭いとこに無理やり手入れてるから、動きも押し付けられるようで、きもちぃけどちょっと窮屈。

 ところで、ファイバースーツは腰のあたりで横にもパージできるが、縦にもパージできる。というか縦横無尽にパージできる。普通に脱がせない負傷をした時のための措置、というか特殊繊維の特性なんだけど。

 なんか真ん中を背中まで切れ込み入れられて、ちょっとずらされた。中央部に肌のラインが入るような間抜けでエロいかっこ。なんかのアダルトムービーの衣装みたいだ。黒いから余計に。

「ほ、ほたる……?」

 嫌な予感がして縋るように振り返ろうとしたけれども、もう抱え上げられて挿入体勢に入っててだな。

「んぁ…あー、うぅー!」

 狭いとこで変な格好、後ろから抱きかかえられての挿入。しかもフロントに映る。行き交う作業員見える。もういや。

 ぬぐぬぐと収まってく肉棒に、諦めで脱力してたが、

「おい、このフロートライナーの鍵どこだ? ちょっとあっちの宇宙船に用事あるんで使いたいんだが」

 フロートライナーは共有物。鍵はあるが、誰でも使っていいようカーポートの柱にかけるという杜撰さだ。

 息を呑んで歩み寄ってきた男の動きを見守る。そいつは回り込んですぐ側の扉をガクガクと揺らした。

「開いてないぞ。鍵もないし。誰が鍵持ってったんだ」

「誰か入ってるんじゃないか?」

「マスキングモードになってて見えねえよ。中で倒れてんじゃねえだろうな」

「おい、誰かいるか」

 窓、叩かないで! 正面に回り込むのやめて!!

「ひぃ…ぅう」

 本格的に泣きじゃくり始める俺に「少々悪戯が過ぎたか」と蛍が苦笑しながら頭を撫でる。

 反省してくれたかと思いきや、

「ふぁあ!」

 下から突き上げられた。目の奥がチカッとする。

「あっ、んっ、あひっ…やっやめ…ほた、ぁあ…ッ、ほ、」

 しかもけっこう乱暴にゆっさゆさと。この体勢、いつもより深く繋がるし、自重で刺さる。めちゃくちゃ気持ちいいだけに、フレーム挟んだ周囲に作業員三名がいるこの状況が!

 フロートライナーは停車時、スタンドが出るわけだが。衝撃吸収のために、バネ状になってる。

 つまりな、今な、ぎっしぎし車体が上下してんの。見えてないけどナニしてるか丸わかり。作業員たちも困惑顔。もうやめて、俺の心のライフはゼロです。

「ばかーっ! 蛍のばかっ…あぁっん、あぁあ!」

 ぐんっと突き上げられて、罵倒しながら大波を受け入れた。

 沈黙する車体。去っていく作業員。

 呼吸と衣服を整える。

「すまん。お前と久々に顔を合わせたもので、少し浮かれた。怒ったか?」

「……蛍の馬鹿野郎」

「怒るな、怒るな」

 ご機嫌とりにヨシヨシちゅっちゅされたってなあ、この恨みは忘れな……とりあえず、もっと撫でろ。

 それで、まあ、三十分はそうしてたんだが、換気システム動かすためにも。

 お互い別の扉から出たものの、少し先にさっきの作業員がいて、目が合った。さっと逸らす。逆に蛍はゆったりと妖艶に微笑み、流し目をくれていた。はははこの野郎、殴りたい。蛍を殴りたいと思ったの初めて。

 この後、母艦に戻り、お仕置きとしてめちゃくちゃ騎乗位してやった。
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