異世界妖魔大戦〜転生者は戦争に備え改革を実行し、戦勝の為に身を投ずる〜

金華高乃

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第15章 戦間期編2

第3話 誕生

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 ・・3・・
 9の月30の日
 午後1時30分頃
 アルネセイラ・軍統合本部アカツキ執務室


 秋も深まりつつある9の月も末。再来月に王都アルネセイラで開かれる停戦を記念した軍事パレード――国威発揚の意味も含まれる――の準備で若干慌ただしくなる以外は比較的余裕のあるスケジュールで軍務にあたっていた僕だけど、内心ではそわそわしていた。今も書類を確認してハンコを押しつつも、どこか落ち着かない。
 というのも、今週からリイナのお腹の中にいる子供の出産予定週に入っているからだ。一応二週間という幅はあるけれど今日はもう週末。月曜から既に心ここに在らずみたいな感じで、既婚組の部下からは分かりますよその気持ち。と暖かい目で見られていた。そしてもう金曜日ともなれば、いつになるんだ、いつなんだ。となってしまう。
 おかげで執務室とか軍務の場所でしか吸わなくなった煙草の本数が増えている。今も火をつけて、ぼんやりと紫煙をくゆらせていた。
 その様子をちらりと見ていたエリス中佐は、

「中将閣下」

「ん、え? あぁ、悪いね。どうにも集中出来なくて」

「いえ、お気になさらず。私も既婚者ですし、夫がそのような様子だったと耳にしたことがありますので。初めてであれば尚更です」

「僕がこうしていても、そら産まれるぞ。ってなるわけでもないんだけどね。一応午前中にもしかしたら? の連絡はあったけれど、朝の時はリイナは大丈夫だと言っていたからここにいるけど、やっぱりね……。統合本部から別邸までは近いといっても……、別邸にいた方が良かったような……」

「先日、中将閣下と同行してリイナ准将閣下にお会いしましたが、あの腹部の大きさですと見たて通りかと。しかし、いくら医学が発達しつつあるとはいえこの日この時間という決まりはございません。それに、エイジス特務官の報告からして、私の経験上今日の夜くらいが怪しいかと思われます。アカツキ中将閣下。閣下は大抵の軍務は終えておりますし、今は平時です。准将閣下の父でもあるマーチス元帥閣下に許可を取られ、リイナ准将閣下のお傍におられる為にも早退なされてはいかがでしょうか?」

「産休、か。今週頭から取ればよかったな……」

 エリス中佐が提言したリイナが子供を産むまでの間は休暇を申請することを、前世ではすっかり馴染み深くなった産前産後休業の制度をうっかり口にする。
 彼女は僕の発した単語に首を傾げながら。

「サンキュウ? ですか」

「ああごめん。なんでもない。でも、エリス中佐の言う通りにした方がいいかもしれないね」

「はっ。はい。中将閣下程のお立場と普段の働きぶりからして、この時くらいはお休みされても誰も白い目で見ることはございません。むしろ中将閣下は働き過ぎなくらいです」

「はははっ……、返す言葉もないくらい正論だね……。これでも戦時に比べればずっと楽なんだけどなあ」

「戦時は軍人であれば誰もが義務として身を投じます。ですが今は平時ですから。アカツキ中将閣下は王都周辺、時には海軍にまで赴き精力的に動かれております。ですから、早退程度なされても問題ないかと思われます。その後の、休暇を含めてもです。むしろリイナ准将閣下の為にも今日以降休まれる事を畏れながら進言させて頂きます」

「分かった。それじゃあ少しの時間、マーチス元帥閣下の所に行ってくるよ」

「はっ。雑務やスケジュール調整などはお任せ下さい」

「いつもありがとう、エリス中佐」

「いえ」

 エリス中佐は微笑んで言うと、僕は煙草の火を消すと椅子から立ち上がり彼女に礼を言った。
 ちょうどその時だった。

『マスター、緊急連絡です』

 エイジスから思念通話が入る。彼女はリイナの護衛として今日も別邸にいる。統合本部から別邸までなら余裕で思念通話可能圏内だ。そしてエイジスから緊急連絡が入ってきたということはすなわち。

『すぐ向かう。マーチス元帥閣下もお呼びする』

『サー。申し訳ありません。午前中に潜伏傾向の可能性ありと連絡しましたが、予測より早く活動期に至りました。しかし始まったばかりなので、恐らくは今しばらく出産まで時間はあるかと思われます』

『分かった。父上と母上にお爺様は?』

『ノイシュランデには午前中の段階で既に連絡済みです、マスター。御三方とも昼の発列車に乗れば夜には到着されるかと』

『了解。軍務を切り上げて直行するよ。エイジス、逐一報告を』

『サー、マイマスター』

 しまった。こうなるなら今日は休みにするべきだった!
 僕はエイジスとの思念通話を終えると、会話を聞いていたエリス中佐は。

「いよいよですね。蒸気自動車の手配を早急に致します」

「助かるよ、エリス中佐。僕はマーチス元帥閣下をお呼びしてくる」

「了解しました」

 エリス中佐は僕が何を言わずとも速やかに動いてくれた。
 自分の執務室を出て、隣室のマーチス侯爵の執務室のドアをノックする。

「アカツキです元帥閣下」

「おお、アカツキか。入りたまえ」

「はっ、失礼します」

 僕は少し慌てた様子で入室すると、時期が時期だけにマーチス侯爵は僕の表情の真意を読み取ると、いつもより勢い良く立ち上がった。

「ついにか!」

「はっ。はい。エイジスより報ありまして、始まりました」

「分かった! こうしてはおられんな。オレもすぐに行く」

「エリス中佐が既に蒸気自動車の手配を進めてくれております」

「流石エリス中佐だ。手際が良い。アカツキ、出られる準備はしてあるか」

「執務室に纏めております。元帥閣下の物は私も準備をお手伝いします」

「構わん。既に完了済みだ」

 手馴れたものというべきか、良い意味での娘の一大事だからか、マーチス侯爵は執務室の側に執務鞄を用意してあった。
 互いに準備完了しているから、すぐに部屋を出て僕は一旦自分の執務室から鞄を持ってきて退室。エリス中佐からは、

「無事の出産をお祈り致します」

 と、声をかけてくれた。
 前世の日本でも妊婦にとって出産とは命懸けの行為だった。周産期医療が発達していてあの国ですら周産期死亡率は一〇〇〇人の妊婦に対して約四人。つまり二百五十分の一の確率だ。これでも世界で最も小さい数値なんだよね。
 前世の現代ですらこの数字だ。医学が未発達なこの世界では周産期死亡率はもっと高い。まさに命を懸けた行為。
 幸いにしてこの世界には魔法がある事と、僕ら貴族階層や上流階級層には医師と助産師の完全なバックアップ体制があるから平均に比べればずっと低い数値だけれども、それでも前世の低水準には遠く及ばない。エイジスからの情報共有では今の所よほど深刻ではないそうだけど、気が気じゃなかった。
 いつもより足早に僕とマーチス侯爵は統合本部の廊下を歩くと、事情を知っている一部の高級士官達は道を開けてくれるよう先導してくれた。
 エリス中佐の手際は見事なもので、僕達が正面玄関に出る頃には蒸気自動車はエンジンを起動させたまま駐車してあった。
 運転士の士官は、

「事情はお聞きしております。先導の蒸気自動車が道を開けますので、すぐに到着されるかと」

「感謝するよ。よろしく」

「はっ!」

 短くやり取りを交わしてマーチス侯爵が先に、後に僕が後部座席に乗り込むと蒸気自動車はすぐに発進した。
 先導車が緊急用のサイレンを鳴らし、窓から顔を出して身振りと声で道を開けるように動く。市民達にとっては何事だと思うだろうし、普段の冷静な頭ならプライベートでの出来事に軍用蒸気自動車はともかく緊急サイレン鳴らしながらなんてとんだ職権濫用だと思うけど、今の僕はそこに行き着くような落ち着いた頭は持っていない。早く、早く別邸にと思うばかりだ。
 統合本部から僕とリイナが住む別邸はそう遠くはない。ましてや交通誘導を無視して一切止まらず走るのだから到着はいつもより早かった。それでもエイジスから報告を受けて既に一時間半は経過している。報告の中身も緊迫感の伴うものに変わっていっていた。

「ご主人様、お待ちしておりました。リイナ様は用意してありました、出産の部屋におられます」

 待っていたのはいつもの平静さが欠け動揺が滲み出ているメイド長のレーナ。クラウドもいる。
 僕とマーチス侯爵はすぐに別邸の屋敷に入り、リイナのいる部屋に直行する。部屋の前には白衣の医師が控えていた。中からはリイナの呻き声が聞こえる。陣痛に伴うものだろうか。
 僕は彼を見つけるとすぐに声をかける。

「リイナの様子は?」

「マーチス元帥閣下、アカツキ中将閣下。まだ出産には時間がかかるかと。鎮痛術式を用いていますが、出産の痛みは尋常ではありませんので、お聞きのような状況です」

「入室の許可は」

「消毒をなされましたら、いつでも。メイア、御二方に消毒を」

「はい」

 僕とマーチス侯爵は看護師の一人から手に消毒を付けてもらい、さらに衣服を払ってもらって消毒を散布。極限まで外から持ち込んだ菌を減らせる余裕があるのは平時の後方だからと頭にチラつくけれど、その余裕もすぐに無くなった。

「あううううう!」

 リイナの悲鳴が聞こえた。痛みが激しくなったのだろうか。
 いてもたってもいられない僕は医師に目を配らせると、彼は頷いて扉を開けた。すぐに一目散に、出産用の衣服に着替え舌を噛まないようにと布を口に噛んでいるリイナの傍へ駆ける。
 エイジスもこちらに気付いたみたいだ。慌てた様子が微塵もないのは流石は自動人形だからだろうか。

「リイナ!」

「だ、んな、さま……! 昼からちょっと、と、思ってた、ら、いきなり、さっき……、いぃぃぃ! っつつう!」

「喋らなくても大丈夫だから! 手を握ってるから!」

「あ、り……、がとう、旦那さま……つううぅ!」

 陣痛というものこそ知識にあったけれど、こんなにもとは思わなかった。
 活動期初期とエイジスから聞いていたけれど、まだそんなに時間は経っていないにも関わらずこれで初期を越えての今が中期だって!? いや、エイジスから緊急連絡がきてからそれなりに経っているのだからそうでもないか。
 だけど、今ですらこの様子なのに直前ともなればもっと酷いという。それこそ半狂乱になりかねないんだから、いかに出産がとてつもないものなのかを目を持ってして痛感した。
 僕はリイナの手を強く握る。
 感覚の波はどんどん短くなっている。ついには魔力暴走を防ぐ為の首輪も付けられた。痛く感じる程強く握るリイナに、僕はとにかく声を掛け続けた。
 不安で不安で仕方ない僕に反して、プロである医師や助産師はテキパキと動いていく。
 汗を拭き。水を持ってきて。状況を正しく把握し、呼吸法もリイナに伝えていく。一つ一つの行動が効率的かつ落ち着いていた。
 この時ばかりは元帥であるマーチス侯爵ですら素人だ。いくら自分の奥さんが経験していて立ち会ったことはあっても何か出来る訳では無い。医師や助産師に助言を受けて手伝いをしていたと後で聞いた。
 僕はただ励ましの声をリイナにかけるだけ。あとは腰のマッサージをするとか、それしか出来ない。鎮痛術式は最早意味を成さない程に激烈な痛みに耐える彼女の不安を和らげることくらいしか出来なかった。

「ああぁぁああああ!!!!」

「リイナ!! リイナ!!」

「大丈夫ですよリイナ様! もう頭が見えてきました! 呼吸を浅く短く二回、深く一回を繰り返してください!」

「ひ、ひぃ。ひ、ひぃ。ふぅ、ぅぅぅぅ!!」

「あと少しです!」

 大きく厚手の布で見えないけれど、医師と助産師の発言から誕生がもうすぐなのだと分かると、彼女の片手を握る両手を強める。
 時間の流れがまるで永遠に思える。リイナは錯乱状態に近い。少しでも痛みを僕に分けてくれればいいのにと思うけれど、それは叶わない。
 どれだけの時間が経ったのだろうか。実際はそんなに長い時間では無かったらしいけれど、ついにその時間は訪れた。

「もうすぐです! リイナ様、あと一息です!」

「くぅぅうううううううう!!!!」

 これまでで一番大きい悲鳴を上げた瞬間だった。
 待ち望んでいた、声が、声が聞こえた。
 産まれた子の、泣き声だ。元気な、元気な泣き声だった。

「おめでとうございますリイナ様! 元気な、男の子ですよ!」




※ 本シーンを書くにあたり、いくつかサイトを参考にさせて頂きました。
ですが、私はいかんせん未婚の独身ゆえに経験もありませんので完全にサイトでの記載のみが頼りの描写になっております。実際はどうなのか、どのようなタイミングでなのか、どれくらいかかるのかも実体験がありませんので、出産まで短すぎるだとか長すぎるだとか、こんなんじゃないとかリアリティが無かったとしてもどうか御容赦くださいませ。
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